中学生の職場体験とミルクフェア、牧場の木曜日
この回の配信日は10月8日の木曜日です。川上牧場の川上さんは、最高気温25度で一日晴れの天気を「清々しい」と喜びつつ、「仕事したくないな」と本音もこぼしています。
川上さんのこの日の仕事は盛りだくさんです。地元中学生の職場体験が水曜から金曜まであり、中学生と一緒に堆肥の配達やもみ殻の回収、生まれたばかりの子牛の世話をする予定だと話しています。午後には、酪農業界について企業から届いたオファーに対応するミーティングもあるそうです。
(子牛の世話は)これ中学生と一緒にやろうかなと思ってますね。
川上さんは、この回のテーマが「牛の餌の配合飼料の比率はどう変えているのか」というリスナーからの質問だと予告します。牛の餌についての質問が続いているそうで、10〜15分ほどの配信で答えるといいます。
あわせて、10月10日に島根県の中央家畜市場で開かれる「島根酪農ミルクフェア2026」の告知もありました。川上牧場はロブロックス ── ユーザーが自分でゲームの世界を作って公開し、ほかの人と一緒に遊べるオンラインゲームのプラットフォームです。子どもを中心に世界中で利用されていますというゲームで牧場を作り、子どもたちに遊んでもらう「デジタル酪農体験」を出展するそうです。会場ではバター作り体験や模擬搾乳体験もあると紹介しています。
ほかにも、配信を文字起こしして再構成したnote記事とメンバーシップ、Instagramのハッシュタグ「#ミライの牛乳」のデジタルアート、週1回まとめが届く公式LINEの案内がありました。デジタルアートの売上は、子ども食堂への牛乳支援や小中高の食育活動の費用に充てるといいます。
乾杯のあと、川上さんは前日の牛群検定の結果がとても良かったと話しています。1日50キロほど乳を出している牛も多く、「本当に美味しくなってきてます」と牛乳の出来に手応えを見せています。
「牛ごとに配合を変える?」への結論は
お便りコーナーで取り上げたのは、配信アプリ「Spoon」から届いた質問です。差出人のスプーンネームは、読み上げでは「ケンキチforパセリッティ」さんと聞き取れます。
飼料の配合の比率を牛ごとに変えますか?また、変えることによって何が変わりますか?
川上さんは、牛乳を飲んで思ったことだけでなく、牛そのものについて踏み込んだ質問が増えていることを「めちゃめちゃいい流れ」と喜んでいます。
川上さんの結論は、牛1頭1頭で必要な栄養は違うが、1頭ずつ毎日違う餌を作っているわけではないというものです。多くの牧場では、栄養要求が似た牛をグループに分けてベースの餌を作り、必要に応じて配合飼料などで調整しているといいます。
先に結論から言いますとですね、本当はですね、牛1頭1頭必要な栄養量、これ違うんですけども、でも現実の牧場ではですね、1頭ずつ毎日全く違う餌を作ってるわけではありません。
さらに川上さんは、餌の比率を変えると乳量だけでなく、ルーメン ── 牛の4つある胃のうち最初で最大の胃。中に住む微生物が草などを発酵・分解し、牛はその発酵産物をエネルギーとして利用しますのpH、酢酸やプロピオン酸などの発酵、乾物摂取量、乳脂肪や乳タンパク、牛の太り方、繁殖や健康にまで影響すると説明します。この回は、配合を変えたとき牛の中で何が変わっているのかを順に追っていく構成です。
80頭に80種類の餌は作れない?グループ分けという現実解
牛によって必要な餌が違う例として、川上さんは2頭の牛を比べます。分娩から1か月ほどで毎日40キロ以上の乳を出している牛と、妊娠していてもうすぐ分娩を控え、乳を休ませる乾乳 ── 次の分娩に備えて搾乳を止め、乳房や体を休ませる期間のこと。一般に分娩前のおよそ2か月がこの期間にあたりますに入る牛です。
全く同じ量の同じ濃さの餌を食べてもらうのが本当にいいのかというと、ちょっと違うんですよね。これ当然必要な栄養は違うんですよ。
牛の餌の要求量を分ける条件は、ほかにもたくさんあると川上さんは挙げます。初産なのか3産・4産のベテランなのか、痩せているか太っているか、乳量が多いか少ないか、病気から回復したところか、暑さで食い込みが落ちているかなどです。だからこそ、飼料設計は「牛は1頭1頭違う」が出発点になるといいます。
一方で、川上牧場のように80頭いる牧場で80種類の餌を作るのは現実的ではありません。牛1頭が食べる餌は乾物で1日20キロ台、サイレージ ── 刈り取った牧草やトウモロコシを密封して乳酸発酵させた保存飼料。水分を含むため、乾物で見るより重量が大きくなりますなどを含めると50〜60キロにもなるからです。
