折りたたみスマホは読書を変えるか?
本題の前に、今井さんと青木さんの共通点として話題に上がったのが、開くと正方形のタブレットのようになる折りたたみタイプのスマホです。今井さんによれば、当時はまだAndroidでしか選べず、iPhoneからは出ていないといいます。
青木さんが折りたたみスマホを試した理由は、もともと本を持ち歩くタイプで、スマホで本が読めたらいいと考えたからでした。仕事をスマホでこなすことも多く、スプレッドシートを見るだけでも画面が広いほうが見やすいという事情もあったそうです。
(以前の)iPhone、僕が使ってたやつと比べたら(100グラムぐらい重い)。でもさ、それでも僕のひ弱な体が悲鳴を上げていて。
青木さんは、わずかな重さの差で肩や肘、手首が順に痛くなったと笑いながら話します。今井さんが「もっと重い本も読んでいますよね」と返すと、青木さんは最近は寝転がって読むのもしんどくなり、椅子に座って使う書見台で読んでいると明かしました。
今井さんが意外だったのは、青木さんが電子書籍を読むことでした。青木さんは漫画はもともと電子でしか読まないほどですが、iPad miniを常に持ち歩くわけではないため、電車やお茶の時間にさっと読めるならと折りたたみスマホを試しているといいます。
でもあの紙の本のが圧倒的に読書体験としてはいいなと思ってる派ではあるよね。
今井さんは漫画も仕事で読む本も電子派です。コピー&ペーストができ、取材先の情報も含めて忘れにくいことが理由だと話しています。
一気読みが漫画の「わかりにくさ」を生んでいる?
青木さんは、漫画のなかで『宇宙兄弟』だけは紙で買い続けていて、新刊が出るたびに紙のほうがいいと感じると話します。そこから今井さんが紹介したのが、ある漫画雑誌の編集長から聞いた話でした。
その編集長によると、最近は「展開がわかりにくい」「キャラが多すぎて覚えられない」という読者の声が多いそうです。今井さんはその理由を、一気読みとスマホでの読み方の変化に見ています。
少なくとも子供の頃ってその一気読みっていうのがなかった。次の巻出るまでに何度も何度も読み直してて。
で、キャラクターに愛着を持ったりとか、話の筋を理解した上で待ち遠しく次の巻を読んでいたっていうのがあって。
今井さんの見立てでは、漫画そのものが変わったのではなく、物語に触れる回数が1回きりになったことで読書体験が変わってしまったということです。青木さんも「前の展開を忘れちゃうよね」と応じます。
今井さんは『宇宙兄弟』のキャッチコピー「人生可変、約束不変」が大好きだといいます。当時の担当編集だった佐渡島庸平 ── 講談社で『宇宙兄弟』などを担当した編集者。のちに作家エージェント会社コルクを創業していますさんが社内プレゼン用につけたコンセプトのような言葉だそうで、青木さんも「いいコピーだね」と感心していました。
天気の話をする人は「ダメ営業マン」なのか?
今回のテーマは「会話の入り口は天気が正解か」です。今井さんが想定しているのは、初めての商談の直前や、取引先のロビーで写真家やライターと集合したときのような、何か話したほうがいい場面です。
そういう場面でつい「暑いですね」と言ってしまう一方で、コンビニに並ぶようなビジネス書では、天気の話をする人はダメな営業マンだと書かれていることもあると今井さんは紹介します。
俺天気の話しかしてないよ、そういう時。
え、だって今井さんとだってさ、この収録3回あったら、2回は入り口「暑いね」じゃない?
今井さんは、天気の話が選ばれる理由を「誰も傷つけない」「絶対的な共感に行ける可能性が非常に高い」ことにあると整理します。
一方で青木さんは、天気の話を避けたくなる感覚もわかるといいます。若い頃は「天気の話をするくらいなら何も言わないほうがいい」と思っていた時期があったそうです。
青木さんの分析では、その感覚の根には、心から思っていないことを口にするのは欺瞞や偽善だという感覚があります。「いい」と思っていないのに「いいですね」と言うのと同じように、天気の話をしたいわけでもないのに持ち出すのはごまかしだ、と感じていたのではないかというのです。
今井さんは、こうした場面で天気の話が果たしているのは「小さな橋をかける」役割だと言い表します。青木さんも、当時はその役割の大切さがわかっていなかったのかもしれないと振り返りました。
今の青木さんは、むしろ迷いなく天気の話を振っているといいます。たとえば今年入った新卒社員とオフィスのエレベーターで一緒になったとき、1階から4階までの数十秒なら、「暑いね」「そうですよね」のやりとりが2ターンほどあれば十分だからです。
話しかけるってこと自体が、やっぱりその、あなたと仲良くしたいという意思。
今井さんは、韓国では「ご飯食べた?」が挨拶のように使われ、本当に食事をしたかを聞いているわけではないと紹介します。英語の「What's up?」も同じ類かもしれないと話すと、青木さんは、日本語の「元気?」も慣れているだけで、実は不思議な言葉かもしれないと応じました。
天気の話は、立場が上の人から振るべき?
