手紙が効く世代の、手紙にまつわるあれこれ
今回のテーマは、書き手を務める沖本敦子さんが選んだ「手紙」です。手書きの手紙だけでなく、原稿に添えるメモやメールも含めて、手紙にまつわる思い出をつらつらと語り合う回になりました。
最初に口を開いたのは片寄太一郎さんです。学生時代には携帯電話がなく、友人や当時付き合っていた人に手紙を書いていたと振り返ります。
年齢が年齢なんで、僕がやっぱり学生の頃って、手紙って書いてましたね。
ポケベルがようやく出てきた頃で、「一番」「二番」といった番号で「電話して」と伝えるような時代でした。片寄さんは、書いて伝えることに抵抗感が薄い世代だと自認しています。
新聞記者やテレビの仕事を経て編集者になった片寄さんは、誰かを説得するときに手紙が効果的だと感じてきたと話します。執筆や取材の依頼、そして謝罪の場面です。
いきなりなんか電話してごめんなさいっていうのもあれかなというところで。
片寄さんの上司は、伊藤屋の便箋を必ず机に忍ばせていたそうです。沖本さんもまた、何者でもなかった頃に読んだエッセイをきっかけに、手紙を書くときは鳩居堂の縦書きの便箋と封筒で揃えるようになったと明かします。
手紙にかける時間と、相手に合わせる文章量
黒田剛さんが、沖本さんから以前聞いた海外の編集者の話を持ち出します。昔はタイプライターで複写していたため手紙が残っており、それが一冊の本にまとまっているというものでした。ここで後半に紹介される「ノードストロム」の名前が早くも出てきます。
黒田さんは、優秀な編集者が著者に宛てた手紙は一つひとつが面白いと語ります。自分宛てに届く、プロジェクトの始まりに「みんなで頑張っていこう」と書かれた文章にも心を動かされてきたそうです。
誰かを本当に仕事を始めたいと思って書く時のメールとか手紙とか、あと本当にありがとうございますっていう時の手紙って、なんか下手したら1日仕事ぐらいで時間かけて書きますよね。
黒田さんは、編集者の文章には客観的な視点がしっかり入っていると指摘します。一度著者として書き、それを編集者として見直して送っているのがわかると言います。
一方で、夜に手紙を書くと悦に入ってポエミーになりすぎることがあるとも語られました。朝に見返してとんでもないと気づくので、必ず読み直すようにしていたそうです。
夜書いちゃったりして、朝見てとんでもない、だから必ず読み直すようにはしてましたね。
文章量は相手によって考える、と片寄さんは言います。長ければいいというものではなく、ハガキ一枚で喜ぶ人もいれば、便箋5枚で喜ぶ人もいるからです。
片寄さんは短い文章でパシッと粋な手紙が書ける感じ。私には便箋いっぱいになっちゃうタイプ。
「共に歩けてよかった」と、ゲラのやりとりに宿るもの
沖本さんが、捨てられない宝物の手紙はあるかと尋ねます。片寄さんは、手紙というよりもゲラのやりとりの中にあった一筆を挙げました。
作品を代表するような一冊になった作家から、ゲラの戻しに一筆箋が添えられていたそうです。
片寄さんと共に歩けてよかったみたいなの一筆箋みたいなのがゲラの戻しかなんかに入ってて。
その一筆箋は、今も本に挟んで取ってあると片寄さんは言います。
沖本さんは、ゲラのやりとり自体が手紙のやりとりに近いと語ります。若かった頃、著名な翻訳者の原稿を担当し、生意気にも鉛筆で整理案を書き込んだことがあったそうです。
うざかったかもしれない、と沖本さんは振り返ります。それでも翻訳者は、整理を入れた箇所に丸をつけ、「緻密な整理です」と応えてくれました。
なんか作家対編集者っていうよりも、なんか先生と生徒になったみたいな感じで褒めてくれてると思って、それ嬉しかったりとかね。
片寄さんの知り合いにも、最初の頃にやってもらったゲラの赤の直しを全部持っている編集者がいるそうです。著者がどう直してくるかが自分の基本になり、そこに立ち返ることがあるという話でした。
45年間持ち続けられた、才能を信じる手紙
片寄さんが、いい話として思い出したエピソードを語り始めます。児童文学作家の柏葉幸子さんが野間児童文芸賞を受賞したときのことです。
柏葉さんの初代担当者だったベテラン編集者は、すでに退職していました。その人が片寄さんに、柏葉さんへ渡してほしいと一通の手紙を託します。
その手紙は、柏葉さんがデビュー作で新人賞を受けたときのものでした。選考委員だった作家の佐藤さとるさんが、彼女の才能を信じ、いつかすごい作家になると書いた内容でした。
