お便り回に専門家ゲスト、渡辺先生はいまバークレーに
この回は、リスナーから寄せられたお便りに答える「お便り回」です。林英恵さんは、お便り回は健康情報だけでなく人生の悩みや恋愛相談も届くのがうれしいと話します。
ゲストは、前回に続いて登場した北里大学医学部公衆衛生学講師の渡辺和広先生です。西山直也さんによると、渡辺先生の出演回は好評で、林さんは50万回再生を超えた回もあると触れています。
考えもしなかったことですけれども、びっくりですね。(公衆衛生学者は)我々やっぱり結構日陰の方にいるじゃないですか。
渡辺先生は現在、科研費 ── 科学研究費助成事業の略称。日本の大学や研究機関の研究者に国が交付する競争的な研究資金ですの国際共同研究に採択され、アメリカ・カリフォルニア州のUCバークレーで研究しています。
渡辺先生は以前から、身体活動とメンタルヘルスのためのアプリ開発に取り組んでいます。テック企業やデジタルヘルスが盛んなアメリカで、現地の先生から学びながら研究を進めているそうです。
うつのトリガーは出来事そのものより「受け止め方」
最初のお便りは、よしさんからです。うつのきっかけになる感情と回復のきっかけになる感情を尋ねたうえで、17歳の息子の不登校について打ち明けています。
うつになる時のトリガーはどのような感情でしょうか?また、復活する時のきっかけとなる感情はどういった感情でしょうか?実は17歳の息子が夏休み前から不登校になりました。友人関係でトラブルがあったらしく、息子は友人のSNSをブロックしていると担任の先生から聞きました。本人に聞いても何も言わず、すでに留年が決まってしまいました。家から一歩も出ないので、3つ全てが良くない状況です。散歩や買い物に誘ってもダメで、ほとんどベッドで寝ています。少しですが家族とは話してくれるのが唯一の救いです。
渡辺先生は普段、働く人を対象に研究しているため、17歳という年齢は専門から少し外れると前置きします。そのうえで、子どもの心の健康や不登校は最近増えているテーマだという印象を語っています。
うつのきっかけについて渡辺先生は、精神疾患にはわかっていないことが多いとしつつ、リスクファクターを大きく2つに分けて説明します。1つは遺伝的な背景や脆弱性といった本人の素因、もう1つは人間関係や仕事上の出来事といった社会的なイベントです。
渡辺先生によると、どのイベントが良い・悪いと決まっているわけではありません。心への影響は、その出来事を本人がどう評価するかで決まってくるといいます。
(ストレスは)元々そんなにネガティブなものではないんですよね。どちらかというと中立の刺激で、それに対して私たちがどう感じるか、どう評価するかというところで影響決まってくると。
渡辺先生が例に挙げたのは、出来事から元の状態に戻るまでの時間でストレスの大きさを測る古い研究です。その尺度の基準になった出来事は、おめでたいはずの「結婚」でした。日常に変化が起きるという意味では、結婚も大きな出来事だというわけです。
林さんは、それなら以前話題に出た認知行動療法 ── 考え方(認知)と行動のくせに働きかけて、気分や症状の改善を目指す心理療法。うつや不安障害などに効果が確かめられていますのように、ストレスの受け止め方を変えていくことが解決策の1つになりうるのでは、と投げかけます。
渡辺先生はうなずきつつも、お便りの文面だけではわからないことが多いと強調します。親から見えていない部分もあり、本人が出来事をどう捉えているかを把握しないと適切なアセスメントはできない、というのが渡辺先生の考えです。
不登校のゴールは「学校に戻ること」だけなのか?
