世界宗教の前に、なぜ神話から読むのか
本つまみぐいラジオは、幸あれこさん、イケダハヤトさん、しゅうへいさんの3人が、本のおいしいところを紹介する番組です。冒頭で幸あれこさんは、ジャパンポッドキャストアワードの一次選考への投票をリスナーに呼びかけました。
イケダハヤトさんによると、番組は始まって1年ほどで、毎週2000人から3000人ほどが聴いているそうです。Spotifyの日本総合ランキングで一時1位を取ったこともあったと振り返っています。
今回のテーマは「AI時代に読むべき宗教本」で、3人は打ち合わせなしに1冊ずつ持ち寄りました。イケダハヤトさんは後藤晃さんの講談社現代新書『世界神話学入門』、しゅうへいさんはスマナサーラ長老の『無我の見方』、幸あれこさんは若松英輔さんの『いのちの秘義』です。
イケダハヤトさんが神話を選んだ理由は、キリスト教や仏教、イスラム教といった世界宗教よりも前に、たくさんの物語があったからです。順番でいえば神話が先にあり、その後にイエス・キリストが現れるという整理で、今回は宗教の「入り口」として神話を取り上げたといいます。
僕はですね、講談社現代新書の世界神話学入門という、あんまり今までそういった新書を持ってきてなかったですけど、かなり読みやすくて、非常に勉強になる本なんで、これを持ってきたと。
イケダハヤトさんが用意した話は3つでした。オルフェウスとエウリュディケの話、イザナミとイザナギの話、そして本の鍵となる「ゴンドワナ」と「ローラシア」という2つの神話の型です。
遠く離れたギリシャと日本に、そっくりな神話がある?
イケダハヤトさんは最初に、オルフェウスとエウリュディケがどこの国の神話かを2人に尋ねました。しゅうへいさんの「北欧神話に近いのでは」という予想に対し、答えはギリシャ神話でした。
ギリシャ神話のオルフェウスは、竪琴の名手として知られる音楽の神です。妻のエウリュディケが蛇にかまれて亡くなり、オルフェウスはもう一度会いたい一心で、地下にある死者の世界へ向かいます。
オルフェウスは冥界を治めるハデス ── ギリシャ神話で冥界を支配する神。妻のペルセポネとともに死者の国を治めるとされますたちを音楽の力で説得し、妻を連れ帰る許しを得ました。ただし条件は「地上へ出るまで絶対に振り向いてはいけない」というものでした。
妻の足音も気配も感じられず、不安になったオルフェウスは出口の直前で振り返ってしまいます。エウリュディケは確かに後ろにいましたが、その瞬間に冥界へ引き戻され、2人は二度と会えなくなりました。
あとちょっとだったのに。
イケダハヤトさんによれば、日本のイザナギとイザナミの話もほぼ同じ構造です。国をつくった神であるイザナミは、火の神を生んだときの火傷で亡くなり、黄泉の国へ行ってしまいます。
イザナギは妻を追って黄泉の国へ向かいますが、イザナミはすでに黄泉の国の食べ物を口にしていました。イザナミは黄泉の神に相談すると言い、そのあいだ自分の姿を絶対に見ないでほしいと頼みます。
しかしイザナギは見てしまい、そこには体が溶けてウジがわいた死者の姿がありました。怒ったイザナミはムカデや蜘蛛を放ってイザナギを追い、2人は黄泉比良坂 ── 黄泉の国と現世の境とされる坂。島根県の出雲地方に、その伝承地とされる場所がありますで決別します。
決別の場面で、イザナミは人間を殺すと宣言し、イザナギは子どもを産む場所を1500つくると返したといいます。イケダハヤトさんは、この喧嘩別れによって黄泉の国との境ができたという筋を紹介しました。
オルフェウスとイザナギの話を並べると、物語の骨組みが重なっていることがわかります。
| 要素 | オルフェウスの話 | イザナギの話 |
|---|---|---|
| 亡くなる妻 | エウリュディケ(蛇にかまれる) | イザナミ(火の神を生んで火傷) |
| 夫の行動 | 冥界へ迎えに行く | 黄泉の国へ迎えに行く |
| 課された禁止 | 振り向いてはいけない | 姿を見てはいけない |
| 結末 | 振り返り、二度と会えなくなる | 見てしまい、喧嘩別れする |
「見るなのタブー」はなぜ世界中にあるのか
幸あれこさんが「構造が似てる」とまとめると、イケダハヤトさんは同じ型の話が世界中にあると続けました。パンドラの箱、浦島太郎、鶴の恩返しなど、見てはいけないものを見たり開けたりして悪いことが起きる話です。
