M&Aはなぜ「全盛期」なのか
この回のテーマは、経営トレンドになりつつあるM&Aです。宇尾野さんは、今後「おいしい組織」でM&Aを継続的に扱いたいとしたうえで、その入門編として幅広い視点で見ていきたいと話します。
池原さんは、自分の周りでも「実はM&Aをしたい」という経営者が急増していると感じているといいます。ただ主観だけではないとして、データを紹介します。
この全盛期というように、私の周りでも「いや、実はしたい」っていうところがめちゃくちゃ増えていて。
紹介されたデータによると、2025年は日本のM&A市場が過去最高を記録しました。日本企業が関与したM&A件数は前年度比8.8%増、総額は20.5兆円から35.7兆円まで増え、過去最高を更新しています。
さらに2026年に入っても勢いは続いており、1〜6月の上半期でも前年同期比5.1%増で、3年連続の過去最高だといいます。
増加の構造的な理由として、池原さんは大きく2つを挙げます。1つは上場企業へのプレッシャーが厳しく、事業ポートフォリオを見直して非中核事業を売却する動きです。もう1つは、後継者不在の中小企業が過去最多になっていることだといいます。
「はげたかファンド」から「かっこいい」への転換
宇尾野さんは、自分の周りでもM&Aという言葉を聞かない日はないほど増えたと話します。二人は、そのイメージが大きく変わったことに触れます。
かつてM&Aには「売り飛ばす」「売られた」といったネガティブな印象がありました。買う側には「はげたかファンド」のような悪者感、売る側には諦めたような負の側面がつきまとっていたといいます。
どちらかというと負の側面の要素を、なんかちょっと古代化した感じがあったかなっていうふうに思いますけど。
しかし池原さんは、10年ぐらい前はそんなイメージだったが、最近はトレンドでかっこいい、次のフェーズというイメージに全然変わったと話します。
宇尾野さんも、成長のためや社会への約束を履行し続けるためのM&Aが多く、直近のM&Aを理解している人からすればポジティブな側面のほうが強いのではないかと述べます。
自社をM&Aした池原さんが動くまで
池原さんは、今年2月に自社をM&Aしたことを明かします。その直後の回がたまたま事業承継の回で、宇尾野さんは当時聞きたかったが言いづらそうで踏み込めなかったと振り返ります。収録時点で半年ほど経ったといいます。
M&Aに至った経緯について、池原さんは会社を長年続け、途中で事業転換して6年ほど経ち、プロダクトが市場に広がり、メンバーも増えてきた段階だったと説明します。そのタイミングで、次のフェーズをどうするか考えたといいます。
動くきっかけになったのは、周りの経営者でM&Aを経験した先輩が数人増えてきたことでした。彼らと食事をし、うまくいったことも苦労したことも含めてリアルな話を聞くなかで、選択肢が具体化していったといいます。
事業をどう残していくかっていうところは、創業者として、起業家としての最大ミッションだな、というのがまず一つ。
池原さんは、事業を残す選択肢は大きく4つしかないと整理します。IPO、事業承継、M&A、そして一代で終わることです。先輩の話を聞いて「そういうやり方もあるのね」と具体化したことが純粋な理由だといいます。
IPO
株式を上場する
事業承継
息子や社内の誰かが引き継ぐ
M&A
他社と一緒になりシナジーを生む
一代で終わる
事業を継続しない
M&Aで「誰の紹介か」が決定的に重要な理由
話を聞き始めてから実際に動き出すまでは、半年以上あったと池原さんは振り返ります。最初からM&Aをしようと聞いていたわけではなく、リアルな話を重ねるなかでイメージがつきやすくなったといいます。
実際に進めると決めたあとは、縁を通じてエージェントを紹介してもらいました。ここで池原さんが強調するのが「誰の紹介か」の重要性です。
M&Aはどこかとどこかがくっつく話であり、日用品を売り買いするのとはまったく違います。うまくいった信頼できる人から酸いも甘いも聞き、任せられそうな相手をつないでもらえたことが大きかったと池原さんは話します。
大企業からスタートアップまで広がる組み合わせ
宇尾野さんは、M&Aの組み合わせが広がってきたと話します。かつては大企業同士や敵対的買収が目立ちましたが、経営者の世代交代に伴う事業承継の流れや、スタートアップ同士のM&Aが増えてきたといいます。
背景には、上場基準の変化やスタートアップへの資金流入の変化があります。全員が上場するわけではないなかで、どう合流していくかという動きが増え、いろいろな組み合わせが登場してきたと述べます。
池原さんは、自分の理解として3つのパターンに整理します。大企業同士のM&A、件数として多い中小企業の事業承継目的のM&A、そしてスタートアップが上場以外のEXIT ── 起業家や投資家が投資した資金を回収すること。上場(IPO)と、他社への売却(M&A)が代表的な手段です手段として使うM&Aです。
同業を連続買収する「ロールアップ」とは
新しい形として二人が取り上げるのが「ロールアップ」です。宇尾野さんは、新しく立ち上げた会社が、同じ業態や地域でシナジーのある会社を次々に買収し、一つの会社として統合していく手法だと説明します。事業人の支援先でも件数が増えているといいます。
池原さんが調べたところ、ロールアップ ── 同業種や類似ビジネスモデルの複数の小規模企業を、短期間かつ計画的に連続して買収し、一つの大きな企業体にまとめ上げていくM&A手法ですは、複数の小規模企業を連続して買収し、一つのプラットフォーム企業にまとめ上げる手法でした。
