空間デザイン会社は、なぜスタートアップに転換したのか
村上浩輝さんは、株式会社ツクルバを2011年に25歳で創業した起業家です。2019年に33歳で東証マザーズに上場し、2025年に代表を後任へ譲って、いまは次の人生を考えるフェーズにいると話します。
ツクルバの現在の主力事業は、リノベーション住宅の売買サービス「カウカモ(cowcamo)」です。会員数は60万人を超え、スマートフォンのアプリを中心に、店舗を出さずに家の仲介を行っています。
高木さんと村上さんの付き合いは古く、ツクルバ創業直後の2011年ごろにさかのぼります。当時、高木さんは六本木でシェアハウスを運営し、ツクルバはコワーキングスペースなどの場作りをしていました。
もともとツクルバはデザインの受託を軸にした会社でした。世の中にインパクトを出すために起業したものの、受託だけでは大きくならないという壁にぶつかっていたと村上さんは振り返ります。
転機になったのは、自分たちのコワーキングスペースに集まってきた同世代の存在でした。彼らが「資金調達」「上場」と話しているのを見て、共同創業者の中村真広さん(マー君)とともに、同じルールに乗ってみようと考えたと言います。
自分らもそのルールに乗ってみたら、もっとでかい会社作れるんじゃないかっていう話になって。で、横で見ているスタートアップに自分たちもなろうって言ったのが途中からなんですよ。
当時、受託から自社サービスへの転換は難しいと言われていました。それでも村上さんは、受託事業は既存メンバーに任せ、最悪ゼロになってもいいという覚悟で新規事業にフルコミットしたと語ります。
断固たる思いでやるっていう感じかな。もうこっちは今のメンバーに任せて、最悪ゼロになってもいいと思ったんで、もうフルコミット、もう一社作ったぐらいの感じだったね。
2つのカルチャーが同居した会社が、上場後にカオスへ
受託とスタートアップ、性質の違う2つの事業が1つの会社に共存する状態は、成り立っている風に見えても実際はカオスだったと村上さんは振り返ります。
最終的に、建築寄り・ものづくり寄りだった受託やコワーキングスペースの事業は、共同創業者の中村真広さんが引き取る形でMBOで切り離されました。事業はカウカモに一本化されていきます。
デザインの受託からスタートアップへ、そして上場まで。ここまでは順調で、今思えばよく上場できたと村上さんは言います。しかし、その後が大変でした。
上場直後にコロナ禍が直撃します。一気に膨れ上がった組織をリモート環境でマネジメントするのは難しく、組織は揺らぎ始めました。
共同創業者の中村さんは、資本主義の中で戦うことがもともと好きではないタイプでした。その揺れを役員が察し、社員も察し、会社全体に不安が広がっていったと言います。
上場後は本当だから会社批判する、なんかSlackとかが。
村上さんによれば、批判はオープンなSlackで起きていました。グループが作られ、経営批判のやり取りが役員にも見えてしまう状態だったと言います。
(社員が)気づいてないんだけど、グループ作って、「いや、マジやばくね?」みたいな感じで。オープンだから見えちゃうのよ。
火種は特定の部署に限りませんでした。カウカモの若手も含めて経営批判が広がり、「俺辞めるわ」「じゃあ私も辞める」といった書き込みも見えてしまう状態だったと言います。
(社内の投稿が)まあテンション上がるわけないじゃん。「この組織の状態どうするんですか?」みたいな。役員も含めて。なんかみんな他責になってるみたいな。
この組織の混乱は、上場の初年度に起きたことだったと村上さんは振り返ります。
一人社長への決断と、共同創業からのトランジション
混乱の中、村上さんは中村さんと話し合います。上場ゲームに乗った以上、素直に筋肉質にやらなければならない。中村さんは違うチャレンジへ進み、村上さんが残って一人社長になる決断をしました。
