物語が生まれる瞬間に、私たちもまた創られる
コーナーの冒頭で、ソフィーはこの回の中心となる言葉を掲げます。それは「物語はラディカルだ。物語が生まれる瞬間に、私たちもまた創られる」というものです。
この言葉は、アメリカの作家トニ・モリスンが、ノーベル文学賞の講演に置いた言葉だと紹介されます。
舞台は1993年12月、スウェーデンのストックホルム。壇上に立ったモリスンは、自分の経歴や作品について語る代わりに、一つの古い物語を始めました。
盲目の老女に投げかけられた、答えのない問い
モリスンが語り出したのは、ある町外れに暮らす盲目の老女の話です。彼女は奴隷だった人の娘で、深い知恵を持つ人として知られていました。
ある日、数人の若者がその老女を訪ねます。若者の一人は、両手の中に小さな鳥を隠していました。
そして若者は、老女にこう尋ねます。
この鳥は生きていると思うか、それとも死んでいると思うか?
老女には鳥が見えません。もし生きていると答えれば、若者は手の中で鳥を殺すことができます。
反対に死んでいると答えれば、若者は手を開き、鳥を飛び立たせることができます。つまり、どちらを答えても老女を間違いにできる問いでした。
しばらくの沈黙の後、老女はこう答えます。
(鳥が)生きているか死んでいるかは自分にはわからない。ただ、その鳥があなたたちの手の中にあることはわかる。
鳥を「言葉」として読み直すとき
ここでモリスンは、物語の中の鳥を、言葉として読み直します。
言葉もまた、生きたものにも死んだものにもなる、というのがその読み方です。ソフィーは、死んだ言葉の側の例をいくつか挙げていきます。
- 誰かを見えなくするために使われる言葉
- 考えることを禁じ、沈黙を強いる言葉
- 同じ表現を繰り返すうちに触れるものを失ってしまった言葉
その一方で、生きた言葉もあります。まだ名前のなかった経験を見つけ、誰かの声を運ぶ言葉です。
そして、この寓話で鳥の命を握っていたのは、問いを出された老女ではありません。鳥を手にしていた若者たちの方でした。
若者たちが老女に求めた「物語」
けれど、若者たちは老女の答えだけでは満足しません。彼らは、老女に自分たちへ何かを語ってほしいと願います。
知恵があるなら、自分たちに何かを語ってほしい。自分たちがどこから来て、これからどこへ向かえば良いのか。
暗い場所と明るい場所で、あなたが見てきた世界を物語にして渡してほしい。
モリスンはそんな若者たちの願いを描き、そして彼らにこう語らせました。
物語は、まだ存在しなかった私たちを生み出す
ソフィーは、この言葉の意味を静かにたどり直します。物語を語る前と語った後の世界は、全く同じではありません。
聞く人だけが変わるのでも、語る人だけが変わるのでもない、とソフィーは言います。まだ形のなかった経験に言葉が与えられ、その言葉を受け取った人が続きを考え始めるからです。
鳥は初めから老女の手にあったのではありません。一つの問いと一つの応答の間で姿を現したのだと語られます。
物語とは、すでに存在する私たちを映すだけでなく、語る人と聞く人との間に、これまで存在しなかった私たちを生み出すものなのかもしれない。ソフィーはそう問いかけて、この回を結びます。
まとめ
トニ・モリスンがノーベル文学賞講演で語った、盲目の老女と手の中の鳥の物語をたどる回でした。鳥を言葉に、問いと応答を物語に読み替えながら、言葉と物語が持つ力を静かに見つめ直しています。
- モリスンは講演で、自分の経歴ではなく盲目の老女の寓話を語り始めた
- 老女は「鳥が生きているかはわからない。ただ、その鳥はあなたたちの手の中にある」と答えた
- 鳥は言葉の比喩として、生きたものにも死んだものにもなると読み替えられる
- 若者たちは老女に、自分たちの来し方と行く先を物語として語ってほしいと求めた
- 物語は既存の私たちを映すだけでなく、語る人と聞く人の間に新しい私たちを生み出すものとして語られる







