赤字企業が1社もない、という違和感
『四季報』で水産卸の業績を写経していたら、27年度予想で赤字の企業がありませんでした。
どんなビジネスでも、業界全体を写経してみると赤字を掘っている企業は一定ある。これまでの経験則ではそうだったので、正直驚きました。
営業利益率を並べてみると、こんな感じでした。
- 『中央魚類』: 売上1590億円、営業利益30億円で1.89%
- 『OUGホールディングス』: 売上3550億円、営業利益46億円で1.3%
- 『中部水産』: 売上374億円、営業利益4.5億円で1.2%
- 『横浜丸魚』: 売上412億円、営業利益4.8億円で1.17%
- 『築地魚市場』: 売上700億円、営業利益6.3億円で0.9%
- 『横浜魚類』0.85%、『マルイチ産商』0.83%、『大水』0.75%
基本的には2%を切っていて、1%に届かない企業も一定あります。
私の手元では卸売業の平均が4.4%なので、水産卸は卸売業の中では若干低めなんですね。
水産業は不漁や相場変動、鮮度の劣化がありますし、費用面を考えると物流費・電気代・人件費・ガソリン代高騰と厳しい話がいろんなメディアで出ています。それでも8社とも黒字予想。
そこで私が立てた仮説は、委託手数料で稼ぐモデルだから赤字になりにくいのではないか、というものでした。
魚価が下がっても上がっても、変動の負荷は荷主や産地仲買人が負い、荷受けは取扱高に比例した手数料を取る。『横浜丸魚』の四季報コメントにも「既存の委託手数料の料率改定が寄与」とあったので、そう考えました。
まず疑うべきだったのは母集団
検証してみて、1つクリティカルなミスに気づきました。
私が見ていたのは『四季報』、つまり上場して残った一部の会社だけなんです。業界全体の話ではありません。
明確に比較できるデータはなかなか見つからなかったのですが、『日本政策金融公庫』が小企業の水産卸の業種別経営指標を開示しています。
そこでは営業利益率がマイナス1.2パーセントで、平均を取ると赤字なんですね。中央値は0.1%、黒字かつ自己資本がプラスの企業の平均でも1.5%でした。
苦しい企業も当然ある中で、私は上場して残った会社だけを見ていた訳です。完全にバイアスがかかっていました。
規模感も添えておくと、時価総額は横浜魚類で41億円、大水で54億円、中部水産で62億円、築地魚市場で80億円。
従業員は横浜魚類が75人、中部水産が80人、横浜丸魚が178人です。数十人から数百人で、数百億〜1000億円の荷を動かしているんですね。
「手数料ビジネス」は粗い仮説だった
次に取引の形態を調べました。卸売市場の集荷形態は、大きく委託集荷と買付集荷に分かれるそうです。
大阪市のホームページによると、委託集荷は出荷者から販売委託を受け、市場で決まった価格に応じて卸売業者が委託手数料を取る方法。買付集荷は、卸売業者が出荷者から物品を買い付ける方法です。
買付集荷はかつて例外的な方法でしたが、平成16年の卸売市場法改正で、卸売業者の集荷力向上を目的に自由化されたそうです。
さらに『農林水産省』の資料では、水産は1980年度でも買い付けが59%を占めていて、2015年度には80.6%まで上がっています。
つまり、委託だから荷受けは価格変動リスクを負わない、とは言えないんです。
正確には「委託比率の高い取引では、買取在庫を持つ場合より価格変動リスクを限定しやすい」くらいの言い方になります。誰がどこまで負担するかは、契約形態や在庫の持ち方、売値がいつ確定するかで変わるんですね。
実は四季報コメントにも表れていました。横浜魚類には魚価の値上がりなどで利幅が縮小、大水には値上げが浸透、横浜魚類には好採算の一部水産物の数量減少が痛い、と書かれています。
値上がりが利益を減らすのも、魚種のミックスで採算が変わるのも、仕入れて売る買い付け側の構図です。一読しただけではわかりづらかったのですが、調べてみると点と点が線でつながってきました。