そこから村上さんは事業も組織も作り変えました。受託やコワーキングの事業を分社化し、会社をカウカモ一本にして、一人社長として売上と利益の拡大を目指す体制に切り替えます。
当時は葛藤しながら進めていたと村上さんは言います。しかしその葛藤が、かえってマイナスのスパイラルを生んでいたのではないかとも振り返ります。
やるなら早くやった方がいいし、シンプルにした方がいいし。それが嫌なら上場しなければいいし、もっとするとスタートアップにならなければ良いわけで。
成長を標榜してスタートアップゲームに乗るとは何だったのか。そこが腹落ちできていなかったのだろうと村上さんは言います。一人社長になったことで、強制的に切り離しの決断ができたと振り返ります。
この決断は、二人で作った会社の物語から、一つのベンチャー企業としてどう売上利益を出すかという枠組みへの転換でもありました。話し合いは、中村さんにとって寂しさや責任と折り合いをつける過程でもあったと言います。
(残ってやっていくのは)しっくりこない中やっていく方がパフォーマンス出ないから。答えは出てんだけど、どう折り合いつけるかみたいな。
高木さんは、二人の様子を近くで見てきた立場から、これは必然の選択だったと語ります。ゲームそのものが変わってしまった以上、それに合わせるしかなかったという見方です。
村上さんは、この決断の背景に、自分と会社を切り離す考え方があったと説明します。自分たちの人生を面白くすることと、ツクルバが大きくなって多くの人を幸せにすることは、別の話だという整理です。
上場して社会の公器になった以上、自分たちがいなくても会社が成長するならそれでいい。村上さんは、自分のストーリーと会社のストーリーを分離して考えられるようになったと言います。
こうした本質的な話ができたのは、お互いが肩書きやこだわりにとらわれず、本音で話せる相手だったからだと村上さんは振り返ります。信頼関係があったからこそ、シンプルな結論にたどり着けたと言います。
赤字からの立て直しと、上場ゲームで感じた「差」
一人社長になった村上さんは、まず黒字化を目指しました。上場後もまだ赤字だったため、成長を維持しながら利益を出すことに取り組み、事業と組織の中身を改革していきます。
去年代表を務めていた時期まで、村上さんはガイダンスを達成し続け、増収しながら黒字を達成するところまで会社を持っていったと語ります。
高木さんが「苦しい時期を抜けて、そこでなぜ退任を」と問うと、村上さんは、自分は事業を大きく拡大していくフェーズに向いているとは思っていなかったと打ち明けます。
もっと三百人、五百人、千人の組織をまとめ上げるための、まあリーダーシップとかルール作りとか、で、それをちゃんと統治するっていう、なんかあの、やりきり力みたいなところは、もっともっと(必要だった)。
村上さんは、他の人がやらないような線の引き方をして答えを出す、創業者寄りのタイプだと自認しています。上場企業の社長として、筋肉質な資本主義ゲームで勝つ自分に縛られている感覚があったと言います。
なかには村上さんを慕い、何を言っても「さすがです」と返す人もいました。それでも、自分の中では言葉が滑っている感覚がずっと続いていたと言います。
村上さんは、スタートアップの世界に「集合天才の第二弾」があると考えています。横のライバルが資金調達や上場をしているのを見て自分もできると思う第一段階の先に、さらに大きなゲームがあるという見立てです。
横の人も「なんかでかい買収してるし、俺にもできんだろ」とか、なんか、あの、年収何千万で超すごい人取ったりとか、そういうのが当たり前のコミュニティになってくると、「これやってかなきゃ」みたいな。
その先頭集団に入れなかった、と村上さんは感じています。分岐点はコロナでのつまずきでした。攻めきれずに一度停滞し、負債を返す「マイナスをゼロにする戦い」を長く続けることになったと言います。
