矢野顕子の「ライディーン」に込められた文脈とは?
本題の前に、今井さんは最近、「調べることに意味がないと思っていたけれど、こういうときのためだった」と感じた体験を話します。きっかけは、矢野顕子さんのライブを見に行ったことでした。
矢野顕子トリオは毎年、青山のブルーノート ── 東京・南青山にあるジャズクラブ。ニューヨークの名門ブルーノートの東京店で、国内外の一流ミュージシャンが出演していますで5日間ほど、矢野さんとベーシスト、ドラマーの3人で公演を行っています。そこでのお楽しみが、YMO ── 細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一によるイエロー・マジック・オーケストラ。1978年結成のテクノポップグループで、「ライディーン」は代表曲の一つですの曲を3人で1曲演奏することだそうです。
今井さんが行った回では、最後の曲の前に矢野さんが「最後に演奏したのは80年代かしら」と話しました。続けて、当時は後ろのほうにいて演奏させてもらえなかったけれど、もうこっちのものだから、と言って「ライディーン」を演奏したといいます。
昔は後ろの方にいてっての。これは、彼女がYMOのサポートをやっていたっていうこと。で、もうこっちのものっていうのは、坂本龍一さんがもういないっていうことで。
今井さんによると、このMCの意味に気づくタイミングは、会場の中でも人によって違ったそうです。イントロが始まってやっと気づく人もいたといいます。
今井さんは、カルチャーを調べておいてよかったと思うのは、こうした文脈を深く理解できたときだと話します。落語でも、師匠の十八番をついに解禁する、といった場面で同じ楽しさがあるそうです。
青木さんも、矢野さんがYMOのサポートメンバーだったことや、坂本龍一さんとの夫婦関係まで合わせて考えると、味わいが深まると応じます。プラスだけでもマイナスだけでもない人生の機微が感じられるので、経緯を知っていると味わいがずいぶん変わる、という話です。
「友達」という言葉の意味は、大人になると変わるのか
この回の本題は、リスナーから届いたお便りです。大人になってからの友達の意味について、考えすぎてほしいという相談でした。
今回お二人に考えすぎていただきたいテーマは、大人になってからの友達ってどういう意味を持つのかということです。子供の頃は一緒に遊ぶ人くらいの存在だったのに、今は心を許せる相手や人生を支える存在など、どこかハードルが高くなった気がしています。私は数年前、東京から縁もゆかりもない土地へ移住しました。親しい友人はできたものの、自己開示が得意ではなく、相手を楽しませられているか気になってしまったり、気づくと後から疲れてしまったりしています。もっと軽やかに人と関われたらと思うのですが、そもそも友達って何なのでしょうか。
お便りを受けて、今井さんは「同じ言葉なのに意味内容が変わっていく」ものの例として、編集者という職業名を挙げます。デザイナーは建築、ウェブ、プロダクト、コミュニケーションと名前が分かれていて、専門外の人でも違いがわかります。
一方で編集者は、漫画、雑誌、本、ウェブのどれを作っていても同じ「編集者」と呼ばれます。今井さんはこれを「僕らの怠慢」と言い、そのせいで仕事の説明がよりめんどくさくなっていると話します。青木さんも、書籍でもビジネス書と文芸ではずいぶん違うはずだと応じ、今井さんは辞書の編集も全然違うと付け加えました。
友達が多い人と少ない人、定義は同じなのか?
