そもそも「欠乏マインドセット」って何?
この回のテーマは、みやちゃんが最近研究している「欠乏マインドセット」です。時間やお金など、何かのリソースが「足りない」と感じる気持ちや心理のことを指します。
あの、欠乏マインドセットって聞いたことありますか?
それ名前だけしか聞いたことなくて、中身については全然わかってないで。
みやちゃんによれば、欠乏マインドセットは心理学の世界ではまだあまり研究が進んでいないコンセプトで、もともとは経済学のほうから来た考え方だそうです。
お金が足りないというマインドセットが、仕事やパフォーマンス、QOL(人生の豊かさ)にどう影響するか。それを調べるために経済学者が作り上げたコンセプトだとみやちゃんは説明します。
実際の額より「足りないと思う気持ち」が問題
ポイントは、実際にお金や時間があるかどうかではなく、「ない」と思う気持ちのほうにあります。欠乏マインドセットは、現実のリソースとは別の心理的なコンセプトだとされています。
ないって思う気持ちって人それぞれじゃないですか。
ああ、その現実に関わらずどう認識してるかっていうこと。
たとえば、すごくお金持ちなのに「足りない足りない」と思っている人もいれば、逆に発展途上国でお金がほとんどないのに「ない」と思っていない人もいる、とみやちゃんは例を挙げます。
つまり、同じ状況でも人によって欠乏の感じ方はまったく違う。その主観こそが欠乏マインドセットのカギになっている、というわけですね。
「ない、ない」と考えるだけで脳のメモリが奪われる
欠乏マインドセットが高いほど、学ぶ・読む・計算するといった認知的なパフォーマンスにネガティブな影響が出ることがわかっている、とみやちゃんは話します。
なぜかというと、「ない、ない」と考え続けること自体が認知負荷になるからです。それが人の認知的なリソースを奪ってしまうといいます。
気がそれるとか注意を持っていかれるみたいな感じかな。
つんさんの「気を取られる感じ」という表現に対して、みやちゃんはもう少し専門的に「ワーキングメモリ」という言葉で説明します。脳の中には記憶を保持できる容量があり、「ない、ない」と考える思考がその容量を奪ってしまうそうです。
(ワーキングメモリが)目の前のことに使えるだけの容量が減っちゃう。
はい、そういうことです。
本来なら大事なタスクに100%使えるはずのリソースが、「ない」と考えることで奪われてしまう。その結果、認知的なパフォーマンスが下がってしまうという理論です。
欠乏感は「やる気」までしぼませるのか
もともとの理論は「欠乏マインドセットは認知的なパフォーマンスによくない」というものでした。今回のみやちゃんたちの研究は、そこから一歩踏み込んで、非認知的な部分、つまりモチベーションへの影響を調べたそうです。
気持ちの問題に対してどう影響してくる。
研究のロジックはこうです。欠乏マインドセットは認知的な負荷になる。そして別の研究では、認知的負荷はモチベーションにネガティブに影響することもわかっている。
人っていうのは認知的な負荷をかけると、(内発的な)やりたいとか好きとか純粋な気持ちが失われてしまう。
だとすれば、認知的なほうに影響する欠乏マインドセットは、それと連動する非認知的なモチベーションにも影響するのではないか。それがみやちゃんたちの仮説でした。
500人の学生データが示した結果
みやちゃんたちは、およそ500人の学生からデータを取り、統計的なモデルで検証しました。今回はドイツの学生が対象で、勉強に関する欠乏マインドセットとモチベーションに絞っています。
欠乏マインドセットは「勉強する時間がない」「勉強するための金銭的な余裕がない」とどれくらい感じているかで測り、モチベーションは勉強への内発的なやる気で測ったそうです。
結果は仮説どおりでした。勉強のためのお金や時間が「ない」と思っている人ほど、勉強への自己効力感(自分はできるという感覚)や、勉強したいという内発的な気持ちが少なくなっていたのです。
(少なくなるっていうのは)そう思えなくなってるっていうこと。
