雨の水曜日、牧場は何をしている?
川上牧場の川上さんは、10月21日水曜日の配信を天気の話から始めます。この日は最高気温22度で雨のち晴れの予報で、まとまった雨のために堆肥の配達に支障が出そうだと話しています。
雨で堆肥まきに行けない日の川上牧場の予定は、堆肥の切り返し、たまった書類仕事、そして先日生まれた子牛への耳標 ── 牛の耳に付ける個体識別番号の札。日本では牛の個体識別のため、生まれた子牛に付けることが義務づけられています付けやワクチン接種などの牛舎内の雑務です。
アメリカの物価高と国内の牛乳余り、何が心配?
川上さんは、アメリカの大きな共進会 ── 家畜の体型や能力を審査し、優劣を競う品評会のことに行った種の営業マンから、現地の状況を聞いたそうです。物価高がひどく、農家もピリピリしているという話でした。
アメリカの経済が弾けたら日本どうなるかわかんないですよね。
川上さんが気にしているのは、輸入牧草など海外から入れている資材の行方です。さらに国内でも牛乳が余っていて、北海道の一部ではホクレン ── 北海道の農業協同組合の連合会。生乳の集荷や販売も担っていますから年末の生産抑制を知らせる便りが届いている様子をSNSで見かけ、「やばい」と感じていると話しています。
一方で、川上牧場の牛たちは絶好調です。先日の牛群検定 ── 牛1頭ごとの乳量や乳成分などを定期的に測定・記録する仕組みでは乳量が驚くほど出ていて、分娩間隔も400日を切ってきたそうです。だからこそ、牛乳が飲まれない現実が重く感じられるのかもしれません。
ウサギは葉っぱ好き、では牛は?
お便りコーナーで紹介されたのは、TikTokから届いた質問です。
牛さんにも牧草の好みってありますか?うちにいたウサギは干し草の茎より葉っぱの部分が好きでした。
川上さんは、ハムスターやモルモット、ウサギなどにチモシーを与えている飼い主ならではの、いい観察だと喜びます。そのうえで、結論ははっきりしています。
結論から答えると、牛にもかなり好みがあります。
放牧している牛は、草刈り機のように全部を同じ高さで食べているわけではありません。こっちを食べて、これは残して次の場所へ行くというように、かなり選んで食べていると川上さんは説明します。
専門的には、この選び食いを選択採食 ── 動物が周囲にある餌の中から、特定の植物や部位を選んで食べる行動のことと呼びます。放牧地には葉や茎、新しい部分や古く硬い部分が混ざっていて、牛はそこから食べやすいものを選んでいます。
昔から、放牧牛が実際に口にした草は、草地全体を機械で刈り取ったものより栄養価や消化性が高いことが確認されているそうです。つまり牛は、草地の平均より質の良い部分を選んで食べていることになります。
牛はなぜ葉を選ぶ?「葉っぱ鑑定士」ではない理由
牛が葉を選ぶ理由について、川上さんは、一般に牧草は茎より葉のほうが消化しやすく栄養価が高い傾向があると説明します。草が育って茎が硬くなると、体を支える繊維が増え、食べにくく消化にも時間がかかるようになります。
牛の放牧行動の研究でも、葉と茎が混ざった草地では牛は葉を選び、特に硬くて切れにくい茎を避けることが確認されているそうです。ウサギが茎を残して葉ばかり食べていたのと、かなり似た現象が牛にも起きているわけです。
ただし、牛が「この葉っぱは粗タンパク18パーセントだから食べよう」と栄養価を計算しているわけではありません。牛が感じているのは、柔らかさや噛みやすさ、口に入れやすさ、水分、それまでの経験といった、もっと直感的なものだと川上さんは話します。
研究では、牛の選択は葉か茎かだけでなく、茎の硬さや草の構造でも変わると報告されています。柔らかい若い茎なら普通に食べることもあり、葉でも条件によっては選ばれないので、「牛は葉っぱしか食べない」わけではありません。
同じチモシーでも、若い草と古い草は別物?
