山口周さんと深井龍之介さんの新刊は「復習に近い」
雑談は、りょーごさんが読み終えたばかりの、山口周さんと深井龍之介さんの対談本の話から始まります。
途中で止まってんちゃう?いや、でも今日ちょっとそれタイムリーじゃないんやけど。AI。
あ、ちゃう、あれは?あれ、俺読み終わってん。山口周、深井龍之介本。
え、あれもう出たの?
あ、もう出たで。この前の金曜かな。そう、先週金曜出て。
まだ買ってないや。一瞬で読んでんな。
あ、でもな、新書で、薄い、そんなページ数なくて。であと対話やから、そんな小難しいことも言ってなくて。
えー、買お買お。
でも、時代に合うかわからんけど、割とやっぱAI時代にどうすべきか的な展開入ってて、やっぱそうなるんやなみたいな感じではあった。面白かった。
深井さんの話も聞いてるし、山口周さんの本も読んでて。両方(聞いてる人)にとったら、そういうよなみたいな内容だったん?
そうそう、そうね。なんか復習に近いというか、整理してもらってるなみたいな感じやったね、結構。いや、でも良かった。
いいねいいね。買お。
暇と退屈の違い、お酒を探求する人の「贅沢」
りょーごさんは話題を切り替え、価値観が変わったという『暇と退屈の倫理学』の話を始めます。ちゅーさんは途中で挫折したそうです。
あれ、そうやな。じゃ、『暇と退屈の倫理学』の話からしようかな。なんか、それで俺の価値観また変わったっていう話で。
あれどこまで読んで?俺もう今、全然あんま覚えてないけど。
俺挫折して、そっから読んでないな。
俺があれで一番やっぱ刺さったのは、暇は、まあやることがない時間で、退屈はそれをどう受け止めるかの人の感覚みたいな。
暇を退屈と思うか、そうじゃないと思うか、まあ人それぞれみたいなところで。そこを退屈と思ってない人で、貴族がいるみたいなのが出てきて。
あの人(貴族)は贅沢をしててみたいなのが表現されてたのが、なるほどなと思って。
貴族も別に働かずとも衣食住は揃ってて、やりたいことやってて、多分退屈なのかもしれないけど、退屈と思ってないかなと思うんやけど。
やっぱそれ思うのは、この前、奥さんの友達の家族ぐるみのホームパーティーじゃないけど、日中に4、5家族ぐらい集まって、とあるお家にお邪魔して。
子供らが遊んで、奥さんはお菓子つまみながら喋るみたいな。で、場所遠いから、アッシーとして、ドライバーとして父親も駆り出されるみたいな感じで。
ほぼはじめましてのお父さんとも喋ってて。俺以外の2人、3人で喋ってて、その2人ともお酒めっちゃ好きで、お酒をめっちゃ語り合ったり。
家主の人が「このお酒いいっすよ」ってどんどん紹介してくれて、「うわ、これは」みたいな。
俺も別に酒なんて、酔えばいいから、味とかあんま何にも意識したことないし。別に気にしたこともないけど、そう言われると確かに、これは美味しいし、これは苦いなとかいろいろあるやんか。
その人は、俺からするとすげえ探求、トライアンドエラーしてて。これを買ってみよう、次はあっち買ってみよう、あ、これはちょっとな、いやでもやっぱこれ美味しいなみたいなのを楽しんでたりして。
そういうのを見ると、俺、いかに自分の普段の衣食住で何のこだわりもなく、ただご飯を胃を満たすために食べて、酔いたくなる時にどれでも気にせずお酒を飲むみたいな生活をしてて。
で、これが物事を退屈に感じてしまうのかなと思って。
そのお酒を楽しんでる人も、まさに贅沢。別に安い酎ハイでもいいわけやけど、好きなアルコールを極めて選んでいって、で、失敗も楽しんでるというか。あ、これちょっとちゃうかったかみたいなのとか。
それが多分、贅沢の時間で、時間を退屈と思わない生き方なんやなと思って。
で、それは、人の生活をコスパベースで考えるなら、全くもって無駄な金やし、無駄な時間やし。
奥さんがどう思ってるか知らんけど、また高いビール買って、あ、ワイン買ってとか言われてるかもしれんけど。
その人にとっちゃ、それが幸せみたいな。それがやっぱええなと思って。
なんとなく、いかに無駄なことに時間と金使って、好きなものを掘り下げるかが、ああ暇やな、退屈やなって思う人生から抜けれることなんかなと思ったりして。
なるほどね。
明石家さんまさんの掃除と、「考える」ことが退屈から逃れる術
りょーごさんは、明石家さんまさんの発言を整理した本で読んだ、弟子時代のエピソードとも重ねます。
たまたま別で、明石家さんまの自伝じゃないんやけど、明石家さんまがインタビューやテレビで喋ってたことを、めっちゃ整理した、さんまマニアの人が書いた本があって。
昔からのデビューの話をつらつらと書いてあるやつを、俺さんまさん好きやから読んでた時に。
さんまさんって元々は、とある落語家の弟子として芸能界みたいなのに入ってて、弟子っ子生活あった時に、師匠の家の掃除とかさせられてて、18歳高卒で。
