教科書で泣くとはどういうことか
この回で取り上げるのは、荻野淳也さんの『仕事人生を後悔しない メンタルづくりの教科書』です。
NewsPicksパブリッシングから8月10日に出たばかりの本で、収録時点では発売から2週間ほどしか経っていません。
著者の荻野さんは、マインドフルネス分野の第一人者だと紹介されています。
荻野さんは、外資系コンサルティング会社やスタートアップを経て2008年に起業し、Googleで開発されたサーチインサイドユアセルフ ── Googleが社員向けに開発したマインドフルネスと感情知性のプログラム。書籍化もされ、日本でも広く知られています。の認定講師として活動してきた人物です。
そしてこの本、タイトルに「教科書」とついています。教科書で泣くというのはあまり想像がつきません。
だからこの回は、「なんで泣いたんだろう」を一緒に考えるという切り口で進みます。
17年来の友人が、同じ山を違う道から登っていた
荻野さんは、池田さんの友人でもあります。出会ってから17年近くになるといいます。
ただし、友人だから紹介しているわけではないと池田さんは強調します。タイトルを見た瞬間に「これは絶対読まないと」と思ったのが理由です。
生きるベースとなるメンタルづくりって、すごい大事ですよね。それをないがしろにすると、仕事人生だけじゃなくて人生全般、後悔すると思ってるんですよね。
2人が出会ったのは2009年頃。池田さんが1冊目の本を出したばかりの頃、朝の勉強会でご一緒したのが最初だったそうです。
当時はまだ朝活が今ほど当たり前ではなく、数人で表参道のカフェに集まり、お題を持ち寄って話す場をずっと続けていたといいます。
そしてその頃、日本にはマインドフルネスという言葉すらありませんでした。それでも荻野さんは、当時からその大切さを語っていたそうです。
それから7年後、池田さんが『朝の余白で人生を変える』を出した際、マインドフルネスと余白の共通点に気づき、新刊イベントに荻野さんを招きました。
この人と私は違う道から同じところを見てるんだな、同じ山を見て、アプローチは違うけど同じところを登ってるんだなと思ったんですよね。
7つの不安リストに、全部当てはまってしまった
ここから中身の話に入ります。池田さんは冒頭の一文を読み上げます。
あらゆる不安や悩みは、あなたの思考の癖のせいで起きている。
いきなり強い書き出しですが、脅される感じはしないと池田さんは言います。むしろ静かに「大丈夫?」と肩を掴まれるような感触だと表現します。
キーワードは「思考の癖」という言葉です。そして冒頭には、こんな不安を持つ人におすすめします、という7つのリストが出てきます。
これを見て、池田さんは思わず声が出たといいます。1つや2つではなく、7個すべてに当てはまってしまったからです。
過去、私はそう感じていました、今は違います、って言うとかっこいいんですけど、そうじゃなくて、どれもいまだに現役で私が感じてる不安だったんですよね。
このリストは弱点を突くためのものではない、と池田さんは受け止めます。今ここに生きている人の、生の声のリストなのではないか、と話します。
思考の癖は、なくすものではなく気づくもの
この本が優しいと感じたのは、思考の癖を「自分がダメだからついたもの」として扱わない点だと池田さんは言います。
むしろ逆で、これまで自分を守るために身につけてきた、生き延びるための生存戦略だとされています。
例えば「評価が怖い」という悩みは、過去に怖い思いをしたことがあるから生まれます。弱音を吐かないのも、吐けない場所で踏ん張ってきたからです。
問題は、その装備をガチガチに固めたまま、危険がない今も自動で動き続けてしまうことにある、という整理です。
自分がダメだからじゃなくて、今までいろんな防御反応が守ってきたんだと思えば、気づける。
そしてこの本は、その癖を根絶しようとはしていません。癖があると見つめ、共存しながら、安心するベースに戻って生きていく、という姿勢が示されています。
人の心には不安なモードと安心のモードがあり、一日の中で行ったり来たりしています。ブレない絶対の軸があるわけではありません。