4年ほどかけて売上を伸ばし黒字化したものの、その間に大きな企業は加速度的に大きくなっていきました。会社として差ができたことと、自分が経営者としてそこへ行けるかは別の話だと村上さんは整理します。
前澤さんへの憧れと、ZOZOがうらやましかった理由
高木さんに似ている経営者やロールモデルを問われた村上さんは、話す機会があった前澤友作さんを挙げます。あまりコンプレックスがなく、知的好奇心を起点に集中し、やりきるタイプだと感じたと言います。
村上さんは、前澤さんが競争で足の速さを競わず「軸をずらす」と話していたことに共感します。規模はまったく違うものの、カウカモも軸をずらしながらやってきたと重ねます。
一方で村上さんは、コンプレックスや怒りといった欠落がないと、大きなエネルギーにならないのではないかという疑問を高木さんに投げかけます。
高木さんは、以前対談したゆとりさんの例を挙げます。怒りを起点にしていたが、最近は愛へ移行しなければと語っていたという話です。怒りは一時的で強い一方、愛はより持続的だという整理を示します。
そのうえで高木さんは、村上さんのモチベーションの起点は怒りではないと指摘します。世の中を疑い怒る人と組めば上場まではいける。しかし村上さん自身は、なぜこの事業をやるのかという「愛」寄りの動機のほうが必要ではないかと語ります。
話は前澤さんの社員愛に及びます。ヤマトの配達員をめぐってX(当時のTwitter)で炎上した翌日、前澤さんが社内を回って謝ったというエピソードを村上さんが紹介します。
翌日なんか前澤さんが(社内を)回って、「ごめん、なんかつい言っちゃったんだ」みたいな。「俺のせいで会社が炎上してごめんな」みたいな感じで言って回ったらしいのよね。
村上さんは、ZOZOがうらやましかったと率直に語ります。服が好きな人が集まり、社員同士も仲がよく、それでいて成長して大きな企業になっている。決算説明会で前澤さんが三国志のコスプレをしていた姿にも憧れがあったと言います。
ZOZOはすっごい憧れの会社だったな。俺からしたら。ああいう風に楽しくワイワイみんなが働きつつ、成長していって。
村上さん自身も、もともと社員をファミリーと捉える会社を作っていました。上場直前のCIリニューアルの頃は、社員が前のめりに出て床に座って語り合うような雰囲気だったと高木さんも振り返ります。
儲かっていない自分を責める、マイナスのスパイラル
村上さんは、ファミリー的な雰囲気の会社であるがゆえに、儲かっていないことへ責任を感じ、自虐的になっていくマイナスのスパイラルがあった気がすると振り返ります。
そこにコロナが起き、組織が瓦解しました。横で見ていた体育会系の不動産会社は一瞬へこんでもすぐ戻す。どちらが社会に貢献しているのかと考えてしまったと言います。
自信を失いながらも、村上さんはメンバーや役員候補、投資家に向けて会社の未来を語り続けなければなりませんでした。高木さんが「本当に思っていたことは何だったのか」と問います。
楽しい仲間とインパクト残したいっていうだけなんで。気のいいやつらと、社会になるべく大きく貢献してる方がいいと思ってるから。どこまで遠くに行けるかみたいなのを、みんなで挑んでるっていう。
高木さんは、村上さんが仲間主義・家族主義に近いタイプで、「このチームでどこまで行けるか戦おうぜ」という動機を持っているように見えると指摘します。
村上さんも、その動機は間違いなくあると認めます。そのうえで、上場後に「そんなことを言っているから儲からないのではないか」という呪縛を自分にかけてしまった感覚があると語ります。
高木さんが「何が足りなかったのか」と問うと、村上さんは、もっと自分軸で考え、エゴを出したほうがよかったのではないかと振り返ります。
間違ってるかもしれないけど、俺こう思うんだよねとか、こうしたいんだよねっていう、エゴをもっと出した方が、多分自分自身も乗ってくるし、(その思いに乗る人が集まって強くなる)。