同じイネ科の牧草、たとえば代表的なチモシー ── イネ科の多年生牧草。日本ではオオアワガエリとも呼ばれ、牛の餌やウサギなどのペットの干し草として広く使われていますでも、伸び始めたばかりの草と、穂が出て大きく育った草では、牛からするとほとんど別の餌だと川上さんは言います。
草は成長するほど、一般に葉に対する茎の割合と繊維が増えます。昔の放牧研究でも、草が成熟すると乾物の消化率や粗タンパクの濃度が下がり、粗繊維が増えることが確認されているそうです。
伸び始めの若い草。葉の割合が多く、柔らかく消化しやすい
穂が出た成熟した草。茎と繊維が増え、消化率と粗タンパクが下がる
だからこそ牧草は、品種だけでなく、いつ食べてもらうかが大切になります。一面の緑を見ると「餌がいっぱい」と思いがちですが、酪農家は草丈、葉と茎の割合、成熟度、牛が食べられる高さか、食べ残しの量まで見ています。
日本の放牧研究でも、牛が選んで食べる部分を想定して、葉の割合が高い上部を採取して栄養価を評価しているそうです。研究する側も、草地にあるものと牛が実際に食べるものは同じではない、という前提で見ているということですね。
草が多ければたくさん食べられるとは限らない?
草がものすごく伸びて量が増えると、人間から見ると餌が増えたように見えます。けれど、それが硬い茎ばかりになっていれば、牛にとって食べやすいとは限らないと川上さんは話します。
硬い茎が増える
草が伸びすぎて、茎ばかりになる
茎を避けて葉を探す
牛が選ぶのに時間を使う
一口の量が減る
栄養を取るスピードが落ちる
採食量が落ちる
量はあるのに食べられない
このように、草の量が多いことと、牛がたくさん食べられることはイコールではありません。
牛が食べない草、スイバの研究が示すこと
牛には草の種類そのものへの好みもあります。川上さんが紹介したのは、放牧地に生えるスイバ ── タデ科の多年草。酸味のある葉を持ち、道端や草地によく生えていますを牛とヤギがどれくらい食べるかを調べた日本の研究です。
この研究では、牛はスイバをほとんど食べず、ヤギはかなり積極的に食べたそうです。食べられたスイバの割合は、ヤギの区画で95パーセント、牛の区画で8パーセントという結果だったといいます。
同じ反芻動物、草食動物でも、牛とヤギでは美味しいの基準が違うということですね。
そのため、牛を放牧地に放せば全部きれいになるわけではありません。好きな草だけ食べて嫌いな草が残ると、牛が食べない草ばかりが増えていくことがあります。
川上さんによれば、農研機構 ── 農業・食品産業技術総合研究機構。農業や食品に関する研究を行う国の研究機関ですも、牛が好まない植物の増加を放牧地の課題に挙げているそうです。だから放牧でも牛に任せきりにせず、草刈りや草種の調整、必要なら追い播きで好きな植物を増やす管理が要ります。
混ぜご飯のTMRでも牛は選び食いする?
放牧をしていない川上牧場のような牛舎でも、牛の好き嫌いは出ます。その対策の一つが、TMR ── 完全混合飼料。粗飼料、穀物、タンパク源、ミネラルなどを均一に混ぜた牛の餌のことという牛の混ぜご飯です。
TMRは、トウモロコシなどの穀物や粗飼料をできるだけ均一に混ぜ、一口ごとに同じような栄養が入るようにした餌です。わざわざ混ぜる理由の一つは、牛に好きなものだけを選んで食べさせないためだと川上さんは説明します。
ところが、混ぜご飯にしても牛は選ぶそうです。ペンステートエクステンション ── アメリカのペンシルベニア州立大学が行う、農業者向けの情報提供や普及活動の組織の資料では、乳牛はTMRの中で長い粒子を避け、細かい配合飼料や穀物の多い部分を先に食べやすいと説明されているといいます。これをソーティングと呼びます。
細かい穀物ばかり食べるとエネルギーはたくさん入りますが、ルーメン ── 牛の4つある胃のうち最初の大きな胃。微生物が草を発酵・分解していますを安定させる物理的に有効な繊維が足りなくなります。草を噛んで反芻すると唾液が出て、その唾液がルーメンのpHを安定させるからです。
長い草を残す
細かい穀物の多い部分を先に食べる
繊維が不足する
反芻が減り、唾液も減る
餌が偏る
発酵性の炭水化物が多い食事になる
ルーメンが不安定に
pHが乱れ、体調の問題につながる可能性
飼料設計は完璧なのに、なぜ牛が崩れる?
