バッグが14.7億円という異常な数字
2025年7月、あるバッグが約14.7億円で落札されました。家でも船でも会社でもなく、バッグです。
落札されたのは、ジェーン・バーキン本人が実際に使っていた最初の原型、つまり「ファーストバーキン」でした。
サザビーズパリのオークションで860万ユーロ、日本円にして約14.7億円。落札したのは日本人だったと語られています。
ここで面白いのは、エルメスだから高いではもう説明ができないということなんですよね。同じバーキンでもここまでの値段になることはありません。
では、この金額は何についたのか。革か、職人技か、ブランド名か。きのさんは「もちろん全部」だとしつつ、本質はそこではないと話します。
そもそもジェーン・バーキンとは何者か
バーキンというバッグの名で知られる人ですが、当時はジェーン・バーキン本人の方が有名だった、ときのさんは指摘します。エルメスとのダブルネームのように捉えた方が分かりやすいかもしれません。
彼女は1946年、ロンドンで生まれています。イギリス出身ながら、後にフランス文化を代表する女優であり歌手であり、ファッションのアイコンにもなりました。
フランスは彼女の死に際して「時代を超えたフランコフォンのアイコンを失った」と表現しました。イギリスでも2001年にOBE、日本でも2018年に旭日章を受けています。
日本で例えるなら、歌手としてはYOASOBI、女優としては渡辺謙、マルチさでは大谷翔平のようだ、ときのさんはイメージを重ねます。
ただし個人的な感覚としては、YOUのような衝撃的で憧れを集める存在に近かったのではないか、とも話しています。当時は映画や雑誌が主な情報源だったため、憧れの度合いは今より強かったと考えられます。
スキャンダルの曲と「不完全さ」の魅力
彼女が話題になった経緯として、セルジュ・ゲンズブールとの関係が語られます。1969年に発表した「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュス」という曲です。
この曲は元々、ゲンズブールがブリジット・バルドーのために作ったものでした。しかし彼女に夫がいた事情もあり、最終的にジェーン・バーキンと歌って世に出ることになったと説明されます。
この曲、ちょっと聞いていただけると面白いかなと思うんですよね。フランス語を知ってる人だったら結構衝撃的なんじゃないかなっていうぐらいエロいです。生々しいんですよね。
曲は各国で放送禁止や論争を呼びました。一方でイギリスでは、外国語曲として初めて全英1位に達しています。
テーマは「愛と欲望が綺麗に一致しない」という複雑な恋愛感情でした。タイトルも「愛しているけど、そうじゃない」という反作用的な内容だと語られます。
きのさんは、この曲が当時のブルジョワ的な上品さを壊し、性的解放のアンセムにもなったと解説します。深い意味を含めれば「ミスチルの桜井さんとサザンの桑田さんが合体したような曲」だと個人的に表現しています。
ここで重要なのは、彼女自身が「完璧」ではなかった点です。フランスに来た当初はテープレコーダーでフランス語を覚え、話し方を笑われたと本人が振り返っています。
所作もブルジョワ然としておらず、言葉もスラング交じり。けれど彼女はそれを隠さず、正々堂々と出していました。それが大衆にとって魅力になったと考えられます。
1960〜70年代のフランスは五月革命を挟み、価値観が変わっていく時代でした。その中でバーキンは、完璧な女性像を壊し、自然体でも魅力になることを体現したと語られます。
完璧っていうものは鑑賞される、魅力的に感じるところはあるんですけども、完璧じゃないものは参加を許すっていう感じなので、フランスにもそれで受け入れられたんじゃないかな。
不安を抱えた当時のフランス国民は、彼女を自分たちの延長線上にある身近な存在として捉え、自分を重ねることができたのではないか、ときのさんは見ています。
機内での出会いと、実用性から生まれたバッグ
続いて、バッグ誕生の話に入ります。よく語られるのは、機内でエルメスの社長と出会ったというエピソードです。
ただし情報は曖昧だ、ときのさんは注意を促します。サザビーズは1981年に出会い1985年に試作一号、エルメス公式は1984年の機内で生まれたと説明しており、記述が食い違います。
そのため「80年代前半のエアフランス機内で、当時の社長ジャンルイ・デュマと出会い、原型が生まれた」とざっくり押さえるのがよい、とまとめられます。
エルメス側の目線では、単に有名人の名前を借りようとしたわけではなかったといいます。ジェーンが求めていたのは、若い母親として荷物をきちんと入れられる実用的なバッグでした。
つまりは出発点としては、見栄えより機能が優先だったっていうところなんですよね。
エルメスは馬具工房から始まったブランドで、貴族の馬車や馬に対する実用性を追い求めた結果、美しさも必要になったと語られます。ベースはあくまで実用性だという指摘です。
バーキン本人も、使えないと意味がないという感覚が強く、カゴバッグの中身をぶちまけてしまったことがきっかけになったといいます。高級品を持ちたいというより、実用的なバッグを作ってくれるなら助かる、という気持ちだったと考えられます。
母親として荷物を入れられる実用的なバッグを求めていた
馬具工房由来で、実用性を土台に美しさを備えるブランド
バーキンの形は一見使いにくそうですが、実際はベルトを外して蓋を内側に押し込むとパチッとはまり、普通のカゴバッグのように使えます。これがジェーン・バーキン本来の使い方だと説明されます。
