ガチャガチャとUFOキャッチャーは「IPの配信基地」?
本題のお便りに入る前に、今井さんは街で見かける「これは儲かりそう」な商売として、ガチャガチャだけを並べた店を挙げます。賞味期限がなく、軽く、基本は無人で回せて、海外からの観光客も勝手に入ってくれるというのが今井さんの見立てです。
そうそう、あれ(ガチャガチャだけの店)多分すっごい儲かるんですよね。
青木さんは同じ系統としてUFOキャッチャーを挙げます。エンタメ企業を数多く買収しているジェンガがゲームセンターを次々と傘下に収めているのを見て、青木さんは当初、ゲームはスマホやコンソールでやる時代に意味があるのかと疑問に思っていたそうです。
ところが、今のゲームセンターはほぼUFOキャッチャーの場になっています。そこで青木さんは、ガチャガチャもUFOキャッチャーも、中に入っているのはキャラクターなどのIP ── Intellectual Propertyの略で知的財産のこと。エンタメ業界ではキャラクターや作品そのものを指して使われることが多い言葉ですだと気づきます。
だからこれってNetflixとかと一緒なんだなと思ったわけ。
青木さんの整理では、IPが格納されていて、課金するとオンデマンドで手に入るプラットフォームが、物理的な場所にあるという構図です。しかも原価率がとても低く、物なのにデジタル並みの採算で運営できます。
IPを格納
キャラクターなどの人気IPが機械の中に入っている
課金して取り出す
お金を払うとオンデマンドで手に入る
低い原価率
物なのにデジタル並みの原価率で運営できる
新しいプラットフォーム
フィジカルとデジタルの間にあるIPの配信の場
青木さんは、この見立てを登壇の場で一緒になったCFOに伝えたところ「そうなんすよ」と返ってきたと話します。ただし本人は、自力でこうした構造を見抜くのは苦手で、人の話をきっかけに掘り下げるタイプだそうです。
今井さんは、UFOキャッチャー売り場をうろうろするのが自分なりの「マーケットパトロール」だと明かします。ポケモンやディズニーなど、いま人気のIPが一番わかる場所だからです。
青木さんは、ガチャガチャは実験的な商品が多く、これから来るものがわかりやすいと補足します。クラシコムにもガチャガチャの話が来て、購入者の箱にランダムで入れる企画を真剣に考えたものの、作り方がわからずまだ実現していないそうです。
体力があるとは、不調でも動けること?
本題は、クラシコム広報のチョレさんから届いたお便りです。青木さんは「仕込みやん」とつっこみつつ、「いい仕込み」と受け止めます。
運動が大の苦手な37歳です。スポーツも筋トレも生まれてから一度もしたことがありません。体力ゼロとはいえ、20代は徹夜も出張も疲れ知らずでこなしていたのが、35を超え、デスクワークでも仕事終わりはヘトヘト。体力ゼロどころかマイナス1000、マイナス100くらいの感覚です。これはまずいと思い腰を上げ、年始からビリーズブートキャンプに挑戦しています。
体力がないので、これからますます衰えていくとしたら、今できる仕事もやがてできなくなるのだろうかと不安になることがあるのですが、お二人は自分の体力とその変化にどう向き合っていますか?体力と働き方について考えすぎてみてもらいたいです。
今井さんによれば、青木さんは体力がない側で、今井さん自身はある側です。今井さんは、自分が体力のある方だと自覚したきっかけとして、「今日は調子が悪い」という感覚があまりわからないことを挙げます。
今日もう起きた瞬間わかるって言うじゃないですか。今日ダメだとか、あれがわからなくて、今日しんどとかにならなくて。
今井さんは毎日が絶好調というわけではないと断ったうえで、この経験から一つの仮説を立てます。
今井さんの考えでは、体力がある人は不調に鈍感で、調子が下がっても下げ止まる位置が高いのかもしれません。
病気はしないのに体力がない?青木さんの自己認識
