「牛は長生きした方がもうかるの?」という本質的な質問
今回のお便りは、ポポポという配信アプリのポポポネーム観心さんから届いた質問です。牛さんは長く乳量が出れば長寿でもいいのか、それともある程度のサイクルで世代交代した方がいいのか、というものでした。
質問には「今のサイクルがベストでしょうか」「枝肉も若い方がいいのでしょうか」という点も含まれていました。川上さんは、これはかなり酪農経営の本質に触れる質問だと受け止めます。
なかなか消費者の方で、牛って長く乳量出ればそれでもうかるのかな、それでも世代交代した方がいいのかなっていう、こういうのなかなか出てこないと思います。
周りの人に聞いてみても「何言ってんの?」と思われそうな、専門的な問いだといいます。だからこそ、川上さんが好きな酪農の話ができるいい質問だと喜んでいました。
結論は「どちらでもない」。酪農家が本当に目指したいこと
川上さんはまず結論から話します。若い牛にどんどん入れ替えればいいわけでも、とにかく長生きさせればいいわけでもなく、どちらでもないという答えです。
酪農家がね、一番目指したいのはですね、健康で、分娩が定期的に来て、妊娠してくれて、しっかりお乳を出してくれる牛を無理なく長く飼うことです。
その上で、必要な頭数だけ若い牛へ更新していく。この流れが酪農家にとって目指すべき場所だといいます。判断に使うのが、牛群検定の「更新率」と「牛群平均産次数」という数字です。
更新率は「数字の高さ」ではなく「中身」で見る
更新率とは、牛群から出ていった経産牛の代わりに若い牛が入ってくること、つまり牛の入れ替わりの割合です。例えば経産牛100頭の牧場で40頭が抜けて40頭の初産牛が入れば、ざっくり4割の牛群が入れ替わったことになります。
この数字が高いほど牛群は若返り、低ければ同じ牛を長く使っていることになります。ただ川上さんが強調するのは、更新率の高い低いだけでは牧場の良し悪しは判断できないという点です。
更新率が高くても、若い優秀な牛が育っていて、能力の低い牛を計画的に入れ替えたのなら問題ありません。これは経営戦略として素晴らしいことだといいます。
一方で、乳房炎や蹄病、繁殖障害、夏の暑さの事故、分娩での起立不能などで予定外に牛が抜けて更新率が高くなったのなら、まったく別の話です。だから数字そのものより、なぜ牛がいなくなったのかを見ることが大事だといいます。
能力の低い牛を計画的に入れ替え、優秀な若い牛を上げていく。経営戦略として良い状態
乳房炎や蹄病、事故などで予定外に牛が抜けた結果。改善の余地がある状態
若い牛ほど乳量が多いわけではない
もう一つの数字が牛群平均産次数です。産次数はその牛が何回出産したかを表し、初めて産めば初産、次が2産、その次が3産となります。牛群平均産次数は、今いる牛たちが平均で何産目なのかを見る数字です。
ここで川上さんは面白い話を切り出します。若い牛の方が元気だから乳もたくさん出そうに思えますが、実は逆だというのです。
初産牛はですね、まだ自分自身も成長途中なんですよね。食べたエネルギーをお乳だけではなく、自分の体を大きくすることにも使っているんですよね。
2産、3産と進むにつれて体が成熟し、一回り大きくなって食べる量も増え、乳量も増えていきます。農研機構の研究でも、305日乳量は初産より2産、2産より3産で高い傾向が確認されているといいます。
そのため現場では、3産前後が乳牛として能力を発揮しやすい成熟期と考えられます。ただし川上さんは、すべての牛が必ず3産目に生涯最高になる法則ではなく、個体差や遺伝、飼養管理でも変わると正確に補足していました。
育成牛は「乳を売るまで先にお金を使う存在」
ここから経営の話になります。子牛が生まれてミルクを飲ませ、離乳させ、餌を与え、人工授精で妊娠させ、およそ2年近く育ててようやく最初の分娩を迎え、お乳を出すようになります。
つまり、育成牛はですね、牛乳を売るまでの長い期間、先にお金を使う存在です。扶養家族みたいな感じですかね。
