車中7〜8時間と倉庫見学。年末の温泉旅行で何が起きた?
青木さんと今井さんの収録は、約1か月ぶりです。12月半ばの最後の収録のあと、2人は内沼さんを加えた3人で、長野県上田市への温泉旅行を実現させていました。
上田市への移動は、当初はそれぞれ車で現地集合する流れでした。道中でポッドキャストを聴けて、帰る時間も自分で選べるので、そのほうが気楽だったからです。それでも今井さんは「せっかくだし」と、青木さんの車に乗せてもらうことにしました。
僕と青木さんだけでも7、8時間多分(車中に)いたんで。
青木さんにとっても、収録されていない今井さんとの会話を、食事の席でもない場でこれだけ長く交わせたことは貴重だったそうです。今井さんは、人を近づけるものとしてよく挙げられるお酒と同じくらい、「時間」にも力があると感じたといいます。
お酒を飲めない青木さんは、相手ともう一歩仲良くなりたいとき、旅行が無理のない手段になると話しています。今回は大部屋で一緒に寝る形だったことも、距離を縮めたようです。
旅行中には、バリューブックス ── 長野県上田市に拠点を置く古書の買取・販売会社。大規模な倉庫で大量の本を扱っていますの倉庫も見学しました。今井さんによると、青木さんは内沼さんが少し引くほど興奮し、作業工程の工夫を即座に理解して感嘆していたそうです。
仕事のための道具を考えて作るとか、やり方考えるとか、ああいうのがね、すごい好きなんだよね。倉庫はね、本当に、どの倉庫行っても楽しい。
倉庫で見せた青木さんのこの熱量は、後半の才能の話で、思わぬ形でもう一度登場します。
「動機は教えられるのか」という相談。動機は才能の言い換えでは?
今回のテーマは、リスナーからのお便りをもとにした「動機は教えられるものなのか」です。差出人は神奈川県で小さなクリエイティブ系の会社を経営している方です。
私は小さなクリエイティブ系の会社の経営をしております。仕事も含め、世の中の大半は動機で動いているのではないかと日々感じております。動機が強ければ、社員は勝手に成長していく。そう思う一方で、ではその動機は教えられるものなのかという疑問があります。個人的には、クリエイティブ系の仕事において、動機は教わるものではなく、自ら奮起し突破していくものだと思っています。一方、経営者としては動機を持ってほしい、動機を育てたいとも思ってしまいます。この矛盾をどう考えればいいでしょうか。
青木さんはまず、この相談者の言う「動機」が仕事全般へのやる気を指しているのか、と問いかけます。これを受けて今井さんが思い出したのは、昔、先輩編集者から聞いた話でした。
優れた編集者は、それぞれ個別の強い動機がある(という話でした)。
先輩編集者の話では、ある人は「こんなに面白い情報があるのに知られていないのはもったいない」という動機で本を作り、別の人は「世の中を騙して私欲を貪る人は許せない」という動機で本を作るといいます。
青木さんは、この「もったいない」「許せない」や、既存の価値観への逆張りといった推進力を、動機と呼ぶべきなのかと疑問を投げます。青木さんの感覚では、それは才能に聞こえたそうです。
(才能は)磨くことはできるけど、後天的に身につけられるものじゃない。
青木さんによれば、才能とは生まれながらに持っている能力や可能性のことで、今井さんは英語の「ギフト」を挙げて応じます。自分で身につけたわけではない偏りや重力のようなものが推進力になっているなら、それは動機というより才能と呼ぶほうがいいのではないか、というのが青木さんの見立てです。
今井さんも、自律して動けるだけのモチベーションを持てること自体が才能だという考えに深く頷きます。そのうえで、小さな制作会社を経営する自分は相談者と立場が近く、似た悩みを抱えていた時期があると話します。
今井さんの悩みは、社員にやる気がないことではなく、「何をしたらこの人はもっと楽しいのか」を見つけたいというものです。できないことができるようになるのが楽しい人もいれば、ツドイの仕事なら、お笑い芸人に会えることや、漫画に関われることが喜びになる人もいます。
そのため今井さんは、面接で「どういう時に一番テンションが上がりますか」とよく聞くそうです。記事1本を作る工程のどこで気持ちが上がるかは、人によってまったく違うからです。
企画・オファー
何を作るかを考え、相手に依頼する
取材・執筆
話を聞き、文章にする。取材がピークという人もいる
推敲
彫刻のように磨き上げる工程がたまらないという人もいる
世に出す・反応
今井さんが一番好きな瞬間。想像以上の反応が返るとテンションが上がる
今井さん自身は、「どやー」という気持ちで世に出す瞬間が一番好きで、企画も好きだといいます。だからこそ、社員にも「そういうのないの?」と探したくなる相談者の気持ちがよくわかると語っています。
アリストテレスと「苦を抜く」。西洋と東洋の幸福はなぜ両立しにくい?
