「聞く専門家=優しい人」という違和感
この回は、宇尾野彰大さんが感じた素朴な問いから始まります。聞く専門家とされる人は、なぜか優しくておしゃべりが出しづらいイメージを持たれやすい、という話です。
聞き手役の池原真佐子さんも同じ悩みを抱えていました。メンターとして傾聴を仕事にしていると、常に穏やかに聞くモードだけでは事業が進まないのに、そのイメージで見られてやりにくいと語ります。
私はメンターで傾聴とかやるじゃないですか。常にそのモードでは事業が進まないのに、そういうイメージですごい見られてやりにくいっていう話をしていたんですけど、篠田さんいかがですか。
篠田さんも、いつの間にか「めっちゃ優しい人」というイメージが流布していると打ち明けます。自分では特別優しいとは思っておらず、内側には「ブラック篠田」がいると笑います。
自分が優しくないとは言いませんけど、特別優しいとも思わないし、自分の中ではブラック篠田っていう、(ブラック篠田が)めっちゃ発動する時とかも当然ながらあるので。
心理的安全性は「何でも許してくれる」ことではない
この違和感は、心理的安全性の誤解ともつながっていきます。池原さんは、人材育成の場で「何でも許してくれる人」と思われ、少しでも厳しいことを言うと「外で言っていたことと違う」と反応される悩みを挙げます。
篠田さんは、心理的安全性を「全員が言いたいことを言える状態」と整理し直します。つまり、自分も言われたくないことを言われる覚悟が必要だ、という指摘です。
(心理的安全性は)あなただけじゃなくて、全員がそうってことは、あなただって言われたくないこと言われるんですよ。それが心理的安全性だけど大丈夫ですか、っていう。
篠田さんによれば、成果が出ていない事実を淡々とファクトとして伝え合い、それをチームとしてどうするかに持っていくのが心理的安全性です。誹謗中傷ではなく、そのプロセスの一部として「聞く」があると話します。
ハラスメント配慮の板挟みで、事実が言えない上司
この誤解は、聞き手だけでなく上司全般が構造的に抱えやすいものだと話が広がります。心理的安全性が世の中で言われ始めたことで、上司側がかえって息苦しくなっている、という論点です。
池原さんは、成果が出ていないよ、どうするのという厳しい事実が、逆に言いにくくなっていることを懸念します。心地よさだけではない部分が正しく伝わってほしいと語ります。
上司の方が置かれてる今の環境って、ハラスメントとかを気をつけてくださいねっていうのをきっちり教え込まれているから、聞くっていうことと同時に高い成果を出さなきゃいけないところで、本当にどうすりゃいいのよって悩まれてるのかなと。
この盛り上がりの途中で、池原さんは別件のため退席します。ここから、宇尾野さんと篠田さんの2人で本題へ移っていきます。
未来を考えることと、組織を考えることがつながる時代
宇尾野さんが用意した3回目の問いは、経営者が未来をどう考えればいいか、というものです。AIという新しい技術と、地方での採用難という2つの変化を軸に話が進みます。
宇尾野さんは、経営の方針や数字以上に、それを推進する組織をどうするかで悩む経営者が増えていると感じています。未来を考えることと組織を考えることが、近いテーマになってきたという実感です。
篠田さんは、社外取締役として関わるメルカリの例を挙げます。AIネイティブ化を進める文脈で、CHRO ── 最高人事責任者。人と組織の戦略を統括する経営幹部がCTO ── 最高技術責任者。技術戦略や開発組織を統括する経営幹部を引き受けることになったといいます。
ツールとしてのAIを使うっていうことは、個々人の生産性を上げるんだけれども、じゃあ組織は、ってなると、組織としてのスループットが自動的に上がるわけじゃない。
篠田さんによれば、AIを前提にすると業務プロセスの組み替えや必要なロールの変化が伴います。しかも技術が各事業にどうインパクトするかは読めないため、今は決めきれず試行錯誤が続くと話します。
地方の採用難の背後にある、地域社会そのもの
もう一つの論点、地域で人が採れない問題を、篠田さんはメタな視点から捉え直します。人口動態の背後には、地域社会のあり方そのものがあるという見方です。
篠田さんは、都市部より人間関係が長く続いてきたがゆえに、過去の価値観や特定の人の発言権が強く残りやすいと整理します。その居心地の悪さから、流動性の高い人ほど出ていってしまうという構造です。
