公開前日のプロデューサーと投資家、どんな二人か
今回のゲストは、映画の企画・制作・配給を手がけるNOTHING NEW代表の林健太郎さんと、同社に出資するベンチャーキャピタルANRIの中路隼輔さんです。収録は、NOTHING NEW初の長編アニメーション映画『我々は宇宙人』の公開前日に行われました。
林健太郎さんは1993年生まれで、2017年に新卒で東宝に入社しました。劇場勤務や映画・ゲームの企画に携わりながら、2020年のコロナ禍にオンラインの創作集団ノーミーツを立ち上げ、Zoom ── ビデオ会議ツール。コロナ禍で在宅勤務や外出自粛が広がった時期に急速に普及しましたで演劇を上演する取り組みで知られるようになりました。
林さんは2022年に、才能が潰されない世の中を目指してNOTHING NEWを創業しました。今井さんの紹介によると、初の長編実写映画としてホラー映画『チルド』を公開し、続いて『我々は宇宙人』の公開を控えていました。
中路隼輔さんは1990年代初頭生まれの香川県出身で、時代社の代表も務めるベンチャーキャピタリストです。ANRIではファーストラウンド ── スタートアップが外部から初めて本格的な出資を受ける段階。事業の実績が少ないため、投資家は人や構想を見て判断することが多くなりますを中心に投資し、人文知への関心からANRI人文奨学金の設立や、1万円の雑誌『FastForward』の制作にも関わってきました。
林さんと中路さんは、同じオフィスにいるとどちらが話しているかわからないと言われるほど声が似ているそうです。収録冒頭では、片方が「気持ち低めに」、もう片方が「気持ち高めに」して差別化すると笑い合っていました。
「新しいスター誕生」に立ち会った夜
この回の出演は、青木さんの熱望から実現しました。青木さんは中路さんと以前から友人で、中路さんから「投資先が力を入れているアニメーション映画の試写に来ませんか」と誘われ、試写の最終回に足を運んだといいます。
青木さんは、知人に勧められた映画を観ることには怖さがあると打ち明けます。好きになれなかったとき、口では褒めても本音が漏れてしまうからです。
万が一好きじゃなかった時にさ、「良かったですよ」とは言うんだよ。言うんだけど、こう(本音が)漏れ出るじゃん。
しかし、『我々は宇宙人』は青木さんにとって「信じられないぐらい良かった」作品でした。予備知識なしで観てほしいという作品のため、Facebookの長文投稿では中身に触れず、自分語りをしてしまったそうです。
なんとなくね、「うわ、これ新しいスター誕生じゃん」みたいな。その瞬間に何か立ち会ってしまったっていう、すごくざわっとする感覚があって。
青木さんは、作品が一度うまくいった後ではなく、「どうなるんだろう」と思っている段階の林さんと中路さんと話せるのは今しかないと考え、公開前の出演を依頼したと説明しています。
今井さんだけは4人の中で作品を未見でしたが、周囲での反響の幅広さに驚いていました。本の編集者時代に世話になったアニメライターや、文芸評論家の三宅香帆さんまでが反応しており、三宅さんはトークイベントで「私たちの世代のジブリの誕生に立ち会っているのではないか」と語っていたそうです。
この反響の広さを、中路さんは「深いマス」という言葉で表現します。
だからね、まずはっきり言いたいのは、これ(『我々は宇宙人』)ニッチじゃないんだよと。なんだけど、浅くないのよ。
中路さんの整理では、『我々は宇宙人』は一部の人だけに刺さる作品ではなく、多くの人に届きながら深さも失わない作品です。その意味で、ジブリにたとえることもできると話しています。
限られた人にだけ刺さる。中路さんは「これはニッチじゃない」と明言
多くの人に届くのに浅くない。中路さんは、この意味でジブリとも言えると表現
「外れたら解散」、公開初週がすべてを決める映画の厳しさ
『我々は宇宙人』の制作期間は、林さんが会社を創業してからの約4年半に及びます。監督の構想から数えると、5年以上になるそうです。
今井さんが、林さんがXで「外れたら会社は解散」と書いていたことに触れると、林さんはそれに近い覚悟を認めました。
何かしら爪痕を残さなかったら、もう結構映画どうしようって結構本心で思ってるので。
中路さんは、その覚悟を見て「スタートアップやってんな」と応じています。
