手元に6円だったところから始まるエッセイ
今回紹介するのは、ヒコロヒーさんのエッセイ『きれはし』です。朝日新聞出版から、単行本を文庫化する形で再発売されたばかりの一冊です。
池田さんがこの本を手に取ったきっかけは、ヒコロヒーさんのポッドキャスト「岩場の女」でした。本音を淡々と語り、最後に謎にギターで歌うという内容で、毎週の楽しみにしているそうです。
文庫化にあたって自分で読み返してみたら、自分のことを「ええやつだった、むき出しだった」とご本人がおっしゃっていて。こんな風に昔の文章を「ええやつだった」と言えるのっていいなと思って手に取りました。
本は、2018年8月27日の日記的な話から始まります。当時ヒコロヒーさんの手元にあったお金は、たった6円だったといいます。
リュックの底やポケットをひっくり返してかき集めても6円。給料日まで何日かある中で、先輩芸人にお金を借りに行くところからエッセイは始まります。
そこからアルバイトをせず、お笑いだけで暮らせるようになるまでの日々が淡々と書かれています。エッセイを書き始めたきっかけも、お金を貸してくれた先輩と、同居人でお笑い芸人の鶴さんだったそうです。
6円という数字を盛らない正直さ
池田さんが信用できると感じたのは、6円という数字の扱い方でした。ヒコロヒーさんは、読む人がしらけない現実味のある数字は720円や420円だろう、と書いています。
それでも本当に6円だったから仕方ない、と正直に書く。数字を盛らないし、ダサいところをダサいまま書くその姿勢がいいと池田さんは話します。
エッセイは一編一編が短い物語のようで、特に恋愛の話が印象的だといいます。ままならなさやおかしさ、ああすればよかったというぐるぐるした気持ちが書かれていて、夢中で読んだそうです。
妖怪方言絵巻に上京ガッツ君――人に名前をつける力
芸人ならではだと池田さんが感心したのが、人を観察して名前をつける力です。本にはいくつものユニークな呼び名が登場します。
- 妖怪方言絵巻――わざと方言を撒き、食いついてきた相手に頼まれてもいない故郷の話を始める人
- 上京ガッツ君――誰にも頼まれていないのに笑いで天下を取ると誓って上京してきた若者
- 中心キラキラガッツ――その中でも場を仕切りがちなタイプ
- 全力同化チャレンジ――みんなと同じに振る舞えという圧力に全力で応えようとすること
名前がつけられた瞬間に、職場にも「いるよね」と思えるような笑える話になる。その力がすごいと池田さんは話します。
「全力同化チャレンジ」への違和感は、ヒコロヒーさん自身がずっと感じてきたものだといいます。学生時代にみんなでお揃いのキーホルダーを付けるようなことが嫌だったそうです。
芸能界って竜宮城みたいなもので、ちやほやされているうちに、椅子がすごいだけなのに自分がすごいみたいに思っちゃう、とヒコロヒーさんが話されていて。どんな場所にも全力同化チャレンジの罠があるんだなと感じました。
能力は満点なのに「感じが悪い」でクビになった話
芸歴10年目が見えてきた頃、なかなか売れず、辞めることも視野に入れながら昼の仕事に挑戦したエピソードも印象的です。
事務職のアルバイトで、覚えるのに1か月かかると言われた仕事を2日で覚え、3日目の抜き打ちテストにも合格します。それでも10日目にクビになってしまいます。
理由は「感じが悪いから」でした。みんなのように空気を読んで、普通にできていることができないと、感じが悪いと言われてしまう。
能力自体は満点だったのに、みんなと同じことが軽やかにできないことでバツになる。小さい頃から何度もぶつかってきたことで、いまだに頭がクラクラすると書かれているそうです。
報われないかもしれない努力と、報われた後の行動
池田さんが一番心を動かされたのは、報われないかもしれない努力と、報われた後の行動でした。売れたくて、認めてほしくて、でも辞めたくて、それでも辞めたくないというぐるぐるが正直に書かれています。
本文はそのまま引用したいと池田さんは言います。要約すると内容の良さが薄れてしまうからです。
みんなと同じことができない自分が疎ましがられず、排他されることなく受け入れられている。この人たちの中にいられる唯一の方法がネタを作り続けることなのだろうと、体ごと雑巾絞りされたみたいにキュッと決意させられた。
結局人生とは配られたカードで適切な勝負をするしかないという言葉があるように、私は私の体で適切に生きていかなければならない。とはいえ、私の適切な勝負がこれで合っているのかは未だ定かではないのである。
この一節が自分にも染みたと池田さんは話します。ヒコロヒーさんがネタを作り続けることで居場所を作ったように、池田さんにとってのそれはnoteに書くことなのではないかと重ね合わせました。
地道にやっても報われないことの方が多いことなど知っているけれど、それでも地道にやることでしか自分を信用してやれないのだから仕方がない。
先に人へ、最後に自分へ――香水を買う順番
その10年の先に、今日のタイトルの話があります。芸歴10年目にして、やっと初めてお笑いだけの給料で生活できた年があったそうです。
その給料でヒコロヒーさんが何をしたか。まず先輩や後輩にご馳走し、マネージャーたちに贈り物をして、最後に伊勢丹で自分のための香水を買います。
食えるようになったその時に、先に人へお礼をして、最後に自分にご褒美を買う。その順番が素敵だと池田さんはじんわりきたと話します。
誰かが私を評価しても、それは私を評価しているのではなくて、番組だったり、企画だったり、周囲の人々だったり、あらゆるものを内包しているのだ。もちろん、私も素晴らしい仕事をしているという自負はあるが、それだけではきっとこの紙袋を持つまでに至れていなかった。
