ビデオ収録の気まずさと、売れないグッズ
番組がビデオ収録になってから、今井さんは冒頭の前口上を青木さんと向かい合って読むのが気まずいと感じています。青木さんも、口上のあいだにどんな顔をしていればいいのか毎回迷っていると話します。
ビデオ回になってからさ、この口上を言ってる時間、俺どういう顔して過ごそうかなを毎回迷ってる。
話題は番組グッズにも及びます。青木さんは収録でグッズを着ていますが、実際には5個ほどしか売れていないそうです。
(グッズは)5個ぐらいしか売れてないらしいんだよね。
今井さんは、強いプロモーションをしていないことも理由に挙げます。青木さんは、『オードリーのオールナイトニッポン』のような国民的ラジオでもお金を払うリスナーの割合は小さいはずで、そもそも母数が違うと分析します。
青木さんはさらに、番組ごとに「役割が違う」とも話します。最近聴き始めたポッドキャスト『奇々怪々』のSpotifyのコメント欄には、出演者の仲間に入りたいような熱量があり、そうした熱がグッズの需要を生むのではないかという見立てです。
日本のドラマだけ観る人は「もったいない」のか?
今回のテーマは、番組の作家を務めるノジさんの提案です。海外ドラマ好きのノジさんは、日本のドラマばかり観る人に「どこかもったいない」と感じてしまうことがあるといいます。ただし本人は「趣味に貴賤はない」と強調していたそうです。
今井さんは、「アニメが好き」より「舞台が好き」のほうが高尚に聞こえたり、シネコンよりミニシアターに通うほうがおしゃれに見えたりする空気があると指摘し、「いい趣味」は存在するのかと問いかけます。
青木さんは、自分たちの世代では「邦楽しか聴かないの?洋楽を聴かないのはもったいない」という言い方があったと振り返ります。今の世代は邦楽全盛でそうした感覚は薄そうですが、分野が変われば同じ構図はまだあると見ています。
僕ほら、K-POPアイドル好きだから、いやなんか日本のアイドルだけだともったいないよみたいに思っちゃうとこはあるのね。
青木さんは、本当はそんなことはないとわかっていても、自分が薦めたものを「知らない」と言われる寂しさから、「見たほうがいいのに」と思う気持ちは理解できると話します。
そのうえで青木さんは、大衆向けに作られたものより、リテラシーを持った人に向けて作られたもののほうが、なんとなく高尚でハイソに感じられるのは、感じ方として自然にあるものだと整理します。今井さんは、その理由の一つとして、アクセスのハードルの高さや少数派であることを挙げます。
ソニックユースもマイブラも、わからなくていい?
青木さんは、パッと聴いて楽しめる音楽ではなく、「ちょっとわからないぞ」と感じる音楽にあえて挑んでしまうことがあると話します。その代表が、音楽誌でかっこいいバンドとして扱われてきたソニックユースです。
俺いまだにソニックユースが全然わかんないんだよ。
僕マイブラがそうです。
青木さんは、轟音系のシューゲイザーを遠回りしてからマイブラ ── アイルランド出身のバンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの略称。歪んだギターの轟音と甘いメロディで知られ、シューゲイザーを代表する存在とされますにたどり着いたので、そちらは大丈夫だったといいます。「いいとされているし、わかる人が聴けばきっといい」と思いながらも、合わないものは誰にでもあるという話です。
そのうえで青木さんは、趣味に上下があるかという問いとは別に、「わかりにくいものも楽しめたほうがいいのか」という問いなら、それはそうかもしれないと答えます。
YouTubeからバレエ鑑賞へ、何が変わったのか
青木さんは最近、クラシックバレエを観に行きました。知識も興味もほとんどなく、クラシック音楽のコンサートに通う習慣もなかったので、青木さんにとっては飛躍のある出会いだったそうです。
きっかけは、谷桃子バレエ団のYouTubeのドキュメンタリーでした。YouTubeで人気が出たバレエ団だという、ビジネス的な興味から観始めたといいます。
観ているうちに、青木さんは出演者たちを好きになり、バレエ団の仕組みといった雑学や人間ドラマに引き込まれていきます。最初はバレエそのものは何も見えていなかったものの、作中に繰り返し出てくるバレエのシーンを通じて、興味は演目そのものへ移っていきました。
クラシックの演目は限られていて、同じ役を別のダンサーが演じたり、同じダンサーが別の役を演じたりします。青木さんはその違いが面白くなり、YouTubeで「今うまくいかなかった」「今いった」という場面を見るうちに、どこが難しいかもわかってきたといいます。
