質問は「生の牧草と干し草で牛乳は変わる?」
今回の配信は、リスナーからの質問に答えるお便りコーナーが中心です。牛は草を食べる動物ですが、その草には刈ったままの生草と、水分を飛ばした干し草があります。
質問をくれたのは、配信アプリ「ポポポ」のリスナー、カンシンさん。放牧の牧草は当然生ですが、干した牧草との違いを知りたいという内容でした。
放牧にての牧草は当然生ですが、干した牧草と生の牧草では牛さんに与える影響に違いがありますか?特にミルクに違いが出るものでしょうか?
川上さんはまず、生草と干し草では牛にも牛乳にも違いが出る、とはっきり答えます。ただし、そこには大事な前提がありました。
大事なのはバランスや牛の体調を見ながら組み合わせること。むしろ草の種類や刈った時期、保存状態、食べる量、配合飼料との組み合わせのほうが、生か乾燥かより大きな影響を与える場合もあると話します。
干し草はもともと生の牧草だった
川上さんは、干し草も"いい季節の草を未来の牛に届けるための保存技術"という視点から説明していきます。畑に生えている牧草を刈って、そのまま食べれば生草、水分を飛ばして保存できるようにしたものが干し草です。
つまり生草と干し草は、全く別の食べ物ではありません。同じ植物を、保存できる形に変えたものが干し草だということですね。
皆さんでわかりやすいといえば、まあレーズンとブドウの違いですかね。全く一緒ってわけではないですよ、雰囲気そんな感じよって思ってもらったらいいかなと。
草を干すと、まず水分が減ります。生草は水分が多くて長期保存ができず、重たいという特徴があります。
だから、牛が食べた重さだけを見て「生草を30キロ食べた、干し草を15キロ食べた」と比べても意味がないと川上さんは言います。酪農では基本的に乾物量 ── 水分を除いた餌の中身の量。牛乳の材料になるエネルギーやタンパク質、繊維などはこの部分に含まれる、つまり水を除いた中身をどれだけ食べたかで考えるからです。
乾燥させると栄養はそのまま残るの?
では、乾燥させれば栄養は全部そのまま残るのでしょうか。ここは全部そのままではなく、乾燥や保存の過程で変化しやすいものがあると川上さんは説明します。
わかりやすいのが脂肪酸です。同じ牧草地の草を生草、乾燥、サイレージの3つで比べた研究では、乾燥させることで総脂肪酸が減り、特にリノール酸とアルファ-リノレン酸が減少したそうです。
アルファ-リノレン酸はいわゆるn3系脂肪酸の一つ。つまり生きている草に含まれていた脂質の一部は、刈って乾燥・保存する間に失われるということです。これは干し草に栄養がないという話ではなく、変化しやすい成分があるということですね。
もう一つ面白いのがカロテノイドやビタミンEです。青々とした草にはベータカロテンなどが含まれていて、保存方法によってその量も変わります。
研究では、保存飼料に切り替えると牛乳中のベータカロテンやビタミンEが変化することが確認されているそうです。放牧の牛乳や夏の牛乳が少し黄色っぽく見えるのは、草由来の色素が牛乳に反映されている一つの例なんですね。
生草を食べると牛乳の脂肪も変わる
続いて川上さんは、生草を食べると牛乳の脂肪が変わるのか、という話に進みます。ここはかなり変わるそうです。
牧草主体の放牧や生草の給与では、保存飼料が主体の餌に比べて、牛乳中のアルファ-リノレン酸などのn3系脂肪酸やCLAが高くなる傾向が、多くの研究で報告されているとのことです。
同じ牧草を使った比較でも、生草に比べて乾燥させると飼料中の不飽和脂肪酸が減り、その違いが乳脂肪にも表れています。
だから、生草を食べている牛と乾燥牧草中心の牛では、牛乳の中身が完全に同じかと聞かれたら、完全には同じではない、という答えになります。特に脂肪酸の構成に餌の影響が現れやすいということですね。
生草のほうが乳量は増えるの?
では、生草のほうが乳量も増えるのでしょうか。ここは川上さんも「難しい」と言い、必ずしもそうではないと話します。
代表的な牧草チモシーを放牧と乾燥・サイレージで比べた研究では、放牧の牛で乳量が高く、乾燥区では低かったという結果があります。一方で、乳脂肪率は乾燥やサイレージのほうが高かったそうです。
別の研究では生草のほうが乾物摂取量や乳量が高かったという結果が出ていますが、さらに別の条件では生草とサイレージで乳量に差が出なかったという研究もあります。
つまり研究を並べていくと、生草にすれば必ず乳量が増えるとは全く言えないということですね。
生か乾燥かより大事なもの
実は、生か乾燥かより大事なものがある、と川上さんは切り込みます。それは草の刈り取り時期や成長段階です。
牧草は、若いうちに刈った草と、穂が出てかなり育った草では栄養価が全然違います。若い草は消化しやすく、成長して繊維化すると消化性は下がります。
2022年の研究でも、成熟した生草より若い生草を与えたほうが、乾物摂取量と乳量が高くなったそうです。
極端な話、質の悪い生草と質のいい牧草乾燥があったなら、いい牧草のほうが牛にとってはいいということですね。
だから酪農家は「生だからいい」ではなく、その草の繊維やタンパク質、糖や消化性、刈り取り時期、保存状態を見て、いい餌かどうかを判断しているということですね。
生草にも弱点があり、干し草には保存の強みがある
ここで川上さんは、生草にも弱点があると付け加えます。「自然イコール最高」と思われやすいところですが、青々とした若い牧草はタンパク質が非常に高かったり、逆に構造性の繊維が不足したりすることがあります。
特にマメ科牧草などは、条件によっては鼓張症 ── 牛の胃にガスがたまって膨らむ状態。マメ科の若い牧草などを大量に食べたときに起こりやすく、注意が必要とされるのリスクにも注意が必要です。
さらに生草は季節によって中身が変わります。春の草と夏の草、朝の草と午後の草でも糖や水分が違い、同じ放牧地でも午後の牧草のほうが水溶性炭水化物が高かったという研究もあるそうです。
一方、乾燥の強みは保存できることです。草は一年中同じように生えず、冬に生えない地域や、雨が続いて放牧できない時期もあります。
だから草がいい時期に収穫して保存しておけば、数か月後でも牛に食べさせられます。川上さんはこの乾燥という技術をこう表現します。
新鮮な牧草の脂肪酸や色素を活かせる。放牧なら牛が自分で食べに行く行動もできる
いい時期の牧草を保存でき、季節を超えて安定して与えられる。質のいいものは優れた粗飼料になる
川上牧場のような牧場では、乾燥だけ・生草だけではなく、サイレージや配合飼料、飼料副産物などいろいろな材料を組み合わせています。たくさん牛乳を出す牛は、ものすごい量の栄養を必要とするからです。
放牧牛乳は本当に「上」なの?味は変わる?