青木さんはまず、「友達は多いですか?」と聞かれたらどう答えるかを今井さんに尋ねます。今井さんは「多いと思います」と答え、青木さんは自分は友達が少ないと自認していると話します。
そのうえで青木さんが知りたいのは、対極にいる2人の友達の定義が同じかどうかです。定義が同じなら量の差、定義が違うなら認識の差ということになります。
僕結構定義はあって。はい。あの、意味なくご飯誘える人です。
今井さんの言う「意味なく誘える」とは、「近く行くからご飯食べない?」「そろそろ行こうよ」「しばらく行ってないね」と言い合える関係のことです。「そろそろ」の頻度は3〜4か月、少なくとも半期に1回で、2人きりでも行ける相手だといいます。
青木さんはこの定義に違和感がないと話し、自分の場合は定義が同じで絶対数が少ないのだと納得します。そして、今井さんの定義を「一緒にいると元気が増えるか」と言い換えます。
青木さんによれば、知識や機会が増えて役に立つけれど少し疲れる、という相手もいます。今井さんの定義では、そうした相手は意味なく誘わないので友達ではありません。意味なく誘い合える相手は、会うこと自体が元気をもたらし、相手も減らないはずだという安心があるという整理です。
意味なくご飯に誘える人。少なくとも半期に1回、2人でも会える相手
敬意と興味が持てる相手。会ったことがない人でも友達だと思える
用事がないと人に会えないのはなぜか
今井さんは逆に、「これを聞きたいので」と意味をつけて人に会いに行ける人を尊敬していると話します。本当は会いに行きたい人が結構いるのに、友達じゃないしな、とためらってしまうそうです。
青木さんはその反対で、仲良くなった人でも用事がないと声をかけにくく、何を話していいかわからない感覚があるといいます。意味のない誘いができる相手は、仲の良さを超えてものすごく限られているそうです。
(意味なく誘って一緒に過ごすことを)日常、当然のようにそういうふうに過ごしてる人がどうもいるらしいってことはわかるんだけど、ちょっとね、想像つかない。
意外にも今井さんは、実はそんなに人を誘わないと明かします。軽やかに「そろそろ行こうよ」と連絡してくる友人をかっこいいと思っていて、青木さんも、あれは言われたら嬉しいと同意します。
今井さんは昔から友達が多かったわけではなく、高校・大学時代も「ここではない気がする」感覚があったそうです。それがだんだん今の環境と一致してきたといいます。
青木さんは、編集やイベントづくりはいろいろな人と関わる仕事で、用事がなくても袖がすれ合う「界隈」があると指摘します。今井さんも、ウェブデザインやエンジニアの界隈は周年パーティーや勉強会があり、コミュニティが強固になりやすいと話します。
一方で青木さんは、自分は「マジでどこの界隈にもいない」と言います。経営者や暮らし・インテリアの領域でも周縁から始まり、周縁にいることが価値の土台になってきたので、界隈のど真ん中はいつも居心地が悪いそうです。中心に巻き込まれると、自分の自由や強みが失われそうな気もするといいます。
「仲良くなりたい」と言ったあとの「メンテナンス問題」
界隈に属していない青木さんですが、仲良くなりたい相手には、早い段階で「仲良くなりたいです」とはっきり言うようにしています。今井さんとこのポッドキャストを始めたのも、「とりあえずちょっと仲良くなろうか」という話からだったそうです。
(照れを乗り越えないと、)仲良くなりたいと思ってるのは本当の気持ちだから、むしろなんか自分に嘘をついてかっこつけてるみたいな感じになっちゃうよなっていうんで。
ただ青木さんは、あるレベルまでギュッと仲良くなった後の、「そろそろ一緒に行こうよ」というメンテナンスは今もうまくできていないと話します。
今井さんも似ているそうで、絵や写真、ライティングをお願いしたいクリエイターとは、まず2人で飲みやお茶に行くといいます。経緯を聞き、何より野望を聞いておくと、それに寄与できる仕事を頼みやすくなるからです。
今井さんは、論文か何かで旅行に行くと仲良くなるとされていた話にも触れます。青木さんは実際に旅行に誘うことが多く、手っ取り早く仲良くなれるといいます。
青木さんによると、仲良くなりたいときは、なぜ仲良くなりたいのかがまだわからないことが多いそうです。一緒に何かできそう、助け合えそうといった現実的な思惑はあっても言葉にならないので、目的より先に関係性をつくっておけば、目的がはっきりしたときに前提条件が整っている、という考え方です。
