戦略づくりは「誰のどんなニーズか」の絞り込みから
この回は、前編「戦略は決断、戦術は判断」の続きとして、答えのない戦略をどんなプロセスで決めていけばよいかがテーマです。中村さんは、完全な当てずっぽうで戦略を決めるのは危ういと話します。
俺がこう思うんだから、もうこうやみたいな言われても、え、みたいなね、大丈夫?みたいになるじゃないですか。
中村さんによると、戦略の出発点は「どういうお客さんのどんなニーズに応えたいのか」という市場の枠組みです。「日本に暮らす人全員がお客さん」のような大風呂敷は現実的ではないといいます。
いろんな人がいろんなことを求めている中で、じゃあ我が社はこういう人にこういう商品サービスを通して、そのニーズに応えていこうぜみたいな。
前回の放送で話した「社会が成熟し、人それぞれ求めるものが違う」という前提に立てば、ある程度対象を絞り込むことが大事だというのが中村さんの考えです。
そのうえで、今回の問いとして「組織として価値の領域の仕事を優先できていますか?価値の領域を増やすために何が必要ですか?」が示されました。中村さんは、価値をどう作り出し、そこにどれだけ時間を集中させるかが重要だと話します。
SWOT分析が「なんちゃってSWOT」になってしまう理由
中村さんが戦略を考えるための古典的な手法として最初に挙げたのがSWOT分析 ── 強み(Strengths)・弱み(Weaknesses)・機会(Opportunities)・脅威(Threats)の頭文字を取った分析手法。自社の内部要因と外部要因を4つの枠で整理しますです。末松さんはココフル入社初日のガイダンスで教わり、名倉さんは知らなかったといいます。
中村さんの説明では、SWOT分析は内部環境分析と外部環境分析の2つの視点で考えるものです。内部環境では自社の強みと弱みを、外部環境では世の中の動きのうち自社にとって追い風になるものと向かい風になるものを見ます。
自社の強みは何か、補いきれていない弱みは何かを考える
世の中の変化のうち、自社にとって追い風(機会)と向かい風(脅威)を考える
ところが、SWOT分析はできていそうでできていないことが多く、中村さんはそれを「なんちゃってSWOT」と呼びます。縦軸と横軸の4領域のマトリックスに、単に穴埋めをしているだけの状態です。
これがうちの強みなんだって言ってるけど、これそれほんまにそう?みたいな。
何をもってそれ(強み)を強みだと言ってるの?みたいなことを突っ込むと、大体みんなダマるみたいな。
中村さんは前回の放送の例を挙げます。ココフルは自社の強みを「レスポンスの速さ」だと思っていましたが、お客さんからすると「え、普通?」という程度のものかもしれません。名倉さんも、速い企業はほかにもたくさんあると受けています。
強みは「同業他社との横並び」で初めて見える
中村さんは、強みを語るときには「何に対して強いのか」を問う必要があると話します。一番手っ取り早い比較相手は同業他社で、同業他社と自社の違いを明らかにする作業こそがSWOT分析の内部環境分析だといいます。
そのために必要なのが、比較の切り口をあらかじめ用意しておくことです。中村さんは、財務の状況、組織体制、商品開発力などの切り口を例に挙げました。
弱みの例として中村さんが挙げたのは、新商品の開発サイクルです。ライバルのA社やB社が新商品を次々に出しているのに、自社はずっと定番商品で商売しているなら、商品を生み出す速さでは弱いと判断できます。
そうやって見ていくから、初めて強み弱みってわかるんですよね。
末松さんは切り口の話に納得したといいます。「自社の強みをどうぞ」と聞かれると思いつきで「対応が早い」と答えてしまいそうですが、「財務で考えてみましょう」と言われるほうが考えやすいと話しました。
競合情報が埋まらない問題とAIディープリサーチ
ただし、この形でSWOT分析の内部環境をやろうとすると、ライバル社の欄がなかなか埋まらないと中村さんは指摘します。上場企業なら財務状況は公開されていますが、中小企業はほとんど公開していません。
人員体制も、ホームページで従業員数はわかっても、どんな部署があり、それぞれがどんな機能を持っているかまでは意外と知らないものです。中村さんは、普段からこまめに競合の情報を集めていないから埋められない、と話します。