青木さんは、相談者の言う動機も、今井さんの言う喜びも、「才能を発揮したい」という気持ちに集約されると考えます。そこから、幸福についての西洋と東洋の考え方の違いへ話を広げます。
青木さんは、すべてを理解しているわけではないと前置きしたうえで、アリストテレス ── 古代ギリシャの哲学者。幸福(エウダイモニア)を人間の最高善とし、その人らしい卓越性を発揮する活動と結びつけて論じましたが、本来持っている可能性をより多く発揮できている状態を幸福と定義した、と紹介します。これが西洋的な幸福のもとになっているのではないか、という見方です。
一方で東洋的な幸福について、今井さんは「足るを知る」を挙げます。青木さんは、仏教が幸福を目指すのではなく「苦を抜く」ことを目指していることに端を発しているのではないかと話し、今井さんはそれを「ゼロを目指す」と言い換えました。
今井さんは、2つの幸福観を波形にたとえます。西洋は波打ってもいいからできるだけ高いところを目指し、東洋は波をなるべく小さくして直線に近づけようとする、というイメージです。
アリストテレスに端を発し、本来の可能性や才能を最大限に生かせている状態を目指す。多少の苦があっても高いところへ
仏教の「抜苦」に端を発し、嫌なことがないゼロの状態を目指す。波形をなるべく小さく
青木さんによれば、日本には途中から西洋の考え方も入ってきたため、両方の感覚が強く存在しています。ところが、苦を抜くことと可能性を発揮することは並列が難しいと青木さんは指摘します。
苦を抜こうと思ったら、やっぱ結構可能性の発揮ってある程度後回ししないといけないし、可能性を発揮したいのに、いや苦を抜くはもうちょっとしんどいよねみたいな。
青木さんは、相談者の思いを「苦を抜くモードにいる人に、可能性の発揮にも興味を持ってほしい」という願いではないかと読み解きます。東洋的なバランスが強い人に、少し西洋的な感覚へ切り替えてほしいという感覚です。
クリエイティブな会社を自ら経営する人は、自分がどこで上がり、どこで力を発揮するかをよく自覚しているので、才能に気づいています。才能に気づくと、それを生かさないでいるのは難しく、結果として何かをやろうという動機が生まれる、と青木さんは考えます。
青木さんの見方では、動機が先にあって何かが始まるのではなく、才能への気づきが先にあり、そこから動機が立ち上がります。逆に、自分への解像度がふんわりしている人には、この流れが起きにくいといいます。
(20代前半の頃は)俺はね、本気出したらなんかできるやつなのよくらいにしか思ってないみたいな。そうすると何かがわかんないから、力学が発生しないのよ。傾斜が発生しないのよ。
才能に気づいていない状態では、自分への過度な期待だけがあり、それっぽいことは言えても、実際のプロジェクトでの推進力は弱くなります。あるのは「周りからイケてると思われたい」「上司に評価されたい」という気持ちだけだからです。
すでに才能に気づいている人がそうした様子を見ると、「もったいない」と感じて動機を教えたくなるのではないか、と青木さんは相談者の心境を推し量ります。
「カプレーゼはうまいけど芸人になりたい」。技術と才能はどう違う?
