怒られないことは、そもそも仕事のゴールじゃない
怒られたくない、怒られたくない、と思いながら仕事をしている人がいます。
いや、怒られるのはいいことではないですよ。良くはない。
でも、怒られないことをゴールにするというのは、結局自分のために仕事をしているだけなんですよね。
仕事というのは成果を出すことです。ここで言う成果は、数字に表れた結果だけじゃなくて、デザイナーがいいデザインを出すとか、クライアントが満足するとか、そういうものも全部含みます。
その成果のために仕事をするのであって、自分が怒られないことはゴールじゃない。
なのに、怒られないことが正しい、いいことなんだと思っている人がいる。
こういう人がプロジェクトにいると、ベクトルが成果に向いていなくて、自分の身を守ることしか考えていない。だから、ちょっとなあ、となってしまうんですよね。
負けないように戦うことと、勝つために戦うことは違う
これは勝負事やスポーツに例えるとわかりやすいんです。
絶対に負けないように戦うことと、勝つために戦うことは、イコールじゃないんですよ。
サッカーで言うと、絶対に負けないように戦うというのは、自陣にドン引きして守備ブロックを作って、ゴールに鍵をかけるようなものです。
でもそれで達成できるのは、どんなに良くても引き分けなんですよね。
勝つためには点を取らなきゃいけない。勝とうと思うから負けるし、勝負しなければ負けないんです。失点しなければいいんだから。
つまり、怒られないことをゴールにするというのは、言われたことだけをやるということなんですよ。
言われたことだけやっていれば、そりゃ怒られない。だって言われた通りにやってるんだから。
でも、そういう人は言い訳がましくなるんですよね。「私はこう言われたからこうしました」って。
一言えば一しか返ってこない人は、遠ざけられる
言われたことだけやる人は、その裏で「あいつは一個一個指示しないと動かないな」と思われて、どんどん遠ざけられます。
これはお気持ちの話じゃなくて、ビジネスで言うと、依頼する側にとって手間がかかるということなんですよね。
一言えば十理解してくれる人と、一言えば一しか理解してくれない人。後者に十を伝えるためには、十全部準備しないといけない。
それなら自分でやった方が早いな、となってしまう。
なんなら今はAIがあるので、どっちにしろ丁寧に説明しないといけないなら、AIに頼んだ方が早いという話にもなりますよね。パワハラで訴えられることもないし。
詰めたときに「私は頑張りました」ばかり言う人も、絶対に伸びないと思っています。
遅刻しておいて「一生懸命歩いてきたんです」と言われても、知らねえよ、という話じゃないですか。
自分がどう頑張ったかはどうでもよくて、出てきたアウトプットや進め方が違うんじゃないか、と言っているだけなんですよね。
でも、仕事のベクトルが自分が怒られるかどうかにしか向いていないから、そういう話になってしまう。
自分の成長にベクトルが向いていない
こういう人は、仮に自分にベクトルが向いているように見えても、自分の成長には向いていないんですよね。
こういうものを作れるようになろう、こういうディレクションができるようになろう、だからこれを学んでやってみよう。
そして失敗して怒られた。それはしゃあないやん、となるはずなんです。
でも、そういうふうに成長にベクトルが向いていないから、そりゃ成長しないよね、と。
言われたことだけをやるんじゃなくて、相手の状況を想像しながら「今ここでこの一手も打っておくと喜ぶかもしれないな」と勝手にやって、怒られるかもしれない。
でも、当たれば「トクサツさん、言わないでもすぐ動いてくれてありがたいです」となる。これはもう勝負しているんですよね。
全部勝手にやれ、という話じゃないですよ。「こういう状況なので相談の時間をもらえますか」と時間を取るだけでも、十分勝負しています。
でも、怒られないことをゴールにする人はこれができない。求められてもいないのにミーティングを開いちゃダメだ、と思っているから。
「最悪、僕が怒られりゃいいんで」と言えるか
ここからが、仕事を依頼する立場の人にとって一番大事なところだと思っています。
エンジニアから「ここが仕様の時点で漏れていて、どうしましょう」と相談されることがあるんですよね。
そんなとき私は「別にいいっすよ、最悪僕が怒られりゃいいんで」と言います。
もちろん、ユーザーのプロセスが途中で止まるような致命的なバグはダメですよ。そこを正しく判断できるかが大事なんです。
でも、致命的じゃないなら「あ、すいません、って上に謝っておくんで大丈夫ですよ」と言える。
最悪、僕が怒られりゃいい。その一言が言えるか言えないかで、周りがついてくるかどうかが180度変わると思うんですよね。
だって、そこまで言ってくれるなら「じゃあこの人の言う通りにしよう」「こっちもちゃんとやろう」となるじゃないですか。
これは、怒られないことをゴールにしている人には絶対に言えないんですよ。だって怒られる可能性があるから。
もちろん、知識もスキルもないのに「僕が怒られりゃいい」と言うのは、ただの暴君です。それはダメ。
正しい判断を繰り返して、知識を蓄えて、結果を出す。その積み重ねがあって初めて、上から「あの人に任せておけば大丈夫」と思われて、この一言が言えるようになるんですよね。
まとめ
怒られないことをゴールに仕事をするのは、やめた方がいいと私は思っています。頑張って言われたことをやっていていいのは、同じ職種のキャリアで言えばせいぜい20代くらいまでじゃないでしょうか。裁量は与えられないからできないんじゃなくて、奪い取ればいいんですよね。
- 怒られないことをゴールにするのは、成果ではなく自分のために仕事をしているということ
- 負けないように戦う=言われたことだけやる、では勝負しておらず、成長も止まる
- 一言えば一しか返さない人は、依頼する側の手間になり遠ざけられる
- 「最悪、僕が怒られりゃいい」と言えるかどうかで、周りがついてくるかが大きく変わる





