人生の記憶が容量オーバーになったら、何を消す?
今回のテーマは「大人が読むべき漫画」です。幸あれこさんが持ってきたのは、中山由佳里さんの漫画『泣きたい夜の甘味処』でした。
幸あれこさんは紹介の前置きとして、スマホで一番嫌いな通知は「容量オーバー」だと話します。動画が撮れなくなるストレスが大きく、1日1個ずつ写真を消したり、Googleフォトに移したりして対策しているそうです。
イケハヤさんは「まとめてやればいいのに」「自動でできる」とツッコみますが、幸あれこさんは「コツコツやろうと思っております」と譲りません。
そこから幸あれこさんは、写真ではなく人生の記憶そのものが容量オーバーになったら、どの思い出をゴミ箱に入れられるかと問いかけます。
じゃあ逆に最後まで絶対にゴミ箱に入れたくない思い出は何ですか?
イケハヤさんは、しょうもない思い出や嫌な思い出はいっぱいあると答えつつ、残したいものとして妻と出会ってデートに行ったことなどを挙げました。
幸あれこさんは、すぐに答えが思いつかない人も、この漫画を読んだ後には答えが見つかるかもしれないと話し、作品の紹介に入ります。
夜だけ開く甘味処は、どんな店なのか
『泣きたい夜の甘味処』の舞台は、夜だけひっそり開く小さな甘味処です。営むのはくまさんと、魚の鮭であるさけさんで、出すのはあたたかいお茶と甘いもの一品だけだといいます。
仕事で落ち込んだ人や大切な人を想う人など、疲れて泣きたい大人が店に迷い込み、お茶とお菓子で少しずつ心をほぐしていく短い話がたくさん入っています。
幸あれこさんが「疲れてる時ってお菓子食べたくなりません?」と聞くと、イケハヤさんは「僕は酒飲む」と即答しました。お菓子は歯磨きのことを考えてしまうので、ほとんど食べないそうです。
漫画はオールカラーで、コマ割りは大きく、文章も少なめのシンプルな作りだと紹介されています。各話の後には、その話に出てきたお菓子のレシピも添えられていて、レシピ本としても読めるといいます。
幸あれこさんは、ここから3つの物語の内容に触れるので、知りたくない人はここで止めてほしいと断ったうえで、3つのポイントで魅力を話していきます。
最後に手でしたいこと、マフィンが「手を温める」話
1つ目のポイントは「人生の最後に手で何をしたいか」です。幸あれこさんは、手しか使えないとしたら最後に何をしたいかを2人に聞きます。
イケハヤさんは、キーボードを打って「もう死にます」と最後に一言Xにポストしたいと答え、幸あれこさんに「池谷さんっぽい」と言われます。しゅうへいさんは、父親が亡くなる時にずっと手を握っていた経験から、手を握っていたいと話しました。
この問いにつながるのが「ギャルとばあちゃんとマフィン」という話です。祖母を思い出して泣きながら店に来たギャルに、さけさんはマフィンを出し、マフィンという名前には手を温めるという意味があると言われている、とだけ伝えます。
ギャルの祖母は長く寝たきりで、手が少しずつ固くなり、もう握ることもできなくなっていました。ギャルは店を出た後、関節拘縮 ── 関節が固まって動かしにくくなる状態。長く寝たきりが続くと起こりやすく、クッションを握らせるなどの予防ケアが行われますを予防するクッションを手作りし、誰かに手を握られているような感覚を祖母に贈ります。
幸あれこさんは、作者が看護師でもあることに触れ、医療用のクッションを単なる器具ではなく「誰かの手を温めるもの」として描いている点に、医療現場への愛を感じたと話しています。
しかもこの漫画、みんな甘味処で答えを持って帰るわけじゃないんですよ。答えをもらってるわけじゃない。
さけさんはアドバイスをせず、お菓子の由来を伝えるだけです。それでも主人公の中で現実の見え方が変わる、という流れがこの漫画の良さだと幸あれこさんは語ります。
自分の欠点は、干したら長所になるのか
2つ目のポイントは「自分の欠点、干したら長所になるのか」です。幸あれこさんは、大失敗して人間としてダメだと思うほど落ち込んだ夜はあるかと聞きます。
