台風接近の土曜日、牧場の仕事と今日のテーマは?
この日の配信は10月24日の土曜日。台風が近づいていて、出雲市は一日中雨の予報だったそうです。風はそれほど強くなく、川上さんは「若干南側にそれたのかな」と話しています。
台風に備えて、川上さんは前日のうちに育成舎の掃除を済ませていました。当日は毎週恒例の土曜日の種付けに加えて、月末の事務仕事、子牛の移動、ワクチン接種などを予定しているといいます。
そのうえで川上さんは、この回でリスナーからの質問「カルピスって体にいいんですか?」に答えると予告します。
体にピースカルピスですよ。体にいいに決まってるでしょって思ったんですけど、それ本当なのかっていうところね。
川上さん自身もカルピスについて詳しくは知らなかったため、改めて調べてきたそうです。
質問に入る前に、川上さんは酪農業界の現状にも触れています。牛乳の消費がなかなか伸びず、毎年のように年末に牛乳が余ってしまう状況が続いていることについて、消費者がどう感じているのかをコメント欄で教えてほしいと呼びかけました。
お知らせとしては、配信を文字起こしして再構成したnoteの記事やメンバーシップ、Instagramの「#未来の牛乳」プロジェクト、週1回まとめ記事が届く公式LINEが紹介されています。「#未来の牛乳」は、リスナーが考えた牛乳や乳製品をデジタルアートにして販売する企画で、売り上げは子ども食堂への牛乳支援や食育活動の費用に充てるそうです。
さらに、川上さんが所属するメタクリ研究所というコミュニティと一緒に取り組んでいる、牧場の監視カメラ映像をAIで分析する仕組みが、農林水産省に選定されたことも報告されました。川上さんは、酪農業界の人手不足などの課題に協力できたらと話しています。
モンゴルの酸乳から七夕の発売まで、カルピス誕生の物語
お便りコーナーで紹介されたのは、TikTokから初めて届いた質問です。
カルピスは体にいいの?
川上さんは、カルピスが牛乳からできていることはCMで知っていたものの、詳しい中身は知らなかったといいます。調べてみると、カルピスは「体にいい」と単純に言い切れるものではなかったそうです。
めちゃめちゃ体にいいと言いたくなるんですけども、そこまで単純ではなかったです。
川上さんが先に示した結論は、カルピスは牛乳を乳酸菌と酵母で発酵させて作る、100年以上続く発酵飲料だということ。ただし、普通のカルピスを飲めば腸内環境が必ず改善する、血圧が下がると言うのは正確ではないとしています。一方で、カルピスの発酵技術の研究からは、血圧に関係する牛乳由来のペプチドなど、面白い研究成果も生まれているそうです。
カルピスを作ったのは三島海雲さんという人物です。1908年、三島さんは現在の中国・内モンゴル自治区を訪れ、遊牧民が飲んでいた、乳を乳酸菌で発酵させた「酸乳」に出会います。
カルピスの会社の公式の歴史によると、長旅で体調を崩していた三島さんは、酸乳を飲む生活の中で体調を取り戻したそうです。そこで日本でも乳を使った食品を作りたいと考え、1915年に日本に戻って乳製品の開発を始めました。
ただ、三島さんの開発は最初からカルピスにたどり着いたわけではありません。最初に作ったのは、乳からクリームを取って発酵させた醍醐味 ── 仏教の経典に由来する言葉で、乳を精製していく段階のうち最上のものを指します。現在は「物事の本当のおもしろさ」という意味でも使われますという食品でした。次に、クリームを取った後の脱脂乳を発酵させた「醍醐素」、さらに乳酸菌を使ったキャラメルまで作ります。
ところが当時は、乳製品の保存技術も冷蔵流通も今ほど発達していませんでした。夏になるとキャラメルが溶けて、大量に返品されたそうです。
酪農家の川上さんは、この話がとても面白いと話しています。今では冷蔵庫や殺菌設備、温度管理が当たり前ですが、当時は乳をどう保存して遠くまで届けるかが、大きな技術課題だったからです。
カルピスって味だけではなく、乳を保存して価値に変える技術の歴史でもあるということですね。
カルピス誕生のきっかけは、工場で醍醐素に砂糖を入れて1〜2日置いていたことでした。飲んでみると香りがよく、甘みと酸味のバランスのいい飲み物になっていたそうです。空気中の酵母によって、さらに発酵が進んでいたのが理由でした。
そこから、乳酸菌だけでなく「乳酸菌+酵母」という組み合わせを研究し、現在のカルピスにつながる製法ができたといいます。カルピスの味の土台は、牛乳と砂糖と酸味料を混ぜたものではなく、発酵によって生まれた香りや酸味にあるそうです。
そして1919年(大正8年)7月7日、日本初の乳酸菌飲料としてカルピスが発売されました。七夕に発売したことから、のちに使われる水玉模様は天の川をイメージしたデザインだったと、公式のブランド史に記録されているそうです。
ここまでのカルピス誕生の流れを、時系列で整理するとこうなります。
カルピスの名前の由来と、牛乳との栄養の違いは?
