4人旅なのに新幹線で「縦一列」に座った理由
本題の前に、今井さんは近く4人で行く旅行の座席をどう決めるか、すごく迷ったという話を切り出します。メンバーは今井さん、青木さん、内沼さん、そして今井さんの先輩の4人で、先輩と内沼さん、青木さんは初対面でした。
今井さんが挙げた座席のパターンは、2人ずつの2×2、席を回転させて向かい合う形、そして縦一列の3つです。悩んだ末に選んだのは縦一列でした。
理由は、コンテンツの仕事をしている先輩の仕事の話が、初対面の場では必ず出るからだといいます。ただ、作品名などは公共の場では話しにくく、向かい合わせだと小声になったりスマホを見せ合ったりしてテンポが悪くなると考えたそうです。
初めましてってところから、「あれのあれってどうなってるんですか」みたいなことは多分全部面白いんですけど、ちょっと公共の場で話せない。
青木さんは、その気配りに驚きます。自分なら「新幹線ではこの話はしにくい」と事前に想像すること自体ができず、現場で「やべえ、この話できねえな」と気まずくなるだろうと話します。
(新幹線では話しにくいと)思いつくことからできない。いざなって「あ、やべえ、この話できねえな」って現場で思い、気まずい感じになる。
青木さんは、旅の同行者に気配りが得意な人がゼロだと大変になると振り返り、自分それ見ます」みたいなふうに思ってくれる人がいて、ほんと良かったと今井さんに感謝を伝えます。
リスナーからの相談。「覚悟が足りない」という話になるのか
ここから本題に入ります。今回のテーマは、東京都の焼け石に白湯さんから寄せられた相談です。仕事で得た知見をnoteやポッドキャストで発信し始めたいものの、実名や顔出しをするかで悩んでいるといいます。
近いうちに仕事で得た知見や考えたことをnoteやポッドキャストなどで発信し始めたいと思っています。実名や顔出しをすることで説得力が増したり仕事につながりやすくなったりする実利は理解していますが、一方で個人としての自分と発信者としての自分は分けておいた方が精神衛生上良さそうな気もしています。知らない人に一方的に知られることへの抵抗もあります。実名や顔を出さないのは、発言や活動を引き受ける覚悟が足りないという話になってしまいますでしょうか。それとも信頼を得るための手段ではあるけれど、必須ではないとお考えでしょうか。お二人がもし今から発信や創作活動を始めるとしたら、実名顔出しを選びますか?
相談には、デジタルタトゥー ── ネット上に一度公開された情報が半永久的に残り、完全には消せない状態を、皮膚に彫った入れ墨にたとえた言葉やディープフェイクの話もあり、実名顔出しの意味が変わってきているという問題意識も添えられていました。
青木さんは「考えがいがあるテーマ」と受け止めます。今井さんは、社長という立場では実名は選べないケースが多いと補足します。上場企業なら実名は必須で、未上場でも登記から名前はわかると2人は確認します。
20年やって気づいた「不可逆」。始めた側の覚悟論
青木さんは、自分が実名や顔を出し始めたのは、誰も自分のことを見ていなかった時期だと振り返ります。当時は覚悟して始めたわけではなかったといいます。
その時はだから覚悟して始めたわけじゃないよ。何の覚悟もなく、ぬるっと、やるっしょみたいなぐらいの感じで、浅はかに始めてしまいました。
ところが20年続けると認知される量が増え、気づいたときには取り返しがつかなくなっていたといいます。だからこそ青木さんは、これから始める人に「覚悟が足りない」と言うのはおかしいと考えます。
(これから始める人に)覚悟が足りないとか言うのも、いや、お前も覚悟なんかなく始めたろと。
今井さんは、以前いた出版系の会社が当時としては珍しく全員Xアカウント必須だったと話します。実名が原則で、責任を持ってやろうという方針だったため、入った時点で選択の余地はなかったそうです。ただ、抵抗も特別な喜びもなかったといいます。
「木だけ持っていく」匿名発信への違和感
今井さんは、自分がまだうまく言語化できていない感覚として、ある種の匿名発信への苦手意識を挙げます。特定の業界や組織に属していることをほのめかしながら、実名も顔も出さずに発信する人が好きではないといいます。
(特定の)業界や組織に属していることはほのめかしたり明言したりしながら、実名も出さず顔も出さずに発信してる人のことは好きじゃないんですよ。
青木さんは、たとえば「上場企業経営者のKです」と名乗りつつ他社を腐すような例を挙げます。今井さんは、同業でも自社の新刊を紹介するなど、名乗っていなくても誰かわかる人がいると応じます。
今井さんは、この違和感を森のイメージで説明します。先輩たちが育ててきた山から、自分たちは木を切って売っている。その匿名発信者は植えてない感じがする、木だけ持っていっている気がするといいます。
みんなで育てた森、山があって、それは先輩たちが育ててきた。そこから僕らは木を切って売ってるわけで、その植えてない感じがするんですね。
