すべての起点、渋谷のミンミン楊柳館
最初に紹介されるのは、今はもう存在しない「ミンミン楊柳館」というお店です。
1948年、昭和23年に中国から引き揚げてきた高橋道博さんと、中国人の妻ルーウェンミンさんが、渋谷の百軒店付近でまず「有楽」というお店を開きました。
その後1952年、恋文横丁(現在の渋谷109の界隈)に移り、「ミンミン」という名前のお店を開きます。
この「ミンミン」は、奥様のお名前から取られたものです。ルーウェンミンさんの「ミン」の字が由来だといいます。
さらに1967年、京王線のガード下(現在のマークシティの脇あたり)に移り、「ミンミン楊柳館」という名前になりました。
このお店は、満州で体験した味を懐かしむ引き揚げ者や、珍しい味を求める人で賑わったそうです。恋文横丁には餃子店が増えたため、差別化としてニンニクを入れ、スタミナがつくとアピールしたと話されています。
お店は2008年頃に閉店してしまいましたが、ここで修業した2人が、のちに別の「ミンミン」を生み出していきます。
羊肉から始まった餃子の味
楊柳館の名物のひとつが「ホテル」と呼ばれる、水餃子を鉄鍋で焼いた料理でした。
その餃子は、本来は豚肉を使いたかったものの、終戦直後で豚肉が貴重で高かったため、まずは羊肉で作られたといいます。
羊毛を刈った後の羊肉が良質で、安価に手に入ったことが背景にありました。そして、羊肉の匂いを抑えるためにニンニクを入れることを考えついたそうです。
その後、豚肉がきちんと流通するようになってからは、豚肉の餃子になりました。
「楊柳館」の「楊柳」は羊の肉を指す字で、店ではジンギスカンなどの羊肉料理も出していたとのことです。水餃子も焼き餃子もありましたが、一番ヒットしたのは焼き餃子でした。
おかずとしてもご飯に合いますし、お酒のつまみとしても、この焼き餃子がウケたんだというところです。
大阪のミンミンと「高てる」の由来
続いて紹介されるのが、大阪のミンミンです。
昭和28年、1953年に、ミンミン楊柳館に3ヶ月住み込みで修業していた古田康雄さんが創業しました。古田さんは、当時は水墨画家をやっていたそうです。
店名は、楊柳館の高橋さんから「名前を使っていいよ」と言われて使うことになったといいます。「元祖高てる餃子ミンミン」という名前で、大阪・南千日前に創業し、大変な人気を博しました。
この1953年創業は、実は餃子の王将よりも14年早いとのことです。
餃子の王将も「高てる」という言い方をするため、ミンミンの「高てる」がそのルーツではないかという説もあると紹介されています。
名前をめぐる裁判と、関東への出店
大阪ミンミンは、高橋さんから名前の使用を許されて創業しました。ところがその後、渋谷の楊柳館に黙って商標を登録してしまったといいます。
これに渋谷のミンミンが不服を持ち、裁判が起こりました。
結果として、先に商標を登録していた大阪ミンミンに商標が認められました。ただしその代わりに、関東への出店はできないことになったそうです。
もっとも、今では時間も経ち、ミンミンは関東にも出店しています。
赤坂ミンミンと酢コショウの誕生
楊柳館から暖簾分けを受けたもう1人が、赤坂ミンミンです。1965年の創業で、今は酢コショウで有名なお店です。
創業者の清水秀雄さんは、渋谷に2店舗あった楊柳館のうち、1店舗の料理長をしていました。そこから独立し、自宅を改装して開業したとのことです。
赤坂ミンミンといえば、有名なのが酢コショウです。東京餃子通信の塚田編集長が「マツコの知らない世界」で紹介し、爆発的に知られました。一時は、通な人は酢コショウ、という風潮になった時期もありました。
ただし、最初から酢コショウをやっていたわけではありません。
きっかけは、二代目である清水秀雄さんの息子さんです。醤油・酢・ラー油だと味が濃くなって飽きてしまい、餃子が食べられなくなる。それなら酢コショウのほうがたくさん食べられるのではと考えたそうです。
今やもうお醤油も置いてないそうなんですけど。
お店で餃子を注文すると、店員が酢に黒コショウをドバドバッとかけて出してくれます。これが赤坂ミンミンの名物料理として、今も人気を集めています。
行ったことがない人向けに、通販もあると紹介されました。人気のドラゴンチャーハンと一緒に販売されていて、餃子は100個入りで税込5500円とのことです。
