17歳のインターン生が通う「起業家の高専」とは?
本題に入る前に、今井さんが紹介したのは、収録の前の週に1週間だけツドイへインターンに来た高専生の話です。その学生は徳島県神山町にある神山まるごと高専 ── 徳島県神山町に2023年に開校した私立の高等専門学校。起業家精神を持つ人材の育成を掲げ、全寮制で運営されていますの2年生でした。
今井さんによると、神山まるごと高専は徳島の中心街から40〜50分ほどの山あいの町にあり、起業家になることを目的とした学校です。各学年40人の全寮制で、5年間のカリキュラムのうち、まだ3学年分しか在籍していないといいます。
卒業後の進路イメージは、4割が起業、4割が大学進学、2割が就職だそうです。青木さんは「卒業した途端に4割が起業するの?」と驚いていました。
インターンに来たのは17歳の女性で、実家は今井さんと同じ滋賀県でした。徳島から一人で東京に来た彼女について、今井さんは「すごい優秀でした」と振り返っています。
大学生とかの純粋な質問って、時に自分の内省につながるっていうか。「なんでこの仕事を今続けてるんですか?」みたいな。
青木さんは、オルタナティブな選択肢をその年齢で自分の意思で選べること自体に、勘の良さがあるのだろうと話します。毎週水曜日に外部から起業家を招いて話を聞く授業もあると聞き、二人とも「普通に行ってみたい」と盛り上がりました。
俺高卒だしな。なんか高専とか行けんじゃない?もう一回。
長崎のリスナーが抱える「地方は不利」という実感
この回のテーマは、長崎県在住のリスナーから届いたお便りです。地方で生まれ育ち、今はその地で子育てをしている相談者が、地方の不利について問いかけました。
お二人に考えすぎてほしいテーマは、地方で生まれ育つことは不利なのか?です。私自身、地方生まれ、地方育ち、そして今はその地で育児をしています。自身の体験から、最近の子育てからも地方は不利と考えることがあります。習い事の選択肢、催しなどの開催頻度、それらのレベル。
私は地方から出て都市部で働いたこともありますが、体を壊して退職。その際に『あなたは地方の生まれだから都市部の暮らしは合わなかったのね』と言われたことが数年経っても忘れられません。
もちろん地方でしか得られない体験もあることは理解しています。自然環境など恵まれている面もあります。なるだけ置かれた場所で咲くために、この地でも我が子には機会を与え、この地で生まれ育ったことを誇りに思ってほしいと願っています。お二人の考えを聞いてみたいです。
今井さんはこの相談を、地方が不利だと感じる瞬間と自然環境に恵まれている面という二面性を抱えながら、子どもにどんな機会を作れるか、地元を誇りに思えるかを考えている内容だと整理しました。
まず二人の出身地を確認すると、青木さんは埼玉県郊外の新興住宅地の育ちです。車が基本で繁華街はなく、子どもの頃はイオン ── 全国に大型ショッピングモールを展開する小売グループ。郊外の商業施設の代名詞的な存在ですのような施設もない「スーパーがある以上」の環境だったといいます。
今井さんは滋賀県の琵琶湖の近くで育ちました。車で20〜30分走れば何でもあるものの、徒歩や自転車で行ける範囲には書店もなく、コンビニも中学生の頃にようやくできたそうです。
青木さんは、首都圏の郊外なら学校や仕事を選ぶときに都内を意識できると指摘します。今井さんも、滋賀では大阪や京都に出る人が多く、東京に絶対出たいと思っていたわけではないと応じました。
田舎の公立育ちだから引ける「説明のライン」
今井さんは、田舎で生まれ育ったことが今の編集の仕事に生きていると感じています。地元の小中学校から県内の都市部の高校、京都での大学生活、上京と進むたびに、付き合う人が変わっていきました。小中高すべて公立だったことも大きかったといいます。
印象に残っているのは、ゲームを何でも持ち、G-SHOCKを着けていた同級生です。今井さんはうらやましく思っていましたが、その彼はアパートで母親と男兄弟3人で暮らしていて、離婚した父親が何でも買ってくれていたのだと知りました。
(その彼の家は)コンテンツはすごい充実してるんですけど。その彼曰く、部屋は狭いし、お母さん全然家にいないし。
補導される同級生もいた環境で、幼少期から私立に通っていたら出会わなかったような人たちを、大人も含めて見てきたと今井さんは話します。その経験が、ものづくりやイベント、原稿執筆の場面で生きているそうです。
原稿を書くときもそうですね。この言葉には説明がいるとかっていうラインを、割と優しく引けるっていう感覚があって。
ただし今井さん自身、それを「よかった」と思えるのはいわゆる生存者バイアス ── うまくいった人の事例だけを見て、失敗した人の存在を見落とすことで生じる判断の偏り。成功者の経験談が一般化されやすい原因とされますだとも認めています。青木さんも「まあそうだよね」と同意しました。
何にとって「有利」なのか、成功の定義は誰が決める?
