地域ごとの強みを残したまま、全国にスケールできるのか?
今回の『ぼくらの戦略論』は、LINEオープンチャット経由で届いたリスナーのコメントを取り上げる回です。エピソード76「どうしたらスケールする?真似できない再現性の戦略論」への反応として寄せられたもので、長谷川さんが一部を割愛しながら読み上げました。
私は全国に店舗を展開する企業で戦略を扱う仕事をしています。これからは、これまで十分に力を入れてこなかった地域ごとにカスタマイズした顧客とのコミュニケーションがより重要になると考えています。その中で、属人的な強みを排除するのではなく、構造的な競争優位へと変えていくというお話に強く共感しました。地域ごとの非再現的な強みを残しながら、複数地域でスケールできる構造的な仕組みを社内でどのように設計していくべきかについて、お考えを伺えたら嬉しいです。
高宮さんはこの相談を、地域戦略の教科書でケーススタディとして必ず出てくるような、普遍的なお題だと受け止めました。
(この相談は)よく地域戦略の、もう本当に教科書のケーススタディみたいな話でお題で出ますね。
中央集権で揃えるか、現場に全権を渡すか
高宮さんはまず、多店舗展開の2つの極を示しました。1つは本部が中央集権でルールを決め、各店はそれに従うだけというやり方です。いちいちゼロベースで意思決定しなくて済むので、シンプルにどんどん展開でき、スケールしやすくなります。
ただ、ズーマンさんが悩んでいるのは、一定の地域展開を終えた後の段階だと高宮さんは読みます。各地域でより支持されて売上を伸ばしたい、あるいは紋切り型で全国展開したらハマらない地域が出てきた、という次のステップの悩みです。
かといって各地域に全権限を与えて好きにやらせると、同じ屋号なのにやっていることがバラバラになります。高宮さんは、昔あったチェーンのラーメン屋で、店ごとにメニューも味も違うことがマイナスになるケースもあれば、逆にある店だけがうまくて客が集まるケースもあったと振り返りました。
ゼロベースで意思決定せずに済み、シンプルに素早くスケールできる。一方で地域ごとのニーズには合わせにくい
地域に合わせた工夫ができる。一方で同じ屋号でも中身がバラバラになり、品質のばらつきが評価を下げることもある
看板から「二郎」が消えた日、何が起きていたのか
長谷川さんが「ラーメン二郎とかそういう感じですよね」と挙げると、高宮さんは二郎の仕組みを説明しました。二郎はのれん分けであり、そもそも大きくスケールすることを前提にしていない、という見立てです。
高宮さんの説明では、二郎は本店で修業して親方からOKが出ると、のれん分けで店を出せるようになります。資本関係はなく、日本の旧来ののれん分けのように「二郎の名前に恥じない味を出せ」という形で名前の使用が許され、根幹のフィロソフィーさえ守れば許容範囲の中で好きにやってよいといいます。親方がときどき各店へ食べに行くこともあるそうです。
高宮さんがかつて働いていた虎ノ門には、虎ノ門の二郎がありました。ある日突然、看板の「ラーメン二郎」がただの「ラーメン」になっていたといいます。
ある日突然「ラーメン二郎」って書いてあった看板がただの「ラーメン」になったんですよ。二郎が消えたんですよ。
高宮さんが聞いたところでは、その店は親方のテストに通らず、直すよう言われても直さずに揉め、破門のような形で二郎の名前を使えなくなったらしいとのことです。二郎のチェックは厳密なルールでも契約でもないため、最後は「お前は破門だ」というオールドスクールな決着になったと高宮さんは見ています。
高宮さんは、どうコントロールするか、でもコントロールしすぎると地域のオリジナリティに合わせにくい、という今回の論点が、この二郎のケースに集約されていると話しました。
なぜUSビッグテックは「ワンプロダクト」で世界に出られるのか?