そこで中村さんが勧めるのが、AIでライバル社をディープリサーチすることです。これまでは自分たちで汗をかいて集めるしかなかった情報も、AIという武器で集めやすくなったといいます。
ネット上にある情報でしか無理ですよ、もちろん。
情報発信頑張ってる会社やったら、結構その会社のホームページ以外のところでもいろいろとやっぱりネット上で情報公開してるんですよね。
自分で調べるとどんなキーワードで検索すればいいかもわかりません。中村さんは、事業概要、主な商品、企業沿革、経営者の考えや強みといった項目を指定してディープリサーチさせると、まあまあ精度の高いレポートが上がってくると話します。
- 事業概要
- 主な商品
- 企業沿革
- 経営者の考えや強み
外部環境分析は「表と裏」で考える
外部環境分析でも、まず切り口が大事だと中村さんは話します。「今の外部環境はどうか」のようなぼやっとした問いでは、自分たちがすでに知っている情報しか返ってこないからです。
中村さんが例に挙げた切り口は、政治的な動き、経済の動向、人々の価値観、技術の進歩、そして今年の夏の高温のような地球環境です。細かく分けることで、それぞれに見合った情報を集められます。ここでもAIを活用すればよいといいます。
さらに大事なのは、集まった情報を単に「チャンス」「脅威」に振り分けないことです。中村さんは、一つの変化にも必ず表と裏があると話し、AIの進歩を例にしました。
業務の効率化が大きく進み、事業にとってチャンスになる
顧客がAIで業務をこなせるようになり、アウトソースせず内製化できてしまう
そのうえで、その変化が自社にとって機会寄りなのか脅威寄りなのか、強弱を考えていくことが大事だというのが中村さんの説明です。
末松さんは、これまで見たSWOT分析は「左上に強みを書きましょう」という形式だったので、改めて深いと感じたといいます。人数の少ない会社なら全員でやってみると、それぞれの目線の強みが見えて面白いかもしれないと話しました。
VRIO分析で「真似できない強み」を問う
次のステップに進む前に、中村さんは「次をやるかどうかをまず決めてほしい」と前置きします。本気でやるSWOT分析は手間がかかる分、情報整理として十分な効果があるからです。
もうほぼ今までが基本なんちゃってSWOTなんですよ。
だからそれ(SWOT分析)をなんちゃってやめるだけでも、もう大概大したもんなんですね。
それでも、決断の前にもう一歩しっかり分析したい場合に中村さんが勧めるのがVRIO分析 ── 経営資源を価値・希少性・模倣困難性・組織の4観点から評価し、持続的な競争優位になるかを見るフレームワーク。経営学者ジェイ・バーニーが提唱しましたです。SWOTと同じく英語の頭文字を取った名前です。
価値。その事業を世の中が本当に必要としているか
希少性。ほかにあまりないかどうか
真似しにくさ
それを組織として生かす力、やる力
中村さんは、まず価値の観点で、自分たちの事業が自分たち本位になっていないかを問うべきだと話します。「この商品はこんなに素晴らしい」と言っていても、世の中が必要としていなければ意味がないからです。
ココフルの人事制度設計をVRIOで見ると
VRIO分析はココフル全体ではまだやっておらず、中村さん個人で取り組んだそうです。中村さんは自社を例に、4つの観点を当てはめて説明しました。
ココフルは手続きや給与計算のアウトソースに加え、人事制度設計を専門的に手がけています。中村さんによると、制度設計に特化した社労士事務所はありそうで意外に少ない一方、コンサルティング会社ほど高価でなく自社に合った人事施策を作りたいというニーズは高く、経済的価値は高いといいます。
さらに25年以上、何パターンもの制度設計を試してきた経験から「今の時代に合う」形を生み出しており、それは経験を積まないと出しにくい、と中村さんは話します。
表面的にはそれは出来上がったものを見ればわかるですけど、なんでそこに行き着いてるかはわからないんですよ。
そこまでにこれ我々はどれだけの時間とお金を費やしてると思ってんねんみたいな話ですよね。
| 観点 | 中村さんの見立て |
|---|---|
| 価値 | 手頃に自社に合う人事施策を作りたいニーズが高い |
| 希少性 | 制度設計に特化した社労士事務所は意外に少ない |
| 真似しにくさ | 25年以上の試行錯誤があり、結果を見ても理由は真似できない |