育成牛には餌や労働、牛舎の設備費、繁殖費、獣医費、おがくずやもみ殻、電気代などがすべてかかります。育成牛を増やせば更新に備えられますが、その分だけ育成コストも増えます。
海外の経済研究でも、更新率が上がると必要な後継牛の頭数が増えて育成費が大きくなり、逆に淘汰率を下げれば育成コストを大きく削減できると示されているといいます。日本でも農林水産省は長命連産性を重視し、牛を長く使える牛群への転換を進めています。
「長生きさせればいい」も違う理由
では長寿の方がいいのかというと、これもそう単純ではないと川上さんはいいます。3産、4産、5産と進めば乳量は増えますが、牛の体にも負担が積み重なります。
研究では、産次数が進むにつれて乳量が増える一方で、代謝性疾患や子宮内膜炎などの周産期疾患、繁殖上の問題のリスクも増えると示されているといいます。乳房炎や蹄病なども、年齢や産次とともに出やすくなる部分があります。
大事なのは健康で生産できている期間が長いことです。長寿だからという理由だけで残すことがいいとは限らないということですね。
病気の治療を繰り返し、乳量が落ちて妊娠もせず、牛自身の負担が大きい状態を「長寿がいいから」と続けるのは違うのではないか、というのが川上さんの見方です。
若い牛群にもメリットがある
一方で、若い牛が多い牛群にもメリットはあります。一つは、3産以上で増えやすい病気や故障を抱えた牛が少なくなりやすいことです。ただし若ければ病気にならないわけではなく、初産牛にも分娩時の問題や乳房炎、繁殖不良、蹄病は起こります。
もう一つのメリットが遺伝改良です。川上さんはここが酪農の面白いところだといいます。今いる5産目の牛より、今年生まれたメス子牛の方が改良が進んでいる可能性があるのです。
今いる5産目の牛よりも、今年生まれたメス子牛の方がゲノムでは改良が進んでいる可能性があります。若い牛の方が能力が高いということです。
これは乳量だけでなく、乳成分や繁殖性、乳房や足の形、長命性、疾病抵抗性にも及びます。世代を更新することで新しい遺伝的能力を牛群へ入れられるため、まったく更新しないのも正解ではありません。長命連産と遺伝改良のバランスを取る必要があるといいます。
牧場を会社にたとえるとわかりやすい
一般の人にわかりやすいよう、川上さんは牧場を会社にたとえます。社員が毎年40%辞めて40%が新人になる会社は、勢いや新しい知識が入る一方で、毎年ものすごく教育費がかかります。
逆に誰も辞めずベテランばかりの会社は、経験は豊富でも新しい情報が入らず、世代交代がなくて新しい技術や考え方が入りにくくなります。牛群改良も会社と似ているといいます。
新人ばかりでも高コストですし、ベテランばかりでもリスクが増える。なので初産、2産、3産、4産以上、それぞれが適度にいる牛群を作っていく、これが重要かなというところです。
更新率30%の「中身」でチェックしたい4つのこと
今のサイクルがベストかという質問について、川上さんは牧場ごとに違うと答えます。川上牧場の更新率は大体30〜35%ほど。日本の乳牛は30%更新が正解、といった万能な数字はないといいます。
乳価や飼料価格、育成費、初妊牛の価格、遺伝能力、繁殖成績、疾病率、廃用牛の価格、牛舎の空きスペース、増頭か生産維持かといった方向性で、最適な判断はすべて変わります。だから30%という数字より、その中身を見ることが大事だといいます。
川上さんはチェックしたいポイントを4つ挙げました。乳房炎や蹄病、事故などで残したかったのに残せなかった牛が多ければ、改善の余地があるといいます。
- 不本意な更新が何頭いるか
- 3産以上まで残れる牛がどれくらいいるか
- 後継牛(雌子牛)を何頭育てているか
- 牛群平均産次数が低い理由は何か
せっかく2年育てた牛を、乳量が高くなる3産前後まで使わずに廃用にしているなら、育成の投資を十分回収できていない可能性があります。農水省の2025年の改良増殖目標では、牛群検定参加農家の令和5年度の平均除籍産次は3.21産とされ、国も供用期間の短縮を課題としています。
枝肉は若い方がいい?出口の価値と更新時期は別
