産業保健の三大ポッドキャストという枠組み
本編に入る前に、小橋さんは産業保健周りのポッドキャスト番組を紹介しています。前回紹介した「産業医工藤のつぶやき」に加えて、もう一つ「産業保健モヤモヤハレハレ」という番組があると話します。
「産業保健モヤモヤハレハレ」は、産業保健についてモヤモヤするけれど身近に語れる人がいない、そんな産業保健職と一緒に現場のモヤモヤを深掘りする、どちらかというと同業者向けの番組だと説明されています。
パーソナリティは、健康管理システムCarelyを作るアイケアのヨータさん、第48回で紹介した月曜日の兼室の水江さん、そして小橋さんの大学時代からの同級生である五十嵐さんの3人だと紹介されています。
小橋さんは、この3番組を「産業保健の三大ポッドキャスト」と呼び、それぞれ月曜、火曜、水曜に配信されていると整理します。
せっかくなら一週間丸々産業保健でオールコンプリートできたらいいよねって思ってますので、我こそはっていう産業保健関係者の方はですね、ぜひ木曜枠金曜枠の配信をお待ちしております。
ミスチルの櫻井さんになれない、と悟った少年
本編のテーマは、小橋さんの母校である産業医科大学を、学生時代の視点から取り上げるというものです。前回の続きとして、進路を考え始めた高校時代の話から始まります。
ミスターチルドレンの櫻井さんにはなれないと悟った小橋少年は、高校一年の終わりか年の初めぐらいだったかと思うんですけど、ここに来てようやく将来の道を本格的に考え始めるわけですね。
当時の小橋さんは、職業と言われても人生ゲーム以上の知識もなく、空間が好きだったので建築家もいいかな、という程度の解像度だったと振り返ります。
大きなきっかけになったのは、たまたま産業医科大学に進学していた3つ上の先輩と、岡山駅のホームでばったり再会したことでした。そこで初めて「産業医科大学」という存在を意識したと話します。
模試とかで志望校を書く時とかに何か見たことあるかなみたいな。最初はそんな認識だったんですよ。
産業と医者、相容れなさそうな仕事への興味
先輩と産業医や産業医科大学の話をするうちに、小橋さんは「産業」と「医者」という一見相容れなさそうな組み合わせに、だんだん興味が湧いてきたと語ります。
個人的な性分として、一つの世界にとどまるより、いろんな世界に出て体験する生き方が合っていると感じていたことも背景にあったと話します。医者という資格に、当時は病院で命を救うイメージ以上を持てなかったとも振り返ります。
この産業医っていうのは、医者っていう確固たるアイデンティティも持ちながら、一方で予防っていう軸をもとに一般の社会へアプローチしていく。
具体的な仕事内容はまだよくわからないながらも、世のためになりそうで、何より面白そうだという純粋な好奇心が湧いてきたのが当時の気持ちだったと語られています。
学費と立地、現実的に「いけるかも」と思わせた条件
興味だけでなく、現実的に「いけるかも」と思わせてくれた点も大きかったと小橋さんは話します。医学部は敷居が高く問題も難しい中で、産業医科大学の試験問題は当時の自分でも頑張ればいけそうに感じられたそうです。
もう一つの現実問題はお金でした。産業医科大学は私立ですが、労災保険などの公的資金が投下されてできた大学で、学生への就学資金貸与の仕組みもあると説明されています。
小橋さんが受けた当時は公立と同じくらいの学費で、上の学年はほぼ無償に近い時代もあったと振り返ります。
当時の小橋家の財政状況としては、国公立ならなんとかなる。でも私立なら家を売りに出さないといけないみたいな。
そうした状況の中で、産業医科大学は私立でも実質国公立のようなものだから、お金の面でもとりあえず大丈夫だろうという判断だったと語られます。さらに大学が福岡にあり、一人暮らしができるといった動機もあったと明かします。
直感的にも客観的にも、医学部行くんだったら産業医科大学ぐらいしかもう選択肢になかった。
推薦枠と猛勉強、現役合格までの1年半
そこからは土日も含めて朝から晩まで勉強する日々だったと小橋さんは振り返ります。休日は町の自習室を使い、帰り道にレコード屋へ寄って当時流行っていた曲を聴くのだけが楽しみだったと語ります。
結果的に現役で合格した大きな理由として、産業医科大学の推薦枠があったと説明されています。産業医になりたいという熱意があれば、通常より受かりやすいルートがあったそうです。
普通に共通二次みたいな正攻法でやってたら、多分1、2浪は確実だったんじゃないかな。
そうした意味で、本当に運が良く、あらゆる環境に恵まれていたことに尽きると小橋さんは述べています。
1年から6年まで、産業医学が組み込まれたカリキュラム
2004年に産業医科大学へ入学した小橋さんは、キャンパスライフは楽しかったと振り返ります。全員が産業医志望というわけではないものの、医師国家試験合格という共通のゴールがあり、一体感や仲間意識が根底にあったと語ります。