防御反応が働き、緊張しやすい状態
穏やかなベースに戻れている状態
だからこそこの本は、安心のモードで過ごせる時間を少しずつ増やしていくための方法を詳しく書いている、というのが池田さんの読み取りです。
マイナスをゼロにして、ゼロをプラスにする二段構え
この本でいう「メンタルづくり」は、根性で心を強くすることではないと池田さんは言います。鋼のメンタルをつくる話ではありません。
自分を客観的に知ることで心と体が変わっていく、それがメンタルづくりだと定義されているそうです。
大きく整理すると、軸は2つあります。1つは自分を知ること、もう1つは自分の内側に穏やかな安心感を育むことです。
この順番が大事だと池田さんは言います。何に反応しているのかわからないままでは、安心を育てようがないからです。
道筋も2段階に整理されています。荻野さんはこれを「マイナスからゼロへ」「ゼロからプラスへ」と表現しているそうです。
多くの本は、不安をなくしましょうという「マイナスをゼロに」で終わりがちです。一方でこの本は、不安や悩みをなくすことがゴールではないと明言しています。
心を守りながら、時には傷つきながらも復活して、ちゃんと前に進むための本なんですよね。
だから、どちらかを諦める必要はない、というのが池田さんの受け止めです。心穏やかでいるために働き方をセーブする必要も、成果のために穏やかさを捨てる必要もありません。
印象に残ったのは「無条件に満たされる感覚」という言い方だといいます。何かを達成したから、認められたから満たされる、という条件付きの満足は、条件が消えると一瞬で消えてしまうからです。
教科書なのに、書いた人の顔が消えていない
後半のテーマは、なぜ教科書なのに泣いたのか、です。池田さんは友人の本を応援するつもりで、体系的な実用書として読み始めました。
それなのに、読んでいる途中でも読み終わった後でも涙が出た。自分でも驚いたといいます。
論文や科学的根拠、受講生の体験にもとづくしっかりした理論と実践の本です。それでも泣いた理由を、池田さんは教科書という形式から考えます。
型として整えるほど、誰にでも当てはまるように書こうとするほど、その人の顔ってどんどん見えなくなっちゃうんですね。
多くの教科書は、書いた人が消えます。「私はこうだった」ではなく「一般的にこうである」へ変換していくのが体系化だからです。
ところがこの本では、それが消えていない。荻野さん自身が7つの不安を1つずつ克服してきたプロセスが、コラムとして赤裸々に書かれているといいます。
理論の説明を読んでるはずなのに、その裏側に実際にそこで苦しんで克服した荻野さんがいるんだっていう感触がずっとあるんですね。
17年来の友人として、なぜ荻野さんがそこまでしてマインドフルネスを広めたいのか、その気持ちや葛藤がわかった、とも語ります。
昔から仏様のように穏やかな人だったといいます。ただ、17年前の池田さんは物質主義寄りの思考で、優しい世の中が本当に来るのかと斜に構えていた面もあったそうです。
それでも17年かけて荻野さんの理念が浸透していくのを見てきて、思いの根っこがあるから伝わるのだと感じたといいます。
タイトルの「後悔しない」という言葉についても、池田さんは踏み込みます。
理論が先にあって人生が後からついてきたのではなく、順番は逆だった。だから泣いたのは理論に納得したからではなく、理論の向こう側にいる荻野さんに出会えた気がしたからだ、とまとめます。
型ではなく、型の裏側にいる人に出会えたとき
ここで話は、池田さんが朝活ブッククラブで折に触れて伝えていることへつながります。
私たちは、目に見える数字で採点される世界に生きています。順位やフォロワー数、受賞といった指標で、つい人と比べてしまいます。
だから手っ取り早く失敗しない方法や、うまくいく手順だけをほしくなる。本を書く側として、その気持ちもよくわかると池田さんは言います。
ただ、本当に人を動かすのは型そのものではない、と池田さんは考えます。
「この人もここで転んだんだ」「だからこの型を広めたいんだ」とわかった瞬間に、初めてその型が自分の体に入ってくる、という感覚です。