こうしてバーキンは、現代の生活に接続されたラグジュアリーになった、ときのさんは表現します。
使い倒されたバッグと「アウラ」の考え方
普通ならここで終わりですが、面白いのはここからです。ジェーン・バーキンは、高級ブランドが自分のために作ってくれたバッグを飾らず、使い倒しました。
イニシャルが入っていながら、爪切りをつけたり、ユニセフなど支援団体のステッカーを貼ったりしていたといいます。サザビーズは、その使い込まれた状態自体を重要な価値として扱っています。
彼女にとっては生活の中で揉まれるものだった。傷のついてない車はダメだみたいな感性に近いもので、多分そういった感性ってバーキンから来ているのかもしれないですよね。
ここで「アウラ」という考え方が持ち出されます。サザビーズが重視するのは、複製できない一点物としての独自性への価値です。
その対比として挙げられるのが、アンディ・ウォーホルです。キャンベルスープのような日用品を複製し、消費財と有名性が結びつくと価値がどう変質するかを作品として見せた人物です。
バーキンも同じで、工業製品がジェーン・バーキンという人と結びついた結果、単なるバッグではなくなりました。「有名人が持っていたからすごい」で終わらなかった点がポイントだと語られます。
複製されて価値が薄まった状態ですら、うん百万ついている。だからこそファーストバーキンには14.7億円っていう価格がついたっていう風に考えてもらえるとわかりやすい。
さらに1994年、彼女はエイズ支援の慈善オークションにこのファーストバーキンを出しています。ギリギリまで愛用し、社会貢献のために手放したことで、再現不能な厚みが加わったと考えられます。
ファーストバーキンの仕様と、ワニ革をめぐる責任
サザビーズは、この原型が市販版とどう違うかを具体的に明かしています。
固定式で外せないショルダーストラップ、35と40の中間サイズ、真鍮系金具、エクレア社製の内側ジップ、ジェーン・バーキンの刻印
ショルダーストラップなし、25/30/35/40のサイズ展開、メッキ金具が中心
大型のオータクロワを元にしているとされ、金具はフックではなくオータクロワ由来の閉じ方で、小さめの底鋲がついています。内側のジップは当時のフランスで多かったエクレア社製です。
なぜこんな仕様なのか。それは、まだ商品ではなく本人のための試作品だったからだ、ときのさんは説明します。ジェーン・バーキンの生活に合わせたプロトタイプだったのです。
ここから問題も生まれます。バーキンのハイエンドラインにはワニ革が使われ、これが動物愛護団体から問題視されました。
話を聞いたバーキンは、自分の名前をバッグから外してほしいと要請します。単にエキゾチックレザーが嫌いというのではなく、自分の名前がついた価値が倫理の上に立っているのかを問うたのだといいます。
エルメスはこれを受け止め、獣医師の専門知見とともに飼育検証の採用を義務化し、基準を満たさない農場を切っていきました。真摯な対応に納得し、彼女は要請を取り下げます。
彼女はブランドの顔として使われるっていう感じではなくて、ちゃんと自分の名前を使うことに対して責任を持った。エルメスとしっかりと対等な立場を築いている状態だったのかな。
日本との深い縁と、価値の正体
彼女は日本とも関係が深い人でした。東日本大震災の際には無料チャリティーライブに出演し、日本人音楽家と各地で支援ツアーを行っています。
2013年には自ら石巻や松島を訪れています。2018年の旭日小綬章も、日本とフランスの文化交流への貢献が大きな理由だったと語られます。
そして今回、バッグを落札したのは日本人「コレクター」と報じられましたが、実際は企業だと説明されます。投資や転売ではなく、物語が日本に戻ってきたようにも見える出来事です。
きのさんは、これはすしざんまいがマグロを高額落札するのと同じで、広告価値が非常に大きいと見ています。損保ジャパンのひまわりのように、会社のアイコンとして持っておきたい狙いもあるのではないか、と推測しています。
人物のストーリー
自由さ、スキャンダル、不完全さで愛されたジェーン・バーキン
物との結びつき
試作品を使い倒し、慈善オークションに出すなど再現不能な厚みが加わる
関係の広がり
エルメスとの対等な関係、日本との深い縁が重なる
価値の完成
バックグラウンド全体が注目に値する価値と見なされ、企業が落札
ここまで来ると、14.7億円という数字の見え方は変わってきます。それはバッグや革やロゴの値段ではなく、ジェーン・バーキンという人自身のバックグラウンドまで含めた価値だと語られます。
最後にきのさんは、こうした価値が偶然にしか生まれないのか、それとも意図して作れるのかを問いかけます。次回はエルメスやロレックスのように、価値を構造的に作るブランドを取り上げると予告しました。
まとめ
14.7億円という値段は、革やブランドではなく、ジェーン・バーキンという人が紡いだ時間と関係性から生まれたものでした。物と人が結びついたとき、価値はどこまでも厚みを増していくと考えられます。
- ファーストバーキンの高額落札は「エルメスだから高い」では説明できず、人の物語が値段を押し上げている
- ジェーン・バーキンは不完全さや自然体を隠さず、価値観が揺れた時代のフランスで象徴的な存在になった
- 彼女はバッグを飾らず使い倒し、慈善オークションに出すことで再現不能な厚みを加えた
- ワニ革問題では名前を外すよう要請し、エルメスの真摯な改善を受けて撤回、対等な関係を保った
- 次回は、エルメスやロレックスのように価値を構造的に作るブランドが取り上げられる予定