どこのポイントが難しいかとかわかってくるんで、見るときもハラハラできるのよ。
さらに、バレエはマイムで表現され、言葉による説明が一切ないため、ストーリーを知らないと楽しめないことにも気づきます。解説でストーリーを知ってからは、舞台が見えるようになったそうです。
ビジネス的な興味
人気のバレエ団のYouTubeを観始める
人への興味
出演者や人間ドラマ、雑学に引き込まれる
演目への興味
同じ役の演じ分けや、難しいポイントがわかってくる
物語の理解
解説でストーリーを知り、マイムが読めるようになる
公演の鑑賞
劇場で「バレエ素晴らしいな」と感じる
大衆的な興味から入り、リテラシーが自然と増していった経験を踏まえ、青木さんは物事がわかるようになる体験は豊かだと語ります。
一方で青木さんは、20代前半にレンタルビデオで何度も観たゴダールの映画は、嫌な気持ちになるだけでまったく面白いと思えなかったとも明かします。前提となる何かが共有されれば、急に観られるようになるのかもしれない、と考えています。
「好きな音楽はくるり」が絶妙な理由
今井さんは、ハイコンテキストな作品だけでなく、ジャンルの中にも「答え方の難しさ」があると話します。漫画好きと言ったあとに好きな作品を聞かれて『ONE PIECE』と答えると、「そういうことじゃないんだよ」という反応をされることがあるそうです。
青木さんも、売れすぎていてみんなが知っている作品では話が広がらないと応じます。映画の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『スター・ウォーズ』も同じで、今井さんは、その答えが本人のキャラクターや深さを規定してしまうと指摘します。
好きな音楽は、もうかなり多分優れた回答として、多分この20年ぐらいあるのがくるりなんですよ。
青木さんは、くるりならみんな知っていて、現役で、リテラシーも感じさせると納得します。アジカンやサカナクションも認知度やかっこよさでは近いものの、立ち位置が少し違うと二人は話します。
僕も会社っていう単位ではくるりみたいな感じの立ち位置だなってみたいよね。
二人によれば、各ジャンルにこうした「ちょうどいい」作品があります。漫画なら『ヴィンランド・サガ』『BLUE GIANT』『葬送のフリーレン』のように、アニメ化されるほど知られているものの、ベタすぎない作品が言いやすいといいます。
今井さんに好きなアニメを聞かれた青木さんは、『攻殻機動隊』と『PSYCHO-PASS』を挙げ、どちらもシリーズはすべて観ているはずだと話します。今井さんの答えは『天元突破グレンラガン』でした。
「好き」には種類がある?濃い味と薄味のコンテンツ
今井さんは、趣味に貴賤はないと思うし、人の「好き」は否定できないし、否定してはいけないと話します。青木さんも同意したうえで、「好き」という感覚の中にもいくつか種類があるのではないかと切り出します。
青木さんの整理では、作品のほうから手を伸ばしてこちらをつかみ、引きずり込むものがある一方で、こちらから手を伸ばしたときに心地よく触れられるものもあります。前者を料理に例えると、旨味や味付けがとても濃い食べ物です。
一口食べた時に「うま」みたいな、「米くれ」みたいな感じの味のものもあるし、なんならこう味わいに行かないとさ、ただの薄味のものに感じちゃうような食事もあるじゃない。
作品の側が引きずり込む。リテラシーや集中力、環境を問わず没頭させてくれる
こちらから味わいに行く必要がある。味わわないと、ただの薄味に感じる
青木さんは、コンテンツや趣味にもこうした分類があり、「貴賎があるか」というよりも「濃い味のものだけ食べていて大丈夫なのか」という気持ちがあると話します。濃い味のコンテンツは青木さん自身も大好きですが、それだけで食を楽しんでいると言えるのか、という感覚に近いそうです。
青木さんは、子どもの頃はいつ聞かれても「ハンバーグ」と答えていたのが、だんだんよくわからないけれど美味しいものが増えていく、という変化を例に挙げます。ハンバーグだけ食べ続けることが悪いわけではないとしたうえで、人生を豊かにしたいなら、いろいろ試してみるのもいいのではないかという考えです。
試した結果、ソニックユースのように合わないものもあれば、他の人がハマらないものにドハマりすることもある、と青木さんは付け加えます。
歌舞伎の拍手に込められるものとは?