話しながら青木さんが気づいたのは、天気の話をするのが正解かどうかは立場によって変わるかもしれない、という点です。新卒社員とエレベーターに乗る場面なら、天気の話は青木さんの側からしてあげたほうがいいと感じるといいます。
青木さんによれば、「天気の話をしてしまった」という恥ずかしさや「もっとできたのでは」という思いは、その場で立場が上の側ほど感じずに済みます。とはいえ、上の立場の人が「週末遊んでる?」と距離を詰めすぎれば、相手には「うるせえよ」と思われかねません。
自分がじゃあその逆の側が多かった若い頃って、なんか「あ、なんか俺今媚びたな」みたいな、そういう尖り方として。
若い頃の青木さんは、立場が下の側として天気の話をすることに、媚びたような感覚を抱いていたといいます。だからこそ、上の立場の側が先に天気の話を振れば、同じように感じるタイプの相手にもそう思わせずに済む、というのが青木さんの考えです。
「野球大好き」と「もっと野球好き」、どちらの関係がいい?
今井さんは、仲が深まると天気の話は要らなくなるといいます。たとえば青木さんと2〜3か月ぶりに会ったなら、お互いの趣味がわかっているので「最近どんな本を読んだんですか?」から始められます。
今井さんの例えはFacebookメッセンジャーのグループです。15人ほどがランダムに集まった「野球大好き」と、そこから4人だけが選抜された「もっと野球好き」の2つがあり、後者では文脈なしに甲子園のピッチャーの話をしたり、カープファンが中日ファンに「ごちそうさまでした」と言えたりするそうです。
青木さんが面白いと感じたのは、この2つのグループのどちらが上というわけではない点でした。2つのグループの違いを並べると、次のようになります。
全員が全員を知っているわけではなく、好きな野球でゆるくつながれる場
誰がどこのファンかもわかっていて、文脈なしに細かい話ができる場
青木さんは、「親友になれないなら上辺だけの付き合いなんて」という感覚を「ものすごく幼い価値観」と呼びます。その目で見ると天気の話は無意味に映りますが、ゆるくつながる場から濃い関係が生まれることもあるのです。
今井さんが「高望みしている」と言葉を添えると、青木さんは、高望みか何もないかの二極の世界観になると、人間関係が狭くなり、深く広くなっていく可能性も閉ざしてしまうと続けます。
青木さんは、出会うたびに「親友になれるか」「仲間になれるか」だけで相手を見るのは実はかなり気持ち悪いことだともいいます。ご近所さんとの「どうもこんにちは」も、それはそれで1つの達成だという考えです。
新卒社員と本音で語り合える仲間にならないと意味がないと思い込めば、距離感を誤り、結果としてパワハラのようになることもありそうだと青木さんは話します。天気の話の是非の背景には、どういう関係性が良いのかという定義の狭さがある、というのが青木さんの見立てです。
年上に可愛がられるのは、媚びているからなのか?