それでも、自分の楽しみのために誰かを誘う、ということは青木さんには本当にわからないといいます。MBTI ── 性格を16タイプに分類する自己診断の枠組み。INTJはその1つで、内向的・直観型・論理的・計画的な傾向を表すとされますでいう「INTJあるある」として書かれているので、そこが自分のダメなところなのかもしれない、と話しました。
今井さんも、仮に大金を稼いで港区でシャンパンを開けるようになっても、夜中に後輩を呼び出すことはできる気がしないと共感します。
会いたい人だけが来る「半開きの飲み会」
メンテナンスの方法として今井さんが試してみたいのは、バーなどの一日店長です。会いたい人だけが会いに来てくれるからです。
今井さんはこれを「半開きの飲み会」と呼んでいます。何人かに声はかけつつ、その人が誰かを連れてきたり、初対面の挨拶をして回ったりできる場です。
以前ツドイでは「ツドイ文庫」という古本市を開いていました。編集者やデザイナーなどのクリエイターが自宅の本棚から本を持ち寄って売る、スタイリストによる古着販売の本版のような催しです。書店の軒先を借りて開き、みんながフラッと来て「久しぶり」ができる役割も担っていたといいます。
青木さんにとっては、このポッドキャストがそれに近いそうです。聞いてもらっていると疑似的に定期的に会っている感覚になってもらいやすく、青木さんの側も「あの人は聞いてくれているだろうから、大体のことは伝わっている」と感じられるといいます。
人に会いたくなる「空腹感」がないとしたら
青木さんは根本として、誰かと一緒に過ごすことは嫌ではないけれど、それがないと寂しいとか喜びがないという感覚がないと話します。今井さんも「それは僕もそう」と同意しました。
なんかお腹が減るみたいな感じで、人と一緒にいたくなるはあんまないから。
青木さんにとって、お腹が減っていないのに人を呼んだり会いに行ったりするのは、自分を偽っているようで気持ち悪いそうです。「君に会えないと寂しいんだよ」と言える自分なら無目的にも誘えるけれど、前提となる空腹感が欠けているので、お腹が減ったふりをしなければならなくなる、という感覚です。
あなたのことは大事です、本当に。だし、興味ありますも本当なんだけど、「意味なく一緒に過ごす時間が欲しいです」は、ちょっと嘘が混じっちゃうんだよな、自分の中では。
だから青木さんの友達の定義は、意味なく一緒にいたいかではなく、別のところにあります。
この定義なら、青木さんのことを知らない相手でも友達だと思えます。逆に、一方的に敬意と興味を持っていたクリエイターに会ったら、どちらかが減ってしまうこともある、と青木さんは言います。
今井さんはそこから、本の編集をしていたころ先輩に「著者とデザイナーを会わせるな」と言われた話をします。そこで気が合わなかったらどうしようもないから、そのために編集者がいる、どんなに会いたがっても出来上がるまで会わせるな、という教えだったそうです。
青木さんは、会ったことがなくても「イマジナリーフレンド」として大切な人もいれば、会ったことのある人もいると話します。どちらも敬意と興味があるからこそ、会わないと不安ということはなく、誘われたら嬉しくて「ほいほい出ていく」という距離感です。
友人たちと「並んでいたい」という働く理由
今井さんにとっても敬意はとても大事です。何のために働いているのかと問われれば、お金や名誉ではなく、敬意を持っている友人たちと並んでいたいことが大きいといいます。
僕の友達なんか、ほんとみんなすごいなっていう人たちがいるので、その人たちが、今のところはなんかお前も頑張ってるというか。あの、お互い面白いことしてんねみたいな。
青木さんは、人によって友達に求める機能が違うのかもしれないと話します。今井さんが「ずっとお腹空いてる人もいます」と応じると、青木さんはそうした人の存在の大きさを語り始めます。
青木さんによれば、お腹が空く才能がある人がいないと、人と人はどんどんバラバラになってしまいます。お腹を空かせている人は自分をピュアに求めてくれるので、周りはみんな大好きになり、人気者で人間関係のハブになるそうです。青木さん自身は、そうしたハブの人のおかげでコミュニティにいさせてもらえていると感謝しています。
青木さんの周りにいる、片手で数えるほどの強烈なハブの人は、無限の好奇心と無限に近い体力を持ち、他者を素直に尊敬し興味を持つ力がすごいといいます。
ハブの人
人と一緒にいるとエネルギッシュになり、お腹が空いて、栄養を取り、動いてまたお腹が空く
青木さん
