「義務餃育」とは何か
日本には、小中学生に無償で普通教育を与えるという義務があります。人間として生きていける資質や能力を与えることを目指す、いわゆる義務教育です。
小野寺さんはこれになぞらえて、焼き餃子を小中学生に教える活動を「義務餃育」と呼んでいます。
目指しているのは、日本を代表する食文化となることを掲げる焼き餃子を子どもたちに伝え、日本人として餃子を焼ける資質能力を与えることだといいます。
その最初のステップとして、小野寺さんがふるさと応援大使を務め、焼き餃子協会としても連携協定を結ぶ宮崎県高鍋町で活動を始めています。先週末も現地に伺ってきたそうです。
十七店舗がひしめく、人口2万人の餃子の町
高鍋町は、餃子への教育を語る前提として知っておきたい、独特の餃子文化を持つ町です。
餃子の馬渡という1967年創業の店と、高鍋餃子という1971年創業の店。この老舗2店舗が古くから競い合ってきました。
さらに独自の餃子を提供する店が増え、現在は17店舗が餃子を提供しています。人口2万人の小さな町に、餃子屋がひしめいているのです。
高鍋町は九州でも有数のキャベツの生産地で、新鮮で美味しいキャベツが地元の餃子屋に使われています。
宮崎県は畜産王国でもあり、豚肉だけでなく鶏肉や牛肉など品質の良い肉が仕入れられます。そうした様々な素材の餃子があることも魅力です。
餃子の餡を使ったパンなど、餃子に関する商品も作られており、全国から見てもかなり珍しい、餃子文化の発達した町だといいます。
子どもたちが大きくなったときへの願い
そんな餃子文化が発達した町の子どもたち。彼らが大きくなったときのことを、小野寺さんは思い描いています。
私の育った町はいろんな餃子があって、どれも美味しいんだ、という話を発信してくれるようになったらいいな。
この高鍋町での活動がモデルとなり、全国の様々な地域で、餃子を産業の要としながら教育に取り込んでいく町が増えていったらいい、という願いもあります。
それが増えることが、焼き餃子協会の掲げる「日本の焼き餃子文化を世界に」というミッションにつながっていったらいい、と考えています。
授業では何を話しているのか
では具体的に、どんな授業をしているのでしょうか。まず活動の資金は、ガバメントクラウドファンディング(GCF)で集めています。
この資金をもとに、小野寺さんが高鍋町を訪れ、餃子に関する授業や焼き方教室を行っています。今年で2年目です。
授業では高鍋町の餃子だけを話すのではありません。世界中にある小麦粉で肉や野菜を包んだ料理と、日本の焼き餃子という独特の進化をした食文化は何が違うのか、という視点から話します。
餃子はラーメンと同じく中華が出身ですが、その枠を超えて様々なバリエーションを持つ料理になっています。高鍋町だけでも豚肉、鶏肉、牛肉、パンと多様性があり、それが認められているという話をするそうです。
さらに、餃子を作って販売するまでのバリューチェーンを分解し、家族の仕事も間接的に餃子と関わりがあるのではないか、という問いかけをしています。
例えば銀行は餃子と関係ないように見えても、餃子屋が工場や機械の費用を借りる相手です。道路はキャベツや餃子を運ぶのに欠かせず、県外へ売ることは町の財政を豊かにする、といった具合です。
どんな仕事も間接的に餃子と関わっている。そのことに親自身も気づいてもらうのが狙いの一つだといいます。
親としても、意外とこう言われて考えてみたら、ああそうか、間接的に何か関わりあるかもしれないな、という気づきを感じてもらうのが、私の狙いの一つでもあります。
甲冑を着て、給食も一緒に
これらの授業を、小野寺さんはあえて甲冑を着て行っています。番組のサムネイルにも登場する甲冑を、実際に装着して授業に臨むのです。
甲冑に目が行きすぎるのではという懸念もありますが、少なくともこの甲冑だけでも覚えてほしいという思いがあります。
甲冑を着て餃子の話をしたおじさんが学校へやって来て、餃子の話をずっとしてたんだよ、ということを、なんとなく大人になってからも朧気に覚えててくれたらいいな。