本業を支える冷蔵倉庫と不動産賃貸
もう1つ、四季報の連結事業欄を見て気になっていたのが、不動産賃貸や冷蔵倉庫です。
ほとんどの会社は売上の9割以上を水産物卸売で得ていて、残り1割弱が冷蔵倉庫や不動産賃貸です。
ところが利益率を見ると、水産物卸売は基本1%程度。冷蔵倉庫は10%、20%ある企業もあり、不動産賃貸は約50%以上を叩き出しています。
つまり、キャッシュの源泉が周辺事業にあるのは、否めないですよね。
それが鮮明にわかるのが築地魚市場です。本業の水産物卸売はセグメント利益率がマイナス1%で、赤字なんです。
一方で次年度予想は、全社で営業利益6.3億円、利益率0.9%の黒字。推測に過ぎませんが、売上構成比2%程度の冷蔵倉庫や不動産賃貸が赤字分を埋めているんじゃないかと勘ぐってしまいます。
「営業赤字の会社がない」という話の内側には、赤字のセグメントを抱えつつ会社単位では黒字に見えている、という構図があった訳です。
逆に、周辺事業が薄い会社は結構つらいんです。大水は水産物販売が売上構成比100%で、冷蔵倉庫等は0%(おそらく丸めた表記)でした。
利益率0.75%、1人当たり営業利益178万円と、厳しい予想になっています。
薄利で高回転のモデルは、キャッシュコンバージョンサイクル ── 仕入れの支払いから売上代金の回収までにかかる日数。短いほど手元資金に余裕が生まれるが生命線です。黒字でもキャッシュがなくなれば会社は死んでしまいますから、資金繰りはしっかり考える必要があるんですよね。
しかも買い付けが主流になっているということは、身銭がないと商品を仕入れられない。だから大きいバランスシートを持ち、副業でしっかりキャッシュを稼ぐ必要がある訳です。
魚価が上がる局面では、数量や決済条件が同じなら、売掛金や棚卸資産が増えて運転資金が重くなる可能性もあります。
営業利益の下に見える持ち合いの影
営業利益の下の段階も見てみると、これらの会社には毎回のように一過性の利益が載っていて、純利益のほうが営業利益より大きい状態がよく見られます。
四季報コメントには「有価証券売却益見込まず」「有価証券売却益なく最終減益」のような言葉が繰り返し出てきます。つまり、保有している他社の株式が大きいと考えられるんです。
これ、前回書いた株式の持ち合いにつながってきますよね。取引関係と株式保有が重なっている構造が、そのまま損益に出てくる訳です。
これが効率的なのか非効率なのかは、わかりません。株式を売って現預金に変えておけば、配当の先取りになるという話にもなりそうです。
ただ、情報共有やスムーズな取引のために持ち合っている面もあるのかもしれません。具体的な資本政策はしっかり調査やヒアリングができた訳ではないので、邪推も含まれますが、そういう側面で見てみるのも面白いと思います。
だんだん、数字と業界と資本政策がつながって見えるようになってきました。相手が自然で変動するからこそ、クッション性を高める工夫がいろいろなされていたんですね。
次回、水産業編は最終回です。『四季報読みまくって脳ムキムキRADIO』はSpotify、Apple Podcast、Amazon Music、YouTube、Audibleで毎週火曜朝7時に配信しています。
まとめ
水産卸が全社黒字予想に見えたのは、上場企業だけを見たバイアスと、周辺事業が本業の薄利を支える構造があったからでした。手数料ビジネスで安定している、という私の最初の仮説は粗かったんです。
- 四季報に載るのは上場して残った一部で、小企業の水産卸は平均すると赤字
- 水産の集荷は買付が8割を超え、荷受けも価格変動リスクを負っている
- 利益率約1%の本業を、冷蔵倉庫や不動産賃貸の高い利益率が支えている
- 純利益には有価証券売却益など一過性の利益が多く、株式の持ち合いが損益にも表れている


