会社は「目指す世界線を実現する手段」でしかない?
女性パーソナリティは、以前いた会社の経営者について、自分の会社に執着しすぎていると感じていたと切り出します。
その理由は会社観にあります。女性パーソナリティにとって会社は、自分が目指す世界線を実現するための手段に過ぎないという前提があるからです。
自分が目指してる世界線を実現するための手段に過ぎないと思うんですよね。
その前提から見ると、退職を申し出た人を「まだこういう形で残ってほしい」と引き止める姿勢は、手段である会社に固執しているように映ったといいます。
だってほんまに自分のミッションと違う人が抜けるんやったら、それってポジティブと思うんですよね。本来であれば。ほんまにそのミッションを叶えたかったら。
ミッションを本気で叶えたいなら、方向性が違う人が抜けるのはむしろ前向きなことだ、という理屈です。だからこそ手段への固執を「イケてない」と感じたと話します。
イナケンは、自分がその立場になったことがないので断言はできないと前置きしつつ、合理的に考えればその通りだと同意します。
リーダーに必要なのは「物語を語る力」
話は、リーダーに求められる資質へと移ります。イナケンは、リーダーはストーリーテリングやナラティブをどれだけ語れるかが鍵だと考えていると語ります。
その理由は、組織の熱量には必ず差が生まれるからです。全員が同じ熱量で同じ方向を向くことはあり得ない、とイナケンは指摘します。
リーダーがやりたいところに向かいます。でも全員が同じ熱量で向かえるかって言ったらさ、絶対そんなわけないじゃん。
モチベーションが高い人もいれば、金銭などのインセンティブでついていく人もいる。そうした濃淡のある集団を一体感を持って束ねるために、物語を語る力が必要だという整理です。
ここを目指す納得性をどれだけその全体に伝えられるかっていうのが、なんかそのリーダーに求められる資質というか能力みたいな。
これに対して女性パーソナリティは、ストーリーテリングは相手の理解度に合わせる必要があると応じ、イナケンにその定義を尋ねます。
なぜカルト宗教は「めちゃめちゃ強い組織」なのか
定義を答える前に、とイナケンは話しながら頭に浮かんだ例を挙げます。それがカルト宗教という組織のあり方でした。
カルト宗教とかって究極的にめちゃめちゃ強い組織になってるなと思ってて。
イナケンは良くない例えと断りつつ、オウム真理教を例に出します。上の幹部たちに全員が心酔し、語られる世界観に納得していたからこそ、あれほど強い集団ができたのではないかと語ります。
ポイントは、その負の側面ではなく良い面だけを取り出せれば、汎用性が高いのではないかという発想です。宗教は会社より原始的で、人間の本能に根ざした組織構造だとイナケンは見ています。
宗教の方が会社ができるよりもより原始的というか、人間の本能によって成り立ってるような組織構造かなと思ってて。
宗教組織や軍隊の構造をビジネスに転用する、という話も聞くとイナケンは補足します。女性パーソナリティも同意し、話をストーリーテリングへと引き戻します。
相手のわかる言語に落として自分のビジョンを伝えるのが仕事やと思います。
『サピエンス全史』が示す「虚構を信じる力」
イナケンは、未来そのものが虚像だという視点を持ち出します。まだ現れていない未来に向かうことは、言ってしまえば「絵空事」に向かうことだという指摘です。
結局さ、未来なんて虚像なわけじゃん。まだ目の前に現れてないっていうことはさ、ただのエソラゴトなわけじゃん。
その文脈で名前が挙がったのが『サピエンス全史』です。イナケンは中身をうろ覚えと断りつつ、印象に残った一節を紹介します。
その一節とは、人間が大きな集団になれたのは、虚構をみんなで信じられるようになったからだ、というものです。
人間が集団になったのは、その虚構をみんなで信じれるようになったから。
神話や神という存在も物語として語られ、土着の文化に継承されていった。それを信じる集団が村や国の単位へと広がっていった、とイナケンは要約します。
トップより「見えている世界」が低いと組織は成立する?
