メモを取らない人は、どう仕事を回すのか?
本題の前に、今井さんは青木さんに「普段メモはするか」と尋ねます。青木さんの答えは「全くしない」。学生時代からノートを取ることも含めて、1回もできたことがないといいます。
記憶力に自信があるわけでもない青木さんは、思い出す必要のあることを「言ってね」と人に頼み、そもそも物事を溜めないようにしています。会社員時代には、抽象的な指示を受けた直後に時間を取る習慣があったそうです。
(ふわっと言われた時には)言われた直後に15分ぐらい時間取って、その時間で調べられることを調べて、メモだけもう作っといて。
(後で)「あれどうなった?」って聞かれたら、もう一応このぐらいまではやってありますみたいな、やれるようにしてたね。
青木さんの企画の仕事の進め方は、次のような流れです。今井さんは「とにかくすぐやるってことですね」とまとめ、青木さんも「それによってメモをせずに済む」と応じています。
一方の今井さんは、ドラッカー ── 経営学者ピーター・ドラッカー。『プロフェッショナルの条件』などで、知識労働者の時間管理や成果のあげ方を論じましたが勧める「2、3週間自分の行動を記録する」方法に何度も挑戦しては挫折してきました。Googleカレンダーでも手帳でも続かなかったそうです。
今井さんがようやく続けられたのは、AIのClaudeに時間記録用のチャットを作り、「今から何時に何をする」と伝えてドラッカー式に分析してもらう方法です。ただ夏休みを1週間取ったため「全然働いてませんね」という不本意なデータになっているといいます。
青木さんも、今は会議の記録が自動で取れ、議事録を見なくても「あれどうなったっけ?」とAIに聞くだけで済むと話します。メモを外部に任せる時代について、青木さんは「時代はもう我々の方向に来てるよね」と笑います。
「XとYouTube、以上」で困らないのか
今回のテーマは「世の中のことはどこまで知るべきなのか」です。今井さんは「社会人なら日経ぐらい読んどけ」という通説を挙げ、毎日ニュースを見ることと世の中をわかっていることは同じなのか、自分に必要な情報ばかりだと偏るのではないか、と問いかけます。
今井さんはさらに、ぼんやりしていると国内ニュース偏重になりがちだと指摘し、世界の中の日本を知るためのインプットも必要なのかと青木さんに尋ねます。
青木さんの家は地上波が入らないため、ニュースはYouTubeで見ています。特定のチャンネルを決めているわけではなく、その時のホットトピックが出てくるのを見ている形です。
全く見てない。もうXとYouTube以上。
YahooニュースやTimes的な新聞サイトも日経も見ていないという青木さんに、今井さんは「大学生みたい」と返します。青木さんは、不足しているかもしれないし「教養がない」と言われることもあるかもしれないが、個人的には全然困っていないといいます。
ただ、青木さんがニュースに無関心なわけではありません。気になるニュースがあれば、YouTubeでどんどん深掘りしていくそうです。
必要な情報は「役割」でどう変わる?
青木さんの考えの軸は、人には負っている責任や役割に応じた必要情報がある、というものです。必要のない情報を「見なきゃいけない」と思って見るのは苦痛だと話します。
ピンとも来ないし、興味もない情報を延々とさ、なんか取り入れてたって、単語帳をさ、一生懸命頭に入れてるみたいなもんじゃない。
一方で、会社を経営する青木さんは、世界情勢から大きな影響を受け、会社で関わる多様な人々への影響も気になります。そのため、地球の裏側で起きていることも「不安で見ずにいられない」状態だといいます。
青木さんは、20代の頃は「どっかで戦争やってんだ、ふーん」くらいの関心だったと振り返ります。役割が変わったことで、ニュースとの距離も変わったということです。
20代の頃は、どこかで戦争があっても「ふーん」程度だった
経営者になり、世界の出来事が会社や関わる人に響くため、心配で見ずにいられない
青木さんの息子さんも、今はホルムズ海峡の情勢より、次のライブに向けたギター練習のほうが大事な様子だといいます。来年から就職活動だからと日経を読ませても、単語帳を眺めるのと同じで意味がない、というのが青木さんの見方です。
身近な例として、青木さんは高校のクラスの人間関係を挙げます。誰と誰が付き合い始めたかが気になるのはゴシップ好きだからではなく、そのコミュニティで心地よく生きるためだというのです。
自分好みのタイムラインでいいのでは?