で、「さんま、お前おもんないと思って掃除してると思うけど、どうやったらおもろなるか考えながら掃除したらええで」みたいなのを、ポロッと師匠が言ったのを聞いて。
そっから、どうやったら楽しくなるかを考えるのは楽しいっていうのが、さんまの学びやねんけど。
それも通ずるもんがあるなと思って。要は、掃除なんて退屈な時間を面白く考えて、こうやったらもっと綺麗になるなのか、こうやったらもっと俺が楽になるなのか、いろいろあると思うけど。
そういう風に工夫を考えるみたいなのが、結局、退屈から逃れられる術みたいな。
それは『暇と退屈の倫理学』の結論としても一言添えられてるけど、考えるかどうかみたいな。
なるほど。
いかに無駄と思えるものも、無駄じゃないように考えるかが、暇、退屈からの脱出方法なんだなみたいな。俺の中でその2つ(酒の人とさんまさん)が繋がってて。
PIVOTからコテンラジオへ、ジュウシマツの本へ
この気づきから、りょーごさんは通勤中に聞くものや読む本を変えていったと話します。
それを考えた時に、今までの俺、通勤とかでよくPIVOTとかReHacQとか、意識高い系YouTubeをラジオで聞いてたけど、それもコスパ主義なところがあって、通勤も無駄にしたくないみたいな。
はいはいはい、わかる。
そういうのがあるから、逆にいかに無駄に時間使うかなんやなと、ちょっと改め直して。
で、飽きたのもあって、もうコテンラジオを1から聞くようにしたりしてて。
コテンラジオも、それそのものは直接何か役に立つわけじゃないけど、でも当然面白いし、味わいもあるから、そういうのに(通勤時間を)使ったりとか。
あと読書も、仕事に役立ちそうなビジネス本ばっかり追い求めてたけど、もう全然関係ない本をちょっと読んでみたりしてて。
例えば、動物の、名前出た。鳥で、シジュウカラちゃったかな。
ジュウシマツ。
あ、ジュウシマツか。ごめんごめん。あいつは会話すんねんか、鳴き声いろいろ変えて。それを研究した、動物学者の方の本を読んで。
別に仕事に役立つとかじゃなくて、誰かがネットの記事かなんかで触れてて、おもろそうと思って買ってんけど、やっぱそれが普通におもろくて。
ジュウシマツに対して真摯に向き合って、かつ世界的な論文を出すために、こういう順序で考えれば反発食らうのも防止できるはずだって、考えに考え抜いて。
ジュウシマツがどうやってコミュニケーションを取ってるかを研究したっていうのを、つらつら書いてる本やねんけど、もうめっちゃおもろくて。
全然、俺の読書の中の新しい扉やったけど、いかに意味ないけど、すげえその人がのめり込んで研究してるかみたいな本を、ちょこちょこ読むようになっていって。
時間を贅沢に、別にそれで自分に何か残るとかでもなく、ただその読書の時間が楽しいなみたいな感じで使ってて。
研究者の人の本も、論文とか書いてるから、まず結構文章としておもろいし、研究の方法みたいな、プロセスのところも結構読み応えがあったりして。
ノンフィクションの、ドキュメンタリーチックなのも面白いなと思い。地球の石を研究してる人の本とか、それはもう全然さらっと読めたけど。
すごいな。
あと、昔の自然を研究してる『奇巧の十万年史』とかいう本とか。ちょっと有名っぽいんやけど。
それですか。聞いたことある。
そういうような、いかに無駄な読書するかみたいなのに時間を費やすようにしていって。でも、それがやっぱり贅沢なんかなっていう感じで、生き方がちょっと変わってきてるみたいなのがあって。
それが『暇と退屈の倫理学』を読んだ影響で、今気に入ってる自分のスタイルみたいな感じ。
いや、めっちゃいいな。
子供と遊ぶ時間を「トレードオフ」と感じてしまう
りょーごさんの話を聞いて、ちゅーさんは子供と過ごす時間についての自分の感覚を打ち明けます。
それ聞いて俺が一番思ったのが、子供と遊びに行く時に、何も自分はしなくて、ただ見るだけで(いることが)あって。
あるね。あるな。
で、その時間終わって戻ると、「あ、この時間もっとこれに充てられたのに」とか。で、そう思う自分が嫌なんだけど、トレードオフしてるみたいな感覚になる時があって。
なるな。わかるわ。
もうそれは本当に、自分がマジで豊かじゃないなと思って。
確かに。時間貧乏やね、それって。
コスパで考えるって最初に言ってくれたけど、もうまさに自分もそれしちゃって。いや、だから(子供との時間は)無駄じゃないっていうとこもあるよね。
そうそうそう。だから、その瞬間瞬間を楽しめてたら、もう別に無駄じゃないみたいなとこがある。
ほんとそうだよね。
何かにつながってないと(ダメ)とか、それが意味ないと思うんやろうね、やっぱり。
それを楽しめるようになるには、どうしたらいいのかな。意識を変えるってこと?