そういうことが起きて、これも結構アップデートが難しいやつ。
技術的問題と適応課題──答えは自分が変わることでしか出ない
こうした課題を整理したうえで、篠田さんは経営者ができることを「環境への適応」に絞り込みます。環境に影響を与えつつも、環境から受ける影響に自分がどう適応するかしかない、という考え方です。
篠田さんがよく参照するのが、リーダーシップ研究者ロナルド・ハイフェッツの分類です。リーダーシップを発揮する場面を、技術的問題と適応課題の2つに大きく分けています。
正解がどこかにあり、それを探して自分のところに持ってくればよい。できるできないが客観的に判断できる。
正解がなく、リーダー自らが変わり、状況の捉え方を主観的に変えることでしか答えが出ない。
篠田さんは、適応課題こそ過去2回の「聞く」の話とつながると言います。自分の物事の捉え方を変えるには無意識の領域も関わるため、じっくり聞いてもらうことが捉え直しに有効だという指摘です。
福島の復興支援で、ただただ話を聞き続けた
篠田さんは、これを裏づける例として『経営の力と伴走支援』を挙げます。前中小企業庁長官の角野さんが書いた新書で、東日本大震災後の福島の復興支援の経験がもとになっています。
原発事故で避難した後、事業者が戻らなければ生活基盤がなく住民も戻れない、という難題がありました。避難先で家族の生活基盤ができ、もう戻らなくていいと考える人も多い状況です。
支援チームが事業者を訪ねても、最初は「何しに来た」という反応でした。ほかにできることがなく、ただただ話を聞いていたところ、少しずつ変化が生まれたといいます。
話を聞いてるうちに、だんだんそうは言っても故郷への思いとか、本当はどうしたいのかっていうことがちょっとずつ言葉になってきて。
その言葉が原動力になり、家族を説得して地域に戻る事業者が実際に現れました。角野さんはその経験をもとに、後に関東の中小事業者向けの経営支援や全国プラットフォームづくりへと展開していきます。
篠田さんは、これが地域の課題に直結すると結びつけます。現実そのものはすぐに変わらなくても、捉え方を変えることでチャンスに気づいたり、違うタイプの人を雇おうと思えたりする、というのです。
じわじわ来る変化に、どう気づくか
宇尾野さんは、AIのような分かりやすい変化とは別に、じわじわ来る変化の気づきにくさを指摘します。悪く言えば、ゆでガエルのように影響に気づけない状態です。
篠田さんは、未来は予測できないという前提を置きます。そのうえで、知人の安川信一郎さんの著書を引き、シナリオを複数立てて思考することはできると紹介します。
未来を予測するのではない。予測は難しいから。だけどシナリオを立てて、どういうことがあり得るかっていうことを思考することができる。
篠田さんは、シナリオを立てる過程で、自分の心理的ブロックにも気づけると言います。考えたくない前提のシナリオほど思考が止まるため、その止まり自体が収穫になるという見方です。
つい自分の心理的なブロックでこれ考えたくないから全然思考が進まない前提のシナリオっていうのに気がつくんですよね。でもそれに気がつくっていうことだけでもすごい収穫。
「おかしいな」というざわつきを掘り下げる
もう一つの入り口として、篠田さんは日頃の「おかしいな」「変だな」という引っかかりを挙げます。いい会社なのに人が採れない、この2年で若い人が急に辞める、といった気になる事象です。
篠田さんによれば、この引っかかりは自分が正しいと思っていることや大事にしたいことと抵触するからざわつくものです。だからこそ掘り下げると、自分が大事にしてきたことが言語化されると言います。
この引っかかりはどっから来るんだっていうのをちょっと掘り下げる。それは誰かに話聞いてもらいながら掘り下げるのが一番おすすめ。
一方で、思考やバックグラウンドが近い人とばかり一緒にいると、このざわつきを俯瞰するきっかけがつかめないと篠田さんは警告します。それが結果的に、ゆでガエル的な状態へ近づいてしまうという指摘です。
マイナスの感情こそ、自分が大事にしたいことをつかむ材料
篠田さんは、経営者ほど「前向きでなければ」と考え、マイナスの感情を邪魔なものとして扱いがちだと言います。しかしそれは逆で、マイナスの感情にこそ材料が詰まっているというのが核心です。
怒りでも、やるせなさでも、悲しみでもよい、と篠田さんは続けます。ここ一週間で感情が大きく動いたことは何かをたどると、大事にしたいことが見えてくると話します。