今井さんは相談者にさらに共感を寄せ、相談者から見ると社員はみな才能のある人たちに見えているのではないか、と話します。たとえばデザイン会社なら、イラストが上手な社員に「インスタに投稿したらいいのに」と勧めても、本人にモチベーションがなければ流されてしまう、という場面です。
青木さんは、それは本人にとって才能ではなく技術なのかもしれない、と応じます。今井さんが「どう違うのか」と尋ねると、青木さんは才能を「自分らしさ」と言い換えて説明しました。
才能ってなると、多分自分らしさが世の中で活用する方法までわかった状態っていうのを多分才能っていうのかなと思うんだけど。
青木さんによれば、自分らしさとつながっていない技術は、生かしたほうが得だとは思えても、それほどモチベーションは湧きません。技術だけでは、お金を払ってでも発揮したいものにはなりにくいからです。
一方、自分の持つ傾きや力学が世の中に生かせる状態になると、お金を払ってでも発揮したいと思う人が出てきます。具体例として青木さんが挙げたのは、お金を払ってお笑いを習ったりライブに出たりする芸人志望の人や、持ち出しで出展するクリエイターです。
青木さんは、2人が出展した文フリ ── 文学フリマの略称。作り手が自ら出店して同人誌などの文学作品を頒布する即売会ですでも、みんな持ち出しで参加していると話し、それは自分の才能を発揮したいという気持ちの表れだと説明します。
後天的に身につけたもの。生かしたほうが得だとは思うが、自分らしさとつながらなければ強い推進力にはならない
生まれながらの自分らしさが、世の中で活用する方法までわかった状態。お金を払ってでも発揮したいと思える
この違いを、今井さんは具体的な場面にたとえます。お笑い芸人がイタリアンの厨房でバイトをするうちに、カプレーゼやパスタ作りがとても上手になったとします。
じゃあそこのシェフに「お前絶対店やった方がいいよ」って言われても。
そうそうそうそう。いや、お笑い芸人になりたいんすよってなっちゃう。
今井さんは、クリエイティブ系の仕事では、技術と才能が一致しているという前提が置かれがちなのかもしれないと指摘します。青木さんは、実際には一致しておらず、まだ自分を探している人が多いと考えています。
青木さんの世代の人が、今の20代や大学生を見て「自分たちの頃よりしっかりしている」と言うことがあります。青木さんは、これを自分らしさとはつながっていないものの、技術はいろいろ持っている状態を指しているのではないかと見ています。
今井さんが選択肢の多さを理由に挙げると、青木さんは、YouTubeなどで何でも技術を身につけられる時代だからこそ、技術を集めることに頭がいってしまうのではないかと話します。
才能のシグナルは快不快に出る。「無駄が嫌い」と言われた青木さんの気づき
青木さんは、相談者の問いを「才能は教えられるか」と言い換えれば、答えはノーだと言います。ただし、才能に気づきやすくしてあげることと、見つかった才能の磨き方は教えられると考えています。
気づきやすくする方法として青木さんが挙げたのは、快不快と好き嫌いにフォーカスし、それを集めて、否定しないことです。ところが、技術を学ぶ過程では、この2つが徹底的に否定されるといいます。
学校で教わることの多くは技術です。好きな勉強も嫌いな勉強もこなし、受験で競争に勝つには、好き嫌いを言っていては効率が悪いので、子どもは最初に好き嫌いや快不快を克服することを学ばされます。今井さんは給食もそうだと付け加えました。
青木さんは、好き嫌いを克服するマインドセットになっているからこそ、才能があっても気づけないのだと説明します。今井さんが面接で「どこでテンションが上がるか」を聞くのも、まさにそれを気づかせる質問だという見方です。
青木さんは、仕事は大変なもので、成功には憂鬱な時間も必要だという考えも一面の真実だと認めます。青木さん自身も、好き嫌いだけでやっているわけではありません。それでも、気持ちよかった瞬間を意図的に肯定し、記憶しておかなければ、才能は見つけにくいと話しています。
さらに青木さんは、才能は快や好きよりも、不快や嫌いという感覚で気づきやすいと言います。きっかけは、ある友人とざっくばらんに話していたときの一言でした。