女性パーソナリティは、物語で集団を束ねる話に一つの成立条件を付け加えます。それは、ついていく人が見ている世界線や構造が、トップよりも低い傾向にある、というものです。
成立条件にはやっぱりそのトップになる人よりも見えてる世界線とか構造が低い傾向にあると思いますね。
その理由として、もしそうでなければ、みんな究極的には起業してしまうのではないかと女性パーソナリティは考えています。
自分なりの本当の世界線が見つかったら、やっぱ離れていく人って一定いると思うんですよ。
女性パーソナリティにとって、組織にいること自体が究極的には手段でしかありません。目指す地点への時間軸を短縮できるなら一緒にやるし、違う方向だと思えば離れる。それだけだと語ります。
時間軸短縮できるんやったら一緒にやりますし、この時間軸やったら絶対達成できひんなと思ったらやめると思うんですよ。
イナケンもこれに同意します。物語の描き方も、それを構成する人が求めるものも、時間とともに変わっていく。折り合いがつかなければ別れが来るのも当たり前だという整理です。
ミッションの抽象度が会社の規模を決める?
女性パーソナリティは、自分たちがいた会社のミッションが具体的すぎたと振り返ります。マーケティングという手段に寄りすぎていた、という指摘です。
世の中の営業もマーケも他の職種も、突き詰めれば顧客とのコミュニケーションだ、と女性パーソナリティは言います。それなのに手段にミッションが寄りすぎていたと感じていました。
ここから女性パーソナリティは、会社の規模感はミッションに規定されるという仮説を示します。ミッションの抽象度が、その会社の人数まで規定するのではないかという見方です。
ミッションに規定される気もするんですよ。だから多分NTTとかってすごい抽象的なミッションなんじゃないかなって。
同じようなソリューションを提供する会社でも、ミッションの抽象度からその時の会社の人数がある程度予想できる気がする、と女性パーソナリティは続けます。
社会や世界をどう良くするかを掲げ、多くの人が納得しやすく、大きな規模の組織になりやすい
マーケティングなど特定の手段に寄っており、束ねられる範囲や人数が限定されやすい
大企業のミッションが「利他」に向かう理由
イナケンは、もし自分が会社を興して大人数を束ねる立場になったら、ミッションをどう置くかをぼんやり考えていたと語ります。結論は世の中の一般的なものと同じだと前置きします。
上場企業を時価総額や売上の高い順に並べると、極端に抽象化すれば「この社会をどう良くしていきたいか」に繋がる、というのがイナケンの見立てです。
この会社の事業を手段にして、日本だったり世界を今よりも未来良くしていくために貢献する組織ですっていうことを示してるミッション。
ここでイナケンは、以前話題にした利己主義と利他主義の話に触れます。ビジネスや資本主義のドライバーは相手にどうしたいかであり、その根源には自分がどうなりたいかもある、と整理します。
それでも、対外的な会社という器は利他的なビジョンを掲げないと、そもそも人が集まらず納得感を持てないのではないか、とイナケンは考えています。
「利己に寄ったミッション」はなぜ魔力を失うのか
その視点から見たとき、二人がいた会社のミッションは利己に寄っていた、とイナケンは指摘します。見ている領域が日本や全体ではなく、局所的な領域でトップを取ることにあったからです。
イナケンは、そのミッションの発信が全部自分に向いていた点を問題視します。単純化すれば、社長がどれだけトップに立って世の中から評価されるか、という軸のミッションだったという見方です。
だからこそ、それを構成するメンバーが納得できないと感じた瞬間に、その環境から「魔力」がなくなってしまう、とイナケンは表現します。
そのミッション共感できないなっていう作りになってたというか。イケてないナラティブだったなっていう感じがするな。
イナケンは、会社自体はとても良い環境だったと思っていると補足します。ただ、ミッションが事あるごとに出てくる割には、その置き方がイケてないとずっと感じていたと明かします。
女性パーソナリティも「間違いない」と応じ、二人はこの会社談義を一区切りとします。
まとめ
今回の対話では、会社を手段として捉える視点から出発し、リーダーの物語を語る力、宗教や『サピエンス全史』が示す虚構を信じる力、そしてミッションの抽象度と利他性へと話が広がりました。強い組織を成り立たせるのは、みんなが納得できる物語なのではないか、という問いが二人の共通認識として浮かび上がります。
- 女性パーソナリティは、会社を目指す世界線を実現するための手段と捉えている
- イナケンは、濃淡のある集団を束ねるにはリーダーの物語を語る力が必要だと考えている
- カルト宗教や『サピエンス全史』を例に、虚構や物語を信じる力が強い組織を生むと語られた
- ミッションの抽象度が会社の規模を規定するのではないか、という仮説が示された
- 利己に寄ったミッションはメンバーの納得を失い、組織の「魔力」を失わせると二人は振り返った