カルピスという名前にも意味があります。「カル」はカルシウムの「カル」、「ピス」はサンスクリット語の「サルピス」という言葉から取られているそうです。
仏教には、乳を加工していく段階を表した考え方があり、その言葉を組み合わせてカルピスという名前が作られました。川上さんは、カルピスは最初からかなり乳を意識した商品名だと話しています。
ここから話は、質問の本題である「体にいいの?」に入ります。川上さんがまず知ってほしいと話すのは、カルピスと牛乳は栄養的にかなり違う商品だということです。
川上さんが紹介した数字によると、現在のカルピスウォーターは100gあたりエネルギー44kcal、タンパク質0.3g、脂質0g、炭水化物11g、カルシウムは約10mgです。一方、普通の牛乳のカルシウムは100gあたり約110mgあります。
| 項目 | カルピスウォーター | 牛乳 |
|---|---|---|
| カルシウム | 約10mg | 約110mg |
| タンパク質 | 0.3g | (配信では数字の紹介なし) |
| 炭水化物 | 11g | (配信では数字の紹介なし) |
つまりカルピスは、牛乳から作られていても、牛乳と同じくらいカルシウムやタンパク質をとれる飲み物ではありません。「今日はカルピスを飲んだから牛乳は飲まなくていいや」というのは、栄養面では同じではないと川上さんは話します。
そのため川上さんは、牛乳とカルピスを競合商品ではなく、牛乳の使い方が違う食品として考えると面白いとしています。
牛乳は乳そのものの栄養を飲む。カルピスは乳を発酵させて味や保存性、文化的価値を作った飲み物。役割が違うということですね。
甘さと殺菌の誤解、それでも発酵に意味がある理由
「体にいいですか?」と聞かれたとき、乳酸菌だけを見てはいけないと川上さんは言います。カルピスは甘い飲み物で、カルピスウォーターは100gあたり炭水化物が11gあります。希釈して飲むタイプも、基本的に砂糖を使っているそうです。
そのため、乳酸菌飲料だから健康のためにたくさん飲もう、という飲み方ではなく、普通の甘い飲料と同じように量を考えたほうがいいと話しています。
健康食品だから無制限に飲んでいいという飲み物ではないということはね。ここではっきり言っておきたいなと思います。
もう1つの誤解が、「カルピスの乳酸菌は生きたまま腸まで届く」というイメージです。通常の希釈用カルピスは、食品としては「乳製品乳酸菌飲料(殺菌)」という分類だそうです。発酵には乳酸菌や酵母を使いますが、商品化の工程で殺菌されています。
このため、通常のカルピスを「生きた乳酸菌がそのまま腸へ届いて働く飲料」と説明するのは正確ではないと、川上さんは説明します。
では、殺菌したら発酵した意味はなくなるのか。川上さんの答えは「そうではない」です。乳酸菌や酵母は発酵の過程で、乳の成分を分解したり、酸や香りの成分を作ったり、ペプチドなどの物質を作ったりします。
菌そのものが死んでも、発酵で作られた成分まで全部消えるわけではありません。カルピスで大事なのは、生きた菌だけでなく発酵という加工そのものだということです。
この「発酵中に何が作られるのか」という研究が、のちの機能性食品につながっていきます。カルピスの研究では、乳酸菌ラクトバチルス・ヘルベティカス ── 乳酸菌の一種で、チーズや発酵乳づくりに使われてきた菌です。乳のタンパク質を分解する力が強いことで知られていますで乳を発酵させると、乳タンパク質からVPPやIPPという短いペプチドが作られることがわかったそうです。