初代担当者は、その手紙を45年間持ち続けていました。そして柏葉さんが取る賞もないほどの作家になったところで、現役の片寄さんに託したのです。
いや、この人本当にすごいなと、僕は本当に感銘を受けて、自分で世界堂に行って、あらゆる限りすごいいい額装にしてくださいって言って、手を尽くしてください。
片寄さんは、便箋に万年筆で書かれ、紙が変色するほど時代がかった手紙を額装し、柏葉さんへ贈りました。才能を信じ続けることのすごさを、まざまざと見せつけられたと語ります。
なぜ自分で渡さないのかと片寄さんは尋ねたそうですが、「現役の人がちゃんと届けるべきだから」という答えが返ってきました。沖本さんは、そうした世代が上の編集者の粋な感じに触れます。
「この手紙を10年以上保管されることを望みます」
沖本さんは、片寄さんの粋な話とは対極にある、ごめんなさい系のエピソードを持ち出します。大学時代に取っていた学芸員課程での出来事です。
身を入れずにサボりがちだった沖本さんは、論述試験でその場の思いつきを書きました。詰め込み型の教育は良くないのではないか、といったダメ学生の典型のような答案でした。
後日、その教授から家に長い手紙が届きます。母親が先に見て、何をしているのだと驚いたそうです。
手紙には、講義を理解せず適当な答えを書いただろうと指摘され、後期からちゃんと授業に出るようにと書かれていました。そして印象的な一文が続きます。
この手紙をあのもう十年以上保管されることを望みますって書いてあって。
深く己を恥じた沖本さんは、後期から真面目に授業に出ました。すると講義がめちゃくちゃ面白く、理解できるようになったといいます。後期の論述試験は高く評価され、褒めてもらえました。
卒業式の時、一緒に写真撮らせてもらって。だから今その、お怒り手紙、先生直筆の、それまだ保管してある。
たくさんいる生徒の一人に、忙しい中で手書きの手紙を送ってくれたことに、沖本さんは今も感謝しています。黒田さんは、本気で生きている先生だと受け止めます。
片寄さんは、手を抜いた論述に「書く力はあるのに適当にやっている」惜しさを感じたからこそ、教授は手紙を出したのではないかと解釈します。
財布に忍ばせる、子どもからの普段着の手紙
黒田さんは、なぜか捨てられない手紙として、子どもが何の気なしに書いたメモを挙げます。今も財布に入れているそうです。
父の日などに、奥さんから「書いてる」と促されて書かされたのだろうとわかる文面です。それでも、そこには子どもなりの心の声がありました。
仕事に一生懸命、いつも頑張ってるのをよく見てます、いつも楽しそうにしてるっていうこともいいと思います。
どの目線なのかはわからないと笑いつつ、黒田さんはそれになぜか勇気をもらえると言います。読んで終わりではなく、お守りのように財布へ入れているそうです。
黒田さんが子育てで大事にしているのは、社会に出て働くことがこんなに楽しいと伝えることでした。学生も楽しいけれど、働けばより一層楽しいという実感を、子どもに届けたいと考えています。
働くって楽しいはずですからね、本来はね。
その思いが伝わっているらしい返しの手紙だったので、黒田さんは「よしよし」という気持ちになったと話します。
片寄さんの財布にも、子どもからの手紙が入っていました。もともと計算用紙だった紙に書かれたものです。
お誕生日おめでとうございます。僕からは誕生日プレゼントとして、たいちゃんの足を揉みたいと思います。頑張って揉むので楽しみにしてください。
実際には揉んでもらっていないと片寄さんは苦笑しますが、この手紙をずっと持っています。AIが作ったような文章ではなく、本当に心の声だからこその可愛らしさだと三人はうなずき合います。
手書き感のあるメールと、封を開けるまでの時間
黒田さんは、いまのメールやLINEにも「手書きみたいなメール」があると語ります。テンプレートにはめたものではなく、相手を想像しながら書いていると感じるものです。
ある編集者へのお礼メールを、どう書けばいいか考えながら打つうちに、手書きっぽくなっていったといいます。開示して正直に書くと、意外に伝わると黒田さんは実感しています。
正直に書くと意外に伝わるなっていうのは思います。
片寄さんは、手紙のいいところとして、封を開けるまでの時間を挙げます。ポストに届き、開けずに家まで持ち帰るか、開けながら読むか、そうした過程も含めて手紙だと語ります。
ポストに入ってるのを見た瞬間、あ、これ大事な手紙だとかわかるじゃないですか。今は減って減っちゃったけど。