宇都宮みんみんのルーツ
ここまでは渋谷の楊柳館をルーツに持つ店でしたが、次に紹介される宇都宮みんみんは、少し事情が違います。
創業者は数間ミネさん。旦那さんが国鉄・鉄道省の職員として北京に赴任していて、そのときお手伝いさんに教えてもらった餃子の味が、宇都宮みんみんの味の元になっています。
戦後に帰国し、最初は「ハウザー」という栄養食品店を開業しました。その商品のひとつに「天真餃子」という名前が出てきます。
当時はまだ食べるものがない時代で、栄養食品はなかなか売れず、経営は厳しかったそうです。それでも餃子を中心にやっていきたいと、現在の本店がある宮島町(今でいう餃子通り)にみんみんを創業しました。
それが1958年です。このときの店名は漢字の「珉珉」でしたが、とある事情によって、2006年にひらがなの「宇都宮みんみん」へ名称を変更しています。
女性に広まった餃子と、名前を変えた理由
創業当時、ラーメン一杯30円のところ、餃子は一皿50円。少し高めでしたが、女性に大変人気が出たといいます。
理由のひとつが、旦那さんの吉行さんがお酒を飲めず、店でもお酒を出さなかったことです。酔っ払いがいないため女性が多く来るようになり、その女性たちが餃子を家庭に持ち帰りました。
さらに、近くに栃木県庁と宇都宮市役所があり、役所の人もよく通ったそうです。こうして宇都宮市内に餃子が定着していったという説が紹介されています。
2006年の名称変更の経緯は、訴訟によるものでした。
渋谷の楊柳館・大阪のみんみんと商標を争い、宇都宮みんみんは「ミンミン」とは関係がないのではないかとされました。そこで漢字の「珉珉」をやめ、ひらがなの「宇都宮みんみん」になったとのことです。
それでも人気が終わることはなく、今も宇都宮餃子を代表する店のひとつです。
創業者夫妻の娘さんの旦那であり、前の会長にあたる伊藤信雄さんは、宇都宮餃子会の初代会長も務めました。この間亡くなってしまいましたが、みんみんが主導して宇都宮の餃子を全国に広めてきたと語られています。
こういった商標の話もありましたけれども、きちんとお和解をしまして前に進んでいるということでございますね。
名前で見分ける「珉珉」と「みんみん」
最後に、4店舗の歴史がまとめられます。ルーツはミンミン楊柳館、そして大阪のみんみん、赤坂みんみん、宇都宮みんみんです。
楊柳館をルーツに持つ店かどうかは、奥様の名前に由来する「珉」の字が付いているか、つまり漢字で書かれているかで見分けられると説明されています。
| 店名 | 創業・年 | 特徴 |
|---|---|---|
| ミンミン楊柳館 | 渋谷/1952年に「ミンミン」開店 | すべての起点。羊肉の餃子から始まる |
| 大阪ミンミン | 1953年/南千日前 | 楊柳館から暖簾分け。商標を先に登録 |
| 赤坂ミンミン | 1965年/赤坂 | 楊柳館から独立。酢コショウが名物 |
| 宇都宮みんみん | 1958年/宮島町 | 北京の味がルーツ。2006年にひらがなへ |
全国には、ほかにも「みんみん」という名前の店がたくさんあります。宇都宮みんみんが「みんみん」にしたのは、みんみんという店が流行っていたからだそうで、こうした理由で全国に同じ名前の店が増えたのではないかと話されています。
最後におまけ情報として、関西のスーパーで売られている「セミ餃子」というチルド餃子が紹介されました。作っているのは京都のミンミン食品という会社だそうです。
どうしてセミ餃子なのか、分かったらコメントで教えてください。
まとめ
渋谷のミンミン楊柳館という1軒を起点に、大阪・赤坂・宇都宮の各店がどう枝分かれし、名前をめぐる裁判を経て今に至るのかがたどられた回でした。名前の書き方に、それぞれのルーツが刻まれています。
- 渋谷のミンミン楊柳館が、大阪ミンミンと赤坂ミンミンのルーツにあたります。
- 楊柳館由来かどうかは、奥様の名前に由来する漢字の「珉」が付くかで見分けられます。
- 宇都宮みんみんは北京の味がルーツで、商標の訴訟を経て2006年にひらがな表記へ変更しました。
- 赤坂ミンミンの酢コショウは二代目が考案し、後に広く知られる食べ方になりました。
