職場体験の高校生と中学生、牧場の朝はにぎやか
この回は10月14日の水曜日に配信されました。出雲の天気は最高気温22度で曇り時々雨と、前日の28度から気温がぐっと下がった朝です。
川上牧場では前日から高校生の職場体験が始まっていて、この日からは地元の中学生2人も水・木・金の3日間やって来ます。川上さんは高校生と中学生の2組に、餌やりや子牛のワクチン、予防薬の投与などを体験してもらう予定だと話しています。
(今年の高校生は)いやしっかり色々考えててすごかったですね。
川上さんによると、今年の高校生はかなり将来のことを考えていて、「時代が変わってきてるな」と感じたそうです。歴代の職場体験の様子も配信しているので、「酪農データバンク」で「職場体験」と検索すると見つかるかもしれないと紹介しています。
「牛は地震を感知して乳量が減る」は本当?届いた質問
お便りコーナーで読まれたのは、TikTokから届いた質問です。
この前テレビで牛さんは地震があるずっと前に感知できて、牛乳の搾乳量も減るってやってました。牛さんって繊細なんですね。
川上さんは、東日本大震災や能登、熊本など各地で地震が続く日本だからこそ気になるテーマだとして、海外の研究も含めて調べてきた内容を読み上げていきます。
先に示された結論は、牛は環境の変化に敏感だけれど、繊細なだけではないというものでした。音や気温、人の動き、仲間、餌、牛舎などの変化に反応しつつ、時間をかけて新しい環境に慣れていく力も高いといいます。
これがですね、牛が世界中で家畜として飼われてきた理由の一つだと思います。
牛は地震を予知できる?科学が言えること・言えないこと
まず「牛は地震を事前に感じられるのか」について、川上さんは「できるとは現在の科学では言えません」と答えます。
根拠として挙げたのが、USGS ── アメリカ地質調査所。アメリカ政府の機関で、地震や火山、地形などの調査・研究を担っていますの見解です。地震の前に動物がいつもと違う行動をしたという報告は昔からあるものの、特定の行動と地震の発生を再現性よく結びつけることはできていない、とされています。
ただし、人間より先に揺れを感じること自体はあり得るといいます。地震ではまず小さく速いP波 ── 地震で最初に届く縦波。速く伝わるぶん揺れは小さめで、緊急地震速報もこのP波をとらえる仕組みを使っていますが届き、そのあと大きな揺れを生むS波が来ます。感覚の鋭い動物がP波に先に反応し、大きな揺れの数秒前に動く可能性はUSGSも説明しているそうです。
地震が始まる前に未来を知ること。動物の行動から予測する方法は確立されていない
すでに起きた小さなP波を人間より先に感じること。大きな揺れの数秒前に反応する可能性はある
(予知と、小さな揺れを先に感じるのは)全然違う話です。ここは分けて考えた方がいいかなと思います。
センサーで測った研究と、まだ弱い証拠
川上さんは、牛をセンサーで測った研究も紹介しています。2020年にイタリアで、牛・羊・犬に活動量センサーをつけ、地震の前後の行動を続けて測った研究が発表されました。
このイタリアの研究では、牛舎内の動物が地震の1時間から20時間ほど前に、普段と違う行動パターンを示した可能性が報告されています。ただし可能性を示した段階で、放牧中には同じパターンが確認されず、動物が何の物理的な信号を感じたのかも確定していないそうです。
2018年には、180本の文献と700件以上の報告をまとめたレビューも出ています。しかし多くは「地震の前に犬が吠えた」「牛が騒いだ」といった、地震のあとで振り返って集めた報告でした。
異常な行動があったのに地震が来なかった日まで比べた長期の研究はとても少なく、研究者たちは「動物の行動を地震予知に使えるだけの強い根拠はない」と結論づけているといいます。
そのうえで川上さんは、牛は人間より小さな環境変化に反応する可能性はあるけれど、牛を見れば何時間も前に地震がわかるとまでは科学的に証明されていない、と答えるのが正確だとまとめています。
乳量は本当に落ちる?ストレスと搾乳の関係
質問にあった「乳量が減る」についても、地震の予知現象としては確立されていません。ただ、牛が強いストレスを受ければ乳量や搾乳の状態が変わること自体は十分にあると川上さんは話します。