青木さんがまず問題にしたのは、相談の「有利不利」が何にとっての有利不利なのかが、お便りからはわからないという点です。経済的な成功なのか、幸せに生きることなのか、自己実現なのかで答えは変わります。
地方と都市に差異があること自体は事実だと青木さんは認めます。ただ、ニューヨーク、東京、北京、デリーを並べたり、世界で一番の田舎と都市を比べたりすれば、日本国内の地方と都市の差は「ほんと微細な差」だといいます。
具体的な差として青木さんが挙げたのは、サラリーマンとして就職する場面です。仕事場が多い都市で育った人は職探しのコストが低く、地方出身者は引っ越しや移動にお金をかける必要があります。転職中に実家を頼りやすいかどうかも関わりますが、これは経済状況など地方以外の要因も絡むと補足しました。
そのうえで青木さんは、地方と都市の差が幸せに生きる、充実感を持って生きるという本当の目的にとって決定的な要因になるかは、ケースバイケースだと話します。
「脅かされない状態」を望むから、都心が怖い
青木さんにとっての成功の定義の一つは、他者や周りの状況に脅かされず安心していられる状態です。お金を稼ぎ、モテて、褒められている最中でも、それを保つのが不安で大変なら幸せではないといいます。
持ち物もっと少なくていいから、ある程度呑気にやってられる状態でありたいっていうのが僕の中ではいい状態なんで、そうすると都市部すぎるのがちょっと怖いのよ。
郊外出身の青木さんが都心に一番近づいたのは、向島に1年ほど住んだときだそうです。都心にはおいしいものや素敵なことがあるとわかっていても、競争が激しく、状態を維持するのが大変そうで、そこにいるコストが高いと感じています。
美味しいものや素敵なことが多いが、競争が激しく、居続けるコストが高い
育った場所として距離感がしっくりきて、呑気にやっていられる
青木さんは、地方で育った人には地方の距離感が心地いいということも実際にあるはずだと話します。自分も郊外が一番しっくりきて、背伸びして港区に行くと「泡食っちゃう」そうです。持って生まれた特性との掛け合わせなので、どちらが有利かは難しいと結びました。
都会の選択肢を知っている親は、子どもにとって幸せか?
今井さんは、相談者のちゃんぽんさんが、地元より機会が多い場所があると知っていること自体が、子どもにとってありがたいことではないかと話します。今井さんの親も青木さんの親も、そうしたことは気にしていなかったといいます。
子供が何かに興味を持って知りたい、見たいと言った時に、「じゃあちょっと福岡行ってみる?」とか、「東京行ってみる?」っていうことが親から提示されるんだとしたら、それはすごく多分子供にとっては幸せなことだし。
これを受けて青木さんは、今は多くの親が選択肢を幅広く知るようになったが、それで社会は良くなったのかと問いを返します。ちゃんぽんさん個人の話としては良いことでも、誰もが自分の享受していない選択肢を認識しきった社会がどうなのかは、わからないといいます。
今井さんも、何にとって良いかにもよるし、もしかしたら幸福度は下げているかもしれないと応じました。
「うちはうち、よそはよそ」は安全弁だった
青木さんの世代では、ほぼ全家庭で親が「うちはうち、よそはよそ」と言っていたといいます。子どもが他の家の選択肢をうらやむと、この言葉で雑に片付けられて育ったそうです。
一方で、世の中のあらゆる選択肢を自分も享受できるものと捉える今の価値観は、「うちはうち、よそはよそ」とは真逆だと青木さんは指摘します。概念としてはそうあるべきでも、全てが選べるはずなのに自分には得られていないと強く意識し続けるのは大変だと話しました。
