初のビデオポッドキャスト回、何が変わった?
この回から『考えすぎフラグメンツ』は映像付きのビデオポッドキャストになりました。今井さんは前の晩に髭を剃らずに朝剃るなど、服装や身だしなみに気を配って収録に臨んだそうです。
一方の青木さんは、ビデオを撮る日だということをすっかり忘れていたといいます。番組グッズの販売が始まるタイミングなのにグッズを着てこなかったと気づき、「そういうとこだな」と自分にツッコミを入れています。
(今日が)ビデオポッドキャスト回だってこと(を忘れてた)。この回があることは分かってたんだよ。だけど、ビデオ撮るって忘れてて。
話はPodcast Awardにも及びます。青木さんは、一次ノミネートを通過した番組が20に満たないほど少なかったことに驚き、お願いを頑張りすぎなくてよかったと振り返りました。長く続く番組が入っていたことにも触れ、8年、9年と積み上げることの大切さを語っています。
今井さんは、海外で使われている収録ツールとしてRiverside ── オンラインで対談を録音・録画できるサービス。各参加者の手元で高品質に記録したデータを使って仕上げる仕組みが特徴ですを紹介しました。Zoomのような感覚で話せるのに、各自のPCに残る劣化していない映像と音声がバックグラウンドで送られ、最後にきれいなデータとして統合されるそうです。
今井さんによると、Riversideは月額3、4千円ほどで、そのまま編集もできるといいます。国土が広くて集まりにくい海外のポッドキャストでよく使われているのではないか、と二人は話しています。
音質トラブルで、スタッフはなぜ先に謝った?
この回のテーマは「謝るのは早いほうがいいのか」です。今井さんは、早く謝ると誠実に見えたり場が丸く収まったりする一方で、「何に対して謝っているのか」「本当に自分の過失なのか」が曖昧なまま、楽になりたくて謝ってしまう場面もあると問題提起します。
ここで謝っちゃったら「俺のせいになっちゃうじゃん」みたいな。
テーマには元ネタがあります。数回前、古賀さんがゲストに来た回などで青木さんの声の音質が良くなかったことがあり、原因はツドイ側のマイク設定でした。
ただ、原因がはっきりする前に、ツドイのスタッフの一人が青木さんに謝ってしまったといいます。青木さんは怒っていたわけではなく、「ちょっと音質良くないね」と指摘しただけでした。
今井さんは、本当に自分たちのせいなら謝るべきだとしたうえで、そうでなかった場合は「適当に謝る人」と見られて信頼を損なうと考えました。さらに、本当に過失があるときに謝る「カードが弱くなる」とも感じ、裏でスタッフに「謝るのが早い」と伝えたそうです。
怒っている相手に「謝る」以外の言葉で向き合うには
青木さんも、早く謝ればいい、空気が収まればいいとはあまり思っていないといいます。まず原因を確認し、「いつまでに原因を確認して状況をご説明します」と先に約束するのが青木さんのやり方です。
青木さんが難しいと考えるのは、相手がすでに怒っていて「すぐ来い」という状態のケースです。相手に余裕があるなら確認してからでよいけれど、怒っている相手に「謝るな」というのは簡単ではありません。
それでも青木さんは、相手が怒っていても謝罪の言葉はできるだけ使わないようにしているそうです。代わりに使うのが、たとえば「心苦しく思います」という謝罪以外の語彙で、これは心が苦しいとしか言っていません。青木さんが教えた人たちは、こうした表現をストックしているといいます。
いやいや、こっちは悪くねえんだからそんなに怒んなよみたいなことを言ったとて、いいこと1個もないから。
青木さんにとって大事なのは、相手の感情を落ち着けてもらい、相手のメンツを傷つけずに話し合いができる状態に戻すことです。そのうえで、「もっともですね」「僕らも正直今ビビってます」と受け止め、原因と影響範囲を確認する時間をもらいます。
青木さんが勧めるのは、時間を短く区切って連絡を絶やさない進め方です。いきなり「今日中に」と言うと怒りが再燃しかねませんが、3分や1時間なら怒っている人でも待てるといいます。
初期の短い期限で報告できれば、そこで一度信頼が確保できると青木さんは話します。結果的に調査が長引いても、刻んで連絡すればよいという考えです。
謝罪は「安全保障」の問題でもある?