10年もしぶとくよくやったね、つらいこともあったのによくここまで来れたね。それでもようやく初めて、言い訳のようなそれでなく、素直に自分をねぎらってやることができたのだと。
天狗になった17年前の自分と、採点者を外に置く罠
ここから池田さんは自分の話に移ります。17年前、『朝4時起きで、すべてがうまくいく』という本が売れ、ビジネス書でベストセラーとされる3万部を超えて12万部になりました。
その時の自分とヒコロヒーさんの態度の違いに情けなくなったといいます。全部自分の実力だと考え、これまで下に見た人に仕返ししてやると思ってしまったそうです。
支えてくれた人への感謝もほったらかして、自分にお金を使っちゃったし、天狗になって、ほんとダサすぎるなって思いました。
点数が低いときの苦しさは誰もが苦労話として語ります。しかし池田さんは、点数で採点する社会には裏面があると指摘します。低い点でダメだと思う一方、高い点は人を天狗にしてしまうのです。
感じが悪いとバツをつけられたヒコロヒーさんと、ベストセラーで天狗になった自分。違う話に見えて、実は同じ場所にいると池田さんは気づきます。
頭がクラクラして、自分を卑下してしまう
偉くなった気がして、天狗になってしまう
「みんなのおかげ」と「私よくやった」を同時に言う
ここでヒコロヒーさんは格が違うと池田さんは話します。ポッドキャストでの本人の言葉を借りれば「ええやつ」で、このエッセイはええやつの塊だといいます。
ヒコロヒーさんがしているのは、「みんなのおかげ」と「私よくやった」を同時に言うことでした。片方だけでは、卑屈になるか、天狗になるかのどちらかに転んでしまいます。
池田さんの周りには、自分の手柄をなかったことにする人が多いといいます。「私なんて」「たまたまです」と、自分の力なのに自我を消してしまうのです。
17年前の池田さんは逆で、手柄を全部自分のものにしてしまいました。どちらも片方しか言えていない状態です。
みんなのおかげと私よくやったを同時に言うって、すごい大事なんじゃないかなと思いました。自分をねぎらった上で、人のことも大切にする人の行動だなと。
天狗になった自分をダサいと思う一方で、そう言える自分は悪くないとも池田さんは言います。少なくとも17年前よりは成長しているからです。
天狗になった翌年から、池田さんは朝活手帳を作り始めました。以来17年間、お客様の声を聞いてアップデートしながら、地道に作り続けているそうです。
あの時天狗になって、ダサと思って反省したから今があると思うんですね。ヒコロヒーさんの10年と私の17年を重ね合わせて、地道にやっていこうと励まされました。
朝に書く「ダサ、ウケる、頑張ろう」の3行
池田さんは、素晴らしい才能に出会うたびに格の違いにへこむことをほぼ毎日繰り返していると話します。それでも朝の時間に気持ちを切り替えているそうです。
そこで今回の持ち帰る問いが提示されます。紙とペン、あるいはスマホのメモに、最近の小さな「ダサ」を一つ書くというワークです。大きな失敗より、小さいものがよいといいます。
例として、会議で言いたいことを黙ってしまい帰り道にくよくよした、SNSで同期の活躍におめでとうと押しつつ本当は悔しかった、後輩が褒められてなぜかムカッときた、といった場面が挙げられました。
大事なのはその後です。ダサを書いた後に「ウケる」と「頑張ろう」を足す。ダサ、ウケる、頑張ろうこの3行を書いてほしいと池田さんは言います。
これは反省文ではないと池田さんは念を押します。「ダサい」は自分を責める言葉ではなく、自分から距離を取り、客観化するための言葉だからです。
真ん中のウケるを飛ばすと、ただの自己嫌悪になっちゃうんですね。なのでウケるも入れてください、絶対に。
ダサには2種類あるといいます。うまくできなかったダサと、うまくいって調子に乗ったダサです。17年前の池田さんは後者でした。どちらに転んだかを見ておくと、自分の癖が分かるそうです。
さらにこのワークは朝にやってほしいといいます。夜に思い出すといたたまれなくなって寝られなくなるため、朝に書いて切り替えてから一日を始めることが大事だと話しました。
リスナーのコメントに答えて
後半はYouTube生配信のコメントへの応答です。本の表紙が水彩画のように綺麗だという感想に、淡々と書かれているのに心を打つ本だと池田さんは応じます。
周りへの感謝が素敵だという声には、感謝が行動に出ている点が大切だと答えます。先輩にも後輩にも奢り、最後に自分の香水を買う、その順番が泣けると重ねて話しました。
全てが周りのおかげではなくて、自分も頑張ったから引き上げられているという部分もきちんと認めながら、でも周りへの感謝があってこその私だなと。そこが足りなかったから、私は天狗になっちゃったんだなと身に染みて思いました。
まとめ
『きれはし』は、6円しかなかった芸人が10年目に自分を労うまでを正直に描いたエッセイです。池田さんはそこに、点数で人を測る社会の罠と、「みんなのおかげ」と「私よくやった」を同時に言える強さを読み取りました。
- 『きれはし』は2018年の6円の日から、お笑いだけで暮らせるまでの日々を淡々と綴ったエッセイ
- ヒコロヒーさんは初給料で先輩後輩に奢り、贈り物をし、最後に自分の香水を買った
- 採点者を外に置く限り、低い点でも高い点でも同じ罠にはまってしまう
- 「みんなのおかげ」と「私よくやった」を同時に言うことが、卑屈にも天狗にもならない鍵
- 朝に「ダサ、ウケる、頑張ろう」の3行を書くと、自分を客観化して切り替えられる