沖本さんは、切手にまで神経が行き届いた手紙をゆっくり座って読む感覚を思い出し、もう一度手書きの手紙を書いてみようかと話します。
さらに沖本さんは、その人の字を見る機会が減ったからこそ、字に宿るものの良さを語ります。子どもの頃から気にかけてくれた「調布のおじさん」の、青い万年筆のカクカクした字を今も思い出すそうです。
字は人を表すじゃないけど、その人が宿ってる字っていいですよね。
毎月23日は「文の日」だと片寄さんが紹介し、手紙をめぐる前半の雑談は締めくくられます。
名作を送り出した編集者ノードストロムの手紙
後半の恒例の本紹介は、沖本さんの担当です。手紙の話にちなみ、絵本ではなく『伝説の編集者ノードストロムの手紙 アメリカ児童書の舞台裏』を紹介します。
沖本さんはこの本を「ドンキ本」と呼びたくなるほど分厚いと表現します。片寄さんは、沖本さんと会って間もない頃にこの本の話を聞き、強く興味を持ったと振り返ります。
そんな沖本さんがさらに参考にしてる人がいるっていうのはすごい興味がありましたね。
沖本さんによれば、ノードストロムは絵本や児童書を作る人にとって、日本における石井桃子さんのような存在です。子どもの本を、子どもが自由に子どもらしく生きるためのものへと切り開いた人物だと言います。
ノードストロムはハーパー社で女性として初めて要職に就いた人物でした。当時はタイプライターで手紙を書いていたため、その控えやコピーが大量に社に残されていたのです。
彼女が発掘した作家は、いまも読み継がれる名作の作り手ばかりでした。『どろんこハリー』『はなをくんくん』『おやすみなさいおつきさま』、ローラ・インガルズ・ワイルダーの「小さな家」シリーズ、そしてモーリス・センダックなどが挙げられます。
本書は、ノードストロムが作家たちに宛てた手紙の中から、珠玉の263編をそのまま訳したものです。仕事のやりとりから作家への励ましまで、彼女の手紙がそのまま読めます。
なんか似たようなことをやってるなって思ったりね。
「勝手に作った賞」で作家を励ますおちゃめさ
ノードストロムの手紙は、ビジネスレターとは違う、手書きの手紙のような雰囲気だと沖本さんは語ります。受け取った作家たちは、今でも思い出して笑ってしまうほどだったといいます。
沖本さんが好きな例として、作家クレアさんへの1947年の手紙を挙げます。色校正やタイトルの相談といった仕事の話に続き、当時つらそうだったノードストロムに寄せられた優しい言葉への返礼が書かれていました。
その中で彼女は、ニューメキシコに住んでほしい作家や画家が大勢いると、おかしみを込めて軽口を書いています。そして、自分で作った賞のことを持ち出します。
私は去年、今年最も感じの良かった作家にあげるノードストローム賞を作ったので、近いうちにあなたに送りますね。
沖本さんによれば、この「ノードストローム賞」の楽しみは受賞を知らせることだけではありません。受賞できなかったことを作家に伝えるのがもっと楽しいと書かれていました。
ミセスレイ、今年は賞を逃して本当に残念でしたね。次はうまくいくといいですね。来年もぜひ挑戦してください。
自分で勝手に作った賞に「落選」を通知するというユーモアに、片寄さんは笑います。手を焼かせた作家には、感じが良かった賞をあげないという返し方でした。
その手紙を送ったところ、その作家は少なくとも一週間、電話で怒鳴るのをやめたそうです。沖本さんは、こうしたチャーミングな手紙が263編も収められていると紹介します。
子ども性を失わなかった編集者と、青空のティーパーティ
沖本さんは、ノードストロム以前の子どもの本は、お行儀よくしましょうと子どもをコントロールするような文化が強かったと説明します。
ノードストロムやワイズブラウンらは、そうではない新しい子どもの本を切り開きました。センダックの作品や『ぼく にげちゃうよ』のような本が生まれ、沖本さん自身もその恩恵を受けて育ち、編集者になったと語ります。
好きなエピソードとして、沖本さんはニューヨーク公共図書館のティーパーティを挙げます。コンサバな図書館員に本を認められなかったワイズブラウンは、その会に招待状がないと入れてもらえませんでした。
そのとき、ノードストロムはワイズブラウンと二人で、図書館の階段に腰かけてお茶会をしたといいます。沖本さんは、この逸話を「エモい」と表現します。
じゃあ図書館の中入らなくてもいいから、そこの階段で私とあなたで二人でティーパーティしましょうって言って。
