「サンキューございます」に潜む子どもの類推
最初に取り上げられたのは、4歳の子どもが丁寧なお礼を伝えるときに「サンキューございます」と言っていたという投稿です。堀元さんは、カジュアルな「サンキュー」に「ございます」を付ければ丁寧になるだろう、と子どもが類推したのではないかと推測します。
水野さんは当初、日本語と英語が単に混ざったのかと考えていました。しかし、そもそも子どもが「サンキュー」をカタカナ語だと認識しているかどうかは怪しい、という指摘も出ます。
カタカナ語っていうのわかってるんですか?サンキューはありがとうと違うカタカナ語だっていうことを(子どもが)わかってるかどうか。その辺はちょっと微妙かも。
「ありがとう」と同じようなものだと思っていれば、「サンキューございます」はごく自然な発想になります。堀元さんは、自分も大学生のとき「先生をお怒らせてしまって」と言ってしまった失敗を思い出したと語ります。
怒らせてしまってをどうやって敬語にしたらいいかわかんなくて、脳内で検索したら「お怒りになる」って表現あるなと思って。それをうまく使えばいいんだって思った結果、出力されたのが「先生をお怒らせてしまって」。
大人でも、知っている表現を無理やり当てはめてしまうことがある。子どもの言い間違いは、その延長線上にあるものとして紹介されていきます。
タコ大学と「ドアカちゃん」の正体
続いて今井さんが挙げたのは、2歳の子どもが「イカ大学だよ」と教えられて「タコ大学」と言い返したという投稿です。医学を学ぶ大学名を、イカを学ぶ大学だと受け取ったのではないか、という展開になります。
堀元さんはここでタコの心身問題 ── 哲学者ピーター・ゴドフリー=スミスによる本。タコの知能や意識を手がかりに、心とは何かを論じたものという本に触れ、タコが瓶の蓋を開けるほど賢いという話を持ち出します。ただし瓶の内側からどう出るかは、二人とも「覚えていない」と白状します。
(タコが瓶から出る方法は)かなり複雑なステップでできるんですよ。いろいろな工程を踏んで。
知識人みたいに見えるけど、何も言ってないの。偉そうに言ってるけど、結局何も説明していない。
もう一つ、水野さんは似たタイプの言い間違いを紹介します。幼稚園で新しくできた友達を「ドアカちゃん」と呼んでいた子の話です。
正体は「まどかちゃん」でした。「窓」を「ドア」に置き換えてしまった、つまりドアと窓を同じカテゴリーとして取り違えた言い間違いだと解説されます。
堀元さんは、自分もイサム・ノグチとカズオ・イシグロを混同していた話をしますが、その前提として語ったカズオ・イシグロの経歴自体が間違っていて、今井さんに訂正される一幕もありました。
発音しにくい「ゲゲゲの鬼太郎」とアンパンマンの強さ
4件目は、子どもが「ゲゲゲのゲ太郎の動画見せて」と言ったという投稿です。「ゲ」が続くことで「鬼太郎」まで「ゲ太郎」になってしまった、惜しい言い間違いとして紹介されます。
水野さんは、破裂音が続くことの言いづらさに触れます。空気の流れを何度も止めて出す必要があるため、子どもには発音が難しいという説明です。
(キ・タは)破裂音なんで、まあやっぱ言いづらい。何度も空気の流れを妨げて止めて出してっていうのを繰り返さなきゃいけないんで、言いづらいよね。
対照的に話題になったのが、子どもが最初に覚える言葉として調査で唯一トップ10入りする固有名詞、アンパンマンです。今井さんは、これを天才的なネーミングだと評します。
アンパンマンはあれは天才的なネーミングだと思う。あれは口を開けて閉じたら言えるんですよ。開けて閉じる、開けて閉じるで発音できちゃう。
今井さんは、小田急のロマンスカーで2歳ぐらいの子が1時間近く「アンパンマン」と言い続けていたのを見た経験も語ります。言いたい言葉が言える喜びが、そこにあらわれているという見立てです。
破裂音が連続し、空気の流れを何度も止めて出す必要がある。子どもには発音が難しい
口を開けて閉じる動作の繰り返しで発音できる。子どもが最初に覚える言葉の調査で唯一トップ10入りする固有名詞
耳を「臭い臭いして」に見えた言語の本質
水野さんは、口に出すと気持ちいい言葉の話題を挟みます。芸人が意味もなく「つるとんたん行く?」と言いたくなる話や、英語で気持ちいいとされる「crisp」の例です。