今井さんは「時代に逆行したことを言う」と前置きし、フィルターバブル ── 検索やSNSのアルゴリズムが利用者の好みに合う情報ばかり表示し、他の情報が見えにくくなる現象やエコーチェンバー ── 似た意見の人同士で交流するうちに、特定の考えが反響し合って強まっていく現象が問題視される中で、自分のXのタイムラインを気に入っていると打ち明けます。
まあそれがエコーチェンバーだよって言われるかもしれないけど、その別にそんなにその偏ってるとも思わないし、で、大事な情報は入ってくるし。
今井さんによると、映画の公開や展示の情報も「どうせ入ってくる」ので、昔のようにメモしておく必要を感じないそうです。Xが「地獄みたい」と言われる感覚もあまりわからず、見たくないものはこまめにミュートしているといいます。
青木さんは、人間の認識は有限なので、認識を広げれば自動的に何かが削られると応じます。削られたくないものを守るなら、広げることにも手心を加える必要があるという考えです。青木さん自身も、Xはフォローしている人の投稿だけを表示しています。
でもなんか世界のこと詳しい人、意外と身近なことに詳しくなかったりするじゃない。
青木さんにとって、世界の情報と身近な情報のどちらが良いという話ではなく、結局は選択の問題です。ただ情報の範囲を広げていくだけでは意味がない、と青木さんは話します。
情報が頭に入るのは、なぜ感情と一緒の時か
青木さんは、このテーマの本質を「教養や見識を育てたほうがいいのか」という問いだと捉えます。あったほうがいいものの、ただ情報を取り入れても溜まっていかず、教養にはならないといいます。
青木さんが例に挙げるのは受験勉強です。日本史の年号や人物を暗記しようとしても入ってこないのに、その時代を扱った面白い漫画を読むと、どんどん頭に入るというのです。
人間って感情を動かしながら情報を摂取すると活性化して、脳が活性化してるから、めちゃくちゃインプットが高まるんだよ。
青木さんの説明では、フィクションは情報に感情を合体させて食べさせてくれるものです。さらにフィクションは、ファンタジーでもSFでもリアリティがないと楽しめないため、土台に確かな知識が使われています。
リアリティが必要
フィクションは荒唐無稽でもリアリティがないと楽しめない
知識を土台にする
作品は科学や歴史の知識に支えられている
感情が動く
物語を楽しむうちに脳が活性化する
知識が入ってくる
結果として土台の知識が自然と頭に入る
青木さんは、人気SFのプロジェクト・ヘイル・メアリー ── アンディ・ウィアーのSF小説。宇宙で目覚めた主人公が地球を救うために奮闘する物語で、科学的な描写の緻密さで知られますを例に挙げます。荒唐無稽に見える話でも科学知識を土台にしているため、読むうちに宇宙や科学のことが頭に入ってくるといいます。
異世界転生ものでも、中世ヨーロッパをモデルにした世界なら、その時代の知識が結果としてついてくることがあると青木さんは話します。意識してインプットするなら、エンタメでも文学でも小説を読むとよい、というのが青木さんの考えです。
なぜ『銀河英雄伝説』だけ読めばいいのか
青木さんは今、銀河英雄伝説 ── 田中芳樹のSF小説。銀河帝国と自由惑星同盟の戦いを、多数の登場人物を通して描くスペースオペラで、アニメや漫画にもなっていますを読み返しています。本編は全10巻で、銀河帝国と自由惑星同盟という2つの勢力に分かれた銀河で、それぞれの英雄がどんな歴史をたどるかを描く物語です。
青木さんは「一緒だとは思っていない」と断りつつ、歴史を舞台にした『キングダム』をSFの舞台に移したようなもの、と説明します。読み返したきっかけは息子さんでした。
あの、この本だけ読んどけば、もうほぼ全てあの得るべき知見は得れるだろう。しかも面白いしみたいなのが僕は銀河英雄伝説。
青木さんによれば、『銀河英雄伝説』からは組織の中での人の振る舞い、課題への向き合い方、共和制と専制君主制の違いなど、歴史・政治・組織・人間にわたる知見が得られます。目指したい人間像、つまりロールモデルも多く登場するといいます。