放牧牛乳やグラスフェッドと聞くと、なんとなく健康そう、自然そう、と感じる人は多いと思います。川上さんも、そう感じること自体は大丈夫だと言います。
ただ、牧草主体の給与で乳脂肪の脂肪酸組成が変わることは研究で確認されているものの、放牧の牛乳だから栄養価が上で普通の牛乳は下、と単純化するのは違うのではないか、と話します。
タンパク質、乳糖、脂肪、カルシウムといった牛乳の基本的な栄養は、餌が生草になった瞬間に別の飲み物になるわけではありません。変化がわかりやすいのは、脂肪酸やカロテノイド、香りや色といった部分です。
そして質問にあった「味は本当に変わるのか」について。ここは消費者が一番気になるところですが、変わる可能性はあるそうです。
2021年の研究では、生草を食べた牛から作ったチーズは、保存飼料を食べた牛のものと比べて、色や香り、食感に違いが確認され、放牧の牛のチーズでは全体的な風味の強さも高くなったとのことです。
ただし、これは生草牛乳なら誰でも飲んだ瞬間にわかるという意味ではありません。殺菌方法や均質化、季節や品種、乳脂肪率、その後の加工も味に影響してきます。
結局どっちがいい?答えは「用途が違う」
最後に「生草と干し草、結局どっちがいいの?」という結論です。川上さんの答えは、用途が違うので、どっちがいいと決める話ではないというものでした。
生草には新鮮な牧草の脂肪酸や色素を活かせるメリットがあり、放牧なら牛が自分で食べに行けます。人間がわざわざ刈り取って牛舎に運ばなくてもいいわけですね。
一方、乾燥にはいい時期の牧草を保存して、季節を超えて安定して食べさせられるという大きな価値があります。質のいい乾燥牧草は、乳牛にとって優れた粗飼料になります。
現場では生草か干草かではなく、この牛に今どんな栄養を組み合わせるかで考えていきますということですね。
川上さんは、今日いちばん覚えてほしいこととして、干し草は生草から栄養を抜いた餌ではない、と改めて強調します。むしろ、いい季節の草を未来の牛に届けるための保存技術だと考えると、牧草を見る目が少し変わるかもしれませんね。
そして、牛乳の味や成分は牛だけで作っているわけではありません。牛が何を食べたかという草の履歴まで、牛乳の中には少し残っている。ここが酪農の面白いところだと締めくくります。
川上牧場の実際とリスナーへの問いかけ
最後に、川上牧場自身の餌のことにも触れます。川上牧場では生草はあまり使わず、運動場の草を育成牛が食べるくらいで、ほとんどはサイレージや長期保存の乾燥牧草を与えているそうです。
(乾燥牧草だと)牛乳の安定感が出るんですよね。年間通して同じようなお乳が出るような感じで。
配合飼料の量や草の量を変えて、牛に過不足なく栄養を与えることを考えているとのこと。生草を食べた牛の牛乳を飲むと、川上さんはあっさり、あるいは薄いと感じることもあるそうですが、これは場所やメーカー、加工の違いも影響していると付け加えます。
生草を食べているということは、その地域の、その季節に生えている草を食べているということ。だから味や風味も変わってきて、そういうところを知ると牛乳がもっと楽しくなる、と川上さんは話します。
放牧の生草を食べた牛乳と、良質な干草を中心に食べた牛乳。もし同じ条件で飲み比べられるなら、味の違いを試してみたいですか?
まとめ
生の牧草と干し草では、牛や牛乳に違いはあります。ただ「生が上、干し草が下」という単純な話ではなく、草の種類や刈り取り時期、食べる量、他の餌とのバランス、牛自身の状態まで含めて結果が変わっていく、というのが今回のポイントでした。
- 生草と干し草では牛乳の脂肪酸組成や色、香りが変わるが、上下関係で語れるものではない
- 乾燥すると脂肪酸やカロテノイドなど変化しやすい成分があるが、基本の栄養が別物になるわけではない
- 生か乾燥かより、若い草か成熟した草かなど「草の質」のほうが大きく影響することもある
- 干し草は栄養を抜いた餌ではなく、いい季節の草を未来の牛に届ける保存技術
- 現場では「どっちがいい」ではなく、その牛に今どんな栄養を組み合わせるかで餌を考えている