村上さんは、「経営者はこうあるべき」という像に囚われすぎていたのかもしれないと言います。あるべき像より、自分の思いに乗ってくれる人だけが集まったほうが馬力が出ると考えるようになったと語ります。
創業者の物語が消え、戦略の言葉だけが残った
高木さんは、自身がツクルバのCIリニューアルに関わった経験を振り返ります。「なぜツクルバなのか」を問い、当時その思想を持っていた中村さんに聞いて、「場には人生を肯定する力がある」というコピーを書いたと言います。
しかし上場のタイミングで、そのコピーは「戦略があるからね」という文脈のなかで、いわばファウンダーズステートメントのような位置づけになっていきました。中村さんも辞めたことで、その言葉は宙に浮いてしまったと高木さんは語ります。
村上さんが上場企業ツクルバの代表として戦うために創業者というアイデンティティを脱いだとき、会社の物語が一つ消え、戦略だけが残ったのではないか。高木さんはそう見立てます。
戦略の言葉ってむっちゃ大事なんだけど、戦略の言葉で人は感動したり共感したりしないじゃん。やっぱ「この会社、このために頑張ろう」とか、あんまならないっていうか。
本来は創業者の魂も引き継ぐ必要があったが、役割分担をしたまま一人になってしまった。それが一つの転換点だったのではないかと高木さんは指摘します。村上さんも「思った以上に大変だった」と認めます。
共同創業自体はうまくいったけど、共同創業からのトランジションは思った以上に大変だったんだなっていう。
従業員や組織への愛は簡単に引き継げるものではありません。後から来た人が社員を子供のように思うのは難しいと高木さんは言います。
一方で村上さんは、現在の社長・野村さんについて、チームに対する見方が近いと語ります。リクルート系の人らしく、気のいい仲間と目標に向かってやっていくというスタンスを共有していると言います。
退任に「よかったね」と言われる違和感
高木さんが、退任してすっきりしているのかと問うと、村上さんは「そこは悶々ポイント」だと答えます。上場企業の社長は他の人がやったほうがいいという、ダメージを食らったモードで意思決定したからだと言います。
一息置いて考えるなかで、村上さんは自分にまだできることがあるのではないかと感じ始めています。バトンを渡した時は「やりきれなかった」「いろんな人の期待に応えられなかった」という思いで悶々としていたと振り返ります。
とにかく自分のエネルギーを燃やすかどうかでいくと、まだまだ燃やせるなっていう感じにはなってるから。人生後半戦だからやるぞ(という気持ち)。
高木さんは、それならいま仲間がいるツクルバをなんとかして、そのインパクトを最大化したほうがいいのではないかと投げかけます。原体験を新しく持ち込む必要はなく、ツクルバにはすでに思想があるという見立てです。
高木さんは、創業者がいなくなると歴史を抑えようとしがちだが、むしろツクルバの歩んできた歴史を明確に掲げ直したほうがいいと語ります。DeNAで難波さんが精神的支柱であり続けた例も挙げます。
続けて村上さんは、代表交代の際に浅い関係の人から「よかったね」「次何やんの?」と声をかけられることが多かったと打ち明けます。それがどう見えているのか気になると言います。
ソフトバンクの孫さんが代表辞めた時に、「お疲れ様でした。ここまで素晴らしい」はあると思うけど、「よかったですね」とはなんないと思う。夢の途中感あるじゃん。
村上さんは、会社を一度作ったら長くやるのが当たり前だという考え方を持っています。江副さんから代を重ねてきたリクルートのカルチャーに触れてきたからだと言います。
だからこそ村上さんにとって、ツクルバをどうにかするという以外の選択肢はもともとありませんでした。「次何やんの?」という問いは、まるで利益確定したかのように見られている違和感だと整理します。
上場で会社は金融商品になる、という葛藤