授業の前後には給食でも餃子が出ます。高鍋町の餃子屋が提供するもので、調理の都合からすべて揚げ餃子になっています。これも子どもたちに大好評だそうです。
今年は初めて、小野寺さん自身も子どもたちと一緒に給食を食べました。中学校では各学年3人ずつと、将来どんな仕事をしたいかといった話をこぢんまりと交わしたといいます。
小学3年生のクラスでは、生徒の椅子に座り、生徒の机で給食を食べました。隣や後ろの子のワクワクが音に聞こえるようで、餃子を最初に食べるか後から食べるか、といった話をしながら過ごしたそうです。
町の話題になった「餃子サムライ」
この体験は、子どもたちの家庭にも広がっていきました。授業の夜、高鍋町の餃子屋たちと会食した小野寺さんのもとに、こんな声が届いたといいます。
親戚の子どもから楽しそうな写真が送られてきた。遠巻きに見ていて直接話していない子も、「今日は餃子サムライが来たんだよ」と興奮気味に話していた。そうした話が餃子屋を通して伝わってきました。
なかなかないですね、街の話題になるっていうのは。しかも私、この街の出身でもなんでもないですからね。
だからこそ、本当に街のお役に少しでも立てたらいい、と小野寺さんは話します。
大人の義務としての「義務餃育」
小野寺さんは、義務教育が子どもの義務ではなく大人の義務であるのと同じように、義務餃育もまた大人の義務だと考えています。
街の餃子産業にどう関わっても喜びがある。それを大人から子どもに伝えるきっかけを作ることが、この活動の形になっていったらいいといいます。
餃子はあくまで一つの例です。どんな仕事も他の仕事と関わっている。それを一番わかりやすく、家庭でみんなが食べる餃子を通して伝えたい、というのがその根っこにあります。
発想は社会科だけにとどまりません。国語なら餃子のエッセイを読む、算数なら餃子を単位に計算する、理科ならミラード反応を学ぶ、といった形で様々な科目のきっかけになりうると夢見ています。
餃子を誇りに思う「種」を植える
小野寺さんにとって、授業はゴールではありません。子どもたちが大きくなったとき、育った街を誇りに思う理由の一つとして、高鍋町は他とは違う餃子の街だと自分の言葉で発信してほしい、という思いがあります。
文化は、作っている本人が「素敵なものだ」と大声を出すことで生まれるものではない、と小野寺さんは言います。
高鍋町の餃子文化が世に認められるには、まず町民自身がその文化を理解し誇りに思う状況が必要です。
そのために、大人に植え付けるのではなく、子どものころから餃子が身近にある状態をつくる。食べるだけでなく、授業を受けた、焼き方を教わった、といった思い出が、徐々に誇りへと育っていくことを願っています。
その小さな頃の思い出、それが徐々に誇りとして成長していくように、その種を私は高鍋町に植えに行っているんだっていう気持ちでおります。
種を育てるのは、高鍋の町民や餃子屋、家族、町の人たちです。小野寺さんは種を植えると同時に、町の人にもこう伝えてほしいと折に触れて呼びかけながら活動を進めています。
高鍋町でうまくいけば、他の町でも同じモデルが生まれてほしい。餃子の文化を育てられそうな町があれば、喜んで駆けつけると呼びかけています。
なお最後の「今日の一言本音」では、小学3年生から給食後にサインを50枚ほどねだられ、ノートの表紙や紙の切れ端、下敷きにまで書いたというエピソードも。これを機にサインを練習しておきたい、と話していました。
まとめ
「義務餃育」は、餃子の町・高鍋町の子どもたちに餃子を身近な題材として学んでもらい、将来、育った街を誇りに思う「種」を植える活動です。授業はゴールではなく、町の大人たちが誇りを育てていくためのきっかけとして位置づけられています。
- 高鍋町は人口2万人に17店舗の餃子屋がひしめく、餃子文化の発達した町
- 授業では世界や日本の中での餃子の位置づけや、家族の仕事と餃子のつながりを伝えている
- 甲冑を着た「餃子サムライ」として授業や給食に臨み、子どもや家庭に体験を残している
- 文化は周りが誇りを持って愛することで生まれるという考えが活動の根底にある
- 高鍋町をモデルに、他の町でも餃子文化を育てる取り組みが広がることを目指している