crispは、後ろの軟口蓋 ── 口の奥のやわらかい部分。舌の付け根が触れる位置で、カ行・ガ行の子音などをつくるときに使うから前の唇へと調音点が順に前へ移っていくため、流れが気持ちよく感じられるのではないか、と説明されます。
crispって後ろから前にこういく感じがすごい綺麗に流れていくので気持ちいいんじゃないかっていう話があって。
3歳の子どもの投稿では、「耳臭い臭いして」という言葉が紹介されます。意味が分からず戸惑う二人に、今井さんが「耳を塞いで」という意味だと明かします。
臭いにおいのときに鼻を塞ぐ動作から、「臭い臭い=塞ぐ」と受け取り、それを耳や目にも応用した、という解説です。今井さんは、これを可愛いだけでなく言語の本質を突いた例だと語ります。
ある意味の塊を切り出して、(臭い臭いを)すぐメタファー的に転用して、また別の状況ですぐ使う。だから子供ってあっという間に言葉が増えていく。
ここで登場するのがガバガイ問題 ── 哲学者クワインが挙げた例。言葉の通じない土地でウサギを見て現地の人が「ガバガイ」と言っても、それがウサギを指すのか、走る・白いなどを指すのか、原理的には決められないという問題です。水野さんが、何を指しているのか原理的には特定できない例として説明します。
子どもは、大人が示した言葉のどの側面を指しているのか無数の可能性がある中で、一つの意味を切り出し、すぐ別の場面へ転用していきます。今井さんは、これが文法や語彙の学習にも通じると話します。
意味の塊を切り出す
「臭い臭い」という一つの意味の単位を取り出す
転用する
鼻を塞ぐ動作から「塞ぐ」という意味へメタファー的に読み替える
別の場面で応用する
耳や目にも当てはめ、「耳臭い臭いして」と使う
親が教えていない「過剰一般化」がキーになる
今井さんは、似た投稿として「美味しそう」を覚えた子が、キティちゃんのフィギュアを見て嬉しそうに「かわいそう」と言った例を挙げます。「〜そう」を形容詞に付ければいい、というアブダクション ── 観察した事実から、それを説明する仮説を導く推論。子どもが言葉の規則を推測して当てはめる働きとして、今井さんが繰り返し使うキーワードが働いた結果だと解説されます。
水野さんは、ここに親と子の非対称性があると指摘します。親は正しく話せるよう枠にはめようとするのに、子どもの側は勝手に過剰一般化して言語を習得していく、という点です。
誰も過剰一般化しなさいって子供に言ってないのに、子供側は過剰一般化して言語を習得していく。これ結構地味にすごくないですか?
堀元さんは、これを自分の台本執筆になぞらえます。自信のない数字はいったん太字のまま書き進め、書き終えてからまとめて裏取りするほうが効率がいいと気づいた、という話です。
間違ったまま突き進んで後から訂正するという点で、言語習得と台本執筆は似ているのかもしれない、と話がまとまります。今井さんも、子どもは間違えることを恐れていないと応じます。
子供は間違えることは恐れてないことは確かですよね。本当に、果敢に。
五十音表で「ん」だけが違う理由
水野さんが次に挙げたのは、あいうえお表を見て「ん」はどれでもないと気づいた小学生の投稿です。ア段・イ段のような段の並びに気づいたうえでの発見でした。
水野さんは、母音と子音の違いから「ん」の特殊さを説明します。母音は妨げを作らず舌の形で音の質を変え、子音は空気の流れのどこかに妨げを作る音です。
堀元さんは「ん」を母音も子音もない音だと答えますが、正解は鼻から空気を出す鼻音、つまり子音でした。五十音の中で「ん」だけが母音を伴わない例外だと整理されます。
五十音の中で基本的には最後に必ず母音が来てるんです。だけど「ん」ってなぜか子音のみで許されてる変なポジションのやつなんですね。
ただし堀元さんは、この子が音の特殊さに気づいたのか、単に表の中で位置が特殊だと気づいただけなのかは切り分けが必要だ、と冷静に指摘します。親が確かめるべきステップがある、という視点です。
妨げを作らず、舌の形を変えて音の質を変える。五十音では基本的に最後に必ず来る
空気を出すときにどこかで妨げを作る。「ん」は鼻から空気を出す鼻音で、母音を伴わない例外