意識を変えるし、楽しめるようにって考えるのも、さんま流でいうと楽しいんやろうね。どうやったらこの子供との時間楽しめるようになるかなって、考えるみたいな。
あ、そうかそうか。
確かに考えようで、見てるだけだけど、自分の中で観察するポイントを決めて、そこだけを観察してみたりとか。
ああ、全然あるあるね。
そうだよね。楽しめるポイントは、探そうと思えばいくらでもあるもん。
あるある、絶対あるわ。それは人それぞれ違うから、俺はこう楽しんでるよが、万人に通ずるもんでもないし、人それぞれなんやろうね、多分ね。
いや、だから俺は、はなから「ああ、時間が」みたいな。
なんで今それしてなあかんねんって思うよ。
いや、めっちゃ大事だな。
4月だからっていう作業でバタバタして、家の中でもちょろちょろ仕事せなあかんくなった時に、子供に「遊ぼう」って言われてるけど、「ちょっとごめん、パパ仕事せなあかんから」っていうのは、やっぱ辛いよね。
本当に。
しんどいやろなみたいな感じだけど。
そうなんだよなぁ。
奥さんが風呂から出たら「クラブやん」
りょーごさん自身は、子供を自分が楽しいことに巻き込んで遊んでいると話します。
俺、子供と楽しむ……でもやっぱ自分が楽しいと思うやつに(子供を)巻き込んでる感はあるかな。
普通に好きな音楽かけて、1歳の子やから抱っこして、ちょっと変な抱っこで、そのリズムに合わせてゆらゆら動くみたいな。
それを見た上の4歳の子が、一緒に踊ってくるみたいな。
楽しいね。
奥さんが風呂入ってたら、一人で二人を見るっていう時間やねんけど、しかもなんか知らんけど、上の子は電気消してライトつけ出すねんやんか。
だからほんま、奥さんが風呂から出てリビング入ってきた瞬間、クラブやんみたいな。
「何してん」みたいな。
楽しむってことやんな。いやー、だから、もうほんと何事にも通じる考え方だよね、大事な。
そうやと思う。いや、ほんまに。いい本であったなあれ。『暇と退屈の倫理学』。
目的に向かう時間以外を「悪」にしてしまう
ちゅーさんは、何事も目的を決めてから考えてしまう自分の前提に話を移します。
そうなんだよ。やっぱ目的を決めてっていうとこに、その話になるな。
目的決めてやらないと嫌というか、もうはなから、そういう前提のもと物事を全部考えちゃってるから、楽しめないんだろうな。
まあでも、目的に向かって努力してる時間は絶対楽しいというか、やりがいあるよね。それは全然いいことやけど、それ以外を悪としてしまうのが、ちょっともったいなくなる。
どうしても子育て世代は忙しいから、余計に、その目標に向かって努力してる系の時間って限られるもんね。どうしたって制限されるから。
無駄に思えてしまう他(の時間)が、大多数すぎるんやろうなと。
だけど別に、100パーセントそこ(目的)に向かってるってわけじゃないから、その葛藤があるから、嫌なんだよね。自分が振り切れてないというか。
今仕事する時って、それが絶対的にいいっていう風に自分が思えたら、放置って言い方あれだけど、別に(子供の)面倒見なくても、そこに罪悪感って覚えないと思う。
なるほど。なんか知らんけど、スタートアップの社長さんとか、割り切ってる人とかいそうよね。
企業の拡大フェーズやから、そんなプライベート(優先してる)場合じゃねえって言って、割り切ってる人はいそうで。
いるよね。で、もう超メリハリつけて、1日は絶対遊ぶけど、それ以外は逆に絶対やらないみたいな。そういうことできてないからなあ。
面白い。いや、目標もそもそも腹落ちしてないし、余計につらいのが重なるんやろね。
そうね。あ、そうそうそう。ああ、ほんとそうだと思う。
まあ単純に、仕事でやらなあかんことに追われてるとかも、そういうことなんかもしれないけど。
そうねそうね、どこ向かってんだろうっていう。
それで、さっきの奥さんの友達の旦那さんのお酒の人は、別に目標もなくて、人生で一番好きな酒を見つけるとかでもなく、ただただ。
そうだよね。
今日はこれを飲んでみよう、ああ、ちょっとちゃうかったなっていう失敗すら楽しんでるというか。やっぱちゃうんやろな、なんか。
新しい部署で噛みつかれても「醍醐味ですね」
りょーごさんは、4月に部署や役割が変わった自分の仕事にも、同じ感覚があると話します。
今、俺その4月、部署もやることもポジションもいろいろ変わったけど、この先に自分のいわゆるキャリアの発展みたいなのは、まだ何にも見えなくて。こんな組織すぐ潰れるだろうなとも思うし。
今ポジションが上がったから、また次のポジション上がれるかって、その先も別に何かあるわけでもないから、見え方によっては袋小路気味っちゃ気味みたいな。
しかも短期で終わる可能性もあるっていう意味では、これを俺のキャリア終わったって捉える人もいそうな気もしていて。
ただ、俺も自分のキャリア5年後、どこにどういう形で自分がいるか全く見えへんけど、やってて苦労はあるけど、その苦労すら学びとして面白いなみたいなのがあって。だから、まあいいかもみたいな。
俺もともと、元気な人が働きたがる職場はどんなんなんだろうとか、人を元気にする職場はどんなんなんだろうみたいな、職場環境に少し関心があって、いろいろ自分なりにやってたけど。
今それを完全にやる仕事になってて、組織という数人の人はいるけど、そのことについて自分一人しか動いてなくて。
でも、とりあえず動いたらいろんなリアクションが来て、いいですよって言ってくれる人もいれば、なんでそんなんやらなあかんねん、忙しいのにっていうリアクションもあって。
それすらも、あ、こう動いたらこの人はこうリアクションするんだなって学びというか。
素晴らしい。
まあその瞬間は結構イラついたりすんねんけど。「なんで僕たちはそんなことしなくちゃいけないんですか?」って、すげえ噛みつかれたこともあんねんけど、その瞬間はむちゃくちゃイラつくねんけど。
帰りながら、「まああの人もああいうキャラやから、こういうとこを望んでるけど、それと合わへんからなんだろうな」みたいな。その人の背景すら想像して。