そうですね。
ただし、これはドイツの学生という限定されたサンプルでの結果です。日本で働く人や育児中の人など、他のコンテクストでは検証されていないとみやちゃんは断っています。
それでも、理論上はいろんな状況に当てはまりそうだと考えていて、コーチングで悩んでいる人の背景にも、この欠乏マインドセットがあるのではないかと、みやちゃんはつんさんに問いかけます。
コーチングに来る人は、そもそも「欠乏」から始まっている
つんさんの答えは意外なものでした。そもそもコーチングを受けようとする人は、ほとんどが欠乏マインドセットから始まっている、というのです。
そもそもコーチングを受けようという人は、欠乏マインドセットから始まっていることがほとんど。
うまくいっていないことをうまくいかせたい。その理由をたどると、能力が足りない、時間が足りない、お金が足りない、ノウハウを知らない、と「何かがない」に行き着く。そのないものを得ようとしてコーチングを受ける、とつんさんは説明します。
さらにつんさんは、コーチングを受けるモチベーションは、いわゆる「やる気」とは別物だと言います。それは「なんとかなりませんか」という助けを求めるスタート地点であり、何かを成し遂げたい気持ちがあるからこそ欠乏を感じる、という構図です。
逆に、今の現状に満足していて「こんなもんでしょう」と思っている人は、欠乏マインドセットを持っていないと言える。そういう人はコーチングを受ける必要も感じないし、では強いやる気があるかと言われると、そうとも言い切れない、とつんさんは話します。
だって足りてんだからいいじゃないと。何をこれ以上頑張ることがあるんですかと。
足りないものがあるという認識、つまりマインドセットを原動力にして、埋めたい・身につけたい・成長したいと動き出す。その心の動きはむしろ自然だ、とつんさんは感じているようです。
同じ「足りない」でも、原動力になる人とならない人
つんさんの話を受けて、みやちゃんも欠乏マインドセットには理論上ポジティブな効果もある、と補足します。足りないものを埋めたい気持ちが、成長のきっかけを作る原動力になることもある、というわけです。
ここでみやちゃんは、2つの視点を挙げます。1つ目は、同じ欠乏マインドセットを持っていても、それを原動力に変えられる人と、そればかりにとらわれてかえってパフォーマンスやモチベーションが下がる人がいる、という違いです。
その差は、個人の環境・性格・リソースといったものが影響して変わってくるのではないか、とみやちゃんは考えています。
2つ目の視点は、欠乏の感覚が「一時的で短期的なもの」なのか「長期的に見たときのもの」なのか、という時間軸の違いです。
任期と貯金でわかる「短期の焦り」と「長期の備え」
みやちゃんは自分自身を例に出します。研究職の契約には任期があり、あと2年、あと1年と残りが減っていくほど、研究への「楽しい」「やりたい」という気持ちがどんどん減っていくそうです。
時間が欠乏していけばいくほどということか。
あと一年で成果を出さなければって思うと、焦りとか不安とか恐れが頭の中をぐるぐる回る。
この焦りが認知的なリソースを奪い、本来の研究に没頭できなくなってしまいがちだ、とみやちゃんは打ち明けます。短期的な欠乏感がネガティブに働く例ですね。
一方で、貯金の話は違います。今の口座残高では65歳で仕事を辞めたら生活が持たない、と欠乏マインドを感じても、38歳の今からなら65歳まではまだ先で、できることがたくさんある、とみやちゃんは言います。
だから今のうちにお金の勉強をしよう、節約の方法を考えようと動ける。長期的な欠乏感は、成長のきっかけになってくれるというわけです。
あと1年で成果を、と焦るほど不安が頭を占め、認知的リソースが奪われて研究に没頭できなくなる
今から準備できる時間があるので、勉強や節約など成長のきっかけに変えられる
ところがつんさんは、まったく逆のパターンも浮かんだと言います。今はなんとかなっているのに、認識する時間軸を長く伸ばしたことで欠乏を発見し、その発見が今のモチベーションまで奪ってしまうケースです。