息子さんが高校生の時に全巻セットを誕生日プレゼントとして贈ったものの、3、4年経っても1ページも読まれる気配がないそうです。帯付きの綺麗な状態で本棚に収まっているのに耐えきれず、10代で読んで以来、30年以上ぶりに青木さん自身が読み直しました。
だし、もう今読むとめちゃくちゃ現代的なの。
青木さんが現代的だと感じるのは、自由民主制の国家である自由惑星同盟が、非常に脆弱な面を見せる点です。民主主義や資本主義への問題意識が30年以上前に鮮やかに描かれ、システムをハッキングして出し抜くような場面も80年代に書かれていることに驚いたといいます。
本編10巻に外伝5、6冊を合わせて全16冊ほどあり、親に読めと与えられた本では読まないよな、と青木さんは苦笑します。今井さんは漫画やアニメもあると付け加えました。
青木さんは、作者の田中芳樹さんの過去の著作をほぼすべて読んでいて、『アルスラーン戦記』など他の作品からも得るものが多いと絶賛します。リスナーにも「何でもいいから田中芳樹先生の本を読めば、それでいいと思いますよ」と勧めています。
「季節が来た時」に情報を得ればいい
今井さんも、フィクションを入り口に学ぶことに共感します。マイケル・ジャクソンは世代ではなく、テレビでゴシップばかり流れる人という印象しかなかったそうです。
今井さんは、映画をきっかけにマイケル・ジャクソンの人生や、いかに画期的なことをしてきたかを後から調べ、本も読んだといいます。同じことは『銀河英雄伝説』を読んで「民主主義はどう始まったのか」と調べるように、あらゆるジャンルで起きるはずだと話します。
自分にその季節が来た時に、その必要な情報を得ればいいんじゃないかっていうのが基本的な。
青木さんも賛成し、季節が来るまではフィクションやエンタメを山ほど見ればいいと応じます。ただ、エンタメも取り入れられないとなると、見識をどう増やすかは難しいかもしれないとも話しています。
青木さんによれば、物語では主人公などに共感していくので、そこで入ってきた感覚が持論になっていきます。『銀河英雄伝説』の読者の多くは、自由惑星同盟側の将軍ヤン・ウェンリーになりたいと思うそうです。
青木さんは、物語に生き方を規定されるのは怖いことでもあるかもしれないとしつつ、そうやってキャラクターが作られていくのはとても良いことだと語ります。
ラブストーリーはなぜ邪魔に感じるのか
フィクションを選ぶポイントを聞かれた青木さんは、子どもの頃からラブストーリーに「驚くほど興味ない」と答えます。SFや冒険もの、ファンタジーに恋愛要素が多く入ってくると、中高生の頃から腹が立っていたそうです。
なんかこう、冒険なら冒険とか、その、まあ戦争なら戦争とかでもいいんだけど、ピュアにやってほしいよなって思っちゃって。
青木さんは、そのせいで人間の機微に今も弱いと自己分析します。妹がいたので少女漫画もかなり読んだものの、それがインプットになったかはわからないそうです。選ぶ作品はハードボイルドなものが多く、文庫本の裏のあらすじや解説を見て判断していたといいます。
今井さんは『スター・ウォーズ』は恋愛要素がほとんどないから良かったという説を挙げ、青木さんも同意します。青木さんが嫌なのは恋愛があること自体ではなく、恋愛が主題になってSFとしての本筋が緩くなることです。
今井さんは、映画が大好きな『ゴッドファーザー』の原作も読んだそうです。マリオ・プーゾの原作はニューヨーク・タイムズのベストセラーに長く入った作品ですが、20ページに1回ほどセクシーな場面があり、「だから売れていたのか」と気づいたといいます。
20ページに1回ほどセクシーな場面がある大ベストセラー
そうした場面はなく、質実剛健な作品に仕上がっている
青木さんは、恋愛やセクシーさと同じく、バイオレンスも読者を没入させるテクニックだと指摘します。『闇金ウシジマくん』のような漫画は、並外れたバイオレンスの場面が定期的に差し挟まれることで没入感を生んでいるといいます。