VPPやIPPには、血圧の調整に関わるACE ── アンジオテンシン変換酵素の略称。血圧を上げる働きを持つ物質を作る酵素で、この働きを抑えることが血圧対策の研究テーマになっています(アンジオテンシン変換酵素)の働きを抑える作用が研究されています。
1996年には、高血圧の高齢者30人がカルピス社の発酵乳を8週間とる試験が報告され、発酵乳を飲んだグループで血圧の低下が確認されたそうです。その後も発酵乳やペプチドについて複数の臨床研究が行われ、アミールSなどの特定保健用食品につながっていきました。
発酵から特定保健用食品までの研究の流れを整理すると、次のようになります。
発酵
乳酸菌ラクトバチルス・ヘルベティカスで乳を発酵させる
ペプチドの発見
乳タンパク質からVPP・IPPという短いペプチドができる
作用の研究
血圧調整に関わるACEの働きを抑える作用を研究
臨床試験
1996年、高血圧の高齢者30人で8週間の試験。血圧の低下を確認
商品化
アミールSなどの特定保健用食品へ
川上さんは、1919年においしい発酵飲料として始まったものが、何十年も研究されて乳の発酵成分の研究へつながっていったことを面白がっています。
L92乳酸菌は普通のカルピスに入っている?質問への答え
血圧の研究について、川上さんは「ここで絶対に間違えてはいけないことがある」と念を押します。研究結果を聞いて、普通のカルピスを飲めば血圧が下がるとは言えないからです。
研究で使われているのは、特定の乳酸菌や条件で作られた発酵乳や、特定量のペプチドを含んだ試験食品で、スーパーで売られているカルピスと同じものとは限りません。さらに、発酵乳の血圧への影響は研究によって結果が異なり、2型糖尿病の患者を対象にした別の試験では、対照群との差が確認されなかった報告もあるそうです。
そのため川上さんは、カルピス由来の発酵技術から健康機能を持つ可能性のある成分が見つかり、それを使った特定の商品が開発された、くらいに整理するのがいいとしています。
カルピスの名前と一緒によく見かける「L92乳酸菌」も同じです。L92はアサヒグループ(旧カルピス社)が研究してきた乳酸菌ですが、普通のカルピスを飲めばL92をとっているという意味ではありません。L92は、その菌株を使った特定の商品で利用されているものだそうです。
ここで川上さんは、最初の質問「カルピスは体にいいの?」に戻ります。答えは、乳を発酵させて作る食品として面白いけれど、それだけで健康になる魔法の飲み物ではない、というものでした。
カルピスの健康効果について、配信で「言えること」と「言いすぎになること」として整理された内容は、次のとおりです。
乳酸菌と酵母の発酵で独特の香りや味が生まれ、乳由来の成分も含まれる。発酵の研究から機能性食品につながる科学も生まれている
普通のカルピスで血圧が下がる、免疫が上がる、腸内環境が必ず改善する。牛乳と同じくらいタンパク質やカルシウムがとれる
あわせて川上さんは、カルピスは甘い飲料なので量も考えてほしいと話しています。
100年前の「乳の6次産業化」が、今の酪農に問いかけること
今回調べ直していちばん面白かったのは、健康効果よりもこの点かもしれない、と川上さんは話します。牛乳はそのままだと傷みやすい食品で、昔は冷蔵設備もありませんでした。そこで人間は、ヨーグルトやチーズ、バター、発酵乳など、いろいろな方法で乳を保存してきました。
川上さんは、カルピスもその延長線上にあると考えています。牛から搾った牛乳を、微生物の力を使ってまったく違う価値の商品に変える。これは今の酪農にとってとても重要な考え方だといいます。