一方で、ジャンルによっては匿名で全く問題ないと2人は整理します。
小説家のペンネーム、漫画家、役者や落語家の芸名など。本名や顔を出さないことがむしろポピュラーで、成果もほとんど変わらない
マーケティングの専門家など、影響力や事業を拡大したい場合、芸名は必ずしもポジティブに働かない
芸名でも成立する時代。ニックネームが活動名になる
青木さんは、創作の世界では本名でないことがむしろ普通だと指摘します。歌舞伎役者や落語家の芸名、葛飾北斎 ── 江戸時代の浮世絵師。「冨嶽三十六景」で知られる。青木さんは、こうした絵師名も本名ではないだろうと例に挙げていますや写楽のような絵師名も本名ではないだろうといいます。
さらに青木さんは、近年ニックネームがそのまま活動名になる流れが強まっていると話します。あいみょんのような名前の付け方や、攻殻機動隊の新TVアニメシリーズの監督が「モコちゃん」という名で顔出ししている例を挙げます。
いよいよニックネーム自体がその人そのものの名前になっていくみたいなのは、ほんとクリエイターの世界ではすごく増えてきたな。
この流れは旧姓で仕事をする女性が増えたことにも後押しされ、ビジネスでも名前らしいペンネームや活動名くらいは許されるようになってきたと青木さんは見ています。
仕事の性質によっても、実名や顔出しの必要性は変わると2人は整理します。
小説家や漫画家のように成果物がある仕事。本名か芸名か、顔出しの有無で成果はあまり変わらない
政治家のように活動そのものが仕事。芸名で顔出しなしはほぼ成立しない
顔出し・名前出しは「レバレッジ」。掛け算ではなく足し算
今井さんが「名前はいいとして、顔は出した方がいいか」と尋ねると、青木さんは「いい悪い」ではなく、目的に対してどれだけパフォーマンスが出るかの問題だと答えます。
青木さんは、これをコンテンツ・本名・顔出しの関係で説明します。ただし、これは掛け算ではないといいます。
青木さんは、成果が変わるならその正体はレバレッジ ── 小さな力で大きな成果を狙う「てこの原理」。金融では借入で投資効果を高める意味で使われ、ここでは顔や名前を出してリスクを取り、発信の効果を上げることを指していますだといいます。レバレッジをかけるにはリスクが伴うため、どこまでのパフォーマンスを望むかと、許容できるリスクの大きさを各自で判断するしかない、と結論づけます。
自分はどのぐらいのパフォーマンスをしたいのかっていうことに対して、許容リスクがどのぐらいなのかっていうことを考え、それぞれが判断する。
人は「知ってる人」の言葉を聞く
青木さんは、顔も名前も出さない発信には一つ注意点があるといいます。それは、人は「知ってる人」の言うことしか聞かない、という点です。
人って知ってる人の言うことを聞くのよ。
青木さんは、通販番組の例を挙げます。俳優や歌手、スポーツ選手が起用されるのは、必ずしも商品と購買層がマッチしているからではなく、共通しているのは「有名だ」ということだといいます。
その理由を、青木さんは「人は知らない人の言葉はそもそも聞かない」と説明します。知らない人の言葉は、聞こえない、気づかないというレベルだといいます。
人って知らない人の言葉ってそもそも聞かないのよ。なんなら聞こえないとか気づかない。
ここで青木さんが強調するのは、「知ってる」とは名前と顔だけではないということです。その人に紐付いたエピソードを知っていることが「知ってる」だといいます。年配の俳優が健康食品のCMに出た瞬間、「あの熱血教師の役をやっていた人だ」といったエピソードが想起され、話が入ってくるという説明です。
その人が登場する
名前・顔・エピソードが瞬時に想起される
知ってる感が増す
紐付くエピソードが多いほど「知ってる」度合いが上がる
話が入ってくる
知ってる感が強いほど、その人の言葉が届く
「信頼」と「知ってる感」は別物という発見
今井さんが「でも信頼とはまた違う」と確認すると、青木さんは、信頼と「知ってる」はまったく別物だと切り分けます。知らない人でも信頼はされうるといいます。
(知ってると信頼は)また違うんだよ。知ってるだけなの。だから知らない人でも信頼はされるの。
問題は、信頼だけを追求して「知ってる」がないと、そもそも話が聞こえる率が低くなる点だと青木さんはいいます。10人にしか伝わらず、その全員に信頼されてもきつい、という構造です。
青木さんは、この順番を通販番組の仕組みで説明します。まず有名人が「知ってる」で足を止めさせ、100人のうち80人が聞く状況を作る。その上で、一緒に出ている専門家が「信頼」を担保していく、という役割分担だといいます。
青木さんは、この「知られている」というパワーを、ある種の魔術だと表現します。政治家の応援演説で有名人が来ると足が止まるように、好かれているか信頼されているか以前に、知られていること自体が強く作用するといいます。悪名高い政治家でも、知られている方が足が止まるという例です。
必ずしも好かれてるかとか、信頼されてるかとかの前に、この知られてるっていうパワーがあるっていうのは知っておいた方がいい。