高宮さんは、そもそもどれくらい多店舗展開したいのかというビジョンの話から考えるべきだと言います。もし世界中のユーザーのニーズが均一なら、ワンプロダクトでルールをガチガチに決め、「この通りにしかやれない、あとは営業を頑張れ」とするのが一番スケールしやすいからです。
しかし世界が均質でフラットだというのは幻想で、ローカルごとにニーズの違いがあります。高宮さんは、これはグローバル展開でどこまでローカライズ ── 製品やサービスを進出先の言語や商習慣に合わせて調整すること。さらに踏み込み、現地の文化そのものに溶け込ませることをカルチャライズと呼ぶことがありますするかという議論と同じで、グローバルか、日本の地域か、二郎のように東京の中かというスコープが違うだけで、根っこは同じジレンマだと整理しました。
正解はないと前置きしたうえで、高宮さんは1つの割り切り方を示します。とにかく早く均質に世界へ出るというビジョンなら、プロダクトのルールを変えずに展開し、プロダクトに合うマーケットだけを取る、という選び方です。
その各マーケットに合わせるんじゃなくて、プロダクトに合うマーケットしか行かない。
高宮さんによれば、USビッグテックのグローバル化はこの思想であることが多いといいます。長谷川さんがAmazonを例に挙げると、高宮さんはその理由として、出発点のUS市場が巨大で、ラテンや黒人などの多様なカルチャーを抱えているため、ワンプロダクトのままでもカバーできる範囲が大きいことを挙げました。
その一方で、独特の文化を持つ日本では、ワンプロダクト型のサービスがあまり普及しないこともあります。高宮さんはプロダクトをあまり変えないLinkedInを例に挙げ、逆にFacebookは当初苦戦した後、ローカルの権限を強め、電通とのアライアンスで広告在庫をエクスクルーシブにして日本向けのローカライズを進め、普及したと話しました。
プロダクトを変えず、合うマーケットだけを取る。巨大で多様なホーム市場を持つUSビッグテックに多い
各国に合わせて調整する。Facebookは日本で電通との提携によりローカライズを進めて普及した
ローカライズしすぎると、どちらが「正」なのかわからなくなる
高宮さんは、ワンプロダクト型が一番楽だとしつつ、きめ細かくローカル対応する場合の難しさに話を進めます。たとえば日本でビジネスSNSを伸ばすなら、本来はSansanやEightのように日本の名刺文化に合わせ、名刺を管理してつなげる形にする必要があったといいます。
そうなるとプロダクトはまったく別物になっていきます。ローカライズのために機能を足してソースコードまで分けると、実質的に別のプロダクトが2つ走ることになり、どう管理するのか、どちらが正なのかという問題が生まれると高宮さんは指摘しました。
高宮さんは、この話はサービス業でも同じだと続けます。何グラムで、何秒以内で、こう言われたらこう対応してよい、といったオペレーションのルールを、どこまでガチガチに縛るかという問題です。
スタバは何を売っていたのか?ホスピタリティを削った代償
長谷川さんはここでスターバックスを思い浮かべます。名前を聞いてカップにメッセージを書いてくれるようなホスピタリティこそが、スタバが打ち出してきたサードプレイス ── 家庭(第1の場所)でも職場(第2の場所)でもない、居心地のよい第3の居場所という考え方。スターバックスが店づくりのコンセプトとして掲げてきたことで知られますの価値でした。長谷川さんは、最近アメリカのスタバがうまくいっていないのは、経営者が変わってその部分を切り捨てたからではないかと話します。
(スタバは)量産型になってオペレーション効率は良くなったけど、そのホスピタリティみたいなのが下がっちゃったから、人の感じる価値は下がっちゃったみたいな。
高宮さんは、大事なのはビジョンのレベルで何を成し遂げたいかだと言います。サードプレイスを届けたいのであれば、コアの提供価値はコーヒーではなく体験になり、名前を呼んでカップに何か書くといった行為も許されます。
逆に「効率よくコーヒーを売って稼ぐ会社」と定義した瞬間、ニコちゃんマークを書く時間は無駄だという話になります。だからこそ、自分たちの価値観の核を決め、それを最もよく伝えるために何を統一し、何に柔軟性を持たせるかを、本社が一段抽象的なレベルで決める必要があると高宮さんは述べました。
体験を売る会社。名前を呼び、カップにメッセージを書くホスピタリティが価値の中心になる
コーヒーを効率よく売る会社。メッセージを書く時間は無駄とされ、オペレーション効率は上がるが感じる価値は下がる
リッツ・カールトンの「紳士淑女」は、なぜ現場を強くするのか?