そして、その生身の体験はAIには感じられないと池田さんは言います。体系はすぐにきれいに整えてもらえても、その体系に至るまでのプロセスは自分にしか経験できないからです。
思考のクセは、自分が自分にかけている言葉のクセ
池田さんは、この本を読みながら「思考の癖」という言葉を、自分なりに読み替えていたと語ります。
私がよく伝えているのは、自分が自分にかけている言葉の癖だなと思ったんですよね。
「自分はまだまだだ」「弱音を吐いてはいけない」「どうせうまく伝わらない」。7つのリストは、誰に言われるでもなく、毎日自分にかけている強い言葉だと池田さんは指摘します。
人からひどいことを言われたら傷つくのに、自分から自分に同じことを言うのは平気でやっちゃうんですよね。
そして、その言葉を最初にかけ、最も影響を受けるのが朝だといいます。
目が覚めた瞬間、まだ何も始まっていないのに、頭の中で今日の予定が再生され、「今日きついな」「どうせうまくいかない」と自分に言ってしまう。
そこを変えないまま日中だけ前向きになろうとしても無理がある、というのが池田さんの見立てです。だからこそ、朝の最初の声かけが大事だと語ります。
池田さん自身は、書くというアプローチをとっています。荻野さんがマインドフルネスやジャーナリングで伝えることを、池田さんはノートに書き出すことで伝えているといいます。
マインドフルネスが気づくということだとしたら、書くことって、気づいたものに輪郭をしっかりと与えることだと思うんですよね。
頭の中でぐるぐるしているうちは形がなく掴めないものも、紙の上に置くと「私はこう思っていたんだ」と他人事のように眺められる。そこが大事だと池田さんは話します。
朝の10分でできる、2つの問い
最後に、池田さんはこの回のテーマを持ち帰るための2つの問いを紹介します。紙とペンを用意して考えてほしい、と呼びかけます。
今朝、自分が自分に最初にかけた言葉は何でしたか。
1つ目の問い さんからの質問
思い出して、そのまま書き出してみてください。きれいにしなくてかまいません。「だるい」「またこの時間か」「今日も眠れなかった」など、出てきたまま書けばよい、と池田さんは言います。
もし大切な友人が全く同じ状況にいたら、あなたは同じ言葉をかけますか。
2つ目の問い さんからの質問
多分かけないはずです。では友人には何と言うか、それを書いてほしい、というのが池田さんの提案です。大切な友人や子どもにかけるような言葉を、自分にかけるということです。
池田さんは、朝起きて鏡を見て「今日もシワが増えたかも」と思いがちだと例を挙げます。でも友人に「シワどうしたの、シミ増えたよね」とは絶対に言わないはずだ、と対比します。
友人にかける方が、本当の言葉です。
池田さんはこれを「自分が自分の味方になる」と呼び、荻野さんの言葉で言えば「思考の癖に気づく」ことだと重ねます。
そしてこれは一度で終わる作業ではありません。翌朝にはまた「どうせうまくいかない」と思ってしまうかもしれません。
でもそれでいいんですよ。朝は何度でもやり直せる時間なので。
「いけないいけない、自分に暴言吐いてたわ」と気づいてリセットし、言い直せばよい。それを毎朝繰り返せばいい、と池田さんはまとめます。
まとめ
体系的な「教科書」でありながら、著者・荻野淳也さんの生身の克服プロセスが消えずに残っている。だからこそ泣ける一冊であり、池田さんはその「思考の癖」を「自分が自分にかける言葉の癖」として読み替え、朝の声かけを見直すことを提案しています。
- 『仕事人生を後悔しない メンタルづくりの教科書』は、思考の癖を生存戦略と捉え、なくすのではなく気づいて共存する本
- 目指すのは「マイナスからゼロ」「ゼロからプラス」の二段構えで、不安をなくすことがゴールではない
- 教科書なのに著者の体験が消えておらず、型の裏側にいる人に出会えたことが涙につながった
- 思考の癖は自分が自分にかける言葉の癖であり、最初にかける朝の言葉が一日を左右する
- 「今朝最初にかけた言葉」「友人にも同じ言葉をかけるか」の2つを書き出し、朝は何度でもやり直せる