最後の質問が「枝肉は若い方がいいのか」です。これも若ければ若いほど価値が高いわけではないと川上さんはいいます。一般論では成熟した牛の肉は硬さが出やすく、若い牛が柔らかさで有利な傾向はあるそうです。
ただし枝肉の価格は年齢だけでは決まらず、体重やボディコンディション、肉付き、脂肪の量、品種、健康状態、最終分娩からの日数などが大きく影響します。廃用乳牛の研究でも、年齢が上がっても枝肉価格が単純に下がらなかった例があるといいます。
肉にした時に若い方が有利な要素はありますが、でもそのために乳牛を早く更新するのが得とは限らないということですね。
若いうちに廃用すれば肉は高く売れるかもしれませんが、その牛を抜けば代わりに2年育てた初妊牛を1頭入れなければなりません。その育成費が枝肉の価格差よりはるかに大きければ、経営としては損になります。
乳牛の場合、枝肉の価値は最後の出口として大切だけれども、更新時期を決める主役ではない、そう考えるのがいいかなと思います。
まず見るのは、これからどのくらい乳が出せるか、妊娠できるか、病気や足は大丈夫か、次の後継牛はいるか。その上で廃用時の枝肉価格も見る、という順番だといいます。
「長く乳量が出れば長寿でもいい?」への答え
最初の「長く乳量が出れば長寿でもいいか」という質問には、川上さんはシンプルに「はい」と答えます。健康で繁殖もでき、乳量も出ているなら、長くいてもらった方がいいというのです。
2年育てて、初産でやっとお乳を出して、一番能力が出てくる3産前後になったところで、健康なのに年齢だけで入れ替える理由はあまりありません。
長命連産できれば育成費を何年にも分散でき、牛自身の能力も使え、必要な育成牛の頭数も減らせます。これは国が長命連産性を重視している理由とも一致するといいます。
一方で、若い牛は改良された遺伝能力を持ち込みやすく、高産次で増える病気も少なくなりやすい。ただ更新を増やせば育成牛を多く作らねばならず、乳代を生まない約2年間のコストがかかります。だからこそ、どちらか一方が正解ではないというのが今日の答えです。
本当は残したかったのに乳房炎や足の悪化、不妊で仕方なく廃用する。そういう不本意な更新を減らし、その上で若い優秀な牛をどこから入れてどの牛を残すかを選ぶ。この牛群の世代交代がスムーズに回ることが大事だといいます。
一頭ではなく「チーム」で見る牛群の考え方
更新率という一つの数字を見るだけでも、牛の健康、乳量、繁殖、遺伝改良、育成費、そして最後の枝肉の価値まですべてつながっていると川上さんはまとめます。
川上牧場は大体30%ほどで安定して回しているそうです。北海道の初産牛が安い時期に牛舎のスペースがあったり、病気の牛やこの子を交配したいという牛が出てきたときに更新するなど、いろいろな数字と状況を見ながら変えていくといいます。
川上さんは野球やサッカーにたとえます。若い選手ばかりだと安定感がなく、ベテランばかりだと次の世代が心配になる。牛群も同じで、一頭一頭も大事だけれど、チームで見ていくという牛群の考え方が大事だといいます。
若い牛ばっかりで、これから2年後にすごい生産性を伸ばしていこうという時に、牛乳が余って値が下がると回収できないんですよね。
リスナーからは「とても戦略的に観察しながら経営しなくてはいけない」というコメントも届きました。川上さんは、これも経営手腕になるとうなずいていました。
まとめ
乳牛は長生きさせるべきか、若い牛に入れ替えるべきか。答えはどちらか一方ではなく、健康で生産できる牛を無理なく長く飼いながら、必要な分だけ計画的に更新していくバランスにあります。更新率という一つの数字の裏に、乳量も繁殖も育成費も枝肉の価値もつながっているという話でした。
- 酪農家が目指すのは、健康で妊娠し乳を出す牛を無理なく長く飼うこと
- 更新率は数字の高さより、なぜ牛がいなくなったかという中身を見る
- 乳量は初産より2産、2産より3産と、成熟につれて高まりやすい
- 育成牛は乳を売るまで約2年間コストが先行する「先行投資」の存在
- 一番大切なのは、残したい牛を不本意な廃用で失わない更新にすること