高宮さんは、統一すべきものを抽象度の高いレベルで決めるベストプラクティスとして、昔から語られるリッツ・カールトンのクレド ── 企業の信条や行動指針をまとめたもの。リッツ・カールトンでは従業員がカードの形で携帯していることで知られますを挙げました。非常に高価なホテルなのに、その値段が正当化され、ブランドとして確立している理由として有名なものです。
高宮さんの説明では、クレドによって従業員一人ひとりがお客様の宿泊体験を上げることをミッションとし、意思決定の権限を持っています。お客様が「これがなくて困っている」と言えば、従業員がすぐに買ってきて渡してよい、という柔軟性が定義されているといいます。
高宮さんはその場で調べた内容として、リッツ・カールトンのモットー「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です」を紹介しました。この言葉のもとで、現場の一人ひとりが紳士淑女として自由に動いてよいとされているため、現場のメンバーがエンパワーされているといいます。
現場の人こそリッツカールトンのサービスを提供する、リッツカールトンを体現する、会社の代表者だみたいな感じにしてるんですよね。
一方で高宮さんは、「紳士淑女」という言葉はうまくできていると感じています。上品に振る舞えという意味がある一方、尊厳とプライドも含むので、下働きのような無理難題には断ってもよい、という線引きにもなるからです。
さらに高宮さんは、真偽はわからないと断ったうえで、現場の裁量には「1000ドルまでは自由に使ってよい」といった上限があるとちらっと聞いたことがある、と付け加えました。
状況ごとに手順を決める。イレギュラーに弱く、現場はマニュアル通りに動く末端になりやすい
「紳士淑女」のような価値観で定義する。現場の自律性が高まり、一人ひとりの客に合わせた対応ができる
ただし自律的な組織にすると、各自が個別に動くぶん効率が落ち、コストが上がります。高宮さんは、普通のホテルの10倍ほどの値段で体験を売るリッツなら吸収できても、低価格帯のビジネスホテルで同じことをすればビジネスモデルが破綻すると指摘しました。
長谷川さんのポーカー店は、1つのブランドで広げるべきか
話は長谷川さん自身の問題意識に移ります。長谷川さんは大阪の西中島南方でポーカー店を営んでおり、2店舗目を梅田に出そうとしています。そこで、まったく同じブランドで多店舗化するのか、エリアごとに最適化して別の店として見せるのかが議論になっていました。
長谷川さんの現時点の考えは、1つのブランドに括る方向です。マーケティングのコストがかからず、ブランドが積み重なって面として強くなるからです。
エリアごとの施策みたいなところは結局Howでしかないから、そこのもっと上位のWhat、Whyみたいなところは全体ですり合わせられた上で、Howのところは地域最適化なのかな
高宮さんはこの考えに同意しつつ、注意点を加えました。WhyやWhatのように抽象度の高いレベルでルールを決めると、現場に「紳士淑女」が求められるようになる、という点です。
最初から紳士淑女で、抽象度が高いルールを理解して、それに則ったHowを自律的に考えられる人みたいなのもなかなかいないから、そういう人を育てなきゃいけない
高宮さんによれば、マニュアル化は誰がやっても一定の品質を出すためのオペレーションエクセレンス ── 業務の効率や品質を徹底的に磨き上げ、それ自体を競争力にする考え方。均一で安定したサービス提供を重視しますのミソでもあります。どこでも同じ体験を目指すならガチガチに縛ってもよく、店ごとの違いも魅力にしたいなら抽象度の一番高いところでしか縛らない形でもよい、どちらにするかはビジョンからの逆引きになる、と話しました。
長谷川さんは、ポーカー店はポーカーそのもので差別化できず、言葉を選ばずに言えばガールズバー的かスナック的かという「居心地」が勝負だと考えています。高宮さんはこれをリッツと同じ構造だと捉えました。宿泊という差別化しにくい機能ではなく、その場の体験に振るという点です。
そのうえで高宮さんは、長谷川さんの店が統一して届けたい体験を定義する必要があると言います。異性に会えるちょっとしたドキドキなのか、同じゲームにハマるストイックな仲間に会える体験なのかを決め、それをカルチャーや価値観として現場に浸透させなければならない、というアドバイスです。
ホワイトな「サークル」か、儲かりやすいガールズバー路線か
この区間は書き起こしの話者表示が揺れていますが、内容は長谷川さんの店についての話です。西中島の店はガールズバー的な要素がなく、老若男女が集まるサークルのような健全な楽しさと、法律的にもホワイトであることを売りにしているといいます。
人の多い梅田では、かわいいディーラーを揃えたガールズバー路線のほうが短期的には儲かりそうです。それでも、完全ホワイトであることを中長期で積み重ねたほうが会社のブランドは確固たるものになる、というのが長谷川さんの仮説だと語られます。
短期的には稼ぎやすい。ただし賞味期限が短いかもしれず、やりすぎるとグレーになるおそれがある