| 組織 | メンバー全員がニーズに応えられる状態が今の課題 |
組織の観点について、末松さんは経験の浅いメンバーも多く、段階を踏んでコンサルに進むため、まだ経験が足りない部分を今後埋める必要があると話します。
一方で末松さんは、実際に自社のサービスの場に参加して、真似しにくさを実感したといいます。
読むだけじゃないですか。その場に応じた対応とかの技術が、これ何十回もやらないと多分身につかないなぐらいのものだったので。
参加者の声と「まず行動する」こと
ここで、MiraQの定例研究会の参加者の声が紹介されました。1つ目は幹部社員からの感想です。
価値の領域に時間を使えていないことに気づき、まず業務の棚卸しから始めようと思いました。緊急ではないけれど、重要な仕事を後回しにしていた理由が整理されてわかった気がします。同じような悩みを持つ異業種の方と話せて、自分だけじゃなかったと安心しました。
名倉さんは「うちだけでなく、多分みんなできていない」という安心感を挙げ、中村さんは「そこで安心されても」と笑いつつ、実際に着手すると他社の事例が貯まるのがよいと話しました。
2つ目は経営者からの感想で、戦略と戦術の切り分けを意識して自社の価値の領域を再定義し、従業員と共有し始めたいという内容でした。
戦略と戦術の切り分けを意識して、自社の価値の領域を再定義し、従業員と共有することを始めようと思います。圧倒的に選ばれる存在になるために、まず行動するという気持ちになれました。
戦略と戦術っていってね。だけど何よりもやっぱ行動ですよ。
見立ててこっちだって進むけど、あ、ちょっとしくったなと思ったら軌道修正すればいいよね。
名倉さんの「西じゃなかった、東か」という言葉に中村さんも同意し、そう考えれば気楽で楽しいと話しています。
社員は「誰のどんなニーズに応える会社か」を語れるか
2つ目の問いは「あなたの会社は誰のどんなニーズに応える会社かを、社員は自分の言葉で説明できますか?経営者と社員で同じ言葉で語れていますか?」です。
末松さんは、大きく言えばみんな同じことを言いそうだが、なぜそうなのかを深掘りすると違いが出そうだと話します。中村さんは、差が出るのはニーズの捉え方だと見ています。
(ニーズって)一回決めたらそれっきりってことはないんだよね。ニーズって変わるん。
ココフルでいえば「働く環境を良くしたい」という大きなニーズはあっても、それが残業を減らすことなのか、休みを増やすことなのか、お客さんの関心はその時々で変わります。そのため社内で目線を合わせるのは難しく、丁寧にやる必要があると中村さんは話します。
ニーズは変化するからこそ外部環境分析が必要で、中村さんはSWOT分析を少なくとも年1回は見直すことを勧めています。
社員にとっての経営戦略とは
前後編のまとめとして、末松さんは、経営戦略や分析は社長がやるものだというイメージが強かったが、そうではないと気づいたと話します。
一番プレーヤーとしてやってるからこそ、お客さんの声拾いやすいですし。
末松さんは、中村さんがお客さんに「なぜうちを選んでくれたのか」と聞く場合と、自分が聞く場合では答えが変わりそうだと話します。社員が自社の強みを知って共有することで、会社の価値が広がるのではないかと感じたといいます。
中村さんは、今回のテーマは大枠なので小難しいことは気にせず、今の状況を見て何をやるべきかを見立てる力を養ってほしいと話しました。ずれたら軌道修正すればよく、肩の力を抜けばSWOT分析も楽しい作業だといいます。
次回の定例研究会は8月6日で、テーマは販売戦略です。商品やサービスをどう届けるか、その道筋づくりが扱われる予定です。
まとめ
この回では、穴埋め式のSWOT分析から抜け出し、競合との比較とVRIO分析で根拠ある強みを見極め、価値の領域に時間を集中させる考え方が語られました。
- 強みは自分たちの思い込みではなく、切り口を決めて同業他社と横並びで比べて初めて見えてきます
- 競合情報の収集や外部環境の整理には、項目を指定したAIディープリサーチが役立ちます
- 外部環境の変化には表と裏があり、機会寄りか脅威寄りかを考えることが大切です
- VRIO分析では、価値・希少性・真似しにくさ・組織力の4観点で強みを深掘りします
- ニーズは変わるため、社員と経営者が同じ言葉で語れているかを年1回は確かめたいところです