イケハヤさんは、落ち込むという感覚がよくわからないと答えます。炎上しても腹が立つほうが強く、反省はしても気持ちまでは落ち込まないそうです。妻が軽トラで山を下りてしまう時も「しょうがない」と受け止めると話しました。
一方のしゅうへいさんは、落ち込む夜はたくさんあったと振り返ります。借金で首が回らない時だけでなく、お金がある時にも落ち込んでいたといいます。
自分が役に立ってるって感覚がないまま売り上げが出続けるのもなんかすごく心に悪かったし、逆にどうやったら売り上げが立つのかっていうのわからない時も心に悪いし。
しゅうへいさんは落ち込むとファミマに行き、アイスやグミを買うそうです。幸あれこさんは、ここで「干し柿」と答える人は少ないだろうと話を振ります。
漫画に出てくるのは、仕事がうまくできない新人さんの話です。周りのようにテキパキ動けず、注意されるたびに「何をやっても遅い」「迷惑をかけている」と自分を責めていきます。
店でさけさんが干し柿を出し、渋い柿は干されて時間をかけることで、普通の柿より甘い干し柿になると教えます。新人さんは泣きながら食べ、それでも自分はそうはなれないかもしれないと思って店を出ます。
その後、新人さんは一緒に働く人から「一つ一つのことは丁寧でしっかり確認している。そこがあなたのいいところだと思う」と声をかけられます。
甘味処のさけさんが添える言葉は、3つの物語でそれぞれ違う意味を持っています。
| 物語 | お菓子 | さけさんの一言 | 主人公の変化 |
|---|---|---|---|
| ギャルとばあちゃん | マフィン | 手を温める意味があると言われている | 祖母に握らせるクッションを手作りする |
| 落ち込む新人さん | 干し柿 | 渋柿は時間をかけて甘くなる | 同僚に長所を伝えてもらう |
| 認知症の父と娘 | チーズケーキ | 時間をかけて熟成し味や香りが変わる | 思い出も形を変えて残ると考え直す |
同じ出来事は、別の視点でどう見えるのか
干し柿の話には、新人さんに声をかけた同僚の視点で描かれたアナザーストーリーがあります。基本の話と別視点の話の両方が入っていることも、この本の魅力だと幸あれこさんは紹介します。
同僚の視点では、新人さんを庇いたいのに周りの前で言い出せず、そんな自分を嫌いになっていました。震えながら勇気を出して伝えた言葉は、新人さんだけでなく同僚自身も救ったのだと見えてきます。
みんなが自分をダメだと思っていると感じ、自分を責めている
新人さんの良さを見ていたが言えず、勇気を出してやっと伝えた
幸あれこさんは、人は相手の気持ちを決めつけがちで、本当は感謝や尊敬を伝えられていない人も多いのかもしれないと語ります。見えてる景色だけで世界を決めなくてもいいということを教えてくれる漫画だといいます。
しゅうへいさんは、新人の時も3年、5年、10年経っても、みんな自分のポジションで精一杯だと応じます。フリーランスに発注すると「できてなくてすいません」と言われることが多いが、「そんなことないですよ」と返すほうがむしろ多いそうです。
名前を忘れても、愛した記憶は残るのか
3つ目のポイントは「名前を忘れても愛した記憶は残るのか」です。大切な人が自分を忘れてしまったら、思い出してもらうために何を持っていくかという問いが出されます。
イケハヤさんは、祖母が認知症で老人ホームにいる状況に触れ、祖母も混乱するので、思い出してもらおうとは思わず「楽しく生きてくださいよ」という気持ちだと話しました。しゅうへいさんは、一緒によく聞いた音楽がいいかもしれないと答えたうえで、幸あれこさんが忘れたら「屁をかます」と笑いを誘います。
空気を入れ替えて紹介されたのが「夕暮れのチーズケーキ」です。認知症の父は娘のことがわからなくなっていますが、毎日夕方になると、亡くなった妻を迎えに行こうと外に出ようとします。
