三重苦から筋トレへ、落ち込みの発端
この回は、パーソナリティが最近筋トレをして得た人生への気づきを語るところから始まります。
まずは、なぜ筋トレに行こうと思ったのか。その発端として、去年の11月末ごろまで付き合っていた彼女と別れたこと、そして同じ時期に会社を辞めたことが語られます。
年末ぐらいまで彼女いたんですけど、去年の11月の末ぐらいまで。ちょうど僕が会社辞めるぐらいですよ。
会社を辞めた直後は、給料が振り込まれなくなる時期と重なります。業務委託でフリーランスのように働き始めた話し手を、複数の不安が同時に襲いました。
1つは失恋後の情けなさ、2つ目は会社員時代のお金の使い方のままではフリーランスの収入で賄えないという恐怖、3つ目はフリーランスという生き方の20年後への不安です。
その三重苦が一気にバーンってきて。一週間、もうちょうどほんと二日前ぐらいまでめっちゃ落ちてたんですよ。
そのどん底の状態を、筋トレに行くことで解決できた、というのがこの回の出発点です。ただしイナキさんは、この導入を「今のところ浅いね」と率直に受け止めます。
「あと1回」を押し込む力、人生に欠けていたもの
話し手は、筋トレを「あと1回、あと1回を繰り返す自分との戦い」だと捉えます。イナキさんは、それは目的にもよるが、力を出し切ってどこまで追い込むかがベースだと補足します。
そこで話し手は、自分に欠けていたものに気づきます。調子がいいときの「やるぞ」はできても、しんどくなった局面での「あと1回」を出す力がなかった、というのです。
自分がしんどくなった時、筋トレで言ったらもう100キロを5回ぐらいうわーってやった後の、そこの一回行く力が全然なかったんですよ、僕は。
体を物理で動かすことで、その感覚を初めてつかめたと話し手は言います。さらにその感覚は、幼少期の喧嘩のときにも自分の中にあったものだと気づきます。
自分の体が壊れてもこのバーベル上げる気力みたいな、そんな気持ちに近いなと思って。
イナキさんはこれを「追い込まれた時に出る火事場の馬鹿力」と言い換えます。話し手は、その感覚をやっと見つけられて、前よりだいぶ生きやすくなったと締めくくります。
感情はホルモン、自分をバグらせる健全なハック
イナキさんは、話し手の体験を単純化したくないと前置きしつつ、理論的に説明できそうだと切り出します。ここから、男性に生まれたことのメリットという話に展開します。
イナキさんの見立てはこうです。話し手のメンタルは外部環境に影響されるバイオリズムがあり、たまたまダウンの時期が来ていた。それを筋トレで強制的に立て直せた、という整理です。
だからこそイナキさんは、生きやすくするために自分をバグらせる手段をいくつか持っていると話します。挙げるのは筋トレ、性欲、そして食事です。
特に食事について、イナキさんは毎日の食事や体重を記録する「記録魔」だと明かします。落ち込んでいるときと復活しているときの差分を、データから探るためです。
自分のメンタル落ちてるなっていう時って、大体タンパク質の摂取量が落ちてる。
そこから導いた自分なりのハックが、ゆで卵をたくさん食べればメンタルが復活する、というものです。イナキさんは、だから究極メンタルを病むことがないと語ります。
女性のバイオリズムと、男に生まれたメリット
一方でイナキさんは、この手のハックは男性に使いやすいもので、女性の悩みには当てはめづらいのではないか、とも付け加えます。
理由として挙げるのが、女性には毎月のホルモンのバイオリズムがあり、自分ではコントロールしきれない部分があることです。
だからやっぱそこまでいっても女性ってやっぱり唯一無二ですね。僕らってなんかちょっと再現性可能じゃないですか、男性って。
話し手は、自分で立て直せる再現性を男性のメリットと捉え、そこから「こいつやと決めたら一生守りたい」という気持ちにつなげます。
イナキさんは、その男に生まれたメリットを自分のためだけに使うのはかっこ悪い、と続けます。話し手はその熱量に驚き、「イナキ熱すぎません?」と反応します。