具体例として、宇尾野さんは動物病院のロールアップを進めるアルダジャパンを挙げます。シンガポールで立ち上げた会社で、社長は動物への愛が強く、カルテのSaaS事業を持ちつつ、病院を次々に買収してきたといいます。
動物病院市場は分散化しており、有名な動物病院はほとんどありません。多くが個人経営で、大きくても10〜15病院のグループがある程度です。そのため一つずつ積み上げると大きな連合ができ、5年ほどで病院数がほぼトップクラスになったと宇尾野さんは話します。
その原資は、スタートアップ事業の利益ではなく、初期に資本家から集めた巨額の資金です。買収でグループを作り、システム統合や人材育成、人事評価を整え、最終的に別のグループへ売却する。これを5年から10年単位で進める会社だといいます。
巨額の資金調達
初期に資本家から資本を集める
連続買収
分散した同業の小規模企業を次々に買う
統合
システム・人材育成・人事評価をグループで整える
売却
5〜10年単位で別のグループへ売る
宇尾野さんは、売り手にとってもメリットが大きいと述べます。一つの病院でやる限界に対し、グループに入ることでシナジーや人材の流動性が生まれるためです。一方で、それを買う資金力がなければ絵に描いた餅になるとも指摘します。
池原さんは、市場シェアの急拡大や経営リソースの合理的な配分というメリットの一方で、財務負担や、カルチャー統合のスピードという課題もあると整理します。
黒字なのに廃業する会社と、新しいキャリア
池原さんは事業承継に話を戻し、後継者不在や高齢化を理由に、黒字なのに廃業していく会社が多いだろうと指摘します。そのうえで、個人がそうした会社を買って経営を引き継ぐことが、新しいキャリアになるのではないかと話します。
個人でお金を(会社を買うために)出して、そこの経営を引き継ぐっていうのも、なんか結構新しいキャリアなんじゃないかな。
宇尾野さんは、知人が酒蔵を引き継いだ例を挙げます。酒蔵は免許や認可が必要で参入が難しい一方、蔵を持つことにはロマンがあるといいます。
その知人は企業で経験を積み、経営も学んだうえで、親交のあった酒蔵の当主と経営の話をするなかでM&Aに至りました。渡す側と経営方針を一緒に作りつつ、金融機関から資金を借りて引き継いだといいます。
つまり、引き継ぐ側に多額の貯金が必須というわけではなく、融資の担保などは必要でも、こうした引き継ぎが普通に発生していると宇尾野さんは話します。この知人は酒蔵の広い土地を生かし、隣でレストランも始めたといいます。
池原さんは、聞き手にもいろいろな立場の人がいるとしたうえで、好きな対象から入る道を示します。酒好きなら酒蔵、ワイン好きならワイナリー、ゴルフ好きならゴルフ場といった具合に、M&Aの仲介サイトで探して縁があれば経営してみるのも新しいと話します。
宇尾野さんは、M&Aが経営のエントリーとしても良いテーマだと述べます。一代目が築いた建物やブランド、信用を、どう後世に引き継いでいくかを考えたとき、それを活用したい若者や別の人が参入することは社会的価値が大きいといいます。
M&Aは開示した瞬間からが始まり
M&Aは「どこがどこを買収した、おめでとう」で終わり、その後のストーリーが見えなくなりがちだと池原さんは指摘します。しかし、そこはゴールではないと二人は口をそろえます。
宇尾野さんは、社員に開示したところからが変化の発端であり、経営者はもっと前から進化が必要で、組織や個人の変化が激しい話だと述べます。
池原さんは、開示できるのはクローズしてサインした瞬間だけで、大企業なら東証が閉まった後の時刻ぴったりに公開するなど、ドキドキの瞬間だと話します。自社ですら大変な人と組織の問題が、違う文化と重なることでさらに大変になるといいます。
宇尾野さんは、この番組の前提でもある「組織作りに唯一の答えはなく、状況や組み合わせ、過去のプロセスで変わる」という点が、M&Aで最も表面化しやすいと述べます。苦労も多い分、新しい会社の輪郭が広がり、進化が促されるポイントでもあるといいます。
財務よりも「人の問題」が上回るPMI
池原さんは、PMI ── Post Merger Integrationの略。M&A成立後に、経営や業務、組織、企業文化などを統合していくプロセスのことを数字で見ても厳しい状況だと話します。コンサル会社のデータでは、日本のM&Aで「成功した」と自己評価する企業は45.3%、経営者だと15.3%だといいます。
何をもって成功とするかにもよりますが、従業員のモチベーションや経営理念の浸透など、人の問題が財務を上回ると池原さんは指摘します。M&AにせよIPOにせよ、大きな地殻変動の後には人が大きなテーマになるといいます。
二人は、事業承継のドラマにも触れます。先代が築いた方針や理念、昔からいる番頭のような存在があるなかで、子に引き継ぐだけでも大変だとよく聞くといいます。宇尾野さんは、差し支えない範囲でそうした話も今後語っていきたいと締めくくります。
まとめ
M&Aは過去最高の市場規模を更新し、経営者にとって身近な選択肢になりつつあります。事業を残す手段としての基本を押さえつつ、統合後に待つ「人の問題」まで見据えることが、この回の要点です。
- 2025年の日本のM&Aは総額35.7兆円で過去最高。非中核事業の売却と後継者不在が二大要因
- 事業を残す選択肢はIPO・事業承継・M&A・一代で終わるの4つで、M&Aは「かっこいい」イメージに変わってきた
- M&Aは日用品の売買と違い、「誰の紹介か」という信頼関係が決定的に重要
- 同業を連続買収して統合するロールアップは、分散市場を大きな連合にまとめる新しい手法
- M&Aは開示した瞬間からが始まりで、成功と自己評価する経営者は15.3%。財務より人の問題が上回る