牛は強い刺激や不安を受けると、行動や食べ方、反すう ── 一度飲み込んだ草を口に戻してかみ直すこと。牛などの反すう動物は、これをくり返して硬い草を消化しやすくしていますが変わります。さらにストレスで、牛乳を乳房から出す仕組みが一時的に妨げられることも知られています。
地震が起きる
牛舎が揺れる
環境が変わる
人が慌てる、機械の音が変わる、停電する、給餌時間がずれる
牛にストレスがかかる
行動や採食、反すうが変わり、乳を出す仕組みが妨げられることも
乳量・搾乳に影響
乳量や搾乳の状態が変わる可能性がある
ただ、乳量が下がったから明日地震が来るとまでは言えないという、ここは重要な観点かなと思います。
「牛は繊細」は当たっている。現場で感じる「いつもと違う」
地震の予知は別として、質問者の「牛は繊細」という感想はかなり当たっている、と川上さんは言います。ここからが今回の本題です。
酪農の現場では、餌や給餌時間の変更、牛群の移動、隣の牛がいなくなる、新しい牛が加わる、搾乳する人や機械の音が変わる、牛舎の周りで工事がある、といったことで牛の行動が変わるそうです。
2024年の研究でも、牛群を組み替えるグループ変更をすると、活動量が増えたり反すう時間が減ったり、初産牛 ── 初めて子牛を産んだ牛のこと。乳を出し始めて間もなく、環境の変化にまだ慣れていない段階ですでは一時的に乳量が下がったりすることが報告されています。
川上さんが牛を飼っていて感じるのは、牛はかなりのルーティン好きだということ。いつもの時間に餌と搾乳があり、いつもの場所に水があり、いつもの牛が隣にいると、牛は落ち着いていきます。
逆に急に全部を変えると、牛は「なんだなんだ」となってしまいます。だから餌の変更も一気にせず段階的に進めることが、ルーメン ── 牛の4つある胃のうち最初の大きな胃。たくさんの微生物がすみ、草を分解・発酵させて栄養に変えていますの微生物のためにも、牛の行動のためにも大事だそうです。
牛は変化に弱い動物?暑さへの順応と「慣れ=平気」の誤解
ここまで聞くと、牛は神経質で環境が変わったらダメな動物だと思うかもしれません。けれど川上さんは「そうではありません」と話し、牛には環境に順応する力があると説明します。
ただし、ここは誤解しやすいところです。牛が暑さに慣れたからといって、35度でも問題ないとはならないと川上さんは強調します。
順応しても暑熱ストレスそのものは消えません。乳量が落ち、繁殖成績が悪くなり、病気のリスクも変わります。強いストレスが長く続けば、順応できる力を超えてしまいます。
人間でも暑い場所で暮らしていれば多少暑さに慣れます。でも四十度でエアコンなしでも健康に暮らせるとはならないですよね。
繊細さは弱さではなく「センサー」
牛が環境の変化を細かく感じることと、環境に適応できることはセットだ、と川上さんは考えています。
変化に気づけない動物は対応もできません。暑くなったから日陰へ行く、喉が渇いたから水を飲む、怖いものが来たから距離をとる、餌が変わったから食べ方を変える。どれも、まず変化に気づくことから始まります。
感じ取った情報に合わせて行動や体を変えていく適応する力。牛の強さは、感じ取るセンサーと、変わっていく力の2つがそろっているところにある、という見方です。
寒冷地から熱帯まで、牛が世界中にいる理由
牛のすごさは、世界地図を思い浮かべるとわかりやすいと川上さんは言います。ヨーロッパの寒い地域、日本の高温多湿、インド、アフリカ、南米、オーストラリアと、さまざまな環境で牛が飼われています。
FAO ── 国連食糧農業機関。世界の食料・農業・漁業についての調査や支援を行う国連の専門機関ですも、暑さ、寒さ、乾燥、湿度、水不足、山岳地帯など、いろいろな環境に適応した品種が存在するとまとめているそうです。
ただ、それは牛という種の力だけではなく、長い年月をかけた自然選択と人間の育種の結果でもあります。以前の交雑の回でも話したように、暑い地域ではゼブー系(ボス・インディカス)の牛が多く使われています。
ジール、サヒワール、レッドシンディーなど。熱帯環境への適応性が高く、熱・餌・水・病気や寄生虫など地域の条件に適応している
温帯で高い乳量を出すよう改良された品種。暑い環境ではより高度な冷却や飼い方の工夫が必要で、厳しい環境への適応では不利になりやすい
