be動詞で足りるのに、なぜThere isが要る?
水野さんが最初に投げかけたのは、There構文は奇妙ではないかという問いです。be動詞が存在を表すと習うのだから、「何々 is on the desk」のように言えば済むはずだからです。
なんかそういうもんだって習ったから、そういうもんだと思って疑わずにきました。
今回は、丸暗記してきた文法事項に言語学的な説明を加え、「あの理不尽には意味があった」と感じてもらうシリーズの一回です。There構文の説明は、中学生向け、高校生向け、言語好き向けの3段階で、だんだん難しく、だんだん正確になっていきます。
中学生向けのポイントの1つ目は、There構文の動詞の数が後ろの名詞に合わせて変わることです。英語では普通、最初に来た名詞と動詞の数が一致しますが、There構文では「three apples」ならare、「an apple」ならisになります。
ポイントの2つ目は、There構文のThereには「そこに」という意味がないことです。テーブルがすぐ近くにあっても「There is an apple on the table」と言えますし、堀元さんが挙げたように「19世紀のアメリカには何々があった」という文でもThere wasを使います。
さらに水野さんによれば、発音も違います。「そこに」のThereは強く発音されるのに対し、There構文のThereはもっと弱く発音されるといいます。
theとaの違いは「聞き手がわかるか」
高校生向けの話は、There構文の意味上の主語、つまりThere isやThere areの後ろに来る名詞の特徴から始まります。水野さんによると、ここには不定名詞しか来ない、と高校では教わります。
水野さんが手元の総合英語Forest ── 高校生向けの英文法参考書として広く使われてきたシリーズ。現在は後継の『総合英語Evergreen』が刊行されていますを開くと、「名詞にtheやthat、this、yourなど相手が知っていることを示す語はつけない」と書かれていました。theをつけたい場合は「The cat is under the table」のように、その名詞を主語にしなさいという説明です。
いや、全然つまんねえ話だなって思ってました。
堀元さんはこの話を、テストで点を取るためだけの知識だと受け止めました。しかし水野さんは、There構文の本質を見抜けば英語のテストの点数そのものが伸びると反論します。
その本質を理解するため、水野さんはtheとaの違いを問い直します。堀元さんの「特定のものならthe」という答えに対し、水野さんは、間違いではないが本質的ではないと言います。
theがついてる時ってのは、堀元さんがどれかなんとなくわかる。
水野さんの説明では、theは「聞き手もどれのことかわかるよね」という時に使われ、aは聞き手がどれを指しているかわかっていない時に使われます。
聞き手がどれのことかわかると話し手が想定している時に使う
聞き手がどれを指しているかわかっていない時に使う
その例がmoonという単語です。moonは本来「衛星」という意味で、地球には衛星が月しかないため、the moonと呼べば「あの衛星」として月を指せます。辞書にも「Jupiter has at least 16 moons(木星には少なくとも16個の衛星がある)」という例文があり、theのないmoonsは月を指していません。
木星の衛星をめぐっては脱線も続きました。4月15日のニュースでは、すばる望遠鏡などの観測で木星に新たに14個の衛星が見つかり、衛星数は計115個になったと紹介され、ガリレオが見つけた4つしか知らなかった堀元さんは驚いていました。
Thereが来たら新情報の合図?
