『ブレイキング・バッド』と『ザ・スタジオ』の遊び回から
番組冒頭、室内に虫がいるという話から、今井さんは海外ドラマ『ブレイキング・バッド』の「ハエ回」を思い出します。ブレイキング・バッド ── 麻薬製造に手を染めた化学教師を主人公とするアメリカのテレビドラマシリーズ。犯罪ドラマの傑作として高く評価されている。
ハエ回とは、薬を作るラボに入り込んだハエを探すだけで1話が費やされる回です。セリフがほとんどなく、缶を開ける瞬間にカメラが中へ入っていくような、カメラワークだけで進む回だと今井さんは説明します。
『ブレイキング・バッド』という名作の海外ドラマがあるんですけど、それにハエ回があるんですよ
面白いそれ?
僕は面白くなかったんですけど
面白くなかったと言いつつ、今井さんはこの回を貴重だと捉えます。今はNetflixのような配信では途中で切られてしまうため、テレビシリーズだからこそできた制作者の遊びだからです。
制作者の遊びが(できた回だね)
作る方が楽しいよなそれ
同じ流れで、二人は『ザ・スタジオ』の話にも触れます。映画プロデューサーが映画を好きすぎてうまく作れない、という物語です。ザ・スタジオ ── Apple TV+で配信されている、映画スタジオの内幕を描いたコメディドラマ。番組内では高く評価されている。
その第2話は、カットしない長回しの良さを語る回が、実際に全編ノーカットの長回しで撮られているという構成でした。今井さんはこの作品を絶賛します。
スタジオはほんと素晴らしかったですね。あれだけのためにApple TV入っても問題ないと思いますね
情熱がありすぎる主人公という点が、図らずも今回のテーマ「熱量って高いほどいいの?」につながっていきます。
クラシコムは「ぬるま湯」?平熱は心地いい
今井さんはクラシコムの雰囲気を、お湯にたとえて「ぬるま湯」と言いかけ、青木さんに「すげえ悪口じゃん」とツッコまれます。狙いは悪口ではなく、「えいえいおー」という感じではない静かな空気のことでした。
(クラシコムは)そんなにこう「えいえいおー」って感じじゃない
青木さんは、この状態が結果ではなく意図だと明かします。熱くなりすぎないよう、平熱にコントロールしようという意識が相当強いというのです。
平熱にコントロールしようっていう意識は相当強いかも
青木さんは、暖かい・熱いと冷たいという二極の真ん中に「平熱」があると整理します。平熱は素っ気ないものに聞こえがちですが、実際には心地よい状態だと語ります。
その理由を、青木さんは体温にたとえて説明します。平熱とは、暑いとも寒いとも意識していない、コンディションのいい状態のことです。
体温が下がって寒がっている、コンディションの良くない状態。あたたかさや熱を欲しがる
暑くも寒くもなく、熱を意識していないコンディションの良い状態。熱いものは暑苦しく感じる
青木さんは、熱いものや冷たいものを求める主体は、そもそもコンディションが良くないのではないかと問いかけます。だとすれば、組織を誰のコンディションに合わせるかで、集まる人や定着する人が変わってきます。
平熱よりも冷たいとか、平熱よりもあったかい、熱いっていうものを求める主体はそもそもどういうコンディションなんだろう
会社は「寂しさ」を埋める場所じゃない
青木さんは、平熱の組織を物足りなく感じる人がいることも認めます。寂しさや空虚さを抱えている人にとっては、平熱の空気は満たしてくれないからです。
クラシコムは、自分の仕事に責任を持ってやろうとする人が多い一方、大きな目標に向かってみんなで熱狂する、という雰囲気ではないと青木さんは言います。それは「仕事だもんね」という平熱の空気です。
一方で、青木さん自身の平熱の実践は日々のふるまいに表れています。朝、入り口から自室まで歩きながら、席にいるスタッフほぼ全員に「おはよう」と声をかけて入ってくるといいます。
つまり、コミュニケーションを避けるような冷たい印象は持たれたくないと考えています。それでいて、特定の誰かと突出して仲がいい、という状態も作っていません。
社員の人とプライベートでご飯行ったこと一回もないから
青木さんは、これをツンケンでも特別な親密さでもない「バランス感」だと表現します。このバランスそのものが、平熱を求めているというメッセージになっているのではないかと語ります。
かつて「自由だし周りもいい人ばかりだけど、なんか寂しい」と言われたこともあると青木さんは振り返ります。それでも、寂しさを会社で埋めることは重視していないと明言します。
その理由は、もし寂しさを会社で埋めてよいことにすると、青木さん自身の寂しさを社員の誰かに埋めてもらうことも正当化されてしまうからです。寂しさは会社ではなく個人生活で扱うもの、という線引きです。