高木さんは、村上さんの違和感の根に、会社への考え方の違いがあると指摘します。上場すると会社は金融商品になり、誰でも売買できるものになる。それは仲間ありきの箱だったものが変質することだと語ります。
いわゆる贈与経済的なものの中に金融経済が入ってくると、ぶっ壊れちゃうんだよね。
高木さんは、経営者として振る舞うと言葉が滑るという村上さんの感覚を、この葛藤と結びつけます。会社を金融商品としてドライに扱えという世の中の見方と、本当はそう捉えたくなかった村上さんの本心のせめぎ合いだという読みです。
村上さんは、そう言いながらも大きくなっていく前澤さんやZOZOをうらやましく思っていたと重ねます。
高木さんは、スタートアップが小粒化しているのも、会社を金融商品的に捉えるからではないかと語ります。社長も社員も短期目線になり、中長期を見る人がいなくなることで小粒化しているという見立てです。
高木さんはトヨタの例を挙げます。リコールや不正のときに社長が現場まで行って謝る。それが「この会社のために頑張ろう」という気持ちを生む。割り切りとは逆の姿勢こそが、会社を大きくしているのではないかと語ります。
村上さんは、この「小粒化しているのではないか」という問いを面白いと受け止めます。サイバーエージェントの部族的な一体感や、リクルートの「元リク」という共通言語も、ある種の会社愛や連帯感だと重ねます。
ワールドカップ優勝に相当する、自分の目標は何か
村上さんは、国家や通貨が共同幻想であるように、会社という枠組みも、その熱狂に人が慣れているほうが長く強く繁栄するのではないかと語ります。赤組青組の応援に本気で泣くようなものだという比喩です。
高木さんは、経営者を安易にタイプ分けすることに意味はないと言います。大事なのは付箋を貼ることではなく、自分の中から出てくるものをすくって出していくことだと語ります。
村上さんは、自分の幸せと多くの人の幸せがつながっている瞬間が一番嬉しいと語ります。自分が何かに熱狂して取り組んでいる状態がとにかく楽しいのだと言います。
俺自身は何かに熱狂して取り組んでる時が、とにかく楽しい。何でもいいからとにかく熱狂したい。もう寝るのも忘れて、仲間たちと。
その原体験は、大学時代のストリートダンスにありました。演出も振付もプロデュースも自分でやり、何百人で舞台を作ることに熱狂した経験です。この舞台が終わったら死んでもいいというほどだったと言います。
一方で村上さんには、逆の原体験もあります。大学生ダンサーのためのイベントが、規模が大きくなるにつれて「こうやったら儲かる」という発想に傾き、満足度の低いイベントになっていったという経験です。
お金は儲かったけど、なんかつまらん。「誰のためにやってんだろう?」みたいな。ダンサーのためって言いながら、別に出てるダンサー喜んでないし。俺は儲かったけど。
この経験から村上さんは、お金だけが増えても楽しくないと学びました。自分が熱狂し、それが多くの人の喜びにつながり、それがお金になってより大きなことができる。そのサイクルが回ることが理想だと語ります。
高木さんは、村上さんが途中から「誰のために」を見失っていったのではないかと指摘します。最初は中村さんの考えたことが、何のために経営するかの拠りどころだった。それが見えづらくなり、間が飛ばされて数字だけを追う状態になっていったという読みです。
つらい道中を楽しめるっていうことが熱狂だと思ってて。優秀なやつが我慢してやるよりも、夢中になってる方が強いから。
高木さんは、信じられる目標があれば、その中でのごちゃごちゃも楽しめるはずだと語ります。しかしいま、村上さんの中にはワールドカップ優勝に相当する明確な目標がないのではないかと問いかけます。
村上さんは「でかい会社を作る」と答えますが、高木さんは「インパクト」や「でかい」には基準がなく、それが逃げになっているのではないかと指摘します。時価総額日本一でも、社員の幸せ日本一でも、営業利益率一位でもしっくりこないと村上さんは言葉に詰まります。