今の言葉で言えば、三島さんがやったことはかなり6次産業化 ── 農林水産業者が生産(1次)だけでなく、加工(2次)や販売・サービス(3次)まで手がけて付加価値を高める取り組み。1×2×3で6次と呼ばれますに近い、と川上さんは見ています。乳をただ売るのではなく、発酵させて商品にし、ブランドを作って広告し、研究まで続けた結果、100年以上残る商品になりました。
しかもカルピスの歴史を見ると、原料乳を確保するために、1930年代には山梨県で酪農家を育成する体制まで作っていたそうです。カルピスというブランドの裏には、酪農の歴史もあるということです。
川上さんは、この話が現在の日本の酪農にもつながると話します。牛乳が余ったら捨てるしかない、生産を減らすしかない、という状況で、もちろん需給調整は必要です。ただ、カルピスの歴史を見ると、乳を別の価値へ変換するという方向もあるといいます。
100年以上前、冷蔵流通すら十分でなかった時代に、発酵という技術で全国へ届けられる乳製品が作られました。今は発酵タンパク質、ペプチド、乳糖、乳脂肪、微生物に加えて、AIやゲノム研究まであります。
配信のまとめで川上さんは、カルピスのすごいところは商品そのものより、発酵を100年以上研究し続けたことだと話しています。そこから乳酸菌、酵母、ペプチド、血圧研究、L92乳酸菌と、いろいろな技術の枝が伸びていったそうです。
牛乳はそのまま飲んで終わりではなく、微生物と出会えばヨーグルトやチーズ、カルピスになり、まだ世の中にない食品になるかもしれない。川上さんは、牛乳から次に何が作れるだろうと考えてみると、いつものカルピス1杯も少し違って見えるのではないかと締めくくりました。
牛乳消費を支えるカルピスへの応援
質問への回答のあと、川上さんはカルピスと酪農業界との関わりについても話しています。先週東京で行われたミルクフェスや、2週間前に島根であったミルクフェアにも、カルピスが参加してくれたそうです。
川上さんは、カルピスを牛乳の消費拡大にも協力してくれている素晴らしい企業として応援したいと話します。最近は牛乳で割る専用のカルピスも出ていて、牛乳にはあまり含まれていない鉄分について「1日分の半分」をうたっているそうです。販売状況は川上さんもわからないとしつつ、見かけたら飲んでみてほしいと呼びかけています。
酪農の現場でも、カルピスの乳酸菌から生まれた子牛向けの商品(カルカリカルスポン)が売られているといいます。
体にそこまでっていう感じですけど、まあまあ飲みましょうということで。
最後に、Kindle書籍『酪農未経験者のために』の遺伝改良と飼料設計編や、その内容を読み込ませた「FarmEcho AI」、黒毛和牛の交配をチェックできるアプリ「和牛交配チェック」の紹介があり、配信は終わりました。
まとめ
「カルピスは体にいいの?」という質問への川上さんの答えは、健康のための薬ではないけれど、牛乳を発酵させて新しい価値を生んだ日本を代表する発酵食品、というものでした。言いすぎをしっかり避けつつ、発酵の歴史と研究の広がりに酪農の未来を重ねた回です。
- カルピスは1908年に三島海雲さんが内モンゴルで酸乳に出会ったことに始まり、1919年7月7日に日本初の乳酸菌飲料として発売された
- カルシウムやタンパク質は牛乳よりずっと少なく、甘い飲料なので量にも気をつけたい
- 通常のカルピスは殺菌されているが、発酵でできた香りや成分は残る
- 血圧の研究やL92乳酸菌は特定の試験食品や商品の話で、普通のカルピスに同じ効果があるとは言えない
- 乳を発酵で別の価値に変えたカルピスの歴史は、牛乳が余る今の酪農にもヒントになる