この回のテーマは「大成功って狙ってできるもの?」です。今井さんは、映画は時間もお金もかかるうえ、作れば必ずヒットするわけではないと前置きし、最近は公開後の最初の数日で劇場側に評価され、振るわなければスクリーン数を減らされてしまうと説明しました。
今井さんはその厳しさの例として、映画『恐怖の報酬』のリメイク版を挙げます。『エクソシスト』の監督ウィリアム・フリードキンが手がけた作品で、ニトログリセリンを積んだトラックを犯罪者4人が油田まで運ぶスリラーです。
タイトルの期待値とのずれ
エクソシストの監督が「ソーサラー」という題で作ったため、観客はオカルトを期待したが中身はスリラーだった
翌週の強敵
翌週に『スター・ウォーズ エピソード4』が公開され、一気に制圧された
日本での短縮版
編集権が日本側にあり、勝手に短くされて駄作として流通した
名誉回復
数十年かけて評価が回復した
今井さんはこの話を通じて、映画はそれほど最初が大事なのだと伝えています。『我々は宇宙人』はカンヌなど海外の映画祭でも上映されたうえで、まさにその最初の勝負を迎えるところでした。
なぜ映画会社を「スタートアップ」として始めたのか
林さんと中路さんの出会いは、NOTHING NEWがスタートアップとして最初の資金調達をしようとしていた時期です。知人の起業家からの紹介でしたが、中路さんは同じ日に別の友人2人からも「面白い会社ができた」とNOTHING NEWを紹介され、運命を感じたといいます。
当時、林さんは28歳ごろ、中路さんは30歳になったころでした。
青木さんが気にしたのは、映画を作るのになぜVCへ行ったのかという点です。映画なら製作委員会 ── 複数の企業が出資し合って映画などを作る日本で一般的な方式。リスクを分散できる一方、出資は作品単位になりますを組み、広告代理店やテレビ局に出資を仰ぐほうが業界では一般的に見えるからです。
林さんは、もともと起業家になりたいという欲はなかったと話します。東宝に5年勤めるなかで、まだ世間に知られていない作家と原作のないオリジナル作品でリスクを取って挑む打席が、映画業界には不足していると感じていました。
製作委員会方式は作品に紐づくため、その構造自体に挑む手段がないと林さんは考えていました。そんなとき、東宝時代の友人から、会社や業界の課題解決に対して出資するエクイティ ── 株式による資金調達。返済義務はない代わりに、出資者は会社の株主となり事業の成長に賭けることになりますという仕組みを教わったそうです。
その友人にも中路さんにも「映画ビジネスとは合わないと思う」と言われたといいます。それでも中路さんが「挑戦するなら一緒にやろう」と言ってくれたことで、林さんは逆に可能性を感じたと振り返っています。
林さんがスタートアップを選んだ理由は、もう一つあります。一般的な映画ビジネスは1本ごとの当たり外れで決まりますが、林さんは監督とまず短編を作り、相性が合えば長編、さらに大きな規模へと進む「線の勝負」をしたいと考えていました。
出資は作品に紐づく。当たりそうな企画に資金が集まり、1本ごとの勝負になりやすい
事業体や構造への挑戦に出資してもらえる。短編から長編へと続く「線の勝負」に賭けてもらえる
ノーミーツと「最初の売上がポップコーン」の映画会社
林さんがノーミーツを立ち上げたのは、東宝のミュージカル劇場シアタークリエに勤務していた時期です。本業の劇場も、社外で作っていた自主映画もコロナ禍で止まり、「どうにかせんと」と思ったといいます。
サラリーマンで自宅待機という身分だったことも後押しになり、林さんは友人を集めてノーミーツを始めました。青木さんは、この経緯を知って「謎が解けた」と感じ、そのときの身体感覚が大事だった気がすると話しています。
NOTHING NEWが創業後に最初にローンチしたのは、映画ではありませんでした。下北沢のBONUS TRACKにある、VHSで短編映画を観られるカフェバー「TAN PEN TON」です。
中路さんは、映画会社に投資したら最初の売上がポップコーンだったと笑います。青木さんは、そんな一歩目を見て、中路さんが大きな額を投資したことに注目しました。
青木さん自身も、ヴィンテージの北欧食器を一つずつ売る小商いや、ブックオフで買った本をAmazonで売る商いからクラシコムを始めています。うまく説明できないものの、真面目に深掘りすれば予想もしない場所に行けそうだという感覚が、当時少しはあったといいます。