林さんは、よしさんの息子さんの状況が好転するきっかけとしてどんなことがありうるかを渡辺先生に尋ねます。
渡辺先生は、回復には個人差があり、長いスパンで見ることが多いと答えます。体力のある17歳がずっとベッドで寝ているのは、とても大変な経験をしてエネルギーが尽きている状態だろうと受け止め、魔法のようなアプローチはすぐには難しいと話しています。
そのうえで渡辺先生が紹介したのが、文部科学省などが出している不登校対応のガイドラインに共通する考え方です。それは、再び学校に通うことだけをゴールにしないというものです。
渡辺先生によると、不登校という言葉は精神的な問題を示すものではなく、単に学校に行けていない状態を指しています。困るのはむしろ、同世代と関わる機会や学ぶ機会が失われるという社会機能の面だといいます。
学校に行けていないこと自体を何とかしなければならない問題と捉える
同世代との関わりや学ぶ機会が補えれば、フリースクールなど学校以外の場でも問題はないと捉える
渡辺先生は、フリースクールに通ったり、学校以外の場で他者との関わりを育んだりできれば、精神的には全く問題がないと説明します。
林さんはこの話を受けて、地域のコミュニティなど学校以外で社会的なつながりや学びを保てる場所を探し、ちょっとでも顔を出せるきっかけを作ることが1つのポイントかもしれない、とまとめています。
「人生の日曜日」。17歳で不登校を経験した渡辺先生の回復
渡辺先生は、親が思い描くプロセスどおりに不登校の経過が進むことは少ないと話したうえで、自身も17歳で不登校を経験したことを明かします。当時はバーンアウト気味で、布団で寝ている状態が1〜2カ月続いたといいます。
渡辺先生の場合は、しばらく休んだあと、親の主導で外部の心理相談室につながりました。そこで理想の自分と現実の自分のギャップを内省しながら、心の健康を取り戻していったそうです。
休む
バーンアウト気味で、1〜2カ月ほど布団で寝て過ごした
つながる
親の主導で、外部の心理相談室につながった
整理する
理想の自分と現実の自分のギャップを内省した
回復する
少しずつ心の健康が回復していった
ただし渡辺先生は、自分の経験がよしさんの息子さんにそのまま当てはまるとは思わない、千差万別だと念を押しています。
親がですね、必要以上にこう過敏になったりとか、どうしても学校行きなさいみたいなことを強要しなかったっていうのがとてもありがたかったことで、自分自身で立て直せる余裕をくれたというところがありがたかったかなというふうに思います。
渡辺先生は、休んでいる最中は1分1秒の損失がとても大きく感じられても、振り返ると後から意味づけができてくるものだと語ります。当時は「自分の人生は終わった」と強く思っていたそうです。
(お休みしている時に)印象的なフレーズが人生の日曜日だと思って過ごしてくださいみたいなことを言われたことがあったんですけど、
渡辺先生は、腑に落ちる関係性や一言をもらえるだけで、回復のきっかけになると振り返ります。無理にきっかけを作るとうまくいかないかもしれないが、自然とサポートを得る時期が来て「今はこういう状態でもいい」と思え始めたら、回復の準備が整ってくるといいます。
番組では、よしさんが「家族とは話してくれるのが唯一の救い」と書いていることにも触れ、その扉を閉ざさずに保ったまま、自然に外へ出られる機会が訪れるといい、と応援の言葉が送られました。
運動はメンタルに効く?鍵は「余暇の運動」
2通目のお便りは、みっちゃんさんからの運動とメンタルの関係についての質問です。渡辺先生の研究テーマにまさに当てはまる内容です。
運動はメンタルにいいと聞きますが、家の中でできる筋トレやたまに外を走るなどを習慣にするとメンタルは改善するのでしょうか。不安症気味なので、少しずつ運動したり、呼吸を深くするなどを意識してみたりしてます。軽い筋トレや散歩などサボる日もありますが、続けることで不安症が軽くなったりするのでしょうか。
渡辺先生によると、運動は少しでも長い時間行う習慣をつけると、メンタルヘルスの不調のリスクを減らせることがわかっています。体の健康と同じく運動の種類はあまり問わず、有酸素運動でも筋トレでもヨガでもよいそうです。
みっちゃんさんの「サボる日もある」という点についても、渡辺先生は全く問題ないと答えます。やらないよりは少しでもやったほうがよいので、できる範囲で続けることを勧めています。
運動がメンタルに効く仕組みについて、渡辺先生は完全には解明されておらず、仮説の段階だと説明します。代表的なものは、脳の血流量や栄養因子の増加、酸化ストレス反応や炎症の抑制です。
渡辺先生はもう1つの仮説として、運動で傷ついた体を修復する経験が、心の回復力にも似た形で働く可能性を挙げます。心がダメージを負ったときに人より早く回復できる、いわばレジリエンス ── 困難やストレスを受けたあとに、しなやかに立ち直る力のこと。心理学では「回復力」や「精神的な弾力性」と訳されますが高まるのではないか、という見方です。
林さんは、運動の中でもメンタルにいいのは余暇の運動だと補足し、渡辺先生もこれに同意しています。
肉体労働などで体を使う量を増やしても、メンタルヘルスへの効果はあまり見込めない
休日や朝・夕方など自由に使える時間に体を動かすことが、メンタルヘルスにつながる
渡辺先生はこれを「運動のパラドックス」と呼び、たくさん体を動かしているのにメンタルはあまり良くない人がいることを指しています。最近は例外の報告もあるものの、基本は自由に使える時間で少しでも体を動かすことだといいます。
大きな仕事の前の強い不安は、精神疾患のサインなのか?