会社にはそれぞれの責任や役割があり、それを心地よく生産的に果たせる温度感を優先する。それがコンディションのいい人にとって、ほとんどの場合ありがたいのだと青木さんは考えています。
サウナでは「自分の膝」しか見えない
平熱の良さとして、青木さんは「ものが見える」ことを挙げます。熱すぎても冷たすぎても、視野は狭くなるという実感からです。
サウナ入ってる時なんてほとんど俺自分の膝しか見てないよ
熱いサウナでは膝しか見えず、その後の水風呂では逆に何も見えない。青木さんは、熱い・冷たいという極端な状態が視野を狭めることを、身体感覚で説明します。
この話を受けて、今井さんはアフリカの経済発展が滞りがちな一因に気温があるという説を思い出します。暑さのために、いろいろなことが待てなくなるという指摘です。
作物や食品の保管コストが高く、貯めることや先のために備えることが物理的に難しい。今井さんは、その意味でエアコンの存在は非常に大きいと語ります。
青木さんは、北すぎず赤道にも近くない温帯気候の地域が経済発展しやすかった、という見方もあるかもしれないと応じます。
今井さん自身も、ファンのついた空調服を使い始めたことで、暑い屋外でも顔を上げて歩けるようになったといいます。これも自分を平熱に近づける装置だという実感です。
(空調服で)顔を上げれるっていう
組織の温度調整は「オン・オフ」より「オート」
青木さんは、クーラーの効かせ方をたとえに使います。かけすぎてもしんどく、緩めすぎても暑い。人間の平熱にできるだけ影響を与えないところに合わせに行くと、心地よさが変わるという話です。
ここから青木さんは、集団や個人の熱量への認識に「あたたかいか冷たいか」の2択しかないのではないか、と問題提起します。本来は真ん中を目指すべきなのに、冷やすか温めるかしか発想がないというのです。
空調はオートにすれば一番心地よくなるように発展してきた。ところが組織のマネジメントのレバーは、いまだにオン・オフしかない機械のようだと青木さんは指摘します。
少し汗ばむくらいがいいとされる会社も多く、その結果として「寒がりの人」が集まってくる。それはそれで、寒がりの人にとってはいい会社になるのだと青木さんは補足します。
一方で、熱い会社にいて疲れ、しばらく休みたい人にとっては、指示されたことを淡々とこなせる冷たい会社が心地いいこともある。どの温度がいいかは人によって違うという整理です。
受注してきた営業と、平熱のクリエイティブ
今井さんは、自身の新卒時代を例に挙げます。リクルートは熱いイメージの会社ですが、今井さんが入ったのはクリエイティブを担うリクルートコミュニケーションズで、社員はむしろ平熱だったといいます。
理由は、受注した直後の営業が「あっちあち」の状態で帰ってくるからだと今井さんは言います。それを受け取って求人広告やマンション広告にする側は、一定クールでないとバランスが取れません。
バランス取れないよね。二人で熱くなってたらね
今井さんは、社長に惚れ込んで熱くなっている営業に対し、その熱をどう求職者に届けるかを冷静に一緒に考える。その役割ゆえに、あえてローテンションでいる必要があったと振り返ります。
一番の交渉力は「相場が見えている」こと
青木さんは、平熱を「リアリズム」だと言い換えます。熱で現実を超えようとするのではなく、現実に何ができるかへ折り合いをつける姿勢です。
社員に対しても、能力やキャパシティを著しく超えた目標を掲げられると「危ない」と感じるといいます。楽でも苦しくもない、ちょうどいいところで仕事をしてほしいという考え方です。
この現実主義を、青木さんは交渉事の話へ展開します。世の中にはポーカーフェイスや、まず高い金額を投げてから落とす、といった交渉術があります。
しかし青木さんが一番の交渉術だと考えるのは、お互いにとっての最適値をいきなり提示することです。相手の見積もりの相場と、受けてもらえる着地点が見えていれば、その刺し値をそのまま出せます。
相場がわからないからこそ、相見積もりを取ったり、上から言ったり威圧したりして相場を探る。交渉の前に相場がわかっていれば、そもそも交渉自体がほとんどいらなくなる、という発想です。
逆に、最適な着地点が見えているのに無理を言ってくる相手は、あまり誠実ではないと判断できる。だから交渉する必要さえなく、一緒にやるべきではないとわかる、と青木さんは言います。
何よりもすごい交渉術って解像度が高いことだよね
平熱は「やる」より「見る・知る」にアプローチする
青木さんは、クラシコムが理念体系で掲げる「観察力・洞察力・判断力」に触れます。これらはすべて「見る」「わかる」に関する能力で、「やる」ことについては何も言っていないと指摘します。
その理由を青木さんは、答えがわかってしまえば、やらないでいる方が難しくなるからだと説明します。だからこそ「わかる」ことが重要になります。