青木さんは、その感覚を人はどう見分けるのか知りたいと考えていました。そこで林さんに、始める前に「この筋ではないか」というものが見えていたのかを尋ねます。
高3から変わらない「絶対こっちの方が面白い」
林さんが映画を志したきっかけは、いわゆるシネフィルとしての原体験ではありません。高校時代のクラスメイトが作った自主制作映画が本当に面白く、シネコンの作品に匹敵すると感じたことが原点だといいます。
林さんは、作家の有名無名や原作の有無に関係なく面白いものがあると考えています。短期的には当てにくく、映画ビジネスの再現性のある方程式にも乗らないものの、その感覚は高校時代から変わっていないそうです。
いやなんか絶対こっちの方が面白いだろうみたいなところだけは、多分高校三年生ぐらいの時から変わってないっていうのだけあるみたいな感じかもしれない。
創業のころ、林さんはその同級生に頼んで作品をもう一度観せてもらいましたが、やはりめちゃくちゃ面白かったといいます。『我々は宇宙人』の監督である門脇さんにも、今はどこにも配信されていない自主制作映画があり、その作品がニッチなのにエンターテインメントとして成立しているバランス感覚に驚いたことが、今回の企画のきっかけになりました。
青木さんが林さんにとっての「面白い」とは何かを尋ねると、林さんは言語化しきれていないと断ったうえで、次のように答えました。
見たことない新しさというか、新鮮なニッチさみたいなものがいかにニッチかっていうことと、こいつ絶対多くの人に届けたいのにエンターテインメントをやろうとしてるみたいな。
この乖離が大きい人であり、作品が自分にとっての面白さですかね。
反対に林さんが面白くないと感じるのは、新鮮味や飛躍を感じないものです。作り手が「この辺で作ったな」と見えてしまうと、興味が湧かないといいます。ただし、林さん自身は作品を観るとき、一つでも面白いところを探す見方をしているそうです。
選球眼がありすぎて、球を投げない人
青木さんは、林さんが高校時代に面白いと感じた作品を、映画業界で経験を積んだ今も面白いと思えることに注目します。それは初手で本質的な面白さを見分けられていたということであり、なぜそれができたのかに興味があるといいます。
林さんの答えは意外なものでした。高校時代は帰宅部で無趣味で、無趣味であることがコンプレックスだったそうです。
林さんは、学校に来た小惑星探査機の講演会に宇宙への興味もないまま行ってみたり、高1でボクシング部に入ったり、バンドを組んだりしましたが、どれもすぐに飽きてしまいました。唯一続いたのが、高3で出会った映画でした。
青木さんは、林さんがつまらないことにとても敏感で、「どうせこうだろう」が早く見えてしまう人なのではないかと指摘します。林さんも「どうせこうだろう」はすごく嫌いだと認めました。
青木さんは、本当に面白いものしか面白いと思えない性質を「病を持って生まれてきちゃった」とユーモアを込めて表現し、自身にも近いところがあると話します。
ああ、だから選球眼がありすぎて、全然球投げないみたいな人っているんですよ。やっぱり。
青木さん自身も、事前に考えすぎて、やる前に自分の中で全部終わってしまうタイプだといいます。外からは何もしていない人に見えても、心の中ではずっと「これだ」と思えるものを探し続けている感覚が、今もあるそうです。
フィクションだからこそ本音を描けるのか
青木さんは続けて、嘘や欺瞞についてどう考えているかを林さんに尋ねます。みんながハマっているものに対して、自分に響いていないとわかれば同調しない林さんには、嘘との独特な距離感があるのではないかと考えたからです。
林さんは、親しい人にはかえって嘘をつけなくなるタイプかもしれないと答えます。一方で、フィクションはとても好きだといいます。
やっぱりフィクションだから、嘘じゃないことを逆に描けるみたいなものは。
林さんは監督ではありませんが、監督の作家性を解放しつつ、その作品を通して自分が本当に伝えたいことも少しでも込めたいと話しています。
青木さんは、頭の中の想像だけで作られていると透けて見える作品には冷めてしまうといいます。起業家の精緻な事業計画にも同じ感覚があり、「やらんとわからんもんな」と思うのだそうです。