全然そういう話じゃなかったんですよ。なんだけど、「青木さんって本当に無駄が嫌いなんですね」って言われたんですよ。
青木さんはその一言にハッとし、自分が発揮している才能の源泉の大半が「無駄が嫌い」に集約されていると感じたそうです。それは単に効率よくやりたいということではなく、目的に対して不要な軋轢や資産を「いらんくない?」と感じる感覚まで含んでいます。
青木さんがバリューブックスの倉庫で周りが引くほど興奮したのも、倉庫がいかに無駄を省くかを突き詰めた現場だったからです。今井さんはそれを「フェチ」と表現し、青木さんも、才能とはフェチなのだと同意しました。
青木さんは、好きなことは頭で考えたものなので、好きなことをやろうとすると才能に出会えないと話します。快不快はもっと身体的な感覚であり、「編集が好き」という人も、実は読むのが好きなだけかもしれません。書いている瞬間や企画している瞬間の快不快まで見て、初めて本当に好きかがわかるといいます。
青木さんの結論は、そうした目で自分を見る方法なら教えられる、少なくとも「そういう見方がある」と気づかせることはできる、というものです。
才能を磨くのは「完成させた量」。滑っても許されるボーナスタイム
才能は教えられないが磨くことはできる、と話した青木さんは、磨くとはどういうことかを今井さんに尋ねます。多くの才能を見てきた今井さんの答えは、完成させている量に比例する、というものでした。
今井さんの言う完成とは、世に出すことです。毎日写真を撮る、イラストを描く、noteを書くなど、仕事かどうかにかかわらず、できれば心から自信作と思えるものを作り続け、受けた経験も滑った経験もたくさんしている人が成長していくといいます。
逆に、今井さんが自分を例に挙げてだめだとするのは、「文フリに出て本を1冊書いてみたいですよね」と言うだけの人です。これに青木さんが「僕、結構偉いじゃん」と返すと、今井さんは実際に文フリへ出た青木さんを認めました。
ただし青木さんは、完成度には段階があると話し、最初から「本当の自信作」を求めないほうがいいと考えています。
僕あの無邪気に未熟なものをバンバン外に出せるボーナスタイムをちゃんと過ごしてほしいのよ。
今井さんはこれに強く共感し、ある知人の例を挙げます。今は個人で面白いことを考える人として活躍し、実際にとても面白い人ですが、20代の頃はTwitterで毎日、見るに堪えないほど滑っていたそうです。
今井さんの自意識では、同じことはできないと感じていたといいます。それでもその人は今ではまったく滑らず、当時滑っていたことも、おそらく誰も覚えていないと今井さんは話します。
青木さんは、今は面白いものがすぐに見つかる時代で、一度世の中に見つかると滑るのが難しくなると指摘します。才能を磨くには作る力だけでなく、滑ったときに耐える力や、周囲と見方が違ってもすり合わせる力も必要で、早く見つかりすぎるとそこが育たないのではないかと懸念しています。
その例として青木さんが挙げたのは、芸能人がブランドや店を始めるときに、最初から求められるレベルが高く、少しでも変なところがあるとバカにされてしまうことです。今井さんは、タレントが小説を書く場合も同じだと応じました。
青木さん自身は、2007年に会社を作ってから2014年ごろまで、取材をほぼすべて断っていたそうです。働き方で注目され、テレビのオファーも来ていましたが、まだ試行錯誤を続けたいという気持ちのほうが強かったといいます。
人が見たらあいつ滑り続けてるとか、取るに足りないことをずっとやってるみたいに思われても仕方がなかったようなことを機嫌よくやれたんだよね。
青木さんは、お金を払ってでもやりたい方向が見えていたので、やっていけば上手くなるという確信があったと振り返ります。食べていけない時期にせどり ── 古本などを安く仕入れて高く売り、差額で利益を得る商売。転売と近い意味で使われることもありますをするようなことも、今なら難しいかもしれないが大事なことだと話しています。
相談者の会社にいる社員も、もしかしたら今まさにそうした試行錯誤の最中なのかもしれない、と青木さんは語りかけます。
才能の磨き方にはフェーズがある。教えたい人がまずすべきことは?