そこで多くの牧場では、分娩直後の牛、乳量が多い牛・中くらいの牛・少ない牛、乾乳牛などにグループを分けます。乳量やボディコンディション ── 牛の太り具合・痩せ具合を、見た目や触った感触で点数化したもの。栄養状態や健康を判断する目安になりますを見ながら似た牛をまとめ、1頭ごとの違いをまずグループで近づけていくという考え方です。川上さんはこれを、学校のクラス分けで進学コースと普通コースを分けるのに近いとたとえています。
川上牧場の場合は、1頭ずつ完全に別の餌を作るのではなく、PMR ── 部分混合飼料。粗飼料と濃厚飼料を混ぜた餌(TMR)より濃厚飼料の割合を下げ、不足分を別に与える方式ですをベースにしています。そのうえで自動餌やり機を使い、乳量や牛のコンディションに応じて配合飼料を個別に与えているそうです。
川上牧場のやり方を、川上さんは定食にたとえています。下の図は、そのイメージを比べたものです。
80頭それぞれに別の餌を作る。理想に近いが、量も手間も大きく現実的ではない
共通のPMRを土台に、乳量や食い込み、太り方を見て配合飼料の量を牛ごとに変える
ベースの定食は共通にして、ご飯やおかずの量を牛によって調整するという、そういって思っていただくと、わかりやすいかなと思います。
配合飼料を増やせば乳量は上がる?草とのバランスの難しさ
配合の比率を変えると何が起きるのか。川上さんは「ここからが面白いところ」と前置きし、草(粗飼料)を減らして配合飼料や穀物を増やした場合の例を挙げます。
粗飼料を減らして配合飼料を増やすと、まず餌のエネルギー濃度が上がり、デンプンなど発酵の速い炭水化物が増えます。するとルーメンで作られる発酵産物も変わり、一般的には酢酸に対してプロピオン酸の割合が増える方向へ動くといいます。
川上さんによると、プロピオン酸は吸収されたあと肝臓でグルコースを作る重要な原料になり、そのグルコースは牛乳の乳糖づくりにも使われます。そのため、乳量が多くエネルギーをたくさん必要とする牛には、デンプンなどのエネルギー源がしっかり入った餌を与えたいそうです。
配合飼料・穀物を増やす
餌のエネルギー濃度が上がり、発酵の速いデンプンが増える
発酵産物が変わる
酢酸に対してプロピオン酸の割合が増える
肝臓でグルコースに
プロピオン酸がグルコースの原料になり、乳糖づくりにも使われる
行きすぎると
酸が早く作られ、草が減って反芻と唾液も減り、ルーメンpHが下がりやすくなる
ただし、配合飼料をどんどん増やせば乳量が増えて良い、とはならないと川上さんは言います。牛は胃が4つあり、人間のようにそのままグルコースを吸収するのではなく、お腹の中の微生物をうまく活用しなければならないからです。
牛の場合はですね、胃袋が4つあって、人間とは違う、そのままグルコースが入って、そのまま胃袋で吸収されてってことじゃなくて、お腹の中の微生物をね、うまいこと活用しないといけないんですよね。
デンプンの発酵が速すぎるとルーメンで酸が早く作られ、pHが下がりやすくなります。さらに草を減らしすぎると、牛の反芻 ── 一度飲み込んだ餌を口に戻してかみ直す牛の食べ方。かむことで唾液が多く出て、ルーメンの酸を中和しますの時間が短くなり、酸を和らげる唾液も減ってしまいます。
そのため、濃厚飼料を個別に与える場合も、急に増やすとルーメンpHの急低下やアシドーシス ── ルーメン内が酸性に傾きすぎる状態。食欲低下や下痢、蹄の病気などにつながることがあります、乳脂肪の低下につながるため、段階的に増やしていると川上さんは説明します。
乳量を上げたいのは誰でも同じですが、エネルギーを増やして乳量が増えたと思ったら、乳脂肪が急に下がることもあるそうです。物理的に有効な繊維が足りなかったり、発酵が速すぎたりするとルーメン環境や酢酸とプロピオン酸の比率、脂肪酸の代謝が変わるためです。
乳量が増えたからこの餌は成功っていうことではないんですよね。
逆に、草を増やせば全部良くなるわけでもありません。消化されにくい粗飼料を入れすぎるとルーメンがいっぱいになり、次の餌を食べられず乾物摂取量が落ちる可能性があります。乳をたくさん出す牛が必要なエネルギーを食べきれないと、自分の体脂肪を使って乳を出すことになるといいます。
飼料設計はですね、エネルギーを高くすれば勝ちというものでもなく、草をたくさん入れれば勝ちというものでもなく、高いエネルギー密度を確保しながらルーメンが安定する繊維も確保するという、この両方が必要なんですね。
川上さんは、TMRの指針でも泌乳初期・中期・後期で推奨される濃厚飼料の割合や繊維の水準が違うことに触れ、必要なバランスは牛のステージによって変わると話しています。
タンパク質を増やせば乳タンパクも増える?MUNと「置き換え」の話
配合で変えるのは粗飼料と配合飼料の割合だけではなく、タンパク質もあります。ただ、川上さんによると、タンパク質も増やせば単純に乳タンパクが増えるというわけではありません。