中路さんはこの話を受けて、林さんの起業家性を次のように語りました。
林くんが起業家性あるのは、とりあえずやっちゃうところ。
中路さんによれば、林さんの提案は精緻に考え抜かれたものには見えなくても、その方向性が長期的な成功やビジョンにつながっていると感じられたそうです。不確実なものに興奮するタイプなのではないかとも話しています。
林さんは、自分は考えすぎるタイプではなく、一旦やってみるタイプだと認めます。そう考えるようになったのはノーミーツでの経験からでした。
もう多分1日ごとにどんどん俳優さんとか作家(が)食えなくなるから、とりあえず明後日やろうみたいなところから始めたので。
明日撮って明後日出すような高速回転のリリースを、林さんはノーミーツで初めて経験しました。5年後、10年後を考えるのが好きな性格と、目指す場所と違っても何でもやってみる右脳的な精神の両方が、自分の中にあると話しています。
『オデュッセイア』とAppleが封じた言い訳
青木さんは、林さんの話から、成功そのものよりも「素敵な方向に行きたい」という大軸のブレなさと、想像ではなく現実から学ぶ姿勢を感じ取ったといいます。
中路さんも、良い起業家は「社会はこうあるべきだ」というものを持っていて、林さんからはそれを出会った当初から感じていると話します。林さん自身は、「べき」ほど強いものではなく「こういうのもあっていいんじゃないか」という感覚だと応じました。
林さんは、その感覚の巨大版をクリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア』に感じたといいます。「映画ってこうでしょ」というものを、一人の作家が業界や歴史全体に提示したように感じ、今後10年ほどはそこに向かっていきたいと話しています。
青木さんは、『オデュッセイア』が世界的にヒットしたことを、作品を妥協させてヒットさせようというアドバイスをすべて無効化しかねない出来事だと捉えました。クリエイターが何かのために譲ったと感じる部分が一つもないのにヒットしたことは、希望そのものだといいます。
青木さんは、会社でいえばAppleに同じことを感じたと続けます。誰も見ないマザーボードの配列にまでこだわるような、合理的とは言えない積み上げの先で、一時は時価総額世界一に到達しました。
「綺麗にやろうとするとうまくいかない」というアドバイスを青木さんは生涯言われ続けてきましたが、Appleという実例があると、そうした言い訳はすべて無効化されるといいます。そのうえで、テーマに対する自身の仮説を語りました。
評価とか計測可能な成功みたいなのを求めると、大成功しないのでは説あるというか。
青木さんは、『オデュッセイア』もヒットだけを狙えば別の作り方があったはずだと考えます。ノーランのトラックレコードへのリスペクトから「一回あいつの言う通りにやってみよう」と合意形成されたことで、ああいう作品が生まれたのではないかと話しています。
「左脳の成功」と「右脳の成功」、そして投資家の嫉妬
中路さんは、成功には2種類あると考えています。プラットフォームが整い数字が見えるようになると、ハックすれば得られる成功がある一方で、それでは突き抜けず本物が生まれないのではないかと思ったのが、NOTHING NEWに投資した理由の一つだといいます。
いわゆるプラットフォーム、YouTube載せますとかでもなく、映画作りますと。で、作家の狂気性に賭けますと。
数字が見えるプラットフォーム上で、こうすればハックできるという成功。突き抜けにくいと中路さんは考える
作家の狂気性に賭ける成功。中路さんがNOTHING NEWに目指してほしいと語る
青木さんは、中路さんがNOTHING NEWに投資したことに「すっごい嫉妬した」と冗談まじりに明かします。
俺だったら、その[[LP::この発言中ではファンドに資金を預ける出資者のこと。VCは多くの場合、LPから預かったお金で投資します]]から預かったお金じゃないから、5倍出したぞ。
ただし青木さんは、自分には実際にはできなかっただろうとも話します。そのうえで、30歳前後の中路さんが独断では決められないはずの投資をなぜ自分で決め、周囲にも受け入れてもらえたのかを知りたいと問いかけました。その状況を作ることのほうが、成功を狙うより大事だと感じているからです。