「じゃあそういう人には、もうちょっと丁寧な言い方をすべきだったな」みたいな、普通に反省と学びみたいなのがあったりして。
すげえケーススタディを自分を通してやってるような感覚で、ちょっと俯瞰してるみたいなのがあるから、完全にイラつききらないみたいなのがあったりして。
今とりあえず学びはあるし、いっかみたいな。それはちょっと近いんかもしれんけど、そのお酒の(人と)。
そうよね、そうよね。楽しんでるよね、それは確実に。
他の人に「お前大丈夫か、いろいろ大変そうやな」って言われた時に、ポロッと出たのが、半分ジョークで半分ほんまやなと思ったのは、「いやなんか、事務局やってる醍醐味ですね」みたいなのを言って。
偉いさんに「忙しいのにこんなん入れてくんな」って文句言われたんで、「ちょっとお話行ってきます」みたいな。実際それ話したらわかってくれて、なんちゃない感じで終わったね。
いやー素晴らしい。そういうポジティブマインドだと、受け取り手もやっぱポジティブに受け取るしな。
ああ、それもあるやん。嘘で謝ってるのも、どうせわかるもんね。思ってもないけど「すいませんでした」って言うとかも、透けて見えるし。
そういうんじゃない、素を出すみたいなのを、すげえ意識してるな。
文句言うのは簡単だからな、ほんと。
まあそうなんよね。
成人発達理論と、本当に相手をリスペクトする人
ちゅーさんが、誰もがこうした俯瞰のマインドを持ち得るのかと問いかけると、りょーごさんは成人発達理論を持ち出します。
やっぱ俯瞰してみるっていうとこなのかな。みんながそういうマインドを持ち得るんだよね、絶対ね、考え方。
絶対持ち得る、持ち得る、絶対持ち得る。
え、でも大半は持ってないよな。持ってないと思うわ。
そうね、成人発達理論っていうのがあって、それもめっちゃ面白かったけど。どうやったらいろんな人とうまく付き合えるかが、フェーズによってレベルが変わっていくみたいな。
人付き合いのスキルと俺は解釈してんねんけど、もしかしたらちゃうかもしれない。
一番下の人は、やっぱり何か言われても腹立つし、こいつは俺にとって使えるやつかどうかで人を判断するし。
が、最上位になると、普通に目の前の相手を通じて自分が何を学び取るかみたいな。自分もここが至らんかったななのか。
フラットに人と接する。ネガティブな発言でも、自分そのものへの攻撃とも捉えずみたいな。だいぶちゃうやんか、一番下と一番上。
それが5段階ぐらいかな?ある理論があって。俺はそれがめっちゃ好きやったんやけど。
リスペクトってことだよね、結局。
そうそう、自分もリスペクトするし、相手もリスペクトした上で、どうするかみたいな。
だから最初は自分しかリスペクトしていなくて、相手は駒みたいな感じやったりとか。あと、相手をリスペクトしすぎて自分をリスペクトしてないから、そのまま言いなりになるとか。
でも、最上位の人はやっぱある程度、俯瞰力があるんやと思う。
で、本当にそう思うってことだもんね。本当に(相手の)ここの部分を尊敬できているって、本当に思ってる。
そうそうそう、ほんまに思ってる。
結構そこ差あるよね、世渡り術的に。「こう思ってらっしゃるんですよね、わかります」って言ってる人と、本当に相手のことを考えて理解してる人とは違う気がするな。
全然、本質レベルで見ると全然ちゃうね、確かに。
世渡り上手も、結局自分が傷つかないためのみたいな感じよね。自分に向いてるよね、多分ね、そのコミュニケーションスタイルが。
確かに確かに。
成長したら、自分以外のものも気にする対象にどんどんなっていくんやろね、多分ね。
ああ、そうかもしれない。社長さんとお話したことがあって、めちゃくちゃデカいユニコーンのベンチャー企業だけど、1個上とかなんよ。同世代の人なの。
東大出てマッキンゼー出て、独立してみたいな人。もうなんかスーパー。すごいビジュアルも良くてみたいな。
いやもう、ずるいな。腹立つな、ほんまそういう人。
何でも持ってますみたいな人だけど、まず接し方がすごく丁寧で。それは全然表面的じゃなかったんよ。
飲み会の場とかでも、同い年に近い人で、社会的地位の差がめちゃくちゃあるにも関わらず、全然それを感じさせない。全く差別してないっていうのがすごく伝わる。
すげえ。
本当にいろんな経験してきて、人との接し方を表面的に学んでるんじゃなくて、ほんと本質的にそうやって人と接してるんだなって、めちゃくちゃ思ったよね、その時。
生まれつきかわからんけど、身についていってそう振る舞えるようになったんじゃないのかなと想像するけど。それは多分、成人発達理論でいう上のレベルのところやな。
意識してやってる感は、マジでなかったよね。本当にフラットに見てるっていうか。すごいなと思っちゃったな、あの時。
それがまた同世代っていうのが痺れるね。だから年齢関係ないというか、経験年数じゃなくて。
経験、内省、概念化、実験を回す回数の差
りょーごさんは、同じ年数でも成長に差が出る理由として、経験学習のサイクルを紹介します。
経験学習サイクルみたいなのがあって。経験してそれを学びに変えるサイクルがあんねんけど。
同じ職場で同じ年数経ってても成長度合いが違うのは、できるできないじゃなくて、そういう学びに変えるサイクルを回す回数の差だけみたいな。
なるほど。
その回し方さえ覚えれば、別に何でも学べるしみたいな。年齢が上だからできるとかでもないみたいな。
えっと、それってAという人とBという人がいて、同じ量を与え続けた時に、それぞれは全然成長度合いが違う。だから経験値の差ではないってことね。
そうね。そうですね。
単純に経験を学びに抽出して、それをもう一回実践してみたいな。PDCAに近いんやけど。1つの経験からどれだけ学びを得ているかみたいな。要するに内省。
経験を振り返って、成功失敗の要因を考える内省っていうフェーズがあり、その内省を経て、こういう公式だなっていう概念を作る、概念化っていうステップを経て。