青木さんは小さい頃から「体力ないキャラ」でやってきたものの、病気はほとんどせず、ご飯もたくさん食べ、声も大きいと話します。その話をしたところ、本当に体力のない人から「それは体力ある側に整理していいですか」と言われたそうです。
一方で青木さんには、体力がない側の特徴もあります。ルーティンを崩すとだるさや軽い頭痛、眠気が出て、肩や首、腰もあちこち痛くなります。人間ドックでは握力の低さに毎回医者が驚くほどだといいます。
徹夜したら翌日お休みでしょ。
青木さんは人生で一度も、徹夜したうえで翌日も仕事をしたことがないそうです。そのため今は、食べることと寝ることにとても気を使っています。
今井さんが昔より体力が落ちたと感じるかを尋ねると、青木さんの答えは意外なものでした。20代の頃は自分を顧みることができず、夜更かしも好きなだけ食べることもしていたので、むしろ当時の方が調子は悪かったといいます。
20代〜起業前は夜更かしや食べ放題で、自分をケアせず調子が悪かった
今は食べる・寝るに気を使い、何も無理をしないので圧倒的に調子がいい
リソースが多いほど仕事はうまくいくのか
青木さんは、体力が多いほど仕事はうまくいくのかという問いを、お金が多いほど起業は成功するのかという問いに似ていると捉えます。お金があった方がいいのは一面では真実ですが、使いこなす力がなければかえって成功を阻むこともある、というのが青木さんの見方です。
たとえば、お金で解決することを早く覚えると、効率的なやり方を考えなくなり、経営者として成長しないこともありえます。青木さんは、体力も同じで、ある人とない人とでは成長や成熟の仕方が違うのだろうと話します。
体力のある人のやり方しか流通してなかったりすると、みんながそのやり方しないといけないんじゃないかって思うもんだから、体力がない人が気後れしちゃう。
青木さん自身は、体力がなくて損をしたと思ったことがあまりなく、だから鍛えたこともないそうです。体力がないと必然的にめんどくさがりになり、出し惜しみをします。
ただし青木さんによれば、出し惜しみは「出す前によく考える」ことでもあります。それを肯定的に鍛えていけば、意思決定の精度が高い人になれるというのです。
いっぱい試せるので「失敗を恐れるな」「たくさん試していい」という確率論的な世界観になりやすい
出す前によく考えるので、乏しいリソースの使い方がうまくなり、意思決定の精度が上がる
青木さんは、体力がある人の絨毯爆撃的なやり方もその人にとっては最善だと認めます。ただ、リソースの前提を共有しない人にとっては、それが正攻法とは限らないと話しています。
ビールジョッキとおちょこ、自分はどっちの器?
青木さんは、体力の違いを「器」にたとえます。ビールジョッキとおちょこでは、どちらが大きいかは明白です。それでも、日本酒を飲むときにビールジョッキに注ぎたいと思う人はいないでしょう。
青木さんは自分をおちょこだと思っているので、取り組む前に「これはおちょこのための飲み物か」を考えるそうです。違えばジョッキの人を仲間にし、合っていれば「待ってました、僕の器です」となります。
さらに青木さんは、体力のない人が中途半端に鍛えても、ビールジョッキにはなれないと話します。湯飲みかおちょこかわからない中途半端な器になると、日本酒を飲むときにも選ばれなくなってしまうからです。
その握力ない。こういう変じゃない?あんまいないじゃん。そうするとさ、僕の方にやってくるのって僕向きの課題だけなのよ。
青木さんは握力のない自分を「特徴があって好き」だと言います。特に小さなおちょこなら、高級酒を飲むときにしか使われない器になれる、というたとえです。
4桁の数字が覚えられないから、ストーリーで考える
青木さんは体力以外の器の例として、4桁以上の数字を暗唱するのが苦手だと明かします。本人確認で送られてくる6桁ほどのコードも、2往復しないと入力できないそうです。
数学的な思考は好きなのに数学は壊滅的に苦手で、人の名前と顔を覚えるのも苦手だといいます。青木さんは、ワーキングメモリー ── 情報を一時的に頭の中に保持しながら処理する能力のこと。暗算や会話の理解などで使われ、作業記憶とも呼ばれますに何らかの特徴があるのだろうと話します。