「広告スキップして」に見る過剰一般化の暴走
堀元さんは、YouTubeの広告をスキップする親を見て「広告」を覚えた2歳児の投稿を紹介します。動画に広告が出るたび「広告スキップして」と言うようになったところまでは自然です。
しかしこの子は、地上波のバラエティ番組など実写映像をすべて「広告」と判断し、「広告スキップして」と言うようになりました。かなり大胆な過剰一般化です。
実写のもの、アニメ以外のものは全部広告だと判断している。
今井さんは、これも観察対象をどのレベルで切り取るかという問題だと受け止めます。そして自身の飼い猫の話へ広がります。
今井さんの猫は、キャットフードとして売られた製品は食べるのに、同じ皿に入れた人間用の刺身やささみは決して食べないといいます。缶を見せているわけでもないのに、どうやって区別しているのかが謎だ、という話です。
あげる時はみんなお皿にとってあげてるので、その中で人間用、猫用、どうやって区別しているのかがすごい不思議なの。すごい抽象的なカテゴリー。
堀元さんはキャットフードの袋から刺身を出したらどうなるか実験したいと言い出し、二重盲検法 ── 実験する側もされる側も、どちらが本物の条件かを知らない状態で行う実験手法。無意識の合図で結果が偏るのを防ぐまで持ち出して盛り上がります。人も動物も、何をしてよく何をしてはいけないかをどう区別しているのか、という問いに話は着地します。
ザーサイは調理名か植物名か
水野さんは、自分がやってしまった言い間違いとして、ザーサイを長らく調理名だと思っていた話を持ち出します。キムチやしば漬けと同じ列に並べていた、というわけです。
三者の見立ては分かれます。堀元さんは、タケノコのようなものを削って固めた調理法だと考え、今井さんは植物名だと即答します。
ザーサイという植物はない。雑草という草はないみたいになっちまった。
正解は、ザーサイという植物が存在する、でした。私たちが食べているのは根元のコリコリした部分で、抜くとマンドラゴラのような見た目をしていると紹介されます。
水野さんは、漬物は「たくあん」「奈良漬け」のように漬物名で呼ばれることが多いため、ザーサイも調理法だと一般化してしまったと振り返ります。「菜」の字に気づいて調べたら植物名だった、という顛末です。
ザーサイってなんとなく僕は一般化みたいなので、ザーサイという調理法だと思っていて。でも、それにしたら菜って入ってるなと思って調べたら植物名だった。
この流れで、たくあんが大根だと子どもの頃に受け入れられなかった話や、奈良漬けの原料はウリだという話も飛び出します。大人でも、食べ物の名前とカテゴリーの取り違えは起きるという例です。
キムチやしば漬けのように、漬物は調理法で呼ばれるという一般化。ザーサイもその一種だと考えた
ザーサイという植物が実在し、食べているのは根元のコリコリした塊の部分
正月しか出番がない「もちな」
水野さんは、愛知でお雑煮に入れる青物野菜「もちな」の話をします。それ以外の料理で見たことがない、という不満です。
もちなって結構愛知の方でお雑煮の中に入れられる青物野菜なんですけど、それ以外で見たことないんですよ、もちなを。
堀元さんが調べると、もちなは別名「正月菜」とも呼ばれ、正月の雑煮に欠かせない野菜だと分かります。家庭菜園でも育てられるのに、なぜ正月しか出番がないのか、と三人で首をかしげます。
普段からお吸い物や煮物に入れればいいのに、という素朴な疑問で盛り上がる、雑談らしいひとときになりました。
「おぞいち」に見る、子どもが言葉を分解する力
今井さんは、9歳の子が餅一個のお雑煮を「おぞいち」と呼んだ投稿を紹介します。餅二個なら「お雑煮」、一個なら「おぞいち」という理屈です。
お餅一個だからおぞいち。お餅二個ならお雑煮でしょ。
「雑煮」の「煮」を数字の「二」だと解釈し、一個なら「一」に置き換えた言い間違いです。水野さんは、なぜ「おぞういち」ではなく「おぞいち」なのかに注目します。4拍のまとまりを守るための省略ではないか、という見立てです。
関連して、「小児喘息」を「小五喘息」だと思い、学年が上がったら「小五喘息」になると考えた子の例も紹介されます。二という数字以外の場面に出てくる音を、数字だと勘違いするケースはよく見られる、という整理です。