蓄えたパワーを、誰かを救うために使う
イナキさんは、筋トレで蓄えたパワーやエネルギーを、荷物を持つといった単純なことでも人助けや何かに変えることに価値がある、と語ります。
その追い込みの感覚を、イナキさんはある想像で言い表します。この一回を踏ん張れなければ、救えなくなる人がいる、というものです。
話し手も、同じイメージを自分なりの場面で語ります。消防隊員になったつもりで、崖から落ちた人の手を掴み、離せば死んでしまうと想像してダンベルを上げる、というものです。
これ離したらもう絶対この子死んじゃうっていう時の気持ちを想像して、僕あと一回ダンベル上げます。
イナキさんはこの想像を、身近な例にも広げます。家族が死にそうなとき、病院に着くのがあと少し早ければ、といった「本当は救えたのに」という瞬間がとにかく無理なのだ、と。
自分の視野で救え、本当は救えたのにみたいな瞬間がマジで無理で。
そして、その感覚は最終的に、自分の能力を社会に還元できなければいけていない、という広がりまで持つと語られます。
足トレは逃げがち、鍛える価値のある場所
話題は具体的なトレーニングへ移ります。話し手が「足って結構いいですか」と尋ねると、イナキさんは「いい問いだ」と応じます。
イナキさんはまず、筋トレあるあるとして「足トレは逃げがち」だと指摘します。理由は2つあると言います。
1つ目は、シンプルにきついこと。限界まで追い込むと、生まれたての子鹿のように脚がプルプルして階段も登れなくなるほどで、そこまでやりたくない人が多いというのです。
2つ目は、コンテストの種目の違いです。全身の美を競うボディビルと、フィジークという別の種目があり、フィジークでは足が評価対象外になると説明されます。
全身の美を競う。足も評価対象に含まれる
足は対象外。足トレは流派として時間の無駄とされる
一方でイナキさんは、足を鍛える価値も語ります。人間は重力の中を足で立ち、二足歩行によって脳を大きくしてきた。だから足には大量の筋肉があり、燃焼効果も高いというのです。
生命の源やじゃあ足って。
脱線としてイナキさんは、元AV男優のシミケンが「スクワットしろ」と語っていること、スクワットで勃起力が上がると言われていることにも触れます。結論として、まずはスクワットをやっておけばいい、とまとめます。
ダラダラ30分より、追い込んだ1分が人生の本質
話し手は、胸とスクワットに絞ろうかと考え、有酸素運動として自転車はどうかと尋ねます。イナキさんは、やらないよりはいいが、ダラダラ漕ぐより一気にやったほうがいいと答えます。
ここから、トレーニング時間の話が人生観へとつながっていきます。話し手は、長くしすぎても時間がもったいないと感じ、5分ほどのちょうどいい強度に価値を見出します。
イナキさんは、これを人生と重ねます。短い時間でどこまで自分を追い込めるか。その考え方は、そのまま生き方の本質でもある、というのです。
話し手は最後に、昨日ベンチプレスを少しだけ始めたこと、レッグプレスとベンチプレスに絞ろうと考えていることを報告します。イナキさんは「まだまだよ」と受けつつ、頑張れとエールを送ります。
まとめ
この回は、失恋や退職による落ち込みを筋トレで立て直した体験から始まり、「あと1回踏ん張る力」を人生の本質と重ねて語り合う雑談でした。感情をホルモンとして扱うハックや、誰かを救うためというモチベーション論まで、二人の熱量がそのまま伝わる内容です。
- 失恋・退職・将来の不安という三重苦を、筋トレに行くことで立て直せたという体験が出発点になっている
- 調子がいいときは動けても、しんどい局面で「あと1回」を出す力が欠けていた、という気づきが語られた
- イナキさんは感情を脳内物質と捉え、筋トレや食事の記録でメンタルを立て直すハックを実践している
- 追い込む力は「この一回を踏ん張れなければ救えない人がいる」という想像に支えられている
- ダラダラした30分より追い込んだ1分に価値があり、それは人生の本質と同じだと結ばれた