そのオルタナに見せかけて、でも成功はここにあるよっていうのが自分の中ではすごい好きな投資で。
中路さんは、こうした考え方は生まれつきではなく、投資の世界に生きているからだと答えます。
共通語彙(が)取れてるものってみんなわかってるから、競争が激しいじゃないですか。
中路さんは、競争をしたくないから、そうではない道を選ぶといいます。当時のNOTHING NEWに投資しようとする人はほぼいなかったため競争がなく、その点は左脳的に考えていると話しています。
中路さんはNOTHING NEWの成功を信じつつ、こうした道を数多く示すことが、将来の日本のスタートアップや起業家像を広げると考えています。起業家らしくない人が起業してしまうことも含めて、それが好きだといいます。
投資家は「説明不可能を説明可能にする」仕事
青木さんが、投資するときに直感はあるのかと尋ねると、中路さんは「めちゃあります」と即答しました。会った瞬間に投資したいと思うことがあるそうです。
青木さんは、その直感が明晰であっても、説明できるものとできないものに分かれると整理します。中路さんはこれに次のように答えました。
説明不可能なものを説明可能にする仕事だと思って。投資家は。
中路さんは、話を聞きながら「こう話せば社内で通るか」を通訳する感覚でいるといいます。NOTHING NEWへの投資を通せたのは、ANRIで3〜4年の経験を積んでいたことと、ANRIの思想に合っていたことの両方があったからで、別の会社なら投資しなかったと話しています。
青木さんはここで、最近拾い読みした美学 ── 芸術や美、感性を扱う学問。好き嫌いやおいしさなど、判断ははっきりしているのに理由を説明しにくい領域を言葉にしようとしますの本の話を持ち出します。料理の「うまい」「まずい」ははっきり判断できても、なぜうまいのか、どう再現するのかを説明するのは難しいというのです。
青木さんは、明晰なのに説明が難しい分野こそ面白い攻めどころだと考えています。投資は人のお金を預かる以上、常に説明責任を負うため、今は説明しやすいものほど通りやすいといいます。
説明責任を果たしやすく通りやすいが、中路さんのいう競争が激しい領域になる
本来は成功の種なのに、説明しづらいという理由だけで死蔵されたポテンシャルが大量にありそうだと青木さんは考える
中路さんは、自分が林さんに対してしたことを、林さんも監督に対してしていると話します。青木さんも、監督も林さんも中路さんも、それぞれが「これや」と明晰に判断しているのだと応じました。
林さんは、大手企業での社内説明が苦手だったと振り返ります。資料や企画書を作るテクニックがなく、若い作家のオリジナル作品を通すには通常の30倍ほどの説明力が必要だと感じていたそうです。
十年経ったら自分のまずは一緒にやりたい同世代が、三十歳の人間も四十歳になっちゃって。
人脈や信頼を培うのにさらに10年かかれば、一緒に作りたい同世代の監督も年を重ね、作れる本数は限られてしまいます。林さんにとって、それがショートカットとして創業を選んだ理由でした。そして、説明が苦手な林さんに代わり、中路さんがその部分をすべて担ってくれたといいます。
企画書だけの調達資料と、ボウリングカフェでの出会い
林さんによれば、最初の資金調達の資料は、事実上『我々は宇宙人』の企画書だったそうです。中路さんはそれを受け取り、「これで何の説明をしたらええんやろ」と思いながら資料をまとめ、1〜2週間後の投資委員会に臨んだといいます。
企画書が良いだけで投資は決まりません。青木さんに何を感じたのかと問われた中路さんは、日本なりのスタートアップとは何かを考えるなかで、プラットフォームづくりよりも、作家性のような数字ではないものに投資すべきではないかという仮説をずっと持っていたと明かします。
青木さんはそれを「穴埋め問題をずっと持っていた」と表現し、中路さんもそこに当てはまるものが来たと認めました。二人が会ったのは、渋谷の地下にあるボウリングの音が響くカフェだったそうです。
今井さんが、ベンチャーキャピタリストに映画を持ち込むこと自体が面白かったのかと尋ねると、中路さんは否定します。決め手は、この人でなければできないという感覚でした。中路さんは、何も知らない学生起業家が同じ話を持ってきても投資しなかったといいます。