性と暴力の描写が多い『ゲーム・オブ・スローンズ』も、青木さんは長らく見られなかったそうです。構造が好きで我慢して見るうちにハマり、シーズンを重ねるごとに好きになったといいます。序盤に悲惨な話が続く配信ドラマや韓国ドラマは、テクニックだとわかっていても選びにくいと話しています。
本を買うのは「可能性」を買うこと
今井さんが「積読はしないタイプか」と尋ねると、青木さんは「めちゃくちゃする」と即答します。ずっと本を読んでいても、買うほうが簡単なので増える一方だといいます。
今井さんの「本を買うのはなぜあんなに楽しいのか」という問いに、青木さんは「可能性を買う感じがある」と答えます。いつか読めるという安心感に加え、買う行為そのものに意味があると青木さんは考えています。
まあそれを買うということで、自分の関心事の方向感が、まあ買うっていう行為だけでもちょっと操作される感じなんですよ。
青木さんは、読まない本を買うことはアートを買うことに似ていると話します。自分が本質的に感じるものを選び続けることが、美意識や見識、持論に影響していくからです。
もっとも青木さんは、これを「積読に対して激しい言い訳をしながら正当化してる」と笑います。今井さんも、欲しいと思った時が買い時で、読み時はいつか来る、という同じ姿勢だと話しています。
青木さんにとって最上の読書体験は、若い頃の小遣いが少なかった時代のものです。1冊買えば次の本が買えるまで舐めるように何度も読んだ、その時が懐かしいといいます。
「再読」と「蔵書」が豊かな理由
青木さんは『銀河英雄伝説』の再読を通じて、再読こそが一番良い読書体験かもしれないと感じています。少し前からサリンジャーや村上春樹、ポール・オースターなど、特別好きなのに読み返していなかった作品を再読しているそうです。
(再読は)再発見もあるし、大枠のストーリーの展開がわかってるからこそ、やっぱり表現とか。
ストーリーを知っているからこそ細部に目が行き、時間として豊かだと青木さんは話します。ただ再読まで始めたことで、積読はますます減らなくなったそうです。
積読という概念について、青木さんは60〜70年代に毎日のように書店街で大量の本を買う日記を出していた植草甚一 ── 評論家・エッセイスト。ジャズや映画、海外文学に精通し、大量の本を買い集めることで知られ、若者文化のアイコン的存在でしたさんに触れます。青木さんは植草甚一に憧れた世代でもあるため、積読も「いいんじゃない?」と感じるといいます。
そうね、積んでるっていう言い方じゃなくて、買書と言いたいよね。
青木さんは、読んでいなくても蔵には入れているのだから「蔵書」や「コレクション」と呼びたいと話し、今井さんも賛同します。今井さんは「積みゲー」という言葉にも触れ、昔は買った瞬間に遊んだり読んだりしていたのでは、と振り返ります。
青木さんは、本やゲームは次々と出るため積む概念が生まれ、配信中心になった音楽からは積む概念がなくなったと分析します。それでも積読には「いいことしかない」とし、作った人に還元されることも挙げて話を締めくくりました。
まとめ
今回の考えすぎフラグメンツでは、世の中の情報は義務感で網羅するものではなく、自分の役割や関心の「季節」に応じて自然と得るものだという考えが共有されました。そのうえで、教養や見識を育てる近道として、感情とともに知識が入るフィクションの力が強調されています。
- 必要な情報は責任や役割によって変わり、自分事の範囲が広がると見ずにいられなくなる
- 認識は有限なので、情報の範囲をただ広げるより、何を選ぶかが大事になる
- フィクションは知識に感情を合わせて届けるため、教養が身につきやすい
- 青木さんは『銀河英雄伝説』を、組織・政治・人間のすべてが学べる作品として推している
- 本を買うことは可能性を買うことであり、積読は「蔵書」として関心の方向を形づくる






