「複利は後半に効く」への違和感
投資の話でよく使われるのが「複利の力は後半に効いてくる」という言葉です。井上さんは、これをあまり真に受けない方がいいと考えています。
金額で見れば、元本が増えるスピードが後半に跳ね上がるのは事実です。ただし、パーセントで言えば毎年同じだと指摘します。
パーセントで言ったら毎年一緒だし、いざお金を使いたい人生の後半で、その複利の力が効いてると思いすぎると、なんか使いにくくなる気もするので。
そのため、井上さんは「一つのストーリー」くらいの感覚でスルーしておく方がいいのではないか、と話します。
お金の価値はいつ一番高いのか
本編で井上さんはまず、セミナーで使うワークを紹介します。それは「お金の価値っていつが高いですか?」という問いです。
たとえば二十歳の時に百万円をもらえるとします。今すぐ受け取ることもできますが、受け取りを遅らせて年五パーセントの実質リターンで運用すると、お金は増えていきます。
三十歳で受け取れば約百六十二万円、四十歳なら約二百六十万円になります。金額だけ見れば、遅らせた方が得です。
しかし井上さんが問いたいのは「お金は多ければいいのか」ということでした。
二十歳の時の百万円っていうのは、僕はもう世界の全てが何でもできるような感覚が若干なりあった。二十歳の自分にとっては、より大金やったっていう感じなんですね。
一方で今の自分が百万円をもらっても、すぐ何かに使いたいとは思わない。井上さんは、百万円から喜びを引き出す能力が弱まっていると表現します。
チキン南蛮と「未来の幸せは想像できない」
井上さんは、若い頃の方が少ないお金から大きな喜びを引き出せたと振り返ります。ここで持ち出すのが、好物のチキン南蛮の例です。
初めて食べた時は「うまいな」と心から感じたのに、大人になって同じものを食べても、あの時と同じ感動は得られないと言います。
正直、何を欲しがってるかっつったら、あの日の「うまい」っていう思い出の、あの感覚を自分はしたいんやなと思うけど、もうできないじゃないですか、経験してるから。
これは未来予測の難しさにも通じる話だと続けます。人は「こうなったら幸せだろう」と思っても、その時の感覚を今から正確には想像できないというのです。
たとえば昔の写真を見て「なんでこんな服を着てたんだろう」と思うように、感覚が変われば同じ見方はできなくなります。
だから「お金持ちになれば幸せ」と思っても、手にした時には感覚が変わっている。想像していた幸せはほぼ手に入らない、と井上さんは話します。
NISA貧乏と「置いていかれる恐怖」
近年の日本では「貯める」「増やす」を大切にする文化が強まっていると井上さんは見ています。だからこそ、もう少しバランスよく見た方がいいのではないか、と提案します。
ただし、いわゆる「NISA貧乏」を責めるのはよくないとも話します。
その正体はお金を増やしたい思いというより、FOMO、つまり「置いていかれたくない」という感情だと分析します。
若い人に「その時しかできない経験がある」と言うのは、教科書的には正しくても趣旨がずれているかもしれない、と井上さんは言います。それを言えば七十歳の人から見れば四十歳にしかできないこともあり、結局どの年齢にも当てはまるからです。
置いていかれる恐怖はエグいやろうと思うので、まあ仕方ないんじゃないっていう気はする。だからマーケットが壊れる以外に止めようがないんじゃないかな。
跳ね上がる後半、それでも残る疑問
ここで井上さんは、複利が後半に効くという主張の中身を数字で確認します。年五パーセントなら、百万円はおよそ十五年で二倍になります。
運用二十年で約二点六倍、三十年で約四点三倍と、増え方は加速していきます。
さらに長く運用すると跳ね上がり方は劇的になると説明します。
五十年目に約千八百七十万円、七十年目に約三千五十万円。この十年間だけで千二百万円ほど増える計算です。最初の十年で百万円が百六十二万円にしか増えなかったのとは対照的です。
投資家ウォーレン・バフェットの資産の大半が六十五歳以降に作られた、という例もよく引かれると紹介します。
ただし井上さんが引っかかるのは、いつまで最初の百万円を基準に考えるのか、という点です。
最初に百万円で投資してた。で、四十年経ってるんですよ。六十歳になった時に七百万になった時に、百万円が七百万になったって思うかな?っていつも思うんですよ。
四十年前の百万円をずっとベンチマークにして「七倍になった」と実感する人は、そう多くないのではないか、というのが井上さんの問いです。せいぜい十年前と比べて増えた分を意識するくらいが、人間の感覚に近いのではと話します。
財産額が大きくなるほど、増えた分は相対的に小さく感じられます。百万円貯めた達成感と、千万円が千百万円になった時の感覚は同じではないだろう、と説明します。
後半に効くと信じすぎると、使えなくなる
この言い回しは、教育目的としては理解できると井上さんは言います。「途中でやめると複利の力が失われる」と思わせ、ホールドを促す効果があるからです。
しかし、それを強く信じすぎると別の副作用があると指摘します。
複利は後半に効いてくるっていうけど、人生の後半、お金を取り崩さないといけないわけですよね。その瞬間にだけ「必要になった分だけ使えばいい」、そんなことできんのかなって思うんですよ。
必要な分だけ使えるなら、今の段階から必要なだけ投資しておけばいい。コインの裏表を返すように、貯めるモードから使うモードへ簡単に切り替えられるものではない、と話します。
井上さんは、お金の価値観は大きな出来事がない限り固定的だと考えています。若い頃からお金を使わない生き方をしてきた人は、後半になっても基本的に使わないというのです。
その例として、勤勉や節制を美徳とした祖父母世代を挙げます。五十年そう生きてきた人が、お金があるからと急に使う生き方に変わらないのは自然なことだ、と井上さんは尊重します。
自分の価値観を先に作っておく
井上さん自身は、投資にのめり込んではいないと明かします。老後に必要な分だけ決めて積み立て、それ以外は使いたければ使う、というスタンスです。
海外旅行にもあまり興味がないと言います。旅は高尚なものとして扱われがちですが、成長の手段としては信じていないそうです。
実際、研究でもトラベルは創造性を高めないって言われていて。義務で行く旅ってなんなんそれみたいな気持ちもあったりするんで、まあ使えないんだろうと僕は思ってる。
そして井上さんは、お金を使えるかどうかは意外と周囲に左右される、という見方を示します。
隣の人が燃やすように使っていたらみんな燃やすように使うやろうし、世の中がダイウィズゼロの空気感をまとっていったら、みんなダイウィズゼロ的な生き方をすると思う。
人間は自分の行動を自分で決めているようで、実は周囲の空気に影響される。だからこそ、自分の価値観をあらかじめ作っておくことが大事だと井上さんは強調します。
まとめ
「複利は後半に効く」という言葉は、数字の上では正しいものの、最初の元本を基準に何倍になったと感じ続ける人は少ないのではないか、というのが井上さんの問いかけです。信じすぎるとお金を使えなくなる副作用もあるため、話半分に受け止め、自分の価値観を先に作っておくことが提案されました。
- 複利が後半に効くのは事実だが、パーセントで見れば毎年同じ増え方にすぎない
- 何十年も前の元本を基準に「何倍になった」と実感し続ける人は少ない
- 後半に効くと信じすぎると、いざ使う時期にお金を取り崩しにくくなる
- お金の価値観は固定的で、貯めるモードから使うモードへ簡単には切り替わらない
- お金の使い方は周囲の空気にも左右されるため、自分の価値観を先に作っておくことが大切