ノーミーツでの実績という成功の歴史性、このタイミング、この仮説、そして林さんという人が、中路さんの中でつながったそうです。一方で林さんは、当時は長編映画を1本も出したことがなかったと振り返っています。
小さな「当たった感」は自転車に乗れた瞬間に似ている
青木さんは、ノーミーツの話に納得した理由を語ります。うまくいくための一つのルートとして、コンパクトな取り組みで「当たった感」を身体感覚として持てる機会があるかどうかが大事だと考えているからです。
青木さんは30代半ばでクラシコムを始めましたが、最初の事業がうまくいかず、ブックオフで買った本をAmazonで売る商いを始めました。
3ヶ月ぐらいでギリ家族が食えるぐらいキャッシュフローが生まれるっていう経験をしたんですよね。その時に初めて、あ、もう俺は一生食えるって思ったんですよ。
最初の事業の不振
クラシコムを始めたものの、最初の事業がうまくいかなかった
小さな商い
ブックオフで本を買い、Amazonで売ることを始めた
3ヶ月後
家族がぎりぎり食べられるキャッシュフローが生まれた
身体感覚の獲得
このビジネスの行方とは別に「一生食える」と感じた
青木さんは、この感覚を自転車に初めて乗れたときにたとえます。乗り方の本を読んでも、乗れている人の映像を見ても乗れるようにはならず、乗れた瞬間に初めて乗り方がわかり、その後は忘れないというのです。
自転車って転んでる間って1回も乗り方がうまくなる感じがないんですよ。だけど、立った一瞬、あってこう乗れたら、もう2度と乗れなくならないっていう。
青木さんは、ノーミーツも大成功を狙って始めたものではなく、それでも思った以上に世の中に広がった感覚を林さんたちは味わったはずだと考えます。そうした経験を持つ人が、成功から一番遠そうに見えるTAN PEN TONを始めるなら、投資家も「一回やってみてもらうか」と思えるのではないかと話しています。
ブラフ感のなさと、10人以上が待つ投資委員会
中路さんは、林さんが初対面のときから「次のスター監督を見つけました」と言っていたことを覚えています。「これから見つけます」ではなく、始まる前にもう見つけていて、それをまっすぐ言えたことが印象に残ったそうです。
青木さんは、林さんのやろうとしていることはとてつもないのに、ブラフ感がないと指摘します。林さんは、あくまで本心だと答えました。
いや絶対完成したら一定のインパクトはまず出せるだろうなとは。そんなの思わないと人生賭けないんだから。
林さんが初めて臨んだANRIの投資委員会には、渋谷の旧オフィスに10人以上が集まっていたそうです。スタートアップの世界をよく知らなかった林さんは、会社員時代に出会ったことのない人たちを前に驚いたといいます。
林さんによれば、中路さんが事前に社内でかなり議論を重ねていたため、委員会では利益効率のような質問はなく、なぜ映画に賭けようと思ったのかといった精神的な部分を問われました。青木さんはその構図を、新卒採用で人事部長が根回しした後の役員面接にたとえています。
公開後の本当の勝負と、「やっとスタートライン」
映画は一般に公開後1〜2週間が勝負とされますが、林さんは『我々は宇宙人』の本当の勝負は2〜3週目だと考えています。
多分きっと刺さった人が口コミし始めてくれるのが初週末で、多分そこまでいかないんですよね。いうてこういうタイプの作品って。
青木さんは、前日に観たオアシスのドキュメンタリー映画の例を挙げます。2週間限定公開の予定でしたが、口コミが広がって公開が延びたそうです。青木さん自身、幅広い友人がFacebookで勧めているのを見て観に行ったといい、今はむしろ本当に良いものが埋もれにくい世の中なのかもしれないと話しています。
林さんは、構造を変えたいと語ってきても、結局は一つの事例という点からしか始まらないと考えています。若く無名の監督がオリジナル作品を渾身で作り、きちんと届けて当たった事例が、林さんから見ればこれまでなかったといいます。
その事例が1つ、2つ、3つと続いてはじめて、構造的に「こういうのもあるんじゃないか」と言えるようになります。林さんにとって『我々は宇宙人』は、そのための本当の一歩目です。
NOTHING NEWはすでに2028〜2029年ごろの作品を仕込んでいるそうです。林さんは、今回得た感覚をもとに、それらの作品でも「こんなのもあるんだ」と思わせる飛び地の挑戦をしたいと話しています。