で、その概念をもとにもう一回実験してみて、またうまくいくかいかないか学びを得るみたいな。経験、内省、概念化、実験っていう4ステップをずっとぐるぐる回すっていう経験学習理論。
これを何回やるかが、成長に違いが出るっていう話。やから、同世代でもそういうすげえ人はいるやろうし、50、60でも到達しない人もいるしみたいな。
りょーごさんが話した経験学習のサイクルは、次の4ステップで整理できます。
そうか。俺、経験も全然してないんじゃないかなとか思ったんだけど。まあ経験することはまず必要です。で、経験して内省して。
で、結局、次の経験をしなきゃいけないわけよね。
ああ、実験する場だけよね。
そこはチャレンジするっていうステップが、もう1個入ってくるのかな。ずっと同じとこぐるぐるしてる人もいるよね。
いるな。まあでも、前まで6日かかったのが5日になったのも、実験の結果かもしれん。同じ仕事をずっとやるんで。
A1だけでA10までわかる人、ひとつずつ進む人
ちゅーさんは、ステージのたとえで、自分とりょーごさんの成長の仕方の違いを考えます。
イメージ的にはさ、ステージが何個か分かれてて、そのステージもさらに何個か分かれてて。Aのステージをクリアしたら Bのステージに行くんだけど、Aの中にA1からA10まで(ある)。
あるやろね。
A1をクリアしただけでA10もクリアするのと同等のスキルを持っちゃう人と、A1、A2、A3ってちゃんとやっていかないとA10に行ってBに行けない人みたいなのがいるなと思ってて。
で、俺自分自身が後者だというふうに思ってて。頭で「A10までこうね」ってわかってB行けるっていうのを持ってなくて。
それが内省の差なのか、あるいは能力値の差なのかみたいなのが、今話してすごい気になった。
おお、面白い。俺は前者やねん、どっちかというと。でもそれ、わかった気になってるだけで、実際に経験して結果出せるかはまた別の話やけど。
まあでも、こういうステップでやったらいいのねっていうのは、一回やるとなんとなく見えて。で、見えたらもう飽きるというか、実際にその結果出るかまでは興味ないのよね、俺。
俺にそれ(実力)が身についてるかは。まあだから次行くみたいな感じ。
ああ、そういうことね。
だから、こだわりポイントが違うっていうのも1つあるんじゃないかとは思うけどね。じゃあ、ちゅーさんはどっちかというと、本当にできるかの確認が必要で。
ああ、なんかそんな感じがするな。今聞いてて。
俺は、本当にできるかはもう興味なくて。できた気になる、仕組みがわかれば、もうそれでいいみたいな。
今60点出した仕事を、80点、100点を目指す気はさらさらなくて。今は0しか出せないやつをまた始めてやって、60出せるか70出せるかをやるみたいな。
だと、100はこうしたら出せそうだなさえわかれば、もうOKみたいな。それが能力というか、思考のベクトルなだけの気も。先入観。
なるほどね。確かに、まあそういうことも言えるね。
あ、もう半、半までやね。
あ、いやいや、12時まで。
あ、いけんの?あ、ならやりましょう。
え、ちょっと待ってね。一応確認する。ああ、はい、大丈夫です。
あ、いける?OKです。
でも、やっちゃいけないことは共通してて、多分AしかやってないのにC、Dを語っちゃいけないっていうのは絶対あると思うんだよね。CとDのクリアを経験して(から語る)。
そうね、そうね。
だから、やっぱ経験っていうのは大事なのはあると思うけど。量じゃないんだろうね、種類っていうか。
量も、ダルビッシュが言ってたのも、努力したら報われるっていうのも、報われない努力もあるみたいなのは言ってたから。量こなしゃいいっていうのも、極論すぎて不正解なんやろうね。
量が大事じゃないも、もちろん嘘やけど。「量が全て」っていうのも、全然嘘っていうところなんやろね。
犬の道とか言ってるよね、山口周も。質のいい仕事、悪い仕事。
ああ、そうね。そうそう。言ってる言ってる。
その一方、これが自分の成長につながるかとかいう風に考えて行うのが全てじゃないっていうのも、あるもんね、冒頭の話で。
そうなんよな。まあでも、別に学びはあるなっていうのは全然良くて。で、別に学ぶことも目的にしてないし。難しいね。
成長そのものだけを追い求めているわけでもなくて、結果、学びがあった、やったぐらいの感じなんやろな。
じゃあ全然無駄じゃないはずなんだけど。
そうそうそう。結果的に無駄にもなってないし、まあその道中すでに楽しかったし。ラッキーみたいな。
だから質の悪い仕事でも、考えようによっちゃ、質のいい方向にも持っていけるってことにもなり得るよね。
なるなる。全然なると思う。上司から「お前にこれやってほしいねん」って言われた時に、いやもう嫌やな、意味ないなっていうのも、実はそうではないかもしれないっていう。
そうそうそう、そういうことやね。
いや、そういう思考能力ついたら、マジ生きやすくなると思うな。
部分は否定しても、自分全体は諦めていない
りょーごさんは、以前ちゅーさんから「一本化できそう」と言われたラジオでの話に、共通する芯を見つけたと語ります。
あ、そうよね。前、ちゅーさんに、今のラジオのやつ、一本化できそうよねみたいなこと言われてて。統一してるなとちょっと思ってんのは。
結局、俺は自分に対しては、自分の可能性は全く諦めてなくて。
ただ、今こういうキャリアに結果的になったのも、一回やってみて、それよりすごい人と比べた時に、俺はこうじゃねえな、こっちには行けねえなみたいな。エンジニアとかプロマネとか。そこは部分的に自己否定をしてて。
ただ全体として、自分は否定してないみたいな。自己肯定してみたいな。これは無理だった、あ、じゃあ他に何があるんだろうみたいな。
「これは無理だった、イコールもう自分ダメだ」になる人も多分いると思うんやけど。
部分と全体を区別できてて、全体を諦めてないから、その部分を簡単に捨てて、じゃあ次何しようか、違う部分を追い求められるなと思って。