今井さんが「謝る言葉を大事にする、もったいぶるような意図は何か」と尋ねると、青木さんは「対等」という世界観から説明を始めます。発注側でも受注側でも、雇用側でも被雇用側でも、どの立場にいても基本的には対等だという考えです。
青木さんによれば、対等な立場で謝るのは、公正に見て自分たちに責任や過失があるとわかってからです。意味もわからず謝らせることは、単なる力関係の強制になってしまうといいます。
さらに青木さんは、経営者や統治者には3つの責任があると話を広げます。安全保障、治安維持、産業の振興です。
青木さんの見立てでは、理由のないお詫びをすることは「力による現状変更を受け入れる」ことに近く、軍備で脅されて領土を不当に譲らされるのと似ています。だからこそ、安全保障に無責任なリーダーだと思われるのはよくないと考えています。
ただし青木さんは、鼻っ柱強く「尊厳を守ります」と言いたいわけではないとも付け加えます。力関係が現実に存在する中でリスクとリターンを天秤にかけているものの、尊厳をないがしろにする国や組織が敬意を持たれるかといえば疑問だ、という立場です。
自分に非があっても、なぜすっと謝れないのか
青木さんは逆の問題も挙げます。謝らなければいけない場面で、それを認められない人がいるという問題です。
青木さんは、極端に尊厳が感じられていない状態の人ほど、自分に非があってもすっと謝るのが難しいと考えています。虚勢を取り払うと、すべてが崩れてしまうように感じるからです。
青木さんが例に出したのは野球の三振です。大谷翔平がある打席で三振しても、積み上げた実績があるので尊厳はそれほど傷つきません。
トラックレコードがあるので、1打席の三振では尊厳はそれほど傷つかない
戦力外通告を受けた人がテストを受ける場では、三振が心にくる
青木さんは、尊厳の問題は感情の問題ではないとも強調します。お金の値段はつかないものの、経済合理性以上の「社会合理性」があるという考えです。
そのうえで、社会合理性も経済合理性もなく感情だけの問題になっている場合もあると青木さんは話します。謝ることの意味を捉えるには、この3つ程度に切り分ける必要がありそうだ、という整理です。
クイーン・エリザベス号との接触は美談なのか
外交の話から、今井さんは海上自衛隊にいる友人から聞いた話を思い出します。世界中の軍艦が集まった場で、イギリスの「クイーン・エリザベス」という名前の艦が日本の船にぶつかってしまったという逸話です。
慌てるイギリス側に対し、日本の船長は無線で「気にしないでください」と伝え、こう返したといいます。この話は自衛隊の中でかっこいい話として伝わっているそうです。
(日本の船長が)「女王様に口づけをいただけて我々はとても光栄です」っていうことで、そのなんか切り抜けたことがあるみたいな。
青木さんは、謝ってもらわなければいけないときと、謝らせるまでする必要がないときがあると受け止めます。そのうえで、この対応が美談になるには条件があると指摘しました。
青木さんの推測では、賠償が必要なら応じるという空気があったからこそ、公式には相手のメンツを立てて実利を取ったのかもしれません。逆に、相手が非を認めず賠償もせずに切り抜けようとしていたなら、粋な対応は弱腰をレトリックで飾っただけになりうるといいます。
これがないのにオシャレなだけな振る舞いしてるあの上司とかって、あの部下からすると本当に頼りない。
青木さんは、いざとなったら戦うという腹を持つことはリーダーに必要な機能だと話します。力不足で飲まざるを得ないときも、「力不足だな」という事実から目をそらさないことが大事だといいます。
「謝罪がこなれすぎ」と怒られた新人時代
今井さんは新卒時代、たくさんのミスをしていた頃に、社内のリーダーから長文のお詫びメールをやめるよう言われたことがあるそうです。
(お前は)謝罪がこなれすぎてる。それで多分お前ちょっとその(申し訳なさを)解消しちゃってるから。
リーダーの言い分は、申し訳なさを内側に抱えたほうがちゃんと改善するだろう、というものでした。青木さんはこれを「ちゃんと食らえよと」と言い換えています。
青木さんはここで、早く謝るべきかどうかを場合分けします。自分たちに詫びるべき責任があるなら早く謝るほうがよく、むしろ謝れることは自分たちの尊厳の表現でもあると考えています。
| 状況 | 早く謝るべきか | 理由 |
|---|---|---|
| 自分たちに責任がある | 早く謝ったほうがよい | 謝れることが尊厳の表現になる |
| 原因がわかっていない | 謝らないほうがよい | 力関係の強制を受け入れることになる |
| 楽になるために謝る | どちらとも言えない | 早く禊を済ませたほうがパフォーマンスが出るかもしれない |
悩ましいのは3つ目の、責任回避や自分が楽になるための早い謝罪です。青木さんは、ずっと責任を感じているより、さっさと禊を済ませて次に進んだほうがパフォーマンスが出そうだとも感じ、楽になることを否定していいのか迷っています。
反省していないように見えると、なぜ怒られる?
