三部作の最終幕で語られる「社会・国家・歴史」というテーマ
カント編もいよいよ第3幕に入ります。三部作の1つとして構成されたこの編は、前回で第2幕が終わり、ここからの3回が最終章にあたります。
第1幕と第2幕では、純粋理性と実践理性という、どんな時代にも当てはまる普遍的な話が中心でした。
一方で第3幕のテーマは大きく変わります。社会、国家、人類、そして歴史へと視点が移ります。
しながわさんによれば、こうした対象を問題にすること自体が、カントやドイツ観念論 ── カント・フィヒテ・シェリング・ヘーゲルなどに代表される、18〜19世紀ドイツで展開した思想の潮流。人間の理性や精神を軸に世界を体系的に捉えようとした。の大きな特徴だといいます。
むしろカントくらいから、こうやって歴史の中において哲学を語るっていうことが出てきたっていう指摘までされてるくらいなので。
つまり普遍的な話から、18世紀のプロイセンという「今ここ」の話へ。人類が歴史上どういう地点にいるのかを考えることこそ、本丸だとしながわさんは話します。
「啓蒙とは何か」という短い論文が扱うもの
第3幕の1話目として取り上げるのは、カントの「啓蒙とは何か」という論文です。何度かこのラジオでも出てきた「啓蒙」という言葉が中心になります。
この時代は、人類の歴史としてもまさに啓蒙の時代でした。中世が終わりを迎え、近代社会が始まっていく転換点にあたります。
タッシーさんは、一般的な文脈での啓蒙をこう整理します。中世のキリスト教的な宗教観だけでなく、理性に基づいて論理的・合理的に物事を深く考えていく考え方だ、という理解です。
しながわさんもこれに同意します。脱キリスト教、脱宗教の迷信や権威という意味合いが、啓蒙という言葉には含まれているといいます。
カントが生きたのは、フリードリヒ大王の時代です。啓蒙専制政治と呼ばれるように、「啓蒙」という言葉が政治にも冠された時代でした。
この論文の要旨は、啓蒙をもっと広げていかなければならない、まだ完成していない、というものです。そのためには、学者にちゃんと言論の自由を与えよ、という主張につながります。
カント自身も宗教批判と捉えられ、政府から主張を制約されることがありました。だからこそ、啓蒙の重要性と言論弾圧への批判を込めた論文だといえます。
啓蒙とは「自ら招いた未成年状態から抜け出ること」
論文の冒頭には、啓蒙の定義が書かれています。しながわさんはその一文を読み上げます。
啓蒙とは何か。それは人間が自ら招いた未成年の状態から抜け出ることである。
さらに定義は続きます。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができない状態のことです。
人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと自分の理性を使う決意も勇気も持てないからなのだ。
そして論文は、啓蒙の標語ともいうべき言葉に行き着きます。
タッシーさんは、この「未成年」という表現の面白さに反応します。一般的な意味での未成年とは違う使い方だからです。
多くの人々は結局自らの責任で未成年の状態にいるっていう、それも面白い表現だなという。
カントは皮肉屋でもあり、理性を持ちながら自分で考えようとしない人々を、あえて「未成年」と呼んだのです。
タッシーさんは、これを未成年から成年へと脱し、理性に基づいた考え方をやっていこうという決意表明のように感じたと話します。
啓蒙には「人類レベル」と「個人レベル」の2つの側面がある
しながわさんは、この啓蒙という言葉には2つの側面があると整理します。読者の理解を助けるために、その違いを見ていきます。
中世の宗教の時代を人類全体の未成年時代ととらえ、そこから脱していこうとする側面
年齢は成人でも「おつむが未成年」な状態、つまり自分の理性を使っていない状態から脱する側面
後者は、自分に与えられた理性を使っていないという、個人への皮肉です。
だからカントにとって大切なのは、自分の力で考え、知性を働かせ、問いを持ち、それを自分の頭で解明していくことでした。