自分そのものを信じて諦めてないかが、まず根幹にあって、で、部分が否定されても自分にはダメージはないみたいな。だから、そこがやっぱ芯通ってんのかなっていう気が。
なるほどなるほど。前も話したかもしれないけど、客観視してるっていうのもそうだし、同一視をある種してないっていうか。ほんと俯瞰して見てて、自分っていうそのプレイヤーを。
そうそうね、そうね。
そいつ(プレイヤー)が得意なことはこれじゃないのね、じゃあこれやってみようとかいう考えになってれば。マトリックスの世界だけど、全然自分はダメージ食らわないっていう発想にもなるし。
なるなるなる。それすらも学びというか、俺こっち向いてないんやなすら、学びとして捉えてるような。早めに気づけてよかったぐらいの感覚すら。
そうね、自分を信じているっていうところと、目の前の現象を自分全体と切り離せてるっていうところと。そうね、俯瞰して。ですね。
成長やから、1つのゴールに向かってずっと日々精進みたいなのが、割と良いとされてきている感じもあるけど。
ちゃんと一回一回壁にはぶち当たっていて、で、あんまり無駄に(壁を)超えようとしていない、方向転換をしているみたいな感覚なのかなっていう気が。
あーはあはあ。面白い。
究極にずっとポジティブなわけでもないし、実際王道から逸れているけど、でも共通してるなと。自分そのものは全く諦めてもなくて、信じてるから、できる感じもするなと。
それが、芯のメッセージな気がするなと思って、ちょっと。
めっちゃいいね。そうか。こう歩いてる人がいて、壁があって、それにぶつかったら。
すぐくるっと他の方向向かって歩いて、またくるっと別の方向歩く。そうそう。それが人生みたいな。
人によっては、その壁を超えるために武器買ってとか、上よじ登ってとか、いろいろすると思うんやけど。そこすぐ諦めて、右か左行くみたいな感じで。
書き起こしでは、この後の「一本道で坂道になってる人もいる」「子供に伝えたい」といった一部の相づち的な発言も、りょーごさんの発言として記録されています。
いや、面白。だから人によっては、ほんと一本道で、坂道になってるしかない人も。そういう捉え方する人もいるもんね。
まあそれは、大谷翔平とか多分そっち系やね、多分。ようわからんけど。それはそれでいいと思うし、美しいと思うけど。
自分は結果そうじゃなかったし。別にまあ、それはそれで今ハッピーやしいいじゃんみたいな感じなんやなっていう気もする。
いや、めっちゃいいと思うな。それはほんと子供に伝えたいことだね。
行き先を決めない「アーティスト散歩」
りょーごさんは、Testosteroneさんのnoteをきっかけに始めた、昼休みの散歩の話を切り出します。
あとは、そうやそうや、これも言いたかって。Testosteroneさんって知ってる?知らんか。「筋肉は裏切らない」の、ムキムキマッチョの髭の絵の。Xで200万フォロワーとかいう、本出してる人。
で、その人がnoteを始めて、それも好きで読んでんねんけど。筋トレ好きやから健康志向の記事とかもいっぱいある中で、やっぱ散歩がめっちゃ重要みたいな。1日7000歩歩くだけでみたいなのがあって。
それを聞いてから、昼休み散歩するようにしてんやんか。しかもその時、コテンラジオを聞くいい時間になってんねんけど。
で、一応健康のためにスタートしたんやけど、もう歩数は別に追わなくて。7000歩がいいんやろうけど、俺何歩歩いてるか知らんねんけど。
そもそも散歩楽しいっていうのに、一回目ですぐ気づいて。だから今も続けれてんねんけど。
その散歩の仕方も、これは別の本で、英語の原題は『The Artist's Way』っていう、「人間誰でもアーティストになれる」みたいな本があって。
日本語の訳は『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』みたいな本やねんけど、自分のアーティスト性を引き出すためのやり方をいくつか書いてて。
で、そのうちの1つに「アーティスト散歩」っていうのがあって、それはどこへ行くでもなく、気になった道を曲がり、気になった道を行くみたいな。
それ何かっていうと、「このまっすぐで今信号渡った方が楽」みたいな論理的な脳の使い方じゃなくて、ただ直感的に「あ、この道気になる、曲がってみよう」とか。
それをすることで、自分のやりたいが育まれる、思い出すというか、大事にされるみたいな。だから推奨しているアーティスト散歩やったかな。それを取り入れてて。
だから、神戸工場の正門出た瞬間に決めるねん。左曲がろうが、信号渡ろうが、右の海辺の方行こうみたいな。
決まったルートじゃないねん。大体、信号赤やったらもう止まりたくないから、左か右って、大体行ったことない左行くようにしてんねんけど。
左行って、神戸工場出てすぐの左をまた曲がってみるみたいな。神戸工場の端を周回してみるみたいなのが、俺の1回目の散歩やって。
で、もうその時点で「え、神戸工場ってこんな感じになってんねや」みたいなのが、もうすでに面白いみたいな。
その翌日は、「昨日ここで左曲がったから今日はまっすぐ行ってみよう」みたいな。で、次ここで左行ってみようみたいな感じで。
俺今、神戸工場周りのありとあらゆる道を歩き潰してるみたいな散歩してて。
健康のために始めたけど、健康のためにやってるんではなく、ただただもう楽しすぎてやってるみたいな感覚やねんけど。
それがもう面白くて、昼休み楽しみでしゃあないし、なんやったら普通に1時ちょうどにデスク戻ってこられへんこと多々あったりして。散歩行きたくなりすぎて、遠く遠く行くみたいな。
もう、いよいよ何やってるかわかんない人ゾーンに入ってきて。いや、もうほんますげえ謎。しかもそれ、俺自分でちゃんと俯瞰してて、「こいつわけわからんことやってるな」って思ってるし。