今井さんは、ここ数年歌舞伎を観に行くようになり、まさに「味わいに行かないと味がしない」世界だと実感しているといいます。
(歌舞伎は)気抜くと寝るんですよ。
今井さんによれば、公演は4〜5時間あり、しかも夜の部が16時から始まることもあります。今井さんは「サラリーマンのことを何も考えていない」と笑います。
観劇では、片耳にイヤホンガイド ── 歌舞伎などの劇場で貸し出される音声解説サービス。上演中にあらすじや役者、衣装、見どころなどをリアルタイムで解説してくれますを付け、実況解説を聞きながら観るそうです。最初は拍手のタイミングすらわからなかったといいます。
歌舞伎では演目の終わりだけでなく、途中で役者が見得 ── 歌舞伎で、感情が高まった場面などに役者が動きを止め、目立つ表情やポーズを決める演技。観客が拍手や掛け声を送る見せ場の一つですを切るときも拍手のタイミングになります。セリフの中で突然やってきて、来そうで来ないこともあるそうです。
今井さんは、歌舞伎にはプロレスと同じように系譜の物語があると話します。舞台挨拶がほぼないため、観客は「お家が大変な中、若い役者が歯を食いしばっている」といった事情を察するしかありません。
拍手のいつもと違う感じとか長さ、大きさみたいなものとかに、なんとなく感動したりとか、それしかコミュニケーションがないんですよ。
「大変だね、でも応援してるよ」という気持ちを拍手に込める感覚がわかってくると面白い、と今井さんは語ります。二人は、歌舞伎は今の感覚では完全に薄味だけれど、当時はものすごく濃い味だったのではないかとも話します。
能は「寝ちゃうくらいがいい体験」なのか?
青木さんは、舞台芸術の中でもかなり薄味な部類として能を挙げます。青木さん自身はきちんと観たことがないものの、上演が長く、情報量も少なく、歌舞伎のように途中で盛り上がる場面もなさそうだという印象です。
青木さんが「能は寝ちゃうよね」と話したとき、能に詳しい人から「夢うつつで観るのも含めて設計された体験で、ある意味正しいのではないか」という趣旨のことを言われたそうです。
この話から青木さんは、「寝ると面白くない」「体験として失敗している」という固定観念を疑います。面白さや充実の定義が狭すぎるのかもしれないという気づきです。
青木さんは、ソニックユースを聴いて変な気持ちになることも、実はその変な気持ちがいいのかもしれないと考えます。気持ちよさや没頭感だけを良しとするのは、甘いとしょっぱいはよくて、酸っぱいはまずいとするような乏しい感覚かもしれない、と話します。
苦手な映画が、ある日「最高の体験」に変わるとき
青木さんは、怖い作品や恥ずかしい作品、悲しすぎる話が苦手です。最近の杉咲花さん出演作も、ムズムズしてつらいと感じながら、面白いので観てしまっているといいます。
青木さんが映画鑑賞の面で初めて「大人になった」と感じたのは、20代の頃かもしれないという『アメリカン・ビューティー』でした。今井さんも大学生のときに観て、意味がわからなかったと話します。
青木さんは途中までモヤモヤしながら観ていました。ところが、しょうもない画策をしていた中年男性が最後に我に返り、まともさに立ち返った瞬間に撃たれて死ぬというラストで、評価が一変したそうです。
いやー、これは最高に幸せだなって思ったの。
途中まで意味がわからず、モヤモヤしながら観ていた
ラストでスカッとし、こういう作品にも快感があると知った
こうした作品はずっと嫌な気持ちにしかならなかったし、今も似た作品はあまり観ないものの、このとき「こういうものにもこういう快感があるんだ」と思えたといいます。
今井さんは『ラ・ラ・ランド』があまりわからなかったと話しますが、その理由はミュージカルが苦手なことでした。一方の青木さんは、戻ってこられなくなるほどハマったそうです。
俺結構なんかどっかあるかもな、そういう、なんていうかな、こう絶望的なだけど美しい終わり方みたいなのにハマっちゃうみたいなのはあるかも。
今井さんが惹かれるのは怪演、特に演説や長ゼリフです。例に挙げたのは、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でレオナルド・ディカプリオが株を売り込むシーンです。青木さんも『シン・ゴジラ』の語りを挙げ、ラップのように畳みかける快感があると共感します。
趣味はセルフブランディングに使えるのか?