顔も名前も出さずに成立する「ちきりん型」
青木さんは、顔を出さなくても成立するケースを整理します。分かれ目は、相手がコンシューマー(一般の視聴者・フォロワー)なのか、実際に会って仕事をする相手なのか、だといいます。
視聴者やフォロワー相手なら、その側面でしか付き合わないため「知ってる」を蓄積でき、顔出しなしでも成立しやすい
実際に会って依頼する仕事では「知ってる」が足りず、相手が躊躇しやすいマイナス分がある
今井さんは、その例としてちきりん ── 社会派ブロガーとして知られる書き手。顔や本名を出さずに書籍やポッドキャストで活動していることで知られますを挙げます。名前も顔も出さないまま、本もポッドキャストも人気だといいます。
青木さんは、ちきりんさんについて、名前や顔はわからなくても「あるコンサル会社でこういう仕事をしている人らしい」くらいは伝わっている点に注目します。名前や顔を出さずとも、すごい会社の責任ある立場だと公開できることで、ちょうどいいバランスが取れる人がいるのかもしれないといいます。
一方で青木さんは、もしちきりんさんが顔と名前を出していたら、インパクトの総量はもっと大きくなっていたかもしれないと付け加えます。ただ、無限にインパクトを追うのでなく、心地よさとのバランスを取りたいなら、無理に出す必要はないと結論づけます。
別に無限にインパクト追いたいわけじゃなくて、自分の心地よさとインパクトのバランス取りたいんですって言うんだったら、別にわざわざそんなことする必要ないしな。
知られて喜べるのも才能。そして「有名は不可逆」
今井さんは、知らない人に知られることへの反応にも個人差があると話します。街中で話しかけられて心から喜べるインフルエンサーの友人がいて、それを「才能だ」と伝えたことがあるといいます。
(街で話しかけられるのは)嫌じゃないの?って聞いたら、いや、僕めっちゃ嬉しいんですよ。
青木さんも、それを喜べるとパフォーマンスが一段も二段も上がると同意します。逆に、それが苦手なのに顔や名前を出すのは自分にとって良くない、と自分のことを振り返ります。
青木さんが、このテーマで最も影響を受けたのが、勝間和代 ── 経済評論家。効率化やライフハックに関する著作で知られる。青木さんはその著書から、有名になることの不可逆性を学んだと話していますさんの、有名になることをテーマにした本だといいます。無名から有名になって何が起き、どうすればよかったかが書かれていたそうです。
その本で青木さんが最も面白いと感じたのが、有名になったら無名には戻れない、つまり不可逆だという指摘でした。だからこそ、それを自分が抱えられるかを考えましょう、という趣旨だったといいます。
有名になったら無名になることはできないんだっていう、不可逆だっていうことをすごくお書きになられて。
青木さんは、相談者の焼け石に白湯さんについて、こうしたことを考えてから始めようとしている賢い人だと評します。発信すべき内容がすでにあり、自分のことも大事にしたい人であって、「覚悟がない」という話にはならないと述べます。
若い世代ほど増すSNSの匿名性
最後に2人は、若い世代の変化に話を向けます。今井さんは、インターン生のインスタアカウントがどんどん匿名性を増していると話します。DMを送ろうとしても、本名で探しても出てこないといいます。
(本名で)青木って言っても出ない。なんて名前だったっけみたいな。
青木さんは、だからこそ実名や顔を出せると突き抜けられる、出したもん勝ちになりやすい構造も出てくるかもしれないと見ます。今井さんは、Facebook全盛期を「人類の歴史の中で狂った時間だったかもしれない」と振り返ります。
青木さんは、自分が子どもの頃はほとんどの世帯の名前・住所・電話番号が電話帳に載って各戸に配られていたと補足します。時代によって前提は大きく変わるとしつつ、結局は個々に判断するしかないと締めくくります。
いろいろ考えながら個々に判断しましょう。でもまあ差はあるよねと、それぞれにみたいな。
まとめ
この回は、実名や顔出しを「覚悟の有無」ではなく、「知られる」ことのパワーとリスク、そしてレバレッジとして捉え直す相談回でした。青木さんと今井さんは、正解を一つに絞らず、目的と許容リスク、そして自分の心地よさから各自が判断するしかないと着地します。
- 実名や顔出しは覚悟の問題ではなく、目的に対してどれだけ効果を上げるかというレバレッジの問題として捉えられる
- 創作の世界では芸名や匿名がむしろ普通で、成果もあまり変わらない。ビジネスや活動が仕事の分野では実名や顔出しの効果が出やすい
- 人は「知ってる人」の言葉しか聞かない。知ってるとはエピソードまで含めた「知ってる感」で、信頼とは別物である
- toC中心なら顔出しなしでも成立しうるが、実際に会う仕事では「知ってる」が足りずマイナス分が出る
- 有名になることは不可逆で、無名には戻れない。だからこそ自分が抱えられるかを事前に考えることに意味がある




