なぜ子牛はロボットに変わると警戒するのか
今回のテーマは「子牛」から。研修生が気になっていたのは、手でミルクをあげていた頃はすごく懐いてくるのに、自動搾乳機(ロボット)に変わって人の手が触れなくなると、一瞬で警戒しはじめるという変化です。
自動搾乳機に変えて、ちょっと人間の手が触れなくなると、一瞬で警戒し始めるっていう。なんでなんだろう。
川上さんは、この動きの理由を放牧での牛の暮らし方から説明します。海外の放牧では、お母さんの群れと赤ちゃんの群れが分かれていて、赤ちゃんは茂みのようなところに隠されているそうです。
お乳が欲しい時はお母さんのお乳を飲もうとするんだけど、それ以外はもう野生動物が来るのを警戒するっていう判断になるんで、それの動きだと思います。
つまり、お乳が欲しいときだけ近づき、それ以外は警戒するというのは、牛にとって自然な行動なのです。
さらに川上さんによれば、牛は他のお母さんのお乳でも生きていけるのだそう。事故などで母牛が亡くなっても、群れの中の保育上手なお母さんが赤ちゃんを育てていくといいます。
牛は「慣れる」けど「なつく」わけじゃない?
では、毎日世話をすれば牛は人になつくのでしょうか。研修生の問いに、川上さんの答えは少し微妙なものでした。
慣れるけど、遊んでくれるからとか気持ちいいから好意を寄せてるだけで、人間が好きみたいな感じ。微妙なところですね。
なでたりブラッシングしたりすれば慣れはするものの、「人間が好き」というほどの知能とはちょっと違うという感覚のようです。
川上さんが感じているのは、牛は視覚より嗅覚が鋭いということ。匂いで覚えるタイプだと話します。
目については、白黒で見える色盲で、視力もあまり良くないと言われているそう。一方で視野は270度と広く、後ろのほうまで見えているといいます。
ただし上下の視野は狭く、これが牛舎の「ある構造」への反応につながっていきます。
牛にとって溝が「断崖絶壁」に見える理由
上下の視野が狭いことで、牛は足元の溝を極端に怖がります。研修生も、牛が溝でビクッとする様子を目にしていました。
だってなんかこの溝普通に超えていけそうじゃないですか。
慣れると越えますけど、簡単に。慣れてない牛はもう断崖絶壁のように見えてますから。
人には簡単に越えられそうな溝でも、慣れていない牛には断崖絶壁のように映るのだそう。だからこそ、牛の特性を生かした牛舎構造にした方がいいと川上さんは言います。
ここから話は牛舎の形へと広がっていきます。牛舎には、お尻を合わせる「対尻式」と、頭を合わせる形があり、それぞれに一長一短があるそうです。
搾乳がやりやすいと川上さんは感じている。多くの酪農家を見た実感として作業しやすい
餌やりが真ん中でできるため、噴霧器が大回りせず餌やりが簡単になる
搾乳では、牛乳を空気で送っているわけではなく、パイプの高さにわずかな傾斜をつけて自然に戻す仕組みになっているそうです。角度を強くしすぎると、乳量の多い牛のときにパイプが詰まってうまく絞れなくなることもあるといいます。
牛舎を広げるのは「置き場所」だけの問題じゃない
このパイプラインは川上さんのお父さんの代から使われているもの。研修生は「牛舎を広げたいなら、牛を置く場所を作ればいいのでは」と考えますが、話はそう単純ではありませんでした。
今は頭数を増やす方向に進む一方で、新しい牛舎はなかなか建てられません。そのため、既存の牛舎を改造して頭数を稼ごうとすると、パイプラインが詰まったり、構造的によろしくない状態になったりするそうです。
昔はあの牛1頭買えばもう大学1人行かせるぐらい儲かったんですけど、今はもうどんどん頭数を増やす世界になってきてる。
牛舎を広げるなら、餌を混ぜるミキサーが回るスペースやパイプラインまで考えないといけない。だから数頭分を足すより、思い切って大きな牛舎を建てた方がいいと川上さんは話します。新しく建てれば補助金がつく一方、既存牛舎の改築には予算がつきにくかったからです。
今この牧場では、川上さんの代で子牛のスペースを壊し、子牛を別の牛舎にまとめたそう。施設の都合で子牛を早めに離乳させ、別の場所へ運べるようにするなど、牛舎の構造に合わせて飼い方そのものを決めている側面もあるといいます。
女性1人で200頭。川上さんが建てたい「理想の牛舎」
今の酪農はどんどん機械化が進んでいます。研修生が「他にも最新化したいところは?」と尋ねると、川上さんは新しい牛舎への思いを語りました。