お腹が減らないからご飯を食べず、食べないから動かず、動かないからまたお腹が減らない
青木さんは自分の側を「悪循環」と表現しています。人と会うことの比喩として、空腹と食事のサイクルが語られています。
ハブになる人が抱える「生身で並べない」感覚
ここで今井さんは、自分はハブタイプだけれど、お腹が空くタイプではないと明かします。ハブをやっている理由は、敬意を持っている友人たちと「生身で並べない感じがまだある」からだそうです。
青木さんはこれを「1個仕事しないと」「一個下駄履きたい」と言い換え、「すごく面白いインサイト」だと反応しました。
青木さんは、ハブ的な人にそうした意識があるとは想像したことがなく、「第三の目が開いた」感じがすると話します。一方で青木さん自身は、相手がすごいかどうかに関係なく、誰かと生身で並べないと思ったことはないそうです。
青木さんはその理由を、「あいつはダメなやつだ」と認定された状態で界隈にいることに慣れているからだと分析します。友達がすごいのはラッキーでしかなく、並ぼうと思ったことはないといいます。だからこそ、並ぶために何かを足そうとされると少し寂しく感じるタイプかもしれない、と話しました。
今井さんは、会うときには生身で大丈夫か、武器が必要かを考えるといいます。武器は情報のこともあれば、ホスピタリティや、呼ばれた場合の手土産のこともあるそうです。青木さんは「手土産持ってかないのよ」と笑い、そういう気遣いは驚くほど苦手だと話します。
青木さんから見ると、ハブになっている人は優秀で多様な経験をしていて、魅力的でスマートな人ばかりです。そう見えるように振る舞う背景にそうした思いがあるのかもしれず、天然の人と世間的には見分けがつかないだろう、と青木さんは驚きます。
期待値に応えるか、下げるか
今井さんは話しながら、「もし日本一の編集者になってもこれをやるのか」と自問します。今想像しても、あまり変わらない気がするそうです。
青木さんは、それが謙虚さなのか、自分への期待値が高すぎるのか、いろいろな見方ができると話します。そのうえで、今井さんは相手の期待値を一つ上回ろうとしているのに対し、自分は逆だといいます。
僕って相手が期待値持ってきたらどうするかっていうと、相手の期待値、今回微妙に下げられないかなっていつも思うわけ。
青木さんは、次に会うときに楽な関係になれるよう、あえて一度やらかすこともあるそうです。今井さんが「それでも会ってもらえないかもって怖さはないんですか?」と聞くと、青木さんは「その時はそこまでだろと思って」と答えます。
青木さんは、飲み込んで帰れる程度に軽くイラッとしたことでも、仲良くなりたい相手には感情的にではなくはっきり指摘することがあるといいます。上滑りな会話よりもっと仲良くなれる可能性があり、それで関係が切れるなら、早めにわかってよかったと考えるからです。
また、自分をすごいと思っている人には、すごくないエピソードを早いうちに詰め込んで期待値を下げてもらうそうです。期待に応えようとすると、すぐ苦しくなってしまうからだといいます。
今井さんは、クライアントワークでは最初に期待値を高めないと仕事がもらえない、という仕事柄の面もあると話します。青木さんは、下振れはいずれ勝手に正されるので焦らないけれど、上振れが怖いと振り返ります。
相手の期待値を一つ上回ろうとする。クライアントワークで最初に期待値を高める必要もある
相手の期待値を少し下げようとする。すごくないエピソードを早めに伝え、楽な関係を目指す
青木さんは、期待値を下げておくと、こっちも疲れない、信頼できる相手になれるのかもしれないと話し、友達論から少し離れたかもしれないと笑って締めくくりました。
まとめ
大人の友達を「意味なく誘える相手」と見るか、「敬意と興味が持てる相手」と見るかで、友達の数の感じ方も付き合い方も変わります。人に会いたくなる空腹感の有無や、期待値への向き合い方の違いを知ると、軽やかに関われない自分を責めずにすむのかもしれません。
- 今井さんの友達の定義は、少なくとも半期に1回、意味なくご飯に誘い合える人です
- 青木さんは人に会いたい「空腹感」がないため、友達を「敬意と興味が持てる相手」と定義しています
- お腹を空かせて人を求める人がハブとなり、人と人をつないでいます
- ハブタイプの今井さんは、敬意を持つ友人と「生身で並べない」感覚から場をつくっていると明かしました
- 期待値を上回ろうとする今井さんに対し、青木さんはあえて期待値を下げて楽な関係を目指しています