大学の環境についても触れています。北九州の外れにあり、聞くところによると敷地面積は北海道大学に次いで2番目で、何もない土地を切り開いて作られたため、田舎育ちの小橋さんにはちょうどよかったそうです。
一般的な医学部のカリキュラムは、大きく3つのステップで進むと整理されています。
産業医科大学の大きな特徴は、この流れに加えて、1年生から6年生まで全ての学年に産業医学のカリキュラムが組み込まれている点だと語られます。
座学だけでなく、保護具の着用や作業環境測定の実習、近場の有名な工場の見学なども行われたと紹介されています。
秋田で1週間、きりたんぽ鍋とともに過ごした企業実習
カリキュラムの中でも小橋さんが一番覚えているのは、5年生の企業実習だと語ります。5年生は基本的に2週間ごとに各科を回る病院実習(ポリクリ)を行いますが、産業医科大学では秋にこの病院実習が一旦休みになるそうです。
その休みの間に組み込まれるのが、1週間の企業実習です。27期生ともなると、大学の先輩が日本各地で産業医として活動しており、その先輩が働く職場に1週間お邪魔して実習させてもらう形だと説明されています。
小橋さんは、東京や大阪が人気の中で、普段行かないところに行きたいと考え、同級生の五十嵐さんと二人で秋田県のある有名な製造業の会社を希望して行ったそうです。
みっちり1週間先輩にくっついてですね、一緒に職場巡視したり、検診判定のお手伝いしたり、あとは面談や衛生委員会を見学したり。
昼はそんな感じで、夜はひたすらホテルの隣にある居酒屋でお酒を飲みながらきりたんぽ鍋を食べるっていう、そんな実習でした。
学費を出す代わりに9年間、という独自の仕組み
企業実習の話から、小橋さんは産業医科大学が普通の大学と違う仕組みについて説明します。大学が修学資金として学費を一定出しているため、卒業後は基本的に9年間、大学の言われた通りに働くことが前提になっているそうです。
言われた通りに働かないんだったらお金返してね、そういう仕組みになってるわけですね。
その返済額は、大体2000万から3000万を一括払いだと語られています。
「言われた通りに働く」方法にはいくつかありますが、オーソドックスな選択は、産業医科大学の産業医系の医局に入るか、臨床医系の医局に入るかの2つだと整理されています。
企業実習でぐらつく、進路の分岐点
一般的な医学部では、医師国家試験を経て2年間の初期研修をしてから医局を選ぶことが多いのに対し、産業医科大学ではこの独自制度のため、学生のうちにどの医局に入るかを仮決めしないといけないと小橋さんは説明します。
そのため、病院実習や企業実習がちょっとした勧誘の場になっている面もあると語られます。上級の先生から「先生センスいいじゃん、うち向いてんじゃないの」と声をかけられることもあったそうです。
小橋さんの代では、産業医の医局に入るのが大体2〜3割で、残りは臨床医の医局に入るか別の道に行く形だったと振り返ります。ただ、1週間の企業実習の後には進路が揺れる人が多いと話します。
あれだけ自分は臨床医の道に進むんだって言ってたような友達が、やっぱり産業医になろうかなって、意外と一、二ヶ月ぐらいぐらつくっていうのが結構あるある。
臨床医は大学に併設された病院にいるため、学生でも何をしているかイメージしやすい一方、産業医は普段企業にいるため、学生には仕事内容が見えにくいと小橋さんは指摘します。
リアルな学生時代を振り返って
最後に小橋さんは、産業医科大学は大学を卒業して一日実習すれば産業医の要件を満たせる、というのが教科書的な話だと補足しつつ、今回は当時の状況を自身の学生時代とともにリアルに振り返ってきたとまとめます。
一方で、当時と今とでは違う部分も多く、話したのは大学のごく一部だとも断りを入れています。
学生という立場から今の産業医科大学について知りたいっていうことがありましたら、大学のホームページとかパンフレット、まずはそういった公式情報から当たっていただけるといい。
まとめ
第55回は、小橋さんが自身の母校である産業医科大学について、志望のきっかけから独自のカリキュラム、企業実習の思い出までを学生時代の視点で振り返った回でした。産業医という仕事の面白さと、それを育てる大学の仕組みが具体的に語られています。
- 産業医への興味は、産業と医者という相容れなさそうな組み合わせと、予防を軸に社会へアプローチする点への好奇心から生まれた
- 産業医科大学は労災保険などの公的資金を背景に就学資金の仕組みがあり、学費や推薦枠が進学の後押しになった
- 1年生から6年生まで全学年に産業医学のカリキュラムが組み込まれているのが大学の大きな特徴
- 5年生の企業実習では、先輩の職場に1週間同行し、職場巡視や面談、衛生委員会の見学などを体験した
- 学費の代わりに卒業後9年間の勤務が前提となる仕組みがあり、企業実習をきっかけに進路が揺れる学生も多い