今井さんは話題を変え、バレエをビジネス的興味から観始めたという青木さんに、セルフブランディングに役立つと考えて趣味を始めたことはあるかと尋ねます。
青木さんは、この20年ほど経営者として、きれいめの商売を真面目にやってきたため、ちゃんとしていると思われすぎる傾向があると話します。お酒も飲まず、実際に真面目なのだそうです。
ブランディングっていうよりは、ちょっとディスブランディング的に動きやすいとこはあるよね。
青木さんは、意外なものにハマるためにハマりに行くことはないものの、「意外とこういうの好きだよ」と言えることで、自分の等身大感を守らないと苦しくなると話します。今井さんも「趣味が山登り」では、それっぽすぎると応じます。
逆に、サブカル寄りに見られて「ファインアートやクラシックには興味がない人」と思われるのも面倒だと青木さんはいいます。そのため、バレエや能の稽古のようなものにも、ためらわず触れるようにしているそうです。
青木さんにとって大事なのは、イメージや自分自身を一方向に固定しないことです。真面目さが嫌なのではなく、それだけになると自分が狭くなってしまうから、距離のありそうなものでも興味を持ったら手を伸ばすといいます。
ファッションも音楽も「語れないといけない」のが嫌?
今井さんから見ると、青木さんの長年の趣味はファッションでした。しかし青木さんは、最近はあまり買っておらず、そもそも詳しくもないと話します。
ファッションに詳しくないとファッションを楽しめないっていう感じが嫌なのよ。
青木さんは記憶力があまり良くないため、本来は蘊蓄がわからないとためらってしまうことが多いといいます。だからこそ垣根を作らず、「かっこいい」と思ったものにスッと手を伸ばすことを続けてきた結果、趣味のよくわからない人になったのではないかと振り返ります。
ハイブランドを揶揄する目線も理解できるし、自分の中にもそういう部分はあるけれど、だからこそチャンスがあれば着てみたいと思うようにしている、と青木さんは話します。今井さんはそれを「閉じない」姿勢だと受け止めます。
今井さんも、音楽について「語れないといけない」感じが苦手だと共感します。いまだにAメロやBメロがよくわからないそうで、青木さんもブリッジやアウトロといった言葉はよくわかっていないと応じます。
今井さんには、二度と読まれたくない原稿があります。大好きなくるりのファンクラブ会報誌に、ライブレポートを書くことになった仕事です。
素晴らしいとしか言えない。本当に無理。(ライブレポは)音楽ライター、音楽ジャーナリストっていう仕事の人ができることであって。
結局、今井さんはセットリストをなぞり、MCを書き起こすなど、自分がわかる情報で原稿を埋めるしかなかったそうです。とても嫌だったし、申し訳なかったと振り返ります。
趣味を「研究」より「開発」してしまう?
青木さんは、自分は批評や考察が苦手だと話し、今井さんも同じだと応じます。いろいろなものをつまんでいる青木さんは、各分野の専門家から「行儀が悪い」「わかっていない」と思われることもあるだろうと考えています。
青木さんの興味は、対象そのものを理解することより、その体験から自分が何を引き出せるかに向かっているといいます。そこで持ち出したのが、「研究開発」という言葉です。
知らなかったこと、わからなかったことをわかりたいという気持ち
わかっている価値を、実際に使えるようにする方法を考えること
青木さんは、自分の目線は終始開発側にあるといい、そこにある種の浅ましさや行儀の悪さを感じているそうです。今井さんも「没頭できていない感じ」「すぐ構造を見てしまう」と共感します。
次になんかこれこういうこと気づけたなとか、あ、こういうこと見えたなとか、なんかね、そういう方にね、頭行っちゃうんだよね。
だから趣味を純粋に楽しめているかというとそうでもなく、そこに自分なりの制約があったのかもしれない、と青木さんは振り返ります。最後に青木さんは、もっと純粋に楽しみたいという気持ちを口にします。
まとめ
二人の結論は、趣味に貴賤はなく、人の「好き」は否定できないというものです。そのうえで、すぐ没頭できる「濃い味」だけでなく、わかるようになるまで時間のかかる「薄味」の楽しみにも目を向けると、趣味の世界は広がるかもしれないと語られました。
- 趣味に上下はないが、作品に引き込まれる「好き」と、自分から味わいに行く「好き」があると青木さんは考えている
- 青木さんは谷桃子バレエ団のYouTubeから入り、物事がわかるようになる体験の豊かさを実感した
- 歌舞伎の拍手や能の「寝てしまう体験」は、面白さや充実の定義を広げる手がかりになる
- 好きな作品の答え方は人の印象を左右するが、「語れないと楽しめない」という感覚には二人とも抵抗がある
- 青木さんは趣味を「研究」より「開発」の目線で見てしまうことを自覚し、もっと純粋に楽しみたいと話した