そこの言語化は結構まだできてない気がする。「でかいってなんですか」「インパクトって何ですか?」とか、よくされるよね。
ナンバーワンを逃げずに決める、という強さ
高木さんは、なぜナンバーワンになりたいかを考えることは大事だと語ります。自身も曖昧な仕事だからと比較から逃げていたが、それでは頑張る理由がなくなると振り返ります。
比較(から逃げてた)。俺は俺。よそとは違うし。自分たちらしさみたいな。逃げてたけど。クソだなと。
高木さんは、いまは「日本のビジョンを作る」というシンプルな目標を掲げていると語ります。そのために佐藤可士和さんも超え、日本一のビジョンを考える会社になり、究極には政府とやるのが目標だと言います。
高木さんは、身近な例としてワンキャリアの宮下さんを挙げます。リクナビ・マイナビを抜いてこの領域でナンバーワンになると決めきり、確実に近づいている。その強さが最後の踏ん張りを生むという見立てです。
村上さんは、この話が刺さったと反応します。一位になると決めていれば「なんで一位なんですか」は愚問になり、どうやって一位になるかに集中できる。その力を持つ人たちには強さがあると認めます。
高木さんは、全種目でナンバーワンである必要はなく、何かのナンバーワンでいいと語ります。村上さんは、オープンハウスが戸建で一位を目指すように、領域を絞って「ここでナンバーワンになる」と決め切ったほうが強いと同意します。
高木さんは、勝つための自分たちのスタイルも決めておくことが大事だと付け加えます。一人で頑張るのではなく「みんなでこのチーム良かったね」という状態を高い水準で保ちながら、その領域で一番になるという姿です。
岡田武史さんの「一体感だけを作ろうとしても無理で、勝っていく中で一体感が作られる」という言葉も引きながら、目標と一体感は相互に生まれるものだと二人は確認します。村上さんは、その渦をもう一度起こしたいと語ります。
その渦をもう一回起こしに行くっていうのは結構やりたいことかもな。
勝手に受け取ったバトン。リクルートコスモスの物語
村上さんは、新卒で入った会社の話を始めます。リクルートコスモスがMBOでコスモスイニシアになった直後の採用で、江副さんたちと仕事をした古いリクルートの人が多く残っていたと言います。
不動産に興味はなかったものの、人が優秀だったから入ったと村上さんは語ります。周囲も同じで、世間的にすごいとされる会社の内定を蹴って来た人がいるほど、人に魅力のある会社だったと言います。
しかしリーマンショックで会社は買収され、800人ほどいた社員の半分がリストラされました。40人以上いた新卒もほぼリストラされ、散り散りになったと言います。村上さん自身もクビになりました。
それでも村上さんは、そのリクルート気質の優秀な人たちが不動産領域で本気でやっていたら、いまのオープンハウスと対になる新興不動産企業になれたポテンシャルがあったと本気で思っていると語ります。
村上さんは、いまの社長・野村さんも含めて、そのカルチャーを自分が引き継いでいると考えています。泣く泣く仲間を切った先輩たちを経て、リベンジ戦をやっているつもりだと打ち明けます。
高木さんは、それこそが物語だと強く反応します。順風満帆の中で辞める人はいない。葛藤があったからこそ辞めたのであり、その物語を言葉にすべきだと語ります。
言わなきゃ。それ物語やん。そういうのこそ。
高木さんは、この物語を言っていかないとナンバーワンにはなれないと語ります。諸先輩方や周囲が勝手に共感し、達成されれば「引き継いでくれてありがとう」になるという見立てです。
時間軸を長く持つこと。結婚と、恩送りの射程
高木さんは、まったく別の話として、村上さんに結婚を勧めます。家族や、誰かからバトンを受け取って次の世代につなぐ感覚が、村上さんを大きくするという考えです。