神話学では、この型を「見るなのタブー」と呼ぶそうです。イケダハヤトさんは、遠く離れた土地に似た話がある理由として2つを挙げました。
1つ目の理由は、見てはいけないものを見る物語に、人間の本能が強く引きつけられることです。映画やアニメ、ゲームにも、開けてはいけない扉がよく出てきます。
ドラクエとかで言うと、それ(開けちゃいけない扉)開けないとストーリー進まないですもんね。
イケダハヤトさんは、こうした禁止の物語を、どの国にも共通する物語の原型、アーキタイプ ── 心理学者ユングが唱えた概念で、人類に共通する心の型や物語のパターンを指します。英雄、母なるもの、などが代表例ですのようなものだと説明しました。
2つ目の理由は、人類が実際につながっていた可能性です。ギリシャと日本は遠く離れていますが、ユーラシア大陸でつながっており、騎馬民族やシルクロードを通じて、長い時間をかけて物語が極東の日本まで流れてきたのではないかという研究が進んでいるそうです。
さらに日本は極東にあり、南からも北からも物語が入ってきました。イケダハヤトさんは、日本人が世界中の神話が混ざり合った世界観の中にいるという立ち位置が面白いと話しています。
まさにSNS、ブログでもカリギュラ効果ありますよね。閲覧禁止。
しゅうへいさんが挙げたカリギュラ効果 ── 禁止されるほど、かえってその行為をしたくなる心理現象。映画『カリギュラ』が上映禁止になり話題を呼んだことが名前の由来ですに、イケダハヤトさんは「マーケティングでも使われている」と応じました。原始時代からの本能が今も使われていることも、神話からわかるというわけです。
ココナッツから生まれた少女ハイヌウェレと、オオゲツヒメ
次にイケダハヤトさんが紹介したのは、インドネシアのセラム島に伝わるハイヌウェレ神話です。聞くと「なんなの?」と思うような話ですが、日本神話とそっくりだといいます。
ハイヌウェレ神話は、ココナッツから女の子が生まれるところから始まります。人間ではないものから人が生まれる点は、桃太郎のような日本の昔話とも重なります。
桃じゃないんだ。
ハイヌウェレは、排泄すると宝物が出てくるという特殊な力を持っていました。祭りの場で、ハイヌウェレは宝物を次々と供物として捧げ、最初は村の人々に喜ばれます。
しかし人々は次第に「あいつはおかしいのではないか」と気味悪く思い始めます。男たちは祭りの踊りの輪を狭めていき、中央の穴にハイヌウェレを突き落として土をかけ、殺してしまいました。
ハイヌウェレの話には続きがあります。育ての親の狩人が遺体を掘り返して刻み、島のあちこちに埋めると、そこから芋やココナッツなどの作物が生まれ、島の人々の主食になったといいます。
日本神話でハイヌウェレにあたるのが、オオゲツヒメ ── 古事記に登場する食物の女神。日本書紀では似た話がウケモチノカミの物語として語られますです。オオゲツヒメは体中の穴からおいしい食べ物を出せる女神で、乱暴者でもあるスサノオに食事を振る舞いました。
スサノオは最初こそおいしく食べていましたが、食べ物の出どころに気づいてオオゲツヒメを殺してしまいます。すると亡骸の頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻から豆などが生まれ、それが今の穀物の起源になったと語られます。
ハイヌウェレとオオゲツヒメの話を並べると、流れがほぼ同じであることがわかります。イケダハヤトさんは、地理的に近い東南アジアの物語が日本に流れ着き、日本なりに解釈された可能性に触れています。
恵みを生む女神
排泄や体の穴から宝物・食べ物を生み出す
気味悪がられる
最初は喜ばれるが、やがておかしいと思われる
殺される
祭りの場で、あるいはスサノオの手で命を奪われる
作物が生まれる
亡骸から芋や稲、豆などが生まれ、人々の食べ物になる
イケダハヤトさんは、この奇妙な話にも意味があると説明しました。昔の人は、目の前の稲がどこから来たのかを考え、排泄物が肥料になることも知っていたため、そうした女神がいたのではないかと物語にしたのだろうといいます。
当時の人たちもうんことかから何かが出てくるってことはやっぱりよく知ってて。
イケダハヤトさんは、科学が発展する前の人々にとって、神話は「なぜこれがここにあるのか」を理由づける物語だったと話します。今の感覚ではとんちんかんでも、当時の人には腑に落ち、神様に感謝できるストーリーだったというわけです。
ローラシア型とゴンドワナ型、2つの神話は何が違う?