この姿勢は哲学そのものにも及びます。カントは、哲学を学ぶことはできない、哲学することを学べるだけだ、という趣旨のことを述べています。
誰かがこう言っていた、という知識を覚えるだけでは、哲学を知ったことにはならない。カント自身がまさにそれを体現してきた人物だ、としながわさんは話します。
「全員が哲学する」という画期性──哲学の主体と対象が変わった
ここでタッシーさんは、ルソーの影響を思い出しながら鋭い読みを示します。
ルソーに出会う以前のカントは、特定の人間だけが自分で考えればよいと、自分と一般市民を分けて考えていた。しかしルソーの影響で人間の可能性に着目し、そこを見出した、という指摘です。
お前らそういう可能性あるんだから、ちゃんと一人一人ちゃんと考えて生きていこうぜっていう感じなのかなと。
しながわさんは、これがまさに台本で説明しようとしていた画期的な点だと応じます。この論文には、大きく2つの新しさがあるといいます。
1つ目は、哲学する主体が変わったことです。それまで哲学はごく一部の変わった人がするものというイメージでした。中世では、多くの人は文字も読めなかったのです。
いや本当に全員哲学しろよって言ってるようなもんですよね、これね。
2つ目は、哲学の対象が変わったことです。カント以降、哲学はその時代の意味を解釈する作業をするようになりました。
ソクラテスの「善とは何か」や、デカルトの心身二元論には、時代の話がまったく出てきません。カント以後は「今ここ」を生きる私たちが哲学する、その歴史自体を対象にする営みになったのです。
しながわさんは、この背景にはフランス革命という激動の時代への感受性があったのではないか、と想像を述べます。
当時のフランス革命は、後世の人権のための事件というイメージとは違い、国王を処刑する野蛮な出来事とも受け取られていました。そうした固有名詞と結びついた歴史への感覚が、カントやヘーゲルの思想を特徴づけたといえます。
「自分で考える」とは何か──3つの原則で分解する
論文の中身にさらに入り、しながわさんは「自分で考えるとはどういうことか」を問い直します。多くの人は、自分は普段から考えていると思うからです。
当時の意味としては、教会や神学の権威、書物に書かれていることに頼った知識は「自分で考える」には当たりませんでした。勃興しつつあった自然科学の知識も、頼るだけではダメだとされました。
そのため方向性としては、デカルトと似た面があるとしながわさんは感じています。真理だと言われたことを鵜呑みにせず、疑い、問い、批判的に吟味することが求められます。
現代風に言えば、テレビやSNSで成功法則のように語られることを鵜呑みにするのは、カントからすれば未成年の状態です。鵜呑みにせず、疑い、自分なりの答えを出すことが啓蒙につながります。
タッシーさんは、このハードルの高さに反応します。情報に流されず批判的に思考し、自分の脳みそで考えることが、現代の自分にどれだけできているか、と自問します。
しながわさんは、カントが「自分の頭で考える」を3つの原則に分解している点を紹介します。ここが具体的なヒントになります。
先入観を持たない
受動的に鵜呑みにしたり、他人に頼る他律的な理性のあり方を避け、他者の言うことを鵜呑みにしない
他者の思考を受け止める
開かれた態度で他者の視点に立ち、自分の思考の正しさと妥当性を再検討する
首尾一貫した点検
1つ目と2つ目が守られているかを、常にメタ的な視点で点検し続ける
1つ目と2つ目は、一見すると矛盾しています。「人の話を聞くな」と「人の話を聞け」が並んでいるからです。
しながわさんは、カント自身が他者の視点に立つことに長けていた例を挙げます。カントはほとんど旅行もせず、ずっと同じ場所で暮らした思想家でした。
人生においてなんかこの変化がない中でも、あれだけ普遍的な思考できたのは、多分この他者の視点に立つみたいなところがものすごい発揮したんだろうなっていう。
そして3つ目の原則が、この矛盾をつなぎます。自分の考えは、他者を無視することにも、鵜呑みにすることにも偏らない振り子の中で、だんだんと生まれてくるという整理です。
中世を思えば「自分の頭で考える」は命がけだった