短期記憶が苦手
数字や名前を頭の中で保持・操作するのが難しい
ストーリー化の癖
背景と自分にとっての意味をセットで考えないと記憶に残らない
コンセプトづくり
他者とストーリーで共有することが得意になり、人から驚かれる
青木さんにとっては普通のことが、人からは「どうしたらそんなふうに考えられるのか」と言われるそうです。そのたびに青木さんは、4桁の数字も暗唱できないからなのに、と思うといいます。
この話から青木さんは、何の器かよりも、自分が何の器なのかを知ることの方がよほど重要だと結論づけます。おちょこなのにビールジョッキに憧れ続け、中途半端な器になることには、個人的にあまり興味がないそうです。
あの体力ないが故に諦めも早くて。
青木さんにも、ビールジョッキをかっこいいと思っていた時期はあったといいます。けれど諦めの早さから、今のままでいいと正当化する理屈を考えるのが得意になり、結果として独特の器になったと振り返ります。
ありもので生かす技を身につけたため、青木さんには乏しいときの方が力を出せる感覚が常にあります。「100億円で世界の課題を解いて」と言われるのは無理でも、「これしかないのにこれをしなきゃいけない」という課題にはワクワクするそうです。
お題のもらい方と、「自分ってどういう系?」を知る教育
今井さんも、お題のもらい方には得意不得意があると話します。「困っていませんか」という課題解決型の相談なら作るのは得意でも、「1億円預けるから何か面白いことを」というフリーハンドの依頼は苦手だそうです。青木さんも「俺もそれあるんだよな」と同意します。
そこから青木さんは教育の話に移ります。あるべき形を統一して学ぶのではなく、自分がどういう仕組みなのかを考える癖をつける教科があるといい、というのが青木さんの提案です。
なんか勉強得意じゃないみたいな感じ思ったりして。それ(その人に)やり方合ってないだけかもみたいなのはあるから。
青木さんの場合は、教わるより「教える」ことから始める勉強法が合っているかもしれないといいます。どう教えるかの筋道を最初に立てると、頭に残るからです。
ただし、小学1年生から「僕の器は」と言うのは不自然です。青木さんは、何かをやったら振り返り、自分の器を定期的に確認しながら育っていく形がいいのではと話しています。
「甘え」とされてきたものが語られる時代へ
今井さんは、気圧による不調などが昭和・平成には甘えとして見過ごされてきたと指摘します。青木さんも、お酒は飲めば鍛えられると言われてきたことを例に挙げ、体力がないことも特に男性は認められなかったと応じます。
今井さんは、こうした話題が議論されるようになったこと自体をとてもいいことだと評価します。世の中がどんどんひどくなるという投稿を見かけることもあるものの、今井さんはそうは思わないそうです。
世界は、その課題はあるけど、どんどん良くなって。
青木さんも、課題はありつつ世界は良くなっているという見方に同意し、この回は締めくくられます。
まとめ
体力がない不安に対して、二人は体力を増やすことより、自分の器を知って課題と合わせることの大切さを語りました。体力のある人のやり方だけが正解ではなく、乏しいリソースだからこそ磨かれる力もあるという見方が示されています。
- 今井さんは、体力があるとは毎日元気なことではなく、不調でも動けることかもしれないと考えている
- 青木さんは、体力などのリソースは多ければいいわけではなく、ない人には別の成長の仕方があると話す
- ビールジョッキとおちょこのたとえのように、能力の差は優劣ではなく課題とのマッチングの問題として捉えられる
- 短期記憶の弱さからストーリーで考える癖が生まれたように、器の特徴が強みになることもある
- 自分がどういう系かを振り返って確認する教育があるといい、というのが青木さんの提案