青木さんは、才能を本人が確信したあと、それを卓越した成果につなげるには段階があると話します。アマチュアっぽい出し方を続けるだけでは、「面白いけど詰めが甘い」ものしか作れない人になってしまうため、一度は完成度に徹底的にこだわる時期が必要だという考えです。
さらに青木さんは、詰めを極めた先には、今度は詰めを手放すフェーズがあると言います。例として挙げたのが、ピカソ ── 20世紀を代表するスペイン出身の画家。キュビスムの創始者の一人として知られ、作風を何度も大きく変えましたのものとされる言葉です。
(ピカソの言葉で)「自分は15歳の時にはラファエロのように描けたけど、子供のように描くのは70だか80になるまでできなかった」みたいな。
青木さんは、経営にも同じ段階があると話します。自ら率先して動くフェーズ、管理するフェーズ、そして管理も手放し、そこにいるあり方でマネジメントするフェーズです。
フェーズが違う人からのアドバイスは、かみ合わないことがあります。まだ遊んだほうがいい人に完成度を求めると、才能を潰す可能性があると青木さんは指摘し、今井さんは、自分の「完成させる」という話はプロを想定していたと補足しました。
青木さんは、才能や動機を教えたいと思う人が最初にすべきことは、自分自身の世界と自分に対する解像度を高めることだと話します。何が起きているかがわかれば、教えられるかどうかはともかく、適切に関わることはできるからです。
今井さんは、若い人に20代の過ごし方を聞かれたとき、テンションが上がることと耐えきれないことをそれぞれ集めておくよう勧めているそうです。特に大事なのは耐えきれないことのほうだといいます。
要はその耐えきれないことさえしなければ、とりあえず一定の幸福度以上では生きていける。
今井さんによれば、やりたいことを見つけて仕事にできるかには運もありますが、嫌なことを避けるのは意図的にできます。この話が今回の議論とつながったことを、今井さんは面白がっていました。
最後に青木さんは、動機の与え方についてもう一点加えます。コンプレックスや欠乏、欲を刺激して動機を作る方法もあり、「ハングリーさが足りない」「そんなんじゃモテないぞ」、あるいは力士に向けた「土俵には金も女も名誉も待っている」といった言葉がそれにあたります。
青木さんは、欠乏や心配を動機にしているからこそ、技術ばかり集めてしまうのではないかと考えます。今の若い人はそうした動機をすでに十分備えているので、別の方向から動機を教える人が増えてほしいと話しています。
公式グッズショップがオープン。グッズが生む偶然の出会いとは?
番組の最後には、「考えすぎフラグメンツ」の公式グッズショップのオープンが告知されました。公開収録イベント「オーバーシンカーズナイト」で青木さんやスタッフが着ていたフーディ、スウェット、ロンTなどを中心に、2つのデザインで全7種を展開しています。
今井さんだけは公開収録でグッズを着ていなかったものの、普段は着ていると主張し、青木さんに「見たことない」と返されていました。今井さんが着なかった理由は、公開収録の回で話しているそうです。
ショップでは、デザインを決めればグッズを作って届けてくれるSUZURI ── オリジナルデザインのTシャツや雑貨を受注生産で作れるサービス。在庫を持たずにグッズを販売できますを利用しています。注文後に少し待つことになりますが、確実に買える仕組みです。トートバッグやキーホルダー、クリアファイルもあります。
青木さんは、グッズをきっかけに「あなたもオーバーシンカーだったんだ」という出会いが生まれ、何年か後に交際の報告が届くことを楽しみにしていると話します。今井さんも、コテンラジオのオフ会で知り合って結婚した人の話を最近聞いたと紹介し、特定のクラスターではない同じポッドキャストの好きな人同士が出会うのは難しいからこそ、気が合いそうだと語り合いました。
まとめ
「動機は教えられるのか」という相談に対し、青木さんと今井さんは、動機の源泉を才能に見いだしました。才能そのものは教えられませんが、快不快や好き嫌いに目を向けさせて気づきやすくすること、そしてフェーズに合わせて磨くことには関われる、というのがこの回の着地点です。
- 強い動機の正体は、「もったいない」「許せない」のような、生まれ持った偏りや傾斜としての才能なのかもしれない
- 技術だけでは「お金を払ってでもやりたい」にはならず、自分らしさと結びついたときに推進力が生まれる
- 才能のシグナルは快不快と好き嫌い、特に不快や嫌いに表れやすいため、それを否定せず集めることが大切
- 才能は完成させて世に出した量で磨かれ、未熟なものを出せるボーナスタイムと、詰めにこだわるフェーズの両方がある
- 動機を教えたい人は、まず自分自身と世界への解像度を高めることで、相手に適切に関われるようになる