で、その俯瞰してる自分すら俯瞰してて、「また俯瞰して楽しんでるな、ちゅーさんに言おう」と思って。俯瞰を俯瞰してるみたいな、もう意味わからんとこに自分おる。
いや、すごいわ。すごいな。
左の方ずーっと行ったら、2号線なんかな、陸橋があんねんけど。普段絶対登らへんねんけど、陸橋登ったら、陸橋から見える景色もめっちゃ面白くて。
俺、家から須磨水族館行くの、2号線を通っていく。普段の俺が通る道を陸橋登って見下ろして、「あ、俺こういうところ通ってんねや」みたいな。
もしかしたら、あの車は数日前の俺かもしれないみたいな、変な映画の世界観に自分を置いてみたりとか。もうわけわからん楽しみ方したり。
あとは、左ずーっと行っても、東西に走ってるJRにぶつかんねんけど、それ越えたらめっちゃ綺麗な公園があって。
しかもそれ、桜の木やって。桜のシーズン行ったらめちゃめちゃ綺麗で、勝手にお気に入りスポットできて。
桜咲いてる時は、逆にそれ見に行きたいから、変に曲がらんとまっすぐそこ行って、桜の木見ながらコテンラジオ聴いて帰ってくるみたいな。もうめちゃめちゃ昼休みが充実してて。
いや、でも聞いてて、すごい豊かだなと思うわ、やっぱ。全然、無駄なことしてんなって思わないね、やっぱり。
ああ、そうよね。そう、そうなんよ。
実際に楽しいから楽しそうに喋れるし、ちょっといいなとも、多分、聞いてる人は思ってもらえるような気もするけど。
いや、めちゃくちゃいいなって感情になるね。
別にそれが自分の何につながってるわけでもないけど、めちゃくちゃ楽しい。
「お金持ちじゃなくて時間持ち」と、葉桜の美しさ
りょーごさんは、Testosteroneさんの記事にあった、LINEヤフー会長を退任する川邊健太郎さんとの対談の一言を紹介します。
そのTestosteroneさんの記事で、Yahooのもう退任する会長の川邊さんか、との対談で言ってたけど。「これからはお金持ちじゃなくて時間持ちがいいと思う」みたいなこと言ってて。
まあ、そういう感じやと思う。まあ時間の方が価値ある時代なんや。
いやー、ほんとだから、コスパで考えて、いろいろなものを逆に失ってる気がすんな、本当に。
確かに、だからそうよね。人生、振り返った時に何が残るかを捉えると。
俺やっぱ、仕事(の日々)で思い出せるのは、散歩した時のあの桜の木とか。
そっちの方が、確実に自分の心に残ってるもんね。
桜満開も美しいけどさ、葉桜すら楽しめることに気づいてさ。桜の木の下で、葉桜になってるのを見上げたら。
桜ってピンクと白混ざってるやんか。で、葉っぱもあるから緑で、その奥の空が青くてっていうのが、めちゃくちゃ美しいと思って。
で、葉桜やから、ヒラヒラ桜の花びら舞ってんねんか。これすげえ景色見つけてもうたなと思って。
すげえな。いや、めっちゃ豊かだわ。
うわ、葉桜って寂しいなぐらいに思ってたけど、もうむしろ美しいぐらいに、今年初めて思った。来年も葉桜、俺めっちゃ楽しみやと思うし、絶対また行くわ、あそこ。
今年、俺桜見た記憶すらないわ。
うわ嘘やん。いや、ちょ、それはやばいて。
花見もしてないし、入学式とかも行ったはずなのに、その道中とかの何の記憶もないな。何も見てない。
それは、めっちゃ熱く語りたいな。桜と紅葉は見とかんと、(次は)1年後やからさ、見んまま死ぬ可能性あるやんか。普通に、交通事故なり。
あ、それ前も言ってたね。
だからやっぱ、そこは絶対見逃したくないのよね。今年も家族と花見来れてよかったみたいな。
歓迎会を断って家族と花見、4000円の捉え方
りょーごさんは、この春に職場の歓迎会を当日に断り、家族と花見に行ったエピソードを明かします。
4月に、もともといた課にキャリアの方が入られて、その週末の金曜日に歓迎会するぞってなって、一応参加するってなっててんけど。
当日の朝に、喉ちょっと違和感あるし、もうやめとこうと思って、断りを入れて、家族と花見行った、俺。
めちゃくちゃ自由だな。
しかも、2日が木曜で、3日金曜が飲み会やって。2日も早めに、もう仕事5時ピタで帰って、家族で近くの公園で花見行って。
花見は別に何日でもできるから、「いや俺これ明日もしたいのに、明日飲み会だる」とちょっとよぎった上で、朝喉違和感あったから、もうちゃんと断って、「よし、花見行ける」つって。
無理やり見つけ出してるやん。
そうそう、もう理由を見つけていくもん。断る気で、理由だけ後からついてるみたいな。
いやもう、むっちゃ満足度高い。で、当日の欠席で料理代4000円、俺取られてんけど、まあそれは払ってんけど。
それは痛い出費かもしれんけど、よくよく考えたら、家族と花見行きたいのにそれを行かず、おもんない飲み会に参加して、飲み放題代プラスしたら6000円払うより安いなという捉え方して。
4000円払って、家族と花見できたっていう風な捉え方をしたけど。
なるほど。いや、面白いな。やっぱ、そうだよな、ほんと。
無駄なことをしていると余裕が出てくる
ちゅーさんは、余裕と無駄の順序が逆なのではないか、という気づきを口にします。
やっぱ無駄を愛すると、情緒も豊かになる気がすんな。
ああ、確かに余裕が出るよね、確かに。
だから、余裕があるから無駄なことするんじゃなくて、無駄なことをしてると余裕が出てくるというか。
うわ、ね、それ怪しいよね。
そんな気がしてくるな。あえて無駄なことしてると、人生の捉え方がどんどん豊かになって、余裕が出てくる気がすんな。時間にも。
何かに追われるっていう感覚、減ってくんやろね。
うんうん、減ってく気がする。だから、時間ができたらやる、だったら本当に一生ダメ(だと)、なんか思ったわ今。
あーおもしろ。そうかも。
そういう行動が余裕を生んでくるんだなぁ、きっと。人としても。
あとあれちゃう?贅沢な時間を守りたくなるから、やりたくないのをめっちゃ削っていく方に脳が働くじゃん。
必然的にね。ああ、なるほどね。それもあるよね、絶対。
だから、しゃにむに頑張るも、質落としてでも終わらすとか。だって俺散歩したいもん、じゃないけど、好きな時間があれば、そういうふうになっていくんかもね。