寂しくなった娘は店でチーズケーキを出され、チーズは時間をかけて熟成することで味や香りが変化していく、とだけ教わります。娘は、思い出もチーズに似ているのかもしれないと考え始めます。
記憶は「覚えている」か「忘れた」かの2択
忘れたように見えても、形を変えて残っているのかもしれない
店を出た後、夕暮れを見ていた父は、娘の顔を見ながら「そろそろ戻ろうか、明子」と一度だけ名前を呼びます。
この話のアナザーストーリーは、父がまだ元気だった頃の視点です。幼い明子と夕焼けを見ながら、大きくなったらこの日のことは覚えていないだろうと思いつつ、この瞬間を忘れたくないと願っていました。
幸あれこさんは、医学的に記憶がどこまで残るかという話ではないと断ったうえで、忘れたくないと願った時間がかすかに残っていたからこそ名前が出たのかもしれない、という希望がある話だと語っています。
認知症の祖父がさすり続けた交換日記
幸あれこさん自身にも、認知症の祖父がいました。認知症になる前から、昔の記憶がよみがえるようにと花札などの絵を描いた交換日記を書いていたそうです。
施設に入った祖父は、家族のこともどこまでわかっているか曖昧になっていましたが、その交換日記をずっとさすっていたといいます。
なんでさすってんの?って聞いたら、なんかわかんないって。多分何なのかもわかってないんですよ、おじいちゃん。でも一言なんか安心するって言ったんですよ。
しゅうへいさんの「その感情が残ってたんですね」という言葉に、幸あれこさんは、安心するという感覚が残っているだけで嬉しかったと応えます。
イケハヤさんは、祖父は日記を読む時にさすっていた癖を覚えていたのかもしれないと話します。幸あれこさんは、手の感覚は大事なのかもしれないと受け、1つ目の「手」の問いへの答え合わせにつなげました。
冒頭の「最後まで消したくない思い出」の問いについて、幸あれこさんは、思い出は消えそうで実は形を変えながら残っていくと思える本だとまとめています。
漫画を読まない人が、なぜこの本を手に取ったのか
幸あれこさんは、この本は心が疲れている人ほど読んでほしいと話します。自身が心が落ちていた時期に手に取り、とても刺さった本だからです。
しゅうへいさんに、普段漫画を読まないのになぜ手に取ったのかと聞かれ、幸あれこさんは2〜3年前に自律神経失調症 ── 自律神経のバランスが乱れ、だるさや動悸、不眠などさまざまな不調が出る状態を指す総称的な呼び名とパニック発作が起きるようになった時期の話をします。
その頃は普段楽しんでいたビジネスコンテンツも、展開の早い韓国ドラマも見られなくなり、お風呂でムーミンばかり見ていたそうです。そんな時に本屋で見つけ、読めたのがこの漫画でした。
イケハヤさんは、元気な時に読むと物足りない人もいるかもしれないと話し、幸あれこさんも、元気だったら手に取っていなかったかもしれないと認めます。そのうえで、社会人が泣きたい時に読める本として、心の片隅に置いておいてほしいと呼びかけました。
最後に幸あれこさんは、泣きたい時に食べたいお菓子や、社会人1年目のつらかった話などを、ハッシュタグ「#本つま」でシェアしてほしいと呼びかけています。
まとめ
『泣きたい夜の甘味処』は、夜だけ開く甘味処で、お菓子の由来をそっと伝えられた大人たちが、自分で現実の見え方を変えていく漫画です。幸あれこさんは自身の体験も重ねながら、思い出は形を変えて残るのかもしれないという希望を語りました。
- 甘味処のさけさんは答えを与えず、お菓子の由来を伝えるだけで主人公の見え方を変えていく
- マフィン、干し柿、チーズケーキの3話は、手・長所・記憶をそれぞれ描いている
- アナザーストーリーで別の視点から見ると、同じ出来事がまったく違う物語になる
- 幸あれこさんの祖父が交換日記をさすり「安心する」と言った体験が、作品の希望と重なる
- 心が疲れて普通のコンテンツが見られない時期にも読める、大人のための一冊として紹介された