ニュージーランドで女性1人で200頭ぐらい飼える牛舎っていうのがもうあるんですよ、世の中って。ああいう形の牛舎を日本でも作りたいなと思います。
搾乳も糞かきも自動化され、堆肥は堆肥センターへ、餌は給食センターのようなところから供給される。すべてを外部委託すれば、機械のメンテナンス費はかからない代わりに、餌が高くついたり、カスタマイズ費用でお高くなったりするそうです。
日本にも、1日3時間しか牛舎に入らず、あとはバイクで遊んでいるという酪農家がいるのだとか。川上さんは「やれたら面白い」と思いつつ、少し複雑な気持ちものぞかせます。
そうですね。やれたら面白いなとは思うけど。そう、それって楽しいのかなと思うけど。
とはいえ、川上さんが苦手だという搾乳をしなくてよくなるのはありがたいそう。それでも、採算が合わず牛舎はなかなか建てられないのが現実です。
牛舎を建てられない理由は、お金だけではありません。近所に200頭、将来的に1000頭規模の牛舎を建てると言われたら、住んでいる人はやっぱり嫌がるもの。田舎で人のいない場所を選べば、今度は水道管の破裂や道路の陥没が修理してもらえないといった別の問題が出てきます。
電気代18万でも「安い方」。経営を左右する世界情勢
頭数を増やせば水を飲む量も増えます。ところが配管のサイズは変わらないため、大きくするなら費用を出してくれと言われることも。川上牧場は町内の一番端で、水の確保にも工夫がいるそうです。
気になる電気代について聞くと、8月は18万円。それでも「安い方」だと川上さんは言います。
8月の電気代は先月18万してます。電気代だけで。うちめちゃめちゃ安い方です。
搾乳が早く終わり、朝も早いので照明をあまり使わないこと、絞った牛乳を1時間後にはすぐ回収してもらえてバルククーラーを回し続けなくていいことが、電気代を抑える理由だそうです。
そして酪農は、世界情勢に大きく振り回される仕事でもあります。原油高や円安のニュースは、そのまま経営に直結してきます。
餌代が3倍になったんです。食費が3倍になると考えたら生活できないじゃん。
そのため今は、いい餌をたっぷり与えてどんどん絞るスタイルから、手に入る安い餌で品質を落とさない飼い方へと切り替えたそうです。
餌を変えると「揉める」。牛を見れば飼い方がわかる
ただ、餌を変えることには葛藤もあります。お米の餌ではいい牛ができにくく、子牛のお腹がぷっくりして背中が曲がってしまうのが、川上さんはどうしても嫌なのだそうです。
一方で、繊維がしっかりあって消化性のいい牧草を腹いっぱい食べさせると、コンテストに出るような良い体型の牛に育つといいます。ただし、それにはお金がかかります。
採算を度外視してでもいい牛を作りたいという考えもあり、そこに正解はないと川上さんは話します。コンテストで上位を取る家は、祖父や曾祖父の代から積み上げてきたものがあり、守るべきものがあるのです。
川上牧場でも、餌を変えたときには関係者からめちゃめちゃ言われ、揉めたそう。経営の考え方は経営者によって違い、どれが正解ということはないといいます。
だからこそ、SNSに上がる牛の写真を見て、思うところが出てくることもあるそうです。話題になったのは、股が裂けてしまった肉用牛に薬を塗っている投稿でした。
本人は獣医のアドバイスで牛を助けようとしているものの、患部と塗る場所がずれていたり、牛は毛皮も皮膚も脂肪も厚いため塗り薬や湿布が効きにくかったりする。助けたい気持ちはあっても、うまくかみ合っていない様子が気になったといいます。
本人はその牛を助けたいっていう気持ちでやってんだけど、なんでそっちに向かないんだろうなって思ったりする。
いろんな考え方があるからこそ、SNSは精神衛生上あまり見ない方がいい。そう笑いながらも、「もっとこうしてあげたらいいのに」と思う牛がたくさんいると、川上さんは静かに話していました。
まとめ
子牛の警戒心から牛舎の構造、電気代や世界情勢、そして餌をめぐる葛藤まで。研修生の素朴な疑問をきっかけに、酪農という仕事のリアルが幅広く語られた回でした。
- 牛は視覚より嗅覚が鋭く、溝は「断崖絶壁」に見えるなど、その習性に合わせた牛舎づくりが大切
- 牛舎を広げるにはパイプや餌のスペース、近隣や水道など、置き場所以外の課題が多い
- 円安や原油高で餌代が3倍になるなど、酪農経営は世界情勢に大きく左右される
- 餌の選び方に正解はなく、経営者ごとの考え方が牛の姿にそのまま表れる