スタートダッシュは切りにくい。ただし定着すれば人間関係そのものが粘着性を生み、完全ホワイトで会社のブランドにも良い
高宮さんは、この悩みこそ『起業の戦略論 ── 高宮慎一さんの著書『起業の戦略論 スタートアップ成功の40のセオリー』。エピソード説明ではAmazonで予約受付中と案内されています』で訴えたいことだと話します。戦略にはセオリーがあり、そこから選択肢は導けても、どれにも圧倒的な正解はない、という考え方です。
高宮さんは、プレイヤーから社長業へピボットした長谷川さんが、まさにそのジレンマを地でいっていると評しました。話の流れの中では、10年ほど前から原稿を読んできた唯一の読者として、本の内容が実践で役立っているという趣旨の言葉も交わされています。
脱線:Claudeに原稿を直させない「傲慢さ」
本の発売時期の話から、高宮さんは執筆の近況に脱線します。収録はシルバーウィーク前で、家族が旅行に出る連休中に一人で執筆を進める予定だといいます。その準備として、章ごとにClaudeへ原稿を渡し、ロジックの破綻、わかりにくい箇所、文章のつながりや日本語のおかしな箇所をコメントで指摘させるところまでは済ませたそうです。
ただ高宮さんは、AIをよく触っている一方で、最後は自分が見たほうが質が上がるのではないかという「傲慢さ」がまだあると打ち明けます。企業リサーチのレポートも細かく定義してAIに作らせるものの、インサイトは最後に自分で出したほうがよいと考えてしまうといいます。
(AIに修正案を全部出させて選ぶのが一番早いけど)それをやるとなんかね、作品の魂が失われる気がして
高宮さんは、それは自己満足かもしれないと認めたうえで、シルバーウィークに完成しない言い訳を先にしておきます、と笑いを交えて話を締めました。
グローバル、マルチナショナル、グローバルニッチの3類型
長谷川さんは、ズーマンさんの質問を入口にした今回の議論から、戦略の前に組織論やビジョンがあり、ビジョンがあってこその戦略だという構造が浮き彫りになったとまとめました。
高宮さんは、これは日本企業の世界展開でも重要な論点だと続けます。中途半端に大きい日本市場に最適化しすぎるとガラパゴス化し、逆にいきなりグローバル向けの汎用プロダクトを狙うとPMF ── プロダクト・マーケット・フィット。製品が市場のニーズにしっかり合い、顧客に受け入れられている状態を指すスタートアップ用語ですを取りにくい、というジレンマです。
さらに高宮さんは、ワンプロダクト型の「グローバル」以外の類型も示しました。ECのように国ごとに決済や配送のインフラが違う事業では、宅配が整った日本と、宅配がないかもしれないケニアでは対応を変えざるを得ず、1つずつ足し算していく「マルチナショナル」になります。
もう1つは、まだメインストリームになっていない日本のアニメや漫画のように、各国の薄いファン層を落ち葉拾いのように集めていく「グローバルニッチ」です。高宮さんは、この類型は国内のフランチャイズ展開にもそのまま当てはまると話します。
| 類型 | 世界展開での例 | 国内展開での例 |
|---|---|---|
| グローバル | プロダクトを変えずに展開するUSビッグテック | 高度にオペレーションを統一して全国制覇する牛丼チェーン |
| マルチナショナル | 国ごとにインフラを作り分けるEC | 各地域・各店長に任せる二郎のようなマルチエリア戦略 |
| グローバルニッチ | 各国の薄い日本好き層を集めるアニメや漫画 | マニアックな人を国内で薄く広く取るニッチ戦略 |
ただし、どの類型を選ぶかは、ビジョンから導かれる自分たちの提供価値や価値観に依拠すると高宮さんは強調しました。長谷川さんは、グローバル展開にも大阪の中の隣町への出店にも通じる普遍性の高いテーマだと応じています。
高宮さんは最後に、戦略論というツールも本質的な意味を理解して正しく当てはめれば、世界展開でも大阪内展開でも同じフレームワークが使えると話し、戦略の習熟度の大切さに触れました。締めでは、長谷川さんのポーカー店のケニア展開を楽しみにしよう、という冗談も飛び出しています。
まとめ
多店舗展開で「ルールで縛るか、現場に任せるか」に普遍的な正解はありません。二郎、スタバ、リッツの例が示すのは、まず自分たちが何を提供したいのかをビジョンのレベルで定め、そこから統一するものと任せるものを逆算するという順番です。
- 中央集権のルール化はスケールしやすく、現場への権限委譲は地域に合わせやすいというトレードオフがある
- スタバの例のように、提供価値を「コーヒー」と「体験」のどちらに置くかで、許される現場の振る舞いが変わる
- リッツ・カールトンは「紳士淑女」という価値観でルールを定義し、現場の自律性を高めているが、高価格帯だからこそ吸収できるコストでもある
- 抽象度の高いルールで任せるなら、それを理解して動ける人材の育成が欠かせない
- グローバル、マルチナショナル、グローバルニッチという類型は国内展開にも当てはまり、どれを選ぶかはビジョン次第である