わからないことを無理にやろうとするとき、そこに熱や距離が必要になる。逆に「わからないことがわかっている」状態なら、リスクも了解したうえで、熱がなくても試せると青木さんは言います。
わからないってことがわかってるだけでも、わからないことは熱なくてもやれるのよ
一方、「これはお前のチャンスだから頑張れよ」と圧をかけられながら不確実なことをやるときには、熱がいる。あるいは「他人事だ」と距離を取らないと、その不確実性に耐えづらいというのです。
青木さんは、物事を「見て・知って・やる」というサイクルで捉えます。熱を扱うのは「やる」の部分にアプローチすることで、平熱でいるのは「見る・知る」の部分にアプローチすることだと整理します。
見る・知る
平熱がアプローチする部分。観察・洞察・判断で解像度を上げる
やる
熱や圧がアプローチする部分。わかる前に動かすためのブースト
クラシコムの立場
見て知ることができれば、やるは自然についてくると考える
青木さんは、見て知ることができればやるはついてくる、という立場です。だから「熱」は自分たちにとってはむしろ余分で、見て知ることを阻害しかねないと語ります。
わかっている組織ほど「平熱」になっていく
今井さんは、日本人は平熱が得意なのではないかと問いかけ、サッカー日本代表を例に挙げます。気合を入れる場面はあっても、基本はクールブレインで戦っている印象だといいます。
青木さんは、これを一般化します。やっていることに対して「見える・知っている」割合が上がっていく組織ほど、平熱になっていくのではないか、という見立てです。
伝統がある会社で、熱量が最大の特徴になっている会社はあまりない。自分たちのやることをわかっている感触が強いほど、熱はむしろ邪魔になると青木さんは語ります。
逆に、未知で「わからない」ときには、わかる前に動くために熱が必要になる。クラシコムは、わからなすぎるときは動かず、わかってから動く、あるいはわからなくても大丈夫な範囲で動くタイプだといいます。
だから、熱で動いて動きながらわかっていく、という成功体験を持つ人にとっては、クラシコムは心地よくないかもしれない、と青木さんは認めます。しらけて見えるかもしれないが、そうではなく「ちゃんと見て、わかろう」と力をかけているだけだ、というのが本人の説明です。
シラフでわかり合う会社
青木さんは、会社に飲み会が必要とされるのは、業務時間中のコミュニケーションだけでは相手が「見えない」感覚が強いからではないか、と考えます。
上司側のことも部下に伝わっていないと感じるから、無礼講の飲み会でわかり合おうとする。逆に言えば、わかり合えていれば飲み会はいらない、という理屈です。
クラシコムでは創業時から、そうした飲み会の類はほとんどしてこなかったと青木さんは言います。今井さんは、当時は「やった方がいい」という情報も雰囲気もあったはずだと問いかけます。
なぜ「飲み会はした方がいい」という当時の常識に抗えたのか
まず青木さん自身が飲み会を好きではなかったといいます。ただし、一緒に働く人を「わかりたい」とは思っていたため、業務時間中にシラフでのコミュニケーションを大量に取ってきました。そのために仕事を効率化して余力を空け、コミュニケーションの時間をケチらずに済む仕組みを作ったと語ります。
めちゃくちゃ業務時間中にシラフでコミュニケーションいっぱい取ってきたんですよ
コロナのタイミングからは、年に一度だけ開いていた忘年会さえなくなったといいます。必要なコミュニケーションを時間外に持ち越す必要はない、という考え方です。
最後に青木さんは、特定の二人だけが突出して仲がいい状態は、組織全体で見ると他の人にとって嬉しいことではない、と指摘します。みんなが同じくらいの距離感で気兼ねなく過ごせる方が、仕事にはいいという整理です。
特別に仲のいい友達は、別のところで見つけてもらってもいい。そう考えながらやってきた結果、平熱っぽい会社になったのだと青木さんは締めくくります。
まとめ
この回は、熱量は高いほどいいという常識に対し、クラシコム青木さんが「平熱」という設計思想を語る回でした。平熱は素っ気なさではなく、コンディションのいい人にとって心地よく、ものがよく見える状態として位置づけられています。
- 平熱は冷たさではなく、暑くも寒くもない「心地いい熱」があるコンディションの良い状態
- 熱いか冷たいかのオン・オフではなく、平熱に近づける「オート」の発想で組織の温度を考える
- 寂しさは会社で埋めるものではなく個人生活で扱うもの、という線引きが平熱の前提になる
- 一番の交渉力は相場が見えていること。解像度が高ければ交渉自体がほとんどいらなくなる
- 熱は「やる」を、平熱は「見る・知る」をブーストする。わかっている組織ほど平熱になっていく




