4年間の取材から生まれた本『熱狂しない経営』の話
冒頭では、クラシコムを4年間取材した書籍の告知から始まります。前回に続いての紹介で、今井さんは「告知はしつこくないといけない」と切り出します。
青木さんによると、本のタイトルは『熱狂しない経営 北欧、暮らしの道具店「クラシコム」が20年磨き続けた「らしさ」の正体』。日経クロストレンドで4年間にわたり受けてきた、20本ほどのインタビューから構成された1冊だといいます。
今井さんは、サービス名の「北欧、暮らしの道具店」と会社名の「クラシコム」の両方をタイトルに入れる形を、編集者として珍しいと指摘します。青木さんは、片方は知っていてももう片方は知らない人がいるため、こうした名前になったと説明します。
中は、なんかこう、どんな人が読むと面白いんですかね。
決して、いわゆる僕らがよく取り上げられやすいブランドとかコンテンツとか組織とか、そういう話だけじゃない。
青木さんは、自分やサトウさんだけでなく、社内のさまざまなスタッフがテーマごとにインタビューを受けていると話します。テクノロジーの部分など具体の話も多く、僕が書くよりはよっぽど役に立つ本になっているのではないか、と語ります。
今回のテーマ「伸びる条件を周りに求めていいのか」
今回のテーマは「自分の伸びる条件を周りに求めていいのか」です。今井さんは、これを噛み砕いて説明します。
「私って褒められて伸びるタイプなんですよね」とか、「俺、追い込まれた方が頑張れるんす」みたいな。
つまり、自分がどういう接し方をされると力を発揮しやすいか、成長しやすいかを周りに求めること。今井さんは、それが一種の「取説」とも言えると整理します。
今井さんは、前回出演した作家のノジさんの反応を紹介します。ノジさんは、こうした取説を言われること自体は嫌ではないものの、自分なら言わないかもしれないと話していたそうです。
(取説を伝えるのは)自分のコミュニケーションのスタイルを(相手に)強制しちゃうっていうか。相手にとってそれが心地いいスタイルか分からない。
要望と要求は、決定権が違う
青木さんは、このテーマを別の角度からとらえ直します。伸びる条件を求めていいかという問題ではなく、要望と要求の区別をつけないコミュニケーションの問題として聞こえる、というのです。
青木さんの定義では、要望とは相手に決定権があること。「できればこうしてほしい」というお願いです。一方の要求は、契約上やると決まっていることなど、こちら側に権利や決定権があることを相手に履行してもらうものだと整理します。
要望をさ、要求のように伝えちゃう人っているのよ。
青木さんは、お願いすべきことを要求のように伝えると、その要求にどれだけ合理性があっても、受け取った側は「は?」となってしまうと指摘します。この区別がつかないことが、ある種の未熟さだといいます。
相手に決定権がある「お願い」。相手が応えるかどうかを決めるため、叶わなくても相手を責めない態度が必要
こちら側に権利・決定権があることの履行を求めるもの。拒否の選択肢がない分、要求する側ほど礼儀正しさが求められる
青木さんは、ノジさんが「自分なら言わない」と感じるのも、この峻別ができているからではないかと推測します。要望のつもりで伝えても要求のように伝わると気持ち悪い、という感覚があるのではないか、というわけです。
実際、クラシコムでは社内文書の中で、何かを伝えるときの種類を7つほどに分けており、その中に要求と要望の区別も含まれているといいます。
要求するときほど礼儀正しく
青木さんは、要求と要望それぞれに必要な態度を整理します。要求できることを要望のように伝えると、舐められたり相手のサボタージュを招いたりするため、要求は要求として明確にする必要があるといいます。
要求できる権利があるのに、態度の悪さを責められて要求できることができなくなっちゃうから、要求の時ほど礼儀正しくしようなみたいな。
一方で、お願いすべき要望を、まるでしてもらう権利があるかのように振る舞うと、どんなにいい人でも不快に感じてしまう。だからこそ、自分がこれから求めることが要望なのか要求なのかを整理しようと社内文書に書いている、と青木さんは語ります。
今井さんも、社内で似たことを言っていると共感します。プロジェクト上こちらに落ち度がなく、期日を握れている場合の例を挙げます。
「大変お手数ですが、必ず月曜日中にお返事ください」って書かないと。
この場合は要求できる、あるいは強い要望ができる、と青木さんは応じます。逆に、公開日を譲れるので何日待ってもらってもいいかと相談するのは要望にあたる、と整理します。
要望を要求と受け取ると、しんどくなる
青木さんは、角を立てたくない気持ちが先に立って、要求すべきことまで全部要望のように言ってしまうと、コミュニケーションで事故ってしまうと指摘します。
一方で、要望を要求と受け取りすぎる側の問題もあります。今井さんは、クライアントワークに慣れていない若い人が、相手が「できれば」と要望として言っていることを、すべて聞かなければならないと受け取ってしまう例を挙げます。
要望として言ってるのに、「わかりました」みたいな。自動でなっちゃうみたいなね。
青木さんは、要望を要求と受け取るとしんどくなると話します。要望は伝え合うが、要望が叶わないことで相手を責めない、という態度が要望のときには必要だといいます。
要望を聞くこと自体がしんどくなる瞬間
青木さんは、会社を経営していると社員から要望を伝えられることがあると話します。そのとき、要望に応えられないことで自分を責めてしまうこともあると打ち明けます。
要望を聞くこと自体が苦しくなる瞬間もあるじゃん。
ここでの「聞く」は、要望を叶えることではなく、物理的にヒアリングすることを指します。要望を聞くこと自体に構えが出てしまう瞬間が自分にもある、と青木さんは正直に語ります。
要望を聞いちゃうと、(相手は)どうせ不満なんだろとか思うのがつらいから。
青木さんは、本来はもっと堂々と要望を要望として聞いた上で、無理なものは無理と振る舞えたらいいと考えています。ただ、それがなかなか難しいとも認めます。
要求については、拒否する選択肢がない分、かえって清々しいと青木さんは言います。約束した給料の支払いや契約通りの有給取得のように、当然のことだからです。今井さんも同じことを考えていたと応じます。
「褒められて伸びる」は、どこまで考慮する?