今は足りてるのにも関わらず、その認識する時間軸を伸ばしたことによって欠乏を発見し、今のモチベーションまで奪われてしまう。
今こんなに頑張ってもどうしようもないんじゃないか、と投げやりになったり自暴自棄になったりすることも生まれる。欠乏感には、こうした両面があるとつんさんはまとめます。
欠乏の基準は「自分のライン」か「他人のライン」か
つんさんはもう1つの軸として、欠乏の「基準」を挙げます。欠乏があるということは、足りているというラインがあるということ。そのラインを自分自身が求めているのか、それとも誰かが決めたラインなのか、という違いです。
これが買いたいから、あそこへ旅行したいからお金が欲しい。こういう本を読みたい、映画を見たいから時間が欲しい。こうした自らの欲求に基づく欠乏なら、それを満たしたい気持ちがモチベーションの強化につながりやすい、とつんさんは言います。
一方で、会社から「今期の目標はここまでで、君は足りていない」と言われて得る欠乏マインドセットもあります。他人が決めたラインによって生まれる欠乏です。
ただし、つんさんはここがきれいに分かれるわけではないと考えます。他人から「足りてない」と言われても、最終的にそう思うのは自分だからです。
足りてないんだって言われても、上司からお前足りてないぞって言われても、いや僕めっちゃ頑張ってますからっていう人もいる。
他人から言われたことを内在化して、自分の内側に取り入れてしまえば、それはもう内発的なものになるのではないか、とつんさんは話します。外と内の境界はグラデーションだ、というわけですね。
たとえばチームの成績が足りていないという状況。最初は自分ごとと思っていなくても、「そういう仕事だしな」「上司に言われたしな」と受け取ると、欠乏マインドセットがポンと生まれてしまうかもしれない、とつんさんは言います。
そしてその場合はモチベーションが上がりにくい。やりたくてやるのではなく、義務やタスクとしてやること。「仕事ですからやりますけどね」くらいの温度感になりやすいからです。
欠乏感とモチベーションは「ニワトリと卵」
つんさんの話を受けて、みやちゃんは新しい気づきを口にします。そうなると、欠乏マインドセットの前にモチベーションもあるような気がする、というのです。
自分で決めて「やりたい」と思った先の欠乏なのか、他人や他のことによるモチベーションから来る欠乏なのか。どちらにしても、先にモチベーションがあって、そこから欠乏が生まれているとも考えられる、とみやちゃんは指摘します。
ニワトリが先か、卵が先かみたいな。
はい、そうです、そうです。
以前の配信で「モチベーションが先か成果が先か」を話したときと同じで、結局は両方だ、という着地です。欠乏マインドセットとモチベーションも、相互に作用するものと考えるほうが自然だと、みやちゃんはこの回をまとめました。
まとめ
欠乏マインドセットは、実際の額ではなく「足りない」と思う主観の問題で、それ自体が脳のワーキングメモリを奪い、能力もやる気も下げてしまうことがあります。一方でコーチング現場では、その欠乏感こそが動き出す原動力になっている。焦りが毒になるか原動力になるかは、短期か長期か、そして自分のラインか他人のラインか、といった境界線によって変わってくる、というお話でした。
- 欠乏マインドセットとは、時間やお金が「足りない」と感じる主観的な心理で、実際のリソース量とは別物
- 「ない、ない」と考えること自体が認知負荷となり、ワーキングメモリを奪ってパフォーマンスとモチベーションを下げる
- 500人の学生データでは、勉強のお金や時間が足りないと感じる人ほど、勉強への自己効力感とやる気が下がっていた
- コーチングに来る人は欠乏感から始まっており、欠乏感が行動の原動力にもなるという二面性がある
- 短期の焦りは自暴自棄を生みやすく、長期の備えは成長につながりやすい。自分が求めるラインか他人のラインかも影響する