偶然性を取り込む二人が描く映画の先
青木さんが今後の展望を尋ねると、林さんは、映画はご縁で出会い続けてきたものなので今後も軸にするとしたうえで、人生を懸けてやりたいことは別の言葉で語りました。まだ見つかっていない同世代の作家と作品を作り、その才能を解放しながらビジネスとしても当てることです。
実は『我々は宇宙人』も、当初は実写で作るつもりだったそうです。出会った作家がアニメーションをやりたいと言ったことで、アニメーションが急に加わったといいます。同じ流れで、現在はゲームやキャラクターアニメ、空間系の作家による展示にも作家単位で取り組んでいます。
青木さんが「VCみたいだね」と言うと、林さんも同じ感覚で作家に投資していると認めました。青木さんは、中路さんも林さんも偶然性を取り込むのが上手だと評しています。
こんな作品が生まれるんだとか、そういう瞬間に出会えるのが、何か例えばヒットした時と同じぐらいか、それ以上大好きですね。
NOTHING NEWという会社そのものが一本の映画
林さんは収録の終盤で、青木さんへの長年のリスペクトを明かします。会社を作ろうとしたとき、ハイセンスなアプローチでビジネスとしても成功しているクラシコムの存在が勇気になっていたそうです。中路さんが青木さんと食事に行っていると知り、この映画こそ二人をつなぐタイミングだと考えて、刺さると確信して試写に招いたといいます。
青木さんは、ヒットするかどうかはわからないとしながらも、あの作品を形にしたこと自体に尊敬しかないと応じます。中路さんについても、自分がやりたいことをいい感じに先にやる人だと冗談まじりに称えました。
林さんは、中路さんの出資がなければ長編に挑む発想には至らず、まず短編で始めていただろうと話します。それだけ賭けてもらえるなら、いきなり長編をやらなければ価値がないと思わされたそうです。
それでも林さんが最初に手がけたのはTAN PEN TONでした。最初に参加したCOOの下條さんには、映画を一緒にやろうと誘っておきながら、まず店の水道の設置とアルバイト募集をお願いしたといいます。青木さんは、この胆力に驚いています。
青木さんは、NOTHING NEWという会社そのものが一本の映画のようだと語ります。大河ドラマを作るように事業を進めていく姿には、事業を営む者から見て本当のドラマと希望があるといいます。
自分が素敵だなと思うものが、世の中にも受け入れられていく様って、なんか自分も世界にいていいっていう感覚になるじゃない。
青木さんは、20年近く「たまたまだよね」と言われながらクラシコムを続けてきたといいます。だからこそ、近い思想で始められたものが世の中に受け入れられていく可能性を見ると救われるのだそうです。
中路さんは、「なんでTAN PEN TONをやるの?」と思えるもがきこそが成功につながると見込んで出すのがリスクマネーだと話します。青木さんは、1万円の雑誌が出たときにはVCを斜めに見ていたと打ち明け、中路さんのような人がVCで評価されることが嬉しいと語りました。
中路さんも、こうした監督や投資家が評価されていくことを後押しするしかないと応じています。収録は、今井さんの「ぜひ皆さん見てください」という呼びかけで締めくくられました。
まとめ
「大成功は狙えるのか」という問いに対し、この回では、計測可能な成功を追うほど大成功から遠ざかるのではないかという仮説が浮かび上がりました。明晰だが説明しにくいものを信じ、小さな一歩から身体で学び、周囲に説明して形にしていくことが、型のない成功につながると語られています。
- 林さんは、ニッチさを保ったままエンターテインメントを目指す作家に賭けるため、映画会社をスタートアップとして始めた
- 中路さんは、競争の少ない「オルタナに見せかけた成功」に投資し、失敗がデフォルトであることをVCの良さと捉えている
- 青木さんは、明晰なのに説明しにくい領域に成功の種が死蔵されていると考え、投資家の役割を「説明不可能を説明可能にする」ことと重ねた
- ノーミーツやTAN PEN TONのような小さな「当たった感」が、大きな挑戦への信用や胆力につながっていると語られた
- 『我々は宇宙人』の公開は、林さんにとって無名監督のオリジナル作品が届く事例を作るための「やっとスタートライン」だという