タッシーさんは、この振り子の話をメタ認知だと受け止めつつ、自分自身のキャリアを振り返ります。
世の中の一般基準や、同級生からの言葉にさらされる中で、社会的立場と自分の幸福度は関係しないという一貫した態度で生きてきた、と話します。
社会的立場で幸福と規定されずに、自分が幸福でいられるかどうかは別問題だっていう形で生きてきた。
しながわさんは、それができているのは自然なことだと応じます。カントが近代の思考のフレームワークを作り、私たちはその延長線上にいるからです。
ただし、当時の文脈では「自分の頭で考える」は恐ろしい主張でした。しながわさんは、中世を扱ったアニメ・漫画「チ。 ── 『チ。―地球の運動について―』。地動説を扱った漫画作品。番組内で中世の思想状況を思い出す例として言及されている。」を引き合いに出します。
当時は聖書や教会の教えが全てでした。星の動きを自分で計算し、教会の言うことと違うと考えれば、それは異端とされます。
自分の頭で考えるっていうのは、中世の世界でいうと命がけであり、もっと言うと自殺行為なわけですよ。
この時代背景を踏まえると、カントの言う「自分の頭で考える」は重みが違います。とはいえ、そう言えるようになった時代でもあり、その延長線上にいる私たちは、それを100%ではなくとも体現できているといえます。
3つの批判がつくった「近代人の思考の原型」
しながわさんは、ここまでの内容をまとめます。啓蒙とは何かという論文は短く、要旨は「啓蒙を広げるために自由な発言を認めよ」というものでした。
しかしそこから得られる知見は大きい、としながわさんは言います。純粋理性批判、実践理性批判、そして啓蒙。この3つが、近代人の思考のフレームワークの原型を作ったという解釈です。
純粋理性批判
理性の限界を定め、自然科学が扱える現象の世界を明確にし、じっくり探求できる位置づけを与えた
実践理性批判
理想的な人間像を掲げ、道徳的に生きることが自由や幸福につながると基礎づけた
啓蒙とは何か
独断論に陥らず先入観を持ちすぎず、一人ひとりが理性を使って考えることの大切さを説いた
カントは、自分の生きた時代をまだ完璧ではないと考えていました。啓蒙された時代ではなく、啓蒙されつつある時代だ、というのです。
その途上で、自分の頭で考えて社会をより良くしていけば、必ず社会は良くなるという信念がカントにはありました。
タッシーさんは、今の時代にカントが蘇ったら考察を聞きたくなる、と話します。ただし、それも踏まえて「自分で考えろ」と言われるだろう、とも付け加えます。
しながわさんも、カントほどの人物なら「今この時代をどう見るか」が気になると応じます。未成年状態を本当に脱していると言えるのかも怪しい、という論点があるからです。
当時は言論の自由が芽生えつつあった一方で、統治者は「自由に議論しなさい。ただし、俺が言ったことには従えよ」という条件付きの自由を認める段階でした。カントはこうした条件付きの自由を批判したといいます。
次回は「世界市民という視点から見た普遍史の理念」と「永遠平和のために」という2つの論文に軽く触れる予定です。それを聞くと、今の時代をカントがどう見るかへの興味がさらに湧くだろう、としながわさんは話します。
まとめ
カントの「啓蒙とは何か」は短い論文ですが、「知る勇気を持て、自分の理性を使う勇気を持て」という言葉に、令和の私たちにも刺さる核心が詰まっていました。啓蒙とは、他人に頼らず、鵜呑みにも独断にも偏らず、自分の頭で考え続ける営みだといえます。
- 啓蒙とは「人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ること」であり、標語は「自分の理性を使う勇気を持て」
- 啓蒙には、中世を脱する人類レベルの側面と、理性を使わない個人レベルの側面の2つがある
- カント以降、哲学する主体は「全員」に、哲学の対象は「その時代・歴史」へと広がった
- 「自分で考える」とは、先入観を持たず、他者の視点も受け止め、その両者をメタ的に点検し続ける振り子の営み
- 純粋理性批判・実践理性批判・啓蒙論の3つが、近代人の思考のフレームワークの原型を作った