もう一つ、沖本さんが痺れる逸話があります。大学も出ておらず子どももいなかったノードストロムは、子どもの本を作って大丈夫かと意地悪を言われたことがありました。
私は自分が子供だった時の記憶とかをふんだんに持ってますから、お気遣いなく。
沖本さんは、ノードストロムの中には子ども性が生きていると語ります。手紙に表れる面白がりやユーモア、柔らかさが巡り巡っているような人だと憧れを口にしました。
日本の絵本の自由を切り開いた流れとの重なり
黒田さんは、以前片寄さんから聞いた話を思い出します。かつて日本の絵本は教養的なものが中心でしたが、洋書に触れて「絵本ってこういうのもありなのか」と気づき、自由な絵本が広がっていったという話でした。
沖本さんは、メインストリームを新しい流れで変えたのがノードストロムや彼女と仕事をした作家たちだと重ねます。それがなければ、誰かに行儀よく付き従う子どもを良しとする規範が残っていた可能性もあると言います。
片寄さんは、日本では福音館書店が翻訳書などを通じて絵本の自由さを作ってきたと補います。またディズニーが子どもを夢中にさせる映画を本の形で伝えたことなど、教条的でない絵本が広がる筋道があったと語ります。
沖本さんは、自分の人生のハンドルを握るのは自分だという感覚も、こうした本を当たり前に読んできたことで内在化したと振り返ります。本書は開世社から刊行され、レナード・マーカスが編み、小島尚美さんが訳しています。
この訳も絶品っていうかね、ノードストロームっぽさを、絶妙な感じで訳されてて。
財布に忍ばせた言葉「表現の通り道を開けておけばいい」
沖本さんは、この本を寝る前や仕事で落ち込んだときにすぐ手が届く場所に置いていると話します。パラパラめくると、シャーロット・ゾロトーへの手紙のように、名だたる作り手たちのリアルなやりとりが飛び込んでくるからです。
ハッピーな手紙だけでなく、作家との決裂やノードストロム自身の苦悩も収められています。時代は変われどスピリットは地続きだと思えることに、沖本さんは力をもらうと言います。
そして沖本さんは、黒田さんや片寄さんが財布に元気の出る手紙を入れていた話に重ね、ノードストロムが財布に入れて持ち歩いていた言葉を紹介します。
自信をなくした作家に、ノードストロムは財布から取り出してこの言葉を見せていたそうです。これは彼女自身ではなく、舞踏家マーサ・グレアムの言葉でした。
あなたを通してのみ表現されるバイタリティ、生命力、エネルギー、活力というものがあります。あなたという人は一人しかいないので、この表現はあなた独自のものです。
自分の表現しているものが良いものか、価値あるものか、人の表現と比べてどうなのかと自分で判断しないことです。そうやって表現の通り道をいつも大きく開けておけばいいのです。
沖本さんは、あなたの中にあるものはあなたという媒体がなければ失われてしまう唯一無二のものだと読み解きます。表現の通り道を開けておけば、そこから人とつながって化学変化が起こるというのがこの言葉の核心だと語ります。
黒田さんは、これは編集者が著者にかける言葉として最も素晴らしい表現方法だと受け止めます。才能ある作家が繊細に揺れる中で、作品にするときにかける最も秀逸な言葉だったのだろうと言います。
片寄さんは、この言葉は素敵であると同時に厳しい言葉でもあると付け加えます。自分の額縁から世界を見なさい、そこからしかものは生まれないのだから、やるしかないという含みがあるという解釈です。
まとめ
手紙をめぐる中年たちの思い出話は、才能を信じ続ける粋な行いや、子どもの普段着のメモ、そして名作を世に送り出した編集者ノードストロムの言葉へとつながっていきました。手紙という形式の温かさと、表現を信じる強さが響き合う回でした。
- 手紙は仕事の依頼や謝罪、感謝の場面で効き、文章量は相手に合わせるのがよいと語られた
- 佐藤さとるが柏葉幸子の才能を信じて書いた手紙は、初代担当者に45年間保管され、片寄さんの手で額装して贈られた
- 子どもが計算用紙に書いた「たいちゃんの足を揉みたい」のような普段着の手紙こそ、財布に忍ばせる宝物になる
- ノードストロムは勝手に作った賞の「落選通知」やユーモラスな手紙で、繊細な作家たちを励まし続けた
- 財布に入れていたマーサ・グレアムの言葉は、表現の通り道を開けておけばよいと説き、編集者から作家への最良の励ましとなった