今井さんは、コミュニケーションスタイルの要望を、青木さんが実際にどこまで考慮してきたのかを尋ねます。青木さんは、相手に対して求めていることはあるかもしれないと答えます。
できたら、理性的であってほしいなと。要求か要望かを判別してほしいってことだから。
青木さんは、それが理性的なやり取りを苦手とする人にとっては、圧になっているかもしれないとも付け加えます。
では「褒められて伸びるタイプなんです」と、言い方はともかく納得できる形で伝えられたら考慮するのか。今井さんの問いに、青木さんは「褒められたら伸びるんだったら嬉しい」と応じます。
一方で、「怒られて伸びるタイプ」とは相性が良くないといいます。青木さんは、怒ってあげようと思ったことはなく、課題を今の制約の中で一番効率よく解決する方法を考えていると説明します。
怒らずに説明して理解できない人が、怒ったらわかるってことって起きるのかなって思ってるんで。
ただし、注意やフィードバックはすると青木さんは言い添えます。効率のよい解決を考えると、怒るという選択肢はほとんど残らない、というのが理由です。
「取説」が克服の機会を奪うこともある
話題は、ダメ出しが嫌だというケースに移ります。青木さんは、ディレクションとはそもそもダメ出しであり、ネガティブなフィードバックそのものが嫌なのだとしたら仕事が難しくなる、と指摘します。
青木さんは、経営者もまた日々社会からダメ出しされている存在だと語ります。うまくいくと思ったことが全然うまくいかない、という形で世界からダメ出しされている感覚がある、というのです。
壮絶に社会からダメ出しされて、世界からダメ出しされてるって感覚はあるからね。
青木さんは、自分自身も若い頃はダメ出しされるのがひどく苦手だったと振り返ります。自尊心が低かったからか、ダメ出しに対してすぐ噛みついてしまっていたといいます。
そして青木さんは、取説を伝えることの副作用に触れます。コンフリクトが起きにくくなるので目先はいいが、周りが配慮し続けることで成り立っている状態は、本人が苦手を克服する機会を奪っているとも言える、と語ります。
(取説で周りが配慮してくれることが)ダメ出し苦手っていう状態をそもそも克服する機会を奪ってるとも言えるからね。
クラシコムの自己紹介と、リクルートの性格診断
今井さんは、クラシコムでは入社時の自己紹介がどう行われるのかを尋ねます。青木さんによると、入社前に自己紹介スライドを共有し、月2回の全体会議で自己紹介をするといいます。
さらに、入社後の1カ月間は日報がSlackで公開される仕組みがあると青木さんは説明します。関係する人もしない人もその人の日報チャンネルをフォローし、どんな人かをなんとなく感じ取っていくそうです。
自己紹介スライドに決まったフォーマットはなく、仕事上の強みや目標より、プライベートや日々の暮らしが書かれるものだといいます。
今井さんは、かつてリクルートで見た性格診断を思い出します。先輩たちはMBTIや、4象限で性格特性を表す診断を共通言語として持っていたそうです。
自分(は)エミアブルだからみたいな。(先輩たちは)結構共通で知ってるらしく。僕は知らねえよと思いながら聞いてた。
今井さんは、その診断が褒められると伸びるかどうか、飲み会が好きかどうか、人見知りかどうかといった要素を含んでおり、結果的に機能していた面もあったと振り返ります。
人の要望をダルがってはいけない
青木さんは、苦手なことを克服する大切さを認めつつ、避けられる大変さは避けた方がいいとも話します。自分が活躍・成長できると思う方角があるなら、一度フラットにテーブルに乗せてもらった方がいいといいます。
たとえ経験のある人から見て未熟な要望であっても、こちらがダルがらずに「そう思うんだ」と受け止められるのが理想だと青木さんは言います。ただ、実際にはこちらがダルくなってしまうこともあると正直に認めます。
自分も言ったくせに、うわだるいこと言い始めたなーとかって思っちゃう自分もいるもんな。
そのうえで青木さんは、人の要望をダルがったらダメだと自らを戒めます。今井さんもこれに同意します。
要望の具体例として、青木さんは「もっとわかりやすく指示ください」「ちゃんと決めてください」を挙げます。これらはまっとうな要望だと二人は捉えます。
「君だけに優しくする」はアンフェア?