青木さんは、今井さんがよく年上に可愛がられる話をするたび、可愛がられたことのない自分としては少し鼻につくと冗談めかします。それでも実際に親しくしてみると、今井さんのそれは媚びではないと感じるそうです。
青木さんの仮説は、今井さんは年上だけでなく、年下やカテゴリーの遠い人、価値観の違う人とも同じ動きをしている「異文化交流が得意な人」なのではないか、というものです。一方の青木さん自身は、立場上やらざるを得ず、頑張って少しずつ身につけてきたタイプだといいます。
「出会ったときに、この人と仲良くなろうという欲心があるのか」と聞かれた今井さんは、自身が編集の学校で担当する「つながりを作る」回の話をします。青木さんは「めっちゃ受けたい」と食いつきました。
編集者って、まあそれこそ、あなたに頼まれたなら仕方がないみたいに言ってもらえる人が何人いるかって結構大事なことなので。
今井さんが自分なりに考えた結論は、損得ではなく好き嫌いで人を見ていること、逆に言えば損得で見ないよう気をつけていることでした。
青木さんは、構造が見えるからこそ損得にとらわれやすい自分を自覚して心がけてきた人と、そもそも損得が理解できていない人の2タイプがいると問いかけます。
全体像や利害の構造が見えて損得にとらわれやすい自分をメタ認知し、若い頃から意識してきた
そもそも損得の構造が理解できていないために、損得で人を見ない
僕は多分前者だと思う。そう、だから立場や肩書きで人を見ちゃうことはある。
今井さんの答えに、青木さんは「鍛えてきたんだね」「そっちのほうがいいよね」と返しました。
「権威に弱いくせに腕がある」は褒め言葉か?
今井さんがすごく嬉しかったというのが、よく一緒に仕事をする信頼する友人からの言葉です。40歳の自分たちの世代のなかで、今井さんは「権威に弱いくせに腕がある」珍しい存在だと言われたといいます。
その友人によれば、今井さんの世代では腕のある人ほど権威嫌いが多く、この2つは大体両立しません。今井さんは自分を「ちゃんと権威好き」と認めつつ、それでも腕がないわけではない、と評されたことが嬉しかったそうです。
青木さんは、それは権威が好きというより合理性が好きなのだろうと受け止めます。権威と聞くだけで嫌うのはおかしく、権威の中にも良いものと悪いものがあり、権威のない人にも好きになれない人はいるからです。
だからそれって、男か女かみたいなレベルの話、何人かとかいう話でしかないはずだもんね。
青木さんは、視野が広い人ほど、わかりやすくパワフルな損得勘定に引っ張られやすいと続けます。だからこそバランスを取るための訓練が必要だという考えです。
青木さん自身にも似た経験があります。以前、何の気なしに「頭いいわりにいいやつだよね」と言ったら、相手に意外なほど喜ばれたそうです。今井さんが「抗ってきたのかもしれない」と言うと、青木さんは、賢いだけ・合理性だけの自分が嫌だと思ってきたのだろうと応じます。
そこから話は、生まれつきのナチュラルな魅力と、自分の倫理観や美意識に基づいて研鑽してきた魅力の違いへと移ります。
生まれ持ってこんな魅力があるのか、と惹かれるもの
自分の倫理観や美意識に基づいて研鑽してきたとわかるもの
青木さんに「今井さんは後者なのか」と聞かれ、今井さんは「そこに関してはそうかもしれない」と答えます。
今井さんは、野球部のエースで4番の先輩や大学サークルの代表など、コミュニティで突出した人に昔から強い興味を持っていたといいます。得をしたいからではなく好奇心からで、才能に興味があるのは非常に編集者っぽいと自分でも気づいた様子でした。
そのコミュニティで自分が成果を上げられてない、例えば野球だと下手とかだとすると、なんかそれってその、いやらしく見えるんだなみたいな、そういう人たちと仲良くしてるとか。
それって(相手の先輩)にも申し訳ないっていうか。
だから今井さんが頑張ってきたのは、きちんと成果を出すことでした。業界の先輩から仕事をもらうことも、「飲んで仕事を取っている」と見られれば先輩に失礼だから、というのです。青木さんは、自分の見え方より先輩への失礼に思いが至るのは特殊で、そこが先輩に信頼されるポイントなのかもしれないと話します。
今井さんは、信頼する先輩に対しても嘘のリアクションはしないといいます。「さっきのあれはちょっと」と伝えると、その場では立腹されても3日後くらいには「確かにそうかもね」と思ってもらえる一方、それで距離ができた人もいるそうです。
「自分モテ」のためにかっこつけ続ける理由
青木さんは、今井さんが自分をメタ視点で見ていることに注目します。今井さんが「ずっと監視カメラがあるイメージ」と表現すると、青木さんも同じ感覚があると打ち明けました。
青木さんにとってのかっこつけは、他人に対してというより、自分に対してのものです。異性に限らず「モテ」にこだわる人がいるなかで、自分はどうかと考えたとき、青木さんは次のように気づいたといいます。
自分がかっこいいと思える形でありたい望みが強いため、動き方はどうしてもかっこつけたものになってしまう。青木さんは、それを無意識のうちに自然にできるようになりたいと何十年も思ってきたそうです。
自分的にはその瞬間って、あ、やっとなんかその自然に無意識にそういう感じを出せるようになったかもみたいな時はちょっと嬉しいよね。
今井さんが「最初は人の真似だったり」と言うと、青木さんは合気道 ── 日本の武道の1つ。決められた型を繰り返し稽古し、相手の力を利用して制する技を身につけていきますの稽古にたとえます。最初は型を意識してなぞり、やがて手をつかまれた瞬間に反射で動けるようになる。かっこつけは稽古なのだと、だいぶ後になって思えるようになったといいます。
初対面の前に何を「予習」している?