いや、それおもろいな。
ちゅーさんは、以前りょーごさんが話していた「どうせ直前にならないとやらない」という言葉を、最近ずっと意識していると明かします。
前言ってたじゃん、どうせ直前になんないとやらないから、全然気にしないようにしてるみたいな。
やらなあかんこととか、やっといた方がいいことね。
そうそう。あれすげえ俺の中で、いつも最近意識しててさ。
そうなんや。
あれやらなきゃ、これやらなきゃ、今やっておけば楽だからって言って、すごい苦しむのが、まだ全然あるんだけど。
でも、どうせ直前になってやるんだから、今はそれこそ無駄なことをしようって、いつも反芻するというか思い返すんだけど。いつもその言葉を思って。
えー嬉しい、なんか。
いや、そういうふうにしようしようとして。いや、でも難しいんだよなぁ。
難しいよね。そうそう。ストレスをどう捉えるかって思うね。
やらなきゃやらなきゃをストレスとして避けるか、やりたいのにできないをストレスとして捉えるか、どっちがストレスとして重たいかっていう気がするけど。
あ、そうね。そうね。今やりたいのを抑える。
いや、でもそれ面白いな。贅沢してたら豊かになって。確かに。
なんかそんな感じよね。面白い。
ちょっと前から、2ヶ月に1回ぐらいのペースで昼休みに勉強会を入れられてたりしてて。
全然乗り気じゃない勉強会やったら、あんまりどうでもいいなと思っててんけど、散歩始めてから、余計にもう参加せんようにした。散歩削ってまでやるマインドにならへんから。
いや、無駄なことって削がれるよね、自分にとって。いやいや気使って参加してたけど、もういよいよ切れるよね、それが。「いいです」って。
いや、やっぱちゃんと決断してやってるもんな、そういうこともな。時間が空いたら散歩しよう、だと多分一生やらないだろうな。
そうね、確かに。時間ができたら何かをやろうの時に、でも時間を作るための努力をするかと言われると、またそれも怪しいもんね。
で、また時間を作るっていう、結構しんどいことが起きるもんな。
起きる。
いや、無駄を、日々を、愛するみたいな感じだよな。
そんな感じやね。いや、いいこと聞いた。
朝起きてすぐ、ノート3枚に書き続ける
最後にりょーごさんは、『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』にある、朝のノートの習慣を紹介します。
まずは散歩から始めて。あと、『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』で面白いなと思ったのが、朝起きて、ノートにただただ、自分の頭に思い浮かんだ言葉をノート3枚分書くっていう。
え、朝起きて?
朝起きてすぐ。眠たいだけやったら、眠たい眠たい眠たい眠たいって、永遠に書き続けるっていう。
え、すごいな。
それをしたら、ロジカルに頭を働かせる左脳?左脳がロジカルなんやったっけ?ちょっと忘れたけど、そっちが疲れきって、日中シャットダウンするらしくて、右脳のやりたいが出てくるらしい。
結局、やりたいけど「こうした方がいいからやらない方がいい」でかぶせてくる、ブレーキの部分が朝から疲れ倒して、アクセル踏みまくるっていう。
えー、そうなん?面白いけど、ちょっと怖いな、それ。ロジカルにならなきゃいけない場面もあるよな。
そうそう。自分のやりたいを殺さないみたいな。
ちょっとだけ(効果が)あったけど、それが生きたのかあんまようわからんけど。まあ、やりたいに結構純粋な人間やし、あんまり。
あと、3ページ書くのがめっちゃ大変で。ずっと埋め続けるの。
朝から(言葉が)出てくんのか。
それ(脳を)疲れさすのがポイントやから、やらなしゃあないんやけど。
そっかそっか。へー、面白い。
アーティスト散歩は楽しいわ、マジで。神戸工場という十何年通い続けた周りのことを、何にも知らんかったものがどんどん知れていくっていう。
結構ちっちゃい工場とかいっぱいあってさ。自社ビルになってる中小企業とかもあったりしてさ。
えー、そうなんだ。
なんちゃら工場とか面白いな。そもそも海も近くにあるから、海見て「海ええな」とか。楽しい。
それで、ほんとルートを決めて同じ散歩をするじゃないとこがミソだね、ほんと。
そうそう、そうやねん。別に歩数を意識するわけでもないから、あともうちょっと歩こうとかもなくて。
まあ時間は昼休みまでやから、そりゃUターンはせなあかんけど。どこでUターンするかも決める。「まあもうここでええか」とか。
いや、そんな感じ。まあ12時じゃ、今日ね、一旦。
面白かった。
いや、ありがとうございます、いつも。話を聞いていただいて。
いやいや、ほんとありがとう。面白かった。
まあ次、土日があったかな。
あ、そうね。はーい。
はい。お疲れっす。
じゃあお疲れ様です。
まとめ
りょーごさんは『暇と退屈の倫理学』をきっかけに、コスパ主義から離れ、無駄に思える時間を楽しむ生き方へ変わってきたと語りました。お酒を探求する人やさんまさんの掃除の話、ジュウシマツの本、行き先を決めない昼休みの散歩が、その具体例として出てきました。ちゅーさんは子供との時間を「トレードオフ」と感じてしまう自分を見つめ直し、余裕があるから無駄をするのではなく、無駄をするから余裕が出るのかもしれないと気づきます。部分は否定しても自分全体は諦めないという、りょーごさんの芯の話も印象的な回でした。
- 退屈から抜け出す鍵は、無駄に思えることを楽しめるように考えることだと語られました
- コスパで時間を使うほど、子供との時間なども「トレードオフ」に感じてしまいやすいようです
- 成長の差は経験の量ではなく、経験を学びに変えるサイクルを回す回数だという話が出ました
- 部分的な失敗と自分全体を切り離すことで、壁にぶつかってもすぐ方向転換できると語られました
- 無駄なことをしていると余裕が生まれ、やりたくないことを削る判断もしやすくなるようです