3通目は、あひるのあかりさんからの、強い緊張や不安への対処法についての相談です。
おそらく精神疾患ではないと思うのですが、時々とてつもない不安感に襲われて眠れなくなったり、ドキドキが収まらずに精神的に苦痛を感じる時があります。普段はない大きな仕事や責任が伴うようなイベントの1ヶ月程度前から食欲がなくなったり、ずっとその仕事の夢を見続けたりします。深呼吸やモニタリングや運動だけでは苦痛を減らすことができない時があるのですが、対処法などありますでしょうか?
渡辺先生はまず、精神疾患はある時点から急に始まるものではないと説明します。誰もが持っている傾向が強くなりすぎて生活に支障が出たときに、精神疾患という名前がつくだけで、質的に大きな差はないといいます。
渡辺先生は、1カ月前から辛い時期が続くのは長いと感じつつ、不安や緊張が全くなければ準備が進まず痛い目を見るはずだとも指摘します。不安は生物として持っている仕組みで、あかりさんはそれが人より少し強いのかもしれない、という見立てです。
対処法として渡辺先生が勧めるのは、深呼吸やモニタリング、運動以外にも、思いつくことを何でも試してみることです。以前紹介した認知行動療法の行動活性化技法 ── 気分が落ち込んだときに、まず行動を起こして変化を観察し、気分や状態の改善につなげていく認知行動療法の技法の考え方で、うまくいかなかった方法は次からやめればよいといいます。
渡辺先生は、準備不足で大きな失敗をした前例があるのかも気になったと話します。客観的には小さな失敗を強く気にしているなら、あえて準備をしなくても大丈夫だと経験してみる、辛い時期の自分がどう見えているかを他人に確認する、といった試し方もありうるそうです。
心理士がサポートに入れば一緒に計画を立てられますが、それが難しい場合でも、一人で試行錯誤できることもあると渡辺先生は付け加えています。
林さんは、以前渡辺先生が「日常生活が送れなくなったら次の一歩を考えるタイミング」と話していたことを振り返り、眠れない・食べられないところまで来たら専門家を頼るべきかを尋ねます。
渡辺先生は、苦痛で生活がうまく送れない、社会的な場所に出られなくなるといった状態なら、疾患や障害としてケアの対象になりうると答えます。一方で、疾患かどうかに限らず、気になるならメンタルヘルスのサポートを受けてもよいとも話しています。
傍から見るといつも事前にとてもしっかり準備をして、
きちっとされている方だねって見られている可能性もあるかもしれないなと思っていますね。
番組の最後で西山さんは、次回も渡辺先生がゲストとして登場することを告げ、お便りの募集を呼びかけて締めくくりました。
まとめ
今回のお便り回では、不登校、運動とメンタル、強い不安という3つの相談に、渡辺和広先生が研究の知見と自身の不登校経験の両方から答えました。どの回答にも共通していたのは、出来事や状態をどう受け止めるかを大切にし、焦らずにできることを少しずつ試していく姿勢です。
- うつのきっかけは出来事の良し悪しではなく、本人がその出来事をどう評価するかで心への影響が変わる
- 不登校では学校に戻ることだけをゴールにせず、学校以外でも人との関わりや学びを補えればよい
- 渡辺先生自身は、親が学校を強要せず、立て直す余裕をくれたことに助けられたと振り返る
- 運動は種類を問わず少しでも続けることが大切で、メンタルにいいのは仕事以外の余暇の運動
- 強い不安には思いつく対処法を何でも試し、生活に支障が出るなら専門家のサポートを検討する