青木さんも才能のある人が好きで、見つけると一緒に仕事がしたくなるといいます。そこで、天気の話をしないとしたら今井さんはファーストコンタクトで何を心がけているのかを尋ねました。
今井さんの答えは「調べていく」ことでした。会う前の準備と、予習できない場面での動き方を順に並べると、次のようになります。
今井さんは、調べたことは相手に言わないといいます。青木さんは「マジで偉いね」と繰り返し、それは相手と会ううえでの真摯さ、インテグリティだと評価しました。
青木さんは会う前にどう見えていたのか?
青木さんが「自分と初めて会うときはどんな仮説を持っていたか」を正直に聞くと、今井さんの答えは「仲良くなりたいと思ってもらえなさそう」というものでした。
今井さんによれば、青木さんは当時本を出しておらず、練られたアウトプットが少ないうえ、Facebookも知り合いでなければ見られないため、外からは人物像がつかみにくかったといいます。そのなかで「自分より本を読んでいる人が好きなのだろう」という印象を持ち、クラシコムの高山さんがつないでくれた場にも、手応えのないまま向かったそうです。
青木さんは、それは自分が「シャバい」と思われるかもしれない感覚に近いのかと確かめ、今井さんも「そうです」と答えます。青木さんにとって、自分の外的イメージは自分ではわからないため、非常に勉強になる話だったようです。
青木さんは若い頃から怖そう、難しそう、好みが狭そうと思われがちで、妹の周囲の人から「お兄ちゃんって私のこと嫌いかな」と言われたこともあったといいます。だからずっと気をつけてきたのに、何を知っているかで人を見るスノッブ ── 教養や趣味の良さを鼻にかけ、それを基準に人を見下すような態度や人のことな感じが今も随所に出ているのだと受け止めました。
それは全然誤解じゃなく、多分僕の本質で。努力して、もう薄めて薄めてきてるのに、まだそうなんだなって。
今井さんは、共通の知人にもヒアリングしていたと明かします。年上のある先輩は「青木くんは非常に面白い」としつつ、一緒に仕事をしたことはないがドライなのではないかと話したそうです。今井さんは半年ほど一緒に過ごして、意外とそうでもない気がしているといいます。
別の人は、青木さんをすごい経営者だとしたうえで、売るものは何でもよかったのではないかと見ていました。だから「サービスを調べて好きだと伝えても長く付き合える人ではない」というアドバイスだったそうです。
青木さんは、どの声も的外れではないと認めます。そのうえで、直したいところも含めてわかったうえで付き合ってくれる人がこんなにいるのは嬉しい、と語りました。話は大きく脱線したものの、二人とも「今日は楽しかった」と締めくくっています。
まとめ
天気の話は月並みに見えても、誰も傷つけずに共感へ届く「小さな橋」です。それを避けたくなる背景には、関係性のゴールを親友や仲間に置きすぎる高望みがあるのかもしれません。今井さんと青木さんの話からは、人付き合いの作法は生まれつきではなく、稽古のように鍛えられるものだという姿も見えてきます。
- 天気の話は共感を得やすく、話しかけること自体が「仲良くしたい」という意思表示になる
- 天気の話を振るなら、媚びたと感じさせないよう立場が上の側から振るのがよいと青木さんは考えている
- 「親友になれないなら意味がない」という二極の世界観は、関係を狭め、距離感の事故も招きうる
- 今井さんは損得で人を見がちな自分を自覚し、成果を出すことや会う前の予習で信頼を築いてきた
- 青木さんは「自分モテ」のためのかっこつけを、合気道の稽古のように無意識にできるまで続けてきた