つまり、牛が世界中にいるからといって、ホルスタイン1種類をどこへ連れて行っても大丈夫という意味ではありません。何千年もの間、それぞれの土地に合った牛が残され、人間が暑さや寒さ、病気、少ない餌に強い牛を選んで交配してきました。
そうやって牛という一つの家畜の中に、ものすごい多様性が作られたんです。これが牛の強さです。
牛も人も歩み寄る。酪農家は「変化の速度」を調整する仕事
適応したのは牛だけではありません。人間も、寒いところでは牛舎を建て、暑いところでは日陰や扇風機、散水装置やミストを用意し、涼しい時間帯の給餌や餌の栄養濃度も変えてきました。
牛が環境に適応し、人間も環境を牛に合わせる。この両方があるから、アラスカのような寒い場所から熱帯まで、同じ牛という家畜を利用できるのだと川上さんは話します。
さらに牛は、人間には消化できない草を微生物の力で利用でき、1年中繁殖でき、長い期間牛乳を出せます。そこに環境変化への敏感さと順応する力、世界各地に合わせた品種づくりの歴史が重なって、家畜として相当すごい能力になっているといいます。
この話を牧場の仕事に戻すと、酪農家は餌やりや搾乳だけでなく、牛が無理なく順応できるように変化のスピードも調整しています。餌を一気に変えない、牛群の移動を考える、暑くなる前から冷却を始める、分娩前に次の餌へ慣らす、新しい設備には少しずつ慣れさせる、といった工夫です。
適応できる範囲の変化なら牛は慣れますが、それを超える変化はストレスになり、慢性的に続くと採食や健康、繁殖、乳生産にも悪い影響が出ます。
センサーの時代、牛が教えてくれるかもしれないこと
地震の話に戻ると、今のところ牛が地震を確実に予知できるとは言えません。それでも、活動量や反すう、採食量、体温、心拍をセンサーで24時間測れる時代になってきています。
川上さんが期待しているのは、牛が地震を教えてくれるというより、牛が普段どんな小さな変化を感じているかを調べる研究です。その先には、暑くなりそうな気配や、これから病気になりそうなサイン、牛舎の環境の悪化を前もってつかむ可能性もあると話しています。
こういうのがね、もうセンサーで分かってくるようになると、めちゃめちゃ面白くなってくるんじゃないかなと思います。
まとめとして川上さんは、牛の繊細さを弱さだとは思わず、環境の小さな変化を感じ取れる高性能なセンサーなのではないか、と語ります。そして酪農家の仕事は、その適応力に甘えるのではなく、牛が無理なく慣れていける環境をつくることなのかもしれない、と締めくくりました。
震度3〜4の揺れで立ち上がった牛たち、その後は
最後に川上さんは、川上牧場での実体験も話しています。鳥取の西部地震などで牛舎が震度3か4ほど揺れたとき、牛が一斉に立ち上がったことがあったそうです。
最初の時はね、本当に牛があのパニックぐらいになるぐらい、こう大きく暴れてましたけど、それ以降は本当にずっと寝転んでね、慣れますね。
東日本大震災のときには1日に300回もの余震があったこともあるそうですが、それでも牛は平気になって慣れていったといいます。川上さんは「面白い生き物だな」と感じつつ、牛が地震の予知に役立つ可能性については、新しい情報が出たらまた共有したいと話しています。
配信の最後には、Kindle本『酪農未経験者のために 遺伝改良と種牛設計編』や、その内容を読み込ませたFarmEcho AI、黒毛和牛の近交係数を計算できるアプリ「和牛交配チェック」の紹介もありました。このアプリは現在85の牧場で使われているそうです。
まとめ
「牛は地震を予知できるの?」という質問への答えは、科学的にはまだ言えない、でした。ただ、その問いの先には、変化に敏感なセンサーと、時間をかけて慣れていく力をあわせ持つ牛の姿があり、それを支える酪農家の工夫がありました。牧場で牛を見かけたら、いろいろなことを感じながら暮らしているんだなと思って眺めてみてくださいね。
- 牛が地震を何時間も前に予知できるとは、現在の科学では確立されていない
- 一方で、小さなP波を人間より数秒早く感じたり、ストレスで乳量が変わったりすることはあり得る
- 牛はルーティンを好み、餌や牛群、人、音などの「いつもと違う」に敏感に反応する
- 繊細さは弱さではなくセンサーであり、牛は数日〜数週間かけて新しい環境に順応できる
- 酪農家の仕事は、牛の適応力に甘えず、無理なく慣れられるよう変化のスピードを調整すること