子供はいつもただ受容してるだけじゃなくて、聞いた言葉を必ず分節して分解して取り出そうとしている。
堀元さんは、自社のミーティングで「一人各テーブル回って」が「確定ブルマ割って」に聞こえたスタッフの話を挟みます。大人でも、聞いた言葉を勝手に分解して誤解する例だと笑いを誘います。
アブダクション大賞に選ばれた「いっちゃんがいちゃっと」
今回のアブダクション大賞は、自分を「いっちゃん」と呼ぶ2歳の娘の言い間違いでした。父親が「パパがパパッと磨くからね」と言うと、娘が「いっちゃんがいちゃっとやるの」と返した、という投稿です。
今井さんは、「パパがパパッと」に対応させて「いっちゃんがいちゃっと」とした発想を、芸人のような頭の回転だと評します。素早い感じの韻律を保ちながら、自分の名前に合わせて言い換えている点が見どころです。
いっちゃんなのにイチャッとっていう風に、音象徴的にも早い感じのリズムを保存しつつ、自分がやりたいっていうことをイチャッとやるって言うってすごいなと思って。
水野さんは、子どもがあだ名を作るときにも2音節や4音節のまとまりを好み、足りなければ小さい「ッ」や伸ばし棒で調整する、と補足します。子どもの韻律への感覚は侮れないという話です。
オノマトペ ── 「サクサク」「ドキドキ」のように、音や様子を表す言葉。音の反復や小さい「ッ」の入り方に規則性があり、言語学の研究対象になっているの研究でも、「サクサク」より「サックサク」のほうが言いやすいなど、小さい「ッ」の入る位置に法則があります。子どもは、その法則を知らなくても直感でうまくやってのける、と締めくくられます。
研究者の法則なんかを知らなくても子供はうまく(できちゃう)。
AIで英語を学ぶ「アブダクション英語学習法」
最後は、今井さんの新刊『アブダクション英語学習法』の紹介です。以前の『英語独習法』に、AIを使うという軸を加えた本だと説明されます。
AIには全部日本語で指示し、作らせた英文に翻訳も付けさせて見比べます。ポイントは、答えや解説はさせず、自分で仮説を立てて検証するという使い方です。今井さんは、あえて「説明はするな」とプロンプトに入れると話します。
私は説明はするなってわざわざプロンプトに入れてる。
具体例として、listenとhearの違いが挙げられます。答えを言わせず、それぞれが使える例文をたくさん出させて、違いの仮説を立て、別の例文でその仮説を検証していく、という手順です。
たとえば副詞に注目すると、listenにはcarefully、hearにはsuddenlyが伴いやすい。そこから「hearのほうが受け身で聞こえてくるのでは」という仮説が立ち、受け身的な文脈で例文を出させて確かめられます。これはまさに赤ちゃんの言語習得と同じやり方だと語られます。
赤ちゃんの言語習得みたいなことですね。
今井さんは、この学び方をプレイフルラーニング ── 楽しみながら没入して学ぶという考え方。今井さんが最近推しているコンセプトで、対象は中高生以上の大人まで広いという自身のコンセプトに結びつけます。分からないことが分かる感動を、手軽なAIで味わえる点が魅力だと話します。
人が一番よく学べる時って楽しみながら没入する、そういう時が一番よく学べる。子供でも大人でも同じ。
水野さんは、似た意味の動詞の違いを一人で探れるようになったことを羨ましいと語り、堀元さんは「ブラックボックスと戦うゲーム」としての面白さをパチンコにたとえて盛り上げます。
まとめ
子どもの可愛い言い間違いは、単なる失敗ではなく、意味を切り出して別の場面へ転用する「アブダクション」と、韻律を大事にする感覚のあらわれでした。その働きは、AIを使った英語学習にも通じるものとして語られました。
- 子どもは意味の塊を切り出し、別の場面へ転用しながら急速に言葉を増やしていく
- 親が教えていない「過剰一般化」こそが、言語習得のキーになっている
- 「おぞいち」や「いっちゃんがいちゃっと」には、韻律のまとまりを守る感覚があらわれている
- 「ん」は五十音で唯一、母音を伴わない鼻音という例外的な音である
- 答えを言わせず自分で仮説を立てて検証するAIの使い方は、赤ちゃんの言語習得と同じ発想である