正しいか正しくないかというより、心地よく生きるための処世術として、昔の僕らの親の世代の人たちは、「うちはうち、よそはよそ」で全部片付けてた。
青木さんはそれを、深く考え込みすぎないための安全弁のようなものだったと見ています。団地の隣の家の子がアメリカに留学すると聞いたとき、もし親が現代的に「あなたも行きたいの?」と向き合ってお金を用立てていたら、自分は留学していたかもしれないと想像します。
「うちはうち、よそはよそ」で片付け、深く考え込ませない
「あなたも行きたいの?」と真剣に受け止め、選択肢を用意しようとする
それでも青木さんは、その人生の方が本当に良かったのかはわからないといいます。勉強ができたわけでも何かで成功していたわけでもない自分の乏しさを、否定的に捉えずに育ったからです。昔は筋トレやダイエットをする人も少なく、ハンデを克服しようという発想があまりなかったと振り返りました。
旅行より大事だった「自分は変じゃない」と思える環境
青木さんの家は旅行にほとんど行かず、大学1年生の息子と旅行したのは1〜2回ほどだそうです。子どもに特別な経験をさせようと考えたこともなかったといいます。
すっごく1個だけ気をつけてたことが、「自分って変なんじゃないか」って思わないで済む環境っていうのを与えようと思ってたんで。
青木さんの息子は一般的に見て個性的な子で、地元の学校では少し浮いていました。そこで中学からは、面白くて個性的な子が集まる学校に通わせたそうです。
青木さんの狙いは、疎外感をできるだけ経験しないまま成長することで、人々や世界は基本的に自分の仲間だと思える土台を作ることでした。自分の骨格ができた後で自分を疑うのはいいが、骨格がないうちに自分を変だと思わせたくなかったといいます。
青木さんは、そうした学校を選べたこと自体が都市部に近い場所に住んでいたメリットかもしれないとも認めています。結果はわからないものの、息子が自分のことを全然疑っていないのは良かったと話しました。
いいことは覚えていない。覚えているのは危機での親の振る舞い
今井さんは、青木さんの子育てを、子どもの人生にプラスを足すより損失をなくす考え方だと言い換えました。青木さんは強く同意します。
青木さん自身は親によく旅行に連れていってもらったものの、何も覚えていないそうです。覚えているのは、追い詰められたときに親が味方になってくれたかどうかや、「親も俺のことを変だと思っているんだ」と感じて強い疎外感を抱いた瞬間だといいます。
今井さんが「覚えていないだけで作用している可能性もあるのでは」と問うと、青木さんはそれも認めました。ただ、経験によって変化は与えられても、それは幸せになるかどうかとはあまり関係なく、どんなタイプの人になるかの違いにすぎないと話します。
青木さんは、人々を仲間だと思えない状態を大人になってから頑張って克服しつつある自分の経験から、そちらの方がずっと重要だったと感じています。
仲間だと思える世界観
人に助けられてできると思えるので、容易にチャレンジし、学ぶのも早い
脅かされている世界観
人を頼れず、チャレンジもなかなかできない
後の人生
このハードルの差が、経験の多さよりも大きな差になる
さらに、何が子どもにとってプラスになるかは子どものうちにはわかりません。ある教育に賭けさせても、社会やテクノロジーの変化で通用しなくなることもあります。だからプラスの方は子どもが自分で選べばいいというのが青木さんの考えです。
自己肯定感は「小学生で足が速い」のと同じ?