結婚はコスパで考えれば悪く、やる理由がない。しかしコミットメントが先にあって、その後に愛が生まれ、関わる人が増え、墓参りなどを通じて物語が引き継がれていく。だからこそいいと高木さんは語ります。
村上さんは、いまの自分ならその言葉を素直に受け止められると答えます。かつては、家庭を持つと戦闘力が弱まる、ハングリーさが失われるという「呪い」を自分に課していたと振り返ります。
家庭を持って子供がいて、(自分の)戦闘力が弱まるとか、ハングリーさが失われるとか、なんかそういうので自分に幸せになっちゃうまくいかないっていう呪いを課してたところもあるなって。
高木さんは、結婚は分かりやすい「やること」であって、本質は時間軸を長く持つことだと語ります。子供が生まれれば30年後を考え、学生に関わればかつて先輩にしてもらった恩を送ろうと考えるようになるという説明です。
高木さんは、スタートアップは四半期ごとに追われて時間軸が短くなりがちだと指摘します。時間軸を長く持たなければ、ワールドカップ優勝のような目標は持てないと語ります。
村上さんは、代表交代のときに「よかったね」と言われるのは、自分が射程を短く見ている人だと思われていたからだと気づきます。もともと射程を長く見るタイプだったのに、スタートアップのルールに飲まれていた感覚があると言います。
元々は多分射程長く見ているタイプだから、多分普通のスタートアップ経営者の人とはちょっと違うタイプのやつって思われてたのが、なんかそっちのルールになんか飲まれてた。
高木さんは、若くしてまだ生きていける以上、大きな旗を掲げるのは役目だと語ります。リクルートコスモスの物語を勝手に受け継いででいい。達成されれば、それが「引き継いでくれてありがとう」になると励まします。
裸になれた収録。上場前後の悩みに届けたい
村上さんは、この収録に出て裸になれたことが自分にとって大きかったと語ります。外から見るとスタートアップ経営者はカッコつけて見えるが、中身はもっと人間らしく、みんな悩んでいると言います。
上場前後の、実は外に言えない悩み持ってる人とかにも、少し何かが届いたら嬉しいなぐらいな感じで思ってる。
高木さんは、この収録に至った経緯を明かします。立教大学の講座を持つ村上さんの話を車の中で聞いて盛り上がり、二人で話すだけでは終わらせず、村上さんが気にしている「見られ方」を出す場にしたほうがいいと考えたと言います。
高木さんは、原体験を無理に捏造しようとは思っていなかったと語ります。それがない、という村上さんの言葉も受け止めたうえで、自然と出てきたリクルートコスモスの話にこそ必然性を感じたと言います。
リクルートコスモスの思想を受け継いでナンバーワンを目指すはヒロキしか言えないことだから。
高木さんは、これからの村上さんを楽しみだと語り、物語を引き継いで大きな旗を掲げるのは自由だと背中を押します。村上さんは礼を述べ、長時間の収録を締めくくりました。
まとめ
上場企業ツクルバの創業者・村上浩輝さんが、代表退任の違和感を旧知の高木新平さんと掘り下げた回です。会社が金融商品になっていく感覚と、仲間との熱狂を大事にしたい本心のせめぎ合いのなかで、村上さんが「勝手に受け取ったバトン」という物語と、時間軸を長く持つことに再起の手がかりを見出していきました。
- ツクルバは受託のデザイン会社から出発し、同世代のスタートアップに触発されてゲームに乗り、2019年に33歳で上場した
- 上場直後のコロナ禍で組織が揺らぎ、村上さんは一人社長として立て直したが、「自分の言葉が全部滑っている」感覚を抱え続けた
- 共同創業者との役割分担のまま一人になったことで、戦略の言葉だけが残り、会社の物語や「誰のために」が見えづらくなった
- 高木さんは、経営者を分類するより自分から出てくるものを見つけ、何かのナンバーワンを逃げずに決めることの強さを説いた
- 村上さんは、リクルートコスモスの物語を勝手に受け継ぐという再起のテーマと、結婚や恩送りを通じて時間軸を長く持つことに納得を見出した