牛のタンパク質の使われ方は二通りあるそうです。一部はルーメンで分解されて微生物に使われ、増えた微生物自体が牛の重要なタンパク源になります。一方で、ルーメンで分解されずに小腸まで届くタンパク質もあり、最終的にはリジンやメチオニンなどのアミノ酸のバランスまで関係してきます。
餌の状態は牛乳からもヒントが取れます。そのひとつがMUN ── 乳中尿素窒素。牛乳に含まれる尿素の量を示す指標で、餌のタンパク質とエネルギーのバランスを見る目安として使われますで、タンパク質とエネルギーの利用バランスを見る参考になると川上さんは説明します。
タンパク質を入れすぎたり、微生物が使えるエネルギーとタイミングが合っていなかったりすると、窒素が乳や体に使われず尿素の方へ回ることがあるそうです。ただしMUNもそれ1つだけで多い少ないを決める数字ではなく、乳量や乾物摂取量、餌、泌乳ステージを全部あわせて見るといいます。
川上さんが「飼料設計のすごい面白いところ」として挙げるのが、牛ごとの反応の違いです。A牛に配合飼料を1キロ増やしたら乳量が増えたのに、B牛に同じく1キロ増やしても乳量は増えず、むしろPMRを食べる量が減ることがあるといいます。
牛もご飯を増やしたから全部上乗せして食べますとは限らないんですよね。
川上さんは、ロボット搾乳の研究でも濃厚飼料を多く食べるとベースのPMRの摂取量が減る「置き換え」が確認されていると紹介しています。だからこそ個体ごとの反応を見ることが大事で、それが「牛ごとに配合を変えるのか」という質問への本当の答えになるといいます。
現場では、まずグループ分けをしたうえで、乳量、乾物摂取量、ボディコンディション、乳成分、健康状態を見ながら個別に調整します。いまは自動搾乳機などで乳量や搾乳日数などの個体情報に応じ、搾乳時に濃厚飼料の量を1頭ごとに変えることもでき、酪農は群れの管理から「個体精密給餌」に近づいてきているそうです。
それでも、1頭ごとに細かく変えれば必ず利益が上がるわけではないと川上さんは付け加えます。餌の種類やグループ分けを増やし、設備を増やせば人手も管理コストも上がります。小さい牧場では、設備や牛舎の構造から細かく分けない方が現実的な場合もあるといいます。
栄養学的な100点とですね、経営としての100点が必ずしも同じでないという、これも酪農の面白さだというところですね。
配合表は仮説、答えを出すのは目の前の牛
餌の比率を変えたとき、酪農家は何を見ているのか。川上さんがいちばん大事だと言うのは、まず牛が食べるかどうかです。そこから順に、牛の体と牛乳に表れるサインを確かめていくそうです。
飼料設計表に「乳量35キロ出ます」「40キロ出ます」と書いてあっても、それで終わりではないと川上さんは強調します。答えを出してくれるのは牛で、そこを見るのが大事だといいます。
川上さんによれば、配合飼料を5キロから6キロにする、牧草を1キロ減らすといった調整は数字の話に見えますが、実際にはルーメンの発酵や乾物摂取量、牛乳、ボディコンディションを変えています。その積み重ねが次の繁殖や分娩、牛が何産まで残れるかにもつながるそうです。
そのため飼料設計は、半年後、1年後の牛をどうするかを決める仕事でもあると川上さんは話します。分娩直後と乾乳前の牛、40リットル出す牛と20リットル出す牛、夏と冬でも良い餌は違い、同じ設計でも牛によって反応が違うので、「この餌が一番いい」という餌はないといいます。
最後に川上さんは、ルーメンやプロピオン酸といった用語がわからない人向けに、「川上牧場 酪農データバンク」で用語を検索すれば詳しく話した配信が見つかると案内しています。それでもわからなければ公式LINEで質問を受け付けるほか、Kindle本『酪農未経験者のために』の遺伝改良と飼料設計編でも詳しく説明しているそうです。
また、黒毛和牛の近交係数がわかるアプリ「和牛交配チェック」を作り、現在70以上の牧場が登録していることも紹介しました。年内に100まで増やしたいと話しています。
まとめ
牛の餌の配合は、1頭ずつ必要な栄養が違うことを出発点にしつつ、現場ではグループ分けとベースの餌、配合飼料の量の調整で近づけていく、というのが川上さんの答えでした。配合を変えるとルーメン発酵から乳成分、繁殖まで変わるので、最後は牛の反応を見て確かめることが大切だと語られています。
- 牛1頭1頭で必要な栄養は違うが、80頭に80種類の餌は作らず、似た牛をグループにして調整する
- 川上牧場は共通のPMRに、自動餌やり機で配合飼料の量を牛ごとに変えるやり方をとっている
- 配合飼料を増やしすぎるとルーメンpHや乳脂肪が下がり、草を増やしすぎると食べる量が落ちる
- 配合飼料を足しても上乗せで食べるとは限らず、ベースの餌が減る「置き換え」もある
- 配合表は仮説で、食べ方・反芻・糞・乳成分・体の状態を見て、牛に答え合わせしてもらう