今井さんは、自分は最近の言葉でいうレジリエンス ── 困難や失敗から立ち直る力のこと。心理学の用語で、ビジネスの場でも「折れにくさ」「回復力」の意味で使われますが高すぎるところがあると話します。
今井さんは新人時代、部署全体に迷惑をかけるミスをした後、別の役員に呼び出されたこともあるそうです。ミスから1時間半ほどしか経っていないのに、みんなのいる場所で元気に打ち合わせをしていたことを指摘されました。
その、申し訳ない感じっていうか、反省してんだなっていう感じの方がなんか、いいと思うよみたいなこと言われて。まあでもこれは僕そんなに納得いってない。
青木さんは、詫びることや申し訳なく思われることは、尊厳と深く関係しているのだと気づいたといいます。怒った人たちは、自分が大事にしているものが軽んじられたと感じたのではないか、という見立てです。
青木さんは、本当に落ち込む必要はないと考えています。ただ、相手が軽んじられたと感じたなら、ナメていなかったとしても、そう見えたことが相手の尊厳に触れたのだろうと話します。
尊厳と「うまい棒」、気づいたら配慮するという距離感
青木さんは、相手の大事にしているものへの配慮を例え話で説明します。詳しく知らない国の悲しい出来事を記念した石碑でも、その国の人が大切にしているとわかれば、大人ならそこではしゃがないだろうという話です。今井さんは、原爆ドームと記念撮影する人がいるという例を挙げました。
一方で、知らずにやってしまうこともあります。青木さんの例は、うまい棒を食べ続けているおじさん友達に「お前まだうまい棒とか食ってんのかよ」と言ってしまうケースです。おばあちゃんの思い出のような理由があれば、言われた側の尊厳は傷つきます。
それでも青木さんは、大事にしているものは必ず大事にされるべきだと思い込みすぎる人ばかりの社会は窮屈だと話します。日常で尊厳に軽く触れる場面は山ほどあり、そのたびに「謝れよ」となれば苦しい社会になってしまうからです。
気がついたら配慮するし、言われりゃそいつにもう2度とうまい棒なんで食ってんだよとか言わないけど。でもガリガリ君で別の人に言っちゃうかもしれない。
青木さんの着地点は、謝る・謝らないにそこまでこだわらなくていいようになりたいというものでした。
上海で知った「敬老の日」の重なり
今井さんは、上海に赴任していた友人の話を紹介します。日本の敬老の日に中国で出勤していた友人は、ランチで中国人の同僚に「今日は日本は休みなんだよ」と軽口を言ったそうです。
どんな祝日かと聞かれた友人が説明すると、同僚から「今日中国は何の日か知ってる?」と返され、「お前らが攻めてきた日だよ」と言われたといいます。街で集会が開かれていたのはそのためでした。
今井さんによると、敬老の日は年によって日付が動くので、たまたま重なったのだろうとのことです。同僚はジョークとして言っており、笑い話になったそうで、今井さんは素敵な同僚に恵まれたと感じたといいます。
謝罪が尊厳に関わるのは、立場が弱いから?
青木さんは、冒頭で話した「わからないのに謝らない」「謝罪は安全保障に関わる」という考えを振り返り、それは自分たちが弱い立場にあるからでもあると気づきます。
いきなりそれ(謝罪)が尊厳に関わるとか思っちゃう弱さが、心の弱さとかじゃなくて、置かれてる立場の弱さがあると感じているんだよね。
超大企業であれば、謝るくらいどうということはなく、損害があれば後で裏から言って払わせればよい、という態度も取れそうだと青木さんは話します。同じ場面でも立場によって謝罪の意味が変わるので、謝るという話を一面的に捉えるのは難しいという結論です。
今井さんは、超富裕層や大企業の創業家の人に見られる「異様な余裕」に触れます。青木さんは、気にしなさすぎて逆に軽んじられているように感じることもあると応じ、謝罪や尊厳を強く意識すること自体が余裕のない状態なのだろうと話しました。
会社が大きくなっても「ルーキー」であり続ける
ではクラシコムが大きくなれば余裕が生まれるのかというと、青木さんはそうではないと話します。会社が小さいときは向き合う相手も小さく、規模が大きくなるとその規模を支えられる相手とステークホルダーになるからです。
会社が小さいときは、向き合うパートナーも小さい
会社が大きくなると、相手も大きくなり、ステークホルダーの中での立場は対等なまま
従業員についても同じで、経営1人に対して社員が100人、1000人と増えるため、会社が大きくなったから社員に対して強く出られるようにはならないと青木さんは言います。これはヒューマニズムではなく合理性の観点だそうです。
今井さんが「成長し続けているということでもあるのでは」と返すと、青木さんは、大きくなった状態が長く横ばいで続けば余裕が出てくるのかもしれないと応じます。成長途上にいる限り、その規模に来たばかりの者はルーキーだという感覚です。
青木くん、10億の商売これからだ。
これからだよ、頑張ろうね、一緒にみたいに言われてるみたいな感じだから。
青木さんは、100億になっても同じくルーキーだと感じるといいます。謙虚でいやすい点はとても良いものの、それが余裕のなさにもつながっているかもしれない、と青木さんは振り返って回を締めました。
まとめ
「謝るのは早いほうがいいのか」という問いに、青木さんと今井さんは一つの答えを出していません。責任があるなら早く謝るべきで、原因がわからないうちは謝らないほうがよく、そのうえで謝罪は尊厳や立場の強弱と深く結びついている、というのがこの回の整理です。
- 原因がわからないうちの謝罪は、力関係の強制を受け入れることにもなりうる
- 怒っている相手には「心苦しく思います」などの語彙と、3分や1時間の短い期限で向き合う
- 謝れない人や、反省して見えない人への怒りの背景には、尊厳の問題がある
- 謝罪が尊厳に直結すると感じるのは、心の弱さではなく立場の弱さから来ている面もある
- 成長途上の会社は規模が大きくなってもルーキーで、謙虚さと余裕のなさが同居する