一方で今井さんは、抽象化して「優しくしてほしい」と言われた場合に引っかかると話します。それに応えると、全員に同じようにしなければ不公平になる気がする、というのです。
(優しくしてほしいという要望に応えるのは)全員にしなきゃ不公平な気もするんですよね。
青木さんは、要望であれば必ずしも応える必要はないと応じます。アンフェアになるなら「その要望には応えられない」と伝えればよく、伝えられた側はそれでもコミットするか、別の道を行くかを選べる、と整理します。
その人は決断が下せるという意味で自由なんだったら、実はこっちも自由だから。
気になることを、どこまで言うべきか
今井さんは、社外の人については自分たちに不利益がなければ指摘しない、という青木さんの以前の発言を引き合いに出します。そのうえで、境界線にあるケースが最近立て続けに起きたと打ち明けます。
一つは、自分は渦中にいないが、良くないことが起きていると思う関係の深い相手のケース。これは言ってあげた方がいいと青木さんも応じます。
もう一つは、写真の使用許可のやり取りで今井さんが間に立って動いたのに、若手の相手から一度もお礼を言われなかったケースです。今井さんは、いろんな人に相談した結果、自分が言う必要はないと結論づけたといいます。
誰かのために「変わってほしい」とは思わない
青木さんは、そもそも「誰々のために」という感覚で動くことがあまりない、と語ります。社員のためでもなく、事業がトータルでうまくいくためにやっている、というのです。
成長してもらわなくても困らんよっていう感じが常にあるっていうか。
これは冷たく感じられるかもしれない、と青木さん自身も認めます。誰かを成長させるためにこうしよう、という発想がないため、期待通りに成長しないなら、できる人をくっつけるなどして、こちらでやりくりするのが務めだと考えているのです。
今井さんは、それが青木さんらしいと受け止めます。誰かのためでもなく、自分のためでもなく、全体がバランスの取れた状態にしたい、という感覚です。
それをために自分が邪魔になってんだったら、自分っていう要素を排除したいし。
青木さんは、相手に「変わってほしい」と言わざるを得ないのは、変わってくれないと本格的に困り、かつ相手と手を切れない状況のときだけだと説明します。手を切れる選択肢があるなら、言わなくてもいい、というわけです。
今井さんは、この態度を以前話題にした「平熱」という言葉と重ね、それは本当に冷たいのかと問います。青木さんは、自分としては相手の自由を尊重している感覚だと答えます。
相手の選択が法律違反でない限り、その自由を狭める必要はない。ただし自分の守るべき権益が侵害されるなら困ると伝える、と青木さんは整理します。それは相手のためではなく自分のためだと言い添えます。
最後に青木さんは、厳しく言うタイプの人が意外と慕われている例に触れ、自分は人格的に問題があるのかと不安になる瞬間があると打ち明けます。今井さんは、冷たいとか優しいとは何なのかを、いつか改めて考えすぎてみたいと締めくくります。
まとめ
今回は「自分の伸びる条件を周りに求めていいのか」というテーマを、要望と要求の区別を軸に考えました。求めていいかどうかより、それが決定権のある要望なのか、権利のある要求なのかを見極めることが、コミュニケーションの事故を防ぐ鍵になると語られました。
- 求めていいかより、それが要望か要求かの区別が重要。要望は相手に決定権があるお願いで、要求はこちらに権利がある履行の求め
- 要求するときほど礼儀正しく。要望を要求のように伝えると、どんなに合理的でも相手を不快にさせてしまう
- 取説を伝えると目先のコンフリクトは減るが、周りの配慮で成り立つ状態は本人が苦手を克服する機会を奪うこともある
- 要望であれば必ずしも応える必要はなく、応えられないと伝えれば、相手も自分も自由でいられる
- 青木さんは「誰かのために変わってほしい」とは思わず、相手の自由を尊重しつつ、自分の権益が侵されるときだけ困ると伝える立場をとる