今井さんは、相談者の「誇りを持ってほしい」という願いを、生まれた場所への肯定、ひいては自己肯定感の話だと捉え、青木さんに自己肯定感は先天的か後天的かを尋ねました。
青木さんは、成育過程や生得的な資質で自己肯定感を持っていると有利に見えると認めます。自身は自己肯定感が低いという自覚から、大人になって30年ほどかけて少しずつ育んできた感覚があるそうです。
50代ぐらいになるとさ、生得的な自己肯定感がありすぎる人も成熟しないかもしれないっていう問題があるんだよね。
青木さんによれば、自己肯定感が高すぎる人は自分を省みないため、20〜30代では美しく見えても、50代では一面的さが目立つケースもあるといいます。一方で、自己肯定感の低さを課題として研鑽してきた人には特有の深みがあり、50代になるとどれも正解に見えてくるそうです。
50代でアーリーリタイアすればそういう80代になり、50歳で目覚めて30年研鑽すればそういう人生になる。青木さんは、結局はどこでスナップショットを切るかの話だと考えています。
今井さんは周囲から自己肯定感が高いと思われがちです。30代前半の頃、子どもができた友人たちから「どうすればお前みたいに育つんだ」とよく聞かれたといいます。友人たちは、さぞ褒められて育ったのだろうと考えていました。
ところが今井さんには、両親に褒められた記憶がありません。母親は今井さんにびっくりするほど関心がなく、保険の契約書を回収するパートで車に乗りながらSpotify ── 音楽やポッドキャストを配信するストリーミングサービス。再生履歴に応じておすすめの番組が表示されますでポッドキャストを聴いていたところ、レコメンドにこの番組が出て「突然息子が話し始めた」ことで知ったほどだそうです。
当時は「生まれつき」と答えるしかなかった今井さんですが、足が速いようなものだという青木さんの説明に納得します。友人たちも30代前半だったからこそ、自己肯定感がまぶしく見えたのだろうと振り返りました。
期待値を下げれば自己肯定感は上がる、でもそれでいいのか
青木さんは自己肯定感を、自分への期待値と現状認識のギャップの小ささだと整理します。そう考えると、上げる方法は期待値を下げることなので簡単ですが、それが長期的に良いことなのかと問いかけました。
今井さんと青木さんの家庭に共通しているのは、親が自分の人生を一生懸命頑張っていたことだと青木さんは見ています。だから子どもにそれほど関心を持てなかった一方、自分の人生に期待し、高い倫理観を持つ親の姿を見て、子どもも自分に期待するようになったというのです。
高い期待を持てば、未熟な頃にギャップを感じるのは当然です。青木さんは、それが自己肯定感が低くなる一つのルートだといいます。一方でその親は、自分の人生に高い期待を持つことや、高い倫理観を持って生きることを子どもに伝えている可能性もあります。
これで本当(子どもに)誇り持ってもらえるかなって思えるこの人自体が、やっぱり自分の人生にすごくちゃんと期待をしてるし、自分の子供たちの人生にも高い期待を持ててるからこそ心配になるわけじゃない。
青木さんは、ちゃんぽんさんが子どもを心配していること自体が大事だと考えています。親が人生への期待を持っていないと、子どもは自己肯定感はあっても自分の人生に期待しない人になるかもしれず、それが40代でかっこよく見えるかは価値観次第だといいます。
地方か都市かも、スナップショットの切り方次第
青木さんの結論は、物事のいい面にフォーカスし、自分の現状を常に肯定的に見ることを意識するだけで十分ではないか、というものです。自己肯定感が高い人はそれを生かせばよく、低い人は伸びしろや奥行きがあると捉えて追求すればいいといいます。
青木さんは、地方か都市かという問いも自己肯定感の高低の話と似ていると話します。走り出しは東京の人の方が良く見えても、60代でスナップショットを撮ったら地方から叩き上げた人の方が良かった、ということもありがちだからです。就職時のような若い時期で線を引くと、本当のところはわからないといいます。
最後に青木さんは、自己肯定感を大事だと思ってきたものの、ここまで流行ると本当なのかと考えてしまうと明かしました。二人は「地方の話からだいぶ脇に寄った」と笑いつつ、考えすぎフラグメンツらしい回として締めくくりました。
番組の最後には、初のイベント「オーバーシンカーズナイト」の告知がありました。2025年11月28日に東京・世田谷区のホームワークビレッジで、リスナーから募集したテーマをもとにした公開収録などを行う予定と案内されています。
まとめ
地方で生まれ育つことは不利なのかという問いに、青木さんと今井さんは単純な答えを出していません。何にとっての有利かで答えは変わり、成功の定義は自分で作れるという前提から、子どもに必要なのは経験の多さより「世界は仲間だ」と思える土台ではないか、という視点が示されました。
- 地方と都市の差は事実だが、世界規模で見れば微細で、幸せにとって決定的かはケースバイケース
- 青木さんにとっての成功は、他者や周りに脅かされず安心していられる状態
- 子どもに大事なのは特別な経験より、自分は変ではないと思える環境と、危機のときに味方になる親
- 自己肯定感は期待値と現状のギャップの小ささで、高い低いの意味は人生のどこで切り取るかで変わる
- 子どもの将来を心配する親自身の人生への期待こそが、子どもに受け継がれる大事なものかもしれない