『世界神話学入門』の最後のポイントは、神話には「ゴンドワナ型」と「ローラシア型」というパターンがあるという話です。著者はゴンドワナ型神話を高く評価し、その再評価は今日的な課題だと述べているそうです。
イケダハヤトさんによると、私たちがよく知る神話の多くはローラシア型で、日本の古事記や日本書紀もこちらに入ります。宇宙の始まりから人の誕生、王や民族の成り立ちまでをつなげる、大きな流れ、いわばビッグヒストリーを語るのが特徴です。
日本神話の場合、アマテラスオオミカミからニニギノミコト、神武天皇へと続き、今の天皇につながる物語になっています。イケダハヤトさんは、ローラシア型神話は国をつくるうえで大きな力を持つ、権力構造の物語だと説明しました。
一方のゴンドワナ型神話は、ハイヌウェレの話に近いものです。なぜここに山や池や川があるのかを人々が考えてつくった、互いに連携していない局所的な小さな物語がたくさんあります。
古事記も全体としてはローラシア型ですが、その中にはゴンドワナ的な小さな物語がちりばめられているといいます。著者は、大きな物語よりも足元にあるローカルな物語に注目することの重要性を語っているそうです。
宇宙の始まりから王や民族までをつなぐ大きな物語。古事記や日本書紀など、天皇へ行き着く権力構造の物語
山や川、作物などが「なぜここにあるのか」を語る局所的な小さな物語。ハイヌウェレ神話など
今治・鯛崎島に伝わる「鯨のお礼参り」とは
イケダハヤトさんは、収録スタジオのある愛媛県今治市周辺のローカルな物語として、今治市宮窪町の鯛崎島に伝わる「鯨のお礼参り」を紹介しました。地元にゆかりのあるしゅうへいさんも、初めて聞いた話だったそうです。
鯨のお礼参りは、母鯨が湾に入り込み、潮が引いて閉じ込められてしまうところから始まります。沖にいた子どもの鯨たちが泣いて助けを求めると、鯛崎島のお地蔵さんがその声を聞きました。
お地蔵さんが海の生き物に号令をかけると、タコやイカが力を合わせて母鯨を運び出し、母鯨は助かりました。母鯨はお礼をしたいと考え、その恩返しとして海の安全や豊漁がもたらされ、今の漁の盛んな土地になったという物語です。
イケダハヤトさんは、昔の宮窪の人々が「なぜここでは魚がよく取れるのか」「なぜ海は荒れたり穏やかだったりするのか」を考え、もともとあったお地蔵さんへの信仰の上にこの物語を生み出したのだろうと推測しています。
ゴンドワナ型神話について、著者は本の最後に、調和と共存こそが世界の真理であり、地球上の生きとし生けるものの英知だと書いているそうです。一方で、ローラシア型神話には進化思想や右肩上がりの思考、自民族中心主義につながりかねない危険があるとしています。
イケダハヤトさんは、鯨のお礼参りにはそもそも人間がほとんど出てこないと指摘します。人間中心主義になりがちな今だからこそ、人間も自然の一部だという思想をゴンドワナ型神話から学び直そう、というのが本の主張だとまとめました。
あなたの地元にも、意味のわからない物語が残っている?
幸あれこさんは、鯨のお礼参りの話で、神話を一気に自分事として捉えられるようになったと話しました。お地蔵さんが鯨を助けるところから始まる物語に、海の生き物を大切にする感覚を当たり前に忘れて魚を取っている自分を省みたといいます。
自分の地域のね、この神話とかは一気にね、ぐっと近くなるね。
イケダハヤトさんは、各地の物語を知ることはその土地の人々の価値観、つまり他者の理解につながると話します。本にはアフリカのカマキリの神や、ガーナの天空神オニャンコポンなど、各地の神様が紹介されているそうです。
しゅうへいさんは、こうした世界中のゴンドワナ型神話のキャラクターはIPやNFTにしても面白そうだと発言しました。同時に、鯨の話も郷土資料館などにはあるのかもしれないが、自分は覚えていなかったとして、ローカルな物語は忘れられやすいと指摘しています。
(ローカルな神話は)忘れられる物語でもありますね、これはなんかね。
イケダハヤトさんは、地域によってはハイヌウェレ並みに意味のわからない話が必ず残っているはずだとし、読み解けば「確かにそう考えるよね」と思えるものがあると話しました。番組では、リスナーに地元の物語をコメントやハッシュタグ「#本つま」で教えてほしいと呼びかけています。
次回は、しゅうへいさんがスマナサーラ長老の『無我の見方』を紹介します。しゅうへいさんは、宗教を割とディスっている本でもあると予告しました。
まとめ
『世界神話学入門』を通じて、イケダハヤトさんは、遠く離れた土地の神話が似ている理由と、天皇へつながる大きな物語とは別の、足元の小さな物語の価値を紹介しました。今治の鯨のお礼参りのように、地元の物語を知ることが、自然や他者との共生を考える入り口になるという回です。
- オルフェウスとイザナギの話は、「見るなのタブー」という共通の型を持っている
- 神話が似ている理由として、人間の本能と、大陸を通じた人類のつながりが挙げられた
- ハイヌウェレとオオゲツヒメの話は、作物の起源を説明する物語として読める
- ローラシア型は権力につながる大きな物語、ゴンドワナ型は土地ごとの小さな物語
- ゴンドワナ型神話は、人間も自然の一部として共生する思想を教えてくれる