ただし、周囲と同じ景色の中で一人だけざわつくと、社員を不安にさせたり日常に引き戻されたりしがちです。そこで篠田さんは、自分の中で起きていることを棚卸しする定期的な時間を勧めます。
経営者同士でシナリオを持ち寄ると、盲点が見える
宇尾野さんは、シナリオプランニングを経営者同士で一緒にやる価値に注目します。一人だと都合のいいシナリオになりやすいものが、他者の視点で補正されるからです。
自分が心地いいような都合のいいシナリオになりやすいんですけど、隣の別の方が全然違うものを見ていて、この人のケースだったらどうするっていうのを対話する機会とか、すごい面白そう。
篠田さんも、他人のケースなら客観的に語れると同意します。ここは盲点でしょう、リスクを含みすぎでは、といったフィードバックをもらえる関係が有効だという話です。
EQは生まれつきではなく、体系立てて学べる
話は、変化を検知する力へと移ります。宇尾野さんは、人が何を感じているかを検知する力をEQ ── 心の知能指数。自分や他者の感情を認識し扱う能力を指すと表現し、これが低いと鈍感になりやすいと自身の体験から語ります。
篠田さんは、EQは体系立てて知識と技術を身につけられるものだと応じます。感情を素材として扱う発想すらない人もいるため、それが材料であり、学べるものだと理解すること自体が重要だと話します。
(EQは)性格的に感受性が高いとか低いとかそういうことではなく、学べるし知れるんですよっていうことがまず理解されるっていうのは意外と大事。
篠田さんによれば、EQの体系は自己理解の解像度を上げ、それが他者理解やチームへの影響力につながるフレームです。これまで話してきた「聞く」との親和性も高いと補足します。
脳内のサンプル数を増やす──SNSを社会の縮図として見る
篠田さんは、組織を「ものすごく複雑なシステム」と捉えたうえで、鍵になるのは自分の脳内のサンプル数を増やすことだと言います。人に会う方法もあれば、読み物から増やす方法もあります。
篠田さんは、本を通じてフィクションもノンフィクションも読み、「そんなことってある」という自分の心のざわつきを知っておくことを挙げます。人の多様さや感情の底知れなさを体感で増やせるという考えです。
さらに篠田さんは、ある成功した投資家がSNSをそのために使っている例を紹介します。いろんなタイプの人をフォローし、社会で出来事があったときに人がどう反応するかをサンプルとして見ているといいます。
(SNSを)人のサンプルだっていう風に見ると、何がバズってるかっていうのとはまたちょっと別のものを見に行ってらっしゃるだそうです。
宇尾野さんは、サンプルを増やすことは、身近な職場でも起きると受けます。同じ会議に出た人に「どう思ってるの」と聞くだけでも、多様性に圧倒されるという実感です。
(会議のあとに)ずっとこの半年言ってたけど、そっちの理解か、ごめんねみたいなこと。
「聞くは我慢」は誤解──聞くと発見があるから楽しい
最後に、篠田さんはリスナーへメッセージを送ります。「聞く」に対する誤解のなかで、もっとも多いのが「聞くは我慢することだ」という理解だといいます。
篠田さんは、それはもったいないと語ります。自分が口を挟めば、相手が自分自身を発見しようとしているそのライブ感を消してしまう、というのが理由です。
宇尾野さんも、聞くことは発見であるという言葉を、この回を通じて体感したキーワードだと受け止めます。聞くイコール発見を念頭に置いて組織づくりに向き合ってほしい、と締めくくりました。
まとめ
聞くことは優しさでも我慢でもなく、相手や自分の発見を生むプロセスです。篠田さんは、心理的安全性の誤解を解きほぐしながら、変化への適応は自分の捉え方を変えることでしか進まず、そこに「聞く」が効いてくると語りました。マイナスの感情や日頃のざわつきを材料に、自分の大事にしたいことをつかむことが、未来を考える経営者の出発点になります。
- 心理的安全性は何でも許すことではなく、成果の出ていない事実まで淡々と言い合える状態を指す
- 技術的問題は正解を探せば済むが、適応課題はリーダー自身が捉え方を変えることでしか答えが出ない
- 日頃の「おかしいな」というざわつきやマイナスの感情は、大事にしたいことをつかむ材料になる
- EQは生まれつきではなく体系立てて学べ、自己理解が他者理解やチームへの影響力につながる
- 聞くは我慢ではなく発見であり、相手が自分を発見していくライブ感を味わえる営みである