川上さんが「酪農家として結構怖い話」と語るのが、飼料設計と実際の食べ方のずれです。獣医さんや飼料会社の方とNDFやデンプン、タンパク質まで計算して完璧な餌を作っても、翌朝の餌場に長い草だけが山盛りに残っていることがあります。
紙の上では完璧でも、牛のお腹に入った餌は完璧ではありません。これが選び食いの怖さです。
だからこそ、何を給餌したかではなく、何を残したかまで見ることが大事だと川上さんは強調します。
逆に言えば、選び食いは牛からの情報でもあります。急に食べなくなった、特定の部分だけ残す、食べるスピードが落ちたといった変化があれば、餌そのものや水分、切断長、発酵状態、牛の体調を疑っていきます。
たとえば5月ごろに暑くなってくると、牛の餌の残し具合から「そろそろ暑熱ストレスが来たかな」とわかることもあるそうです。牛の好き嫌いは単なるわがままではなく、牛が餌をどう感じているかを教えてくれるデータなんですね。
草は細かく刻めばいい?長さのちょうどいいところ
茎が嫌いなら全部細かく刻めばいいかというと、そうではありません。細かくしすぎると反芻の時間が減り、唾液が減って、ルーメンのpHが下がりやすくなると川上さんは説明します。
反芻が減り、唾液が減ってルーメンのpHが下がりやすい
牛が選別しやすくなり、選び食いが起きやすい
長すぎても短すぎてもダメなので、ちょうどいいところを狙い、牛が食べ終わった後の餌もきちんと観察することが大事だといいます。
牛の「美味しい」と人間の「いい餌」はどう違う?
川上さんが一番伝えたいところとして挙げるのが、牛にとっての美味しさと、牛の体に良い餌は少し違うという点です。人間もポテトチップスやケーキ、ラーメンなど好きなものだけ食べていたら、栄養バランスが崩れてしまいますよね。
牛が一番好きな部分だけを自由に選ばせる。それが必ず牛にとって最良の栄養になるとは限らないということです。
酪農家は、牛が食べたいものと牛の体に必要なものの間を調整していきます。飼料設計とは、まさにその調整の仕事だということですね。
この考え方を整理すると、放牧とTMRの違いも見えてきます。川上さんは放牧を、草地という大きなバイキングに牛を入れるようなものだと例えています。
牛が移動しながら好きな草や食べやすい部分を選ぶ。牛側に選択権が多い
人間が先に栄養バランスを決めて均一に混ぜる。選択を制限して栄養を安定させる
川上さんは、どちらが正しいという話ではなく、それぞれ考え方が違うのだと話しています。
牛の一番好きな草は?好き嫌いが草原の景色を作る
もし牛に一番好きな牧草を聞けたらどう答えるか。川上さんは、地域や草の種類、季節、成熟度、牛の体調、草地の状態で全部変わるので、一つには決められないといいます。チモシーはいい餌だけれど「絶対チモシーが一番」とは断定できないそうです。
研究全体から安全に言えるのは、若くて柔らかく食べやすい、栄養価の高い部分を牛が一般的に選ぶ傾向がある、ということです。
さらに面白いのは、牛の好き嫌いが草原の景色まで変えることです。好きな場所を何度も食べ、嫌いな植物を残し、踏む場所や糞をする場所もあるので、草地は均一にならず、まだらなパッチ状になっていくことがあります。
質問への答えと、餌場で見てほしい目線
ななきさんの質問への答えとして、川上さんは改めて「牛にも好みがある」とまとめます。一般には硬い茎より若く柔らかい葉を選びやすいものの、草の種類や成熟度、硬さ、量、食べやすさで変わり、牛舎のTMRでも長い草を残すことがあります。
この質問を通して川上さんが感じたのは、牛は餌をただ受け取る動物ではないということです。選んで口に入れ、嫌なら残し、その結果が乳量や乳成分、ルーメンの状態、体調にまでつながっていきます。
川上さんは、牧場で牛が餌を食べる様子を見る機会があったら、ただモグモグしているのではなく「今この牛は何を選んで食べたかな」という目線でも見てみてほしいと呼びかけています。
放牧では、牛が選び食いして残した草地にニワトリや羊、ヤギを組み合わせて管理する方法もあるそうです。ただし別の動物を飼うのは大変で、北海道などで見るきれいな放牧地は、とても努力して管理されている場所なんだと川上さんは話します。
まとめ
牛にもウサギと同じように牧草の好みがあり、硬い茎より若く柔らかい葉を選ぶ傾向があります。ただ酪農家は、その好みを理解したうえで、好きなものだけを食べさせない工夫と、残った餌から牛の状態を読み取る観察を続けているんですね。
- 牛は草地の平均より質の良い部分を選んで食べる「選択採食」をしている
- 同じ牧草でも成熟すると茎と繊維が増え、牛にとっては別の餌になる
- 混ぜご飯のTMRでも牛は長い草を残して選び食いし、ルーメンの不調につながりうる
- 飼料設計が完璧でも、何を残したかまで見ないと牛の実際の食事はわからない
- 牛の好き嫌いは草地の形を変え、体調を知らせるデータにもなる