聞き手が特定できればthe、できなければaという傾向を押さえると、There構文の意味が見えてきます。There構文にはaがつくような名詞が来るので、There構文が出てくると、読み手には新情報が来ることになります。
あ、おお、長文読解のスキルじゃん、これ。これ新しい情報だから、この後にしかヒントないなってわかるわけだ。
水野さんによれば、長文でThere isのあとに何かの理論や情報が出てきた場合、その前に戻っても説明は書かれていません。Thereで導入されたあと、直後に説明が来るといいます。
There構文が登場
書き手が新しい情報をあえて提示している
前には説明がない
その名詞は初出なので、前に戻っても手がかりはない
直後に説明が来る
導入された情報の説明は、多くの場合すぐあとにある
水野さんは、There構文のThereを日本語にするなら「ほら」だと言います。「ほら、何々があります」のように、聞き手の注意を引く形式だという見立てです。
水野さんはもう1つ、日本語の格助詞「が」との類似も挙げます。「昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました」のあと、「おじいさんは山へ芝刈りに」と続くように、初出の時には「が」、その後は「は」が使われます。
そうか、文法的にちょっと異様な見た目をしてるのも、注意を引くのに役立ってるのかもしれないよね。
水野さんは、There構文は語順がキモいと嫌われがちだが、英語の長文や相手の話を、メリハリをつけて読んだり聞いたりするためのツールになると話します。
高校生向けの知識としてもう1つ、There構文にはbe動詞以外の動詞も来ることが紹介されました。Forestにも、存在や出現を表す自動詞としてappear、come、happenなどが使えると書かれています。「Once upon a time there lived a happy prince」のように、昔話の語り出しでもThereが使われます。
学校の英文法書は「嘘ばっかり」?
ここから説明は、言語学徒や英語好き、英語の先生に向けた、より正確な内容に入ります。水野さんの結論は、高校の英文法書には間違いが多いというものでした。
意味上の主語の位置にtheがつく名詞は来れます。
たとえばForestの練習問題にあった「There is ___ book」の空欄は、aでもtheでも文法的に問題ないといいます。ただし水野さんは、There構文があったら英文読解で注目しましょう、という先ほどの話は真実だと念を押しています。
また水野さんは、中学生向けや高校生向けと断ったうえでの説明に、間違った内容が含まれるのは問題ないと考えています。それは理解のための方便であり、学ぶほどに簡略化されていたとわかるという位置づけです。
Thereのあとにtheが来るパターンの1つ目は、Thereが「そこに」という意味の副詞として使われているケースです。「The book is there」が倒置 ── 英語で、主語と動詞などの通常の語順を入れ替える現象。強調や情報の流れを整えるために使われますされると「There is the book」になり、そのあとに「on the table」のような場所の説明を加えられます。
水野さんによると、この場合はコンマを置くことが多いものの、コンマがなくても文法的な文ではあります。「There's a girl(そこに少女がいる)」も、倒置しただけならThere構文ではない、Thereから始まる文です。
優しい世界を用意された箱庭だったんだね。
theがついても新情報になるのはなぜ?
パターンの2つ目は、Thereに「そこに」の意味がないのに、後ろにtheや、「There is John」「There is me」のような固有名詞や代名詞が来るケースです。一見すると、There構文が新情報を伝えるという説明と矛盾します。
水野さんによれば、There構文が新情報を提示するという点は、英語学者や言語学者もみな言っており、正しいといいます。違うのは、theがつく名詞や固有名詞が必ず旧情報だという前提のほうです。
theに関わるのは、専門的には照応性 ── 話し手が指したものを、聞き手が自分の知識や状況と照らし合わせて特定できる性質。机に本が1冊だけなら「the book」で特定できますが、3冊あると特定できませんという性質です。つまり、theの有無は照応性に、There構文は新情報かどうかに関わるので、2つは強く相関しつつも完全には一致しません。
新情報か旧情報かの話と照応性があるかないかっていう話ってかなり重なってるよね。
そこで水野さんは例文を示します。「I'm hungry. Is there anything to eat?」に対する「Well, there's the leftover apple pie from last night.」では、Thereのあとにtheが来ています。
食べるものを尋ねた人は、アップルパイが残っていることを知らなかったので、アップルパイは新情報です。一方で、昨晩食べたアップルパイなので、言われれば思い出せる照応的な存在でもあります。
もう1つの例文は、「あんな奴にはもう誰も喧嘩を挑まない」という発言に対する「Oh come on, there's still you. You can take him on.」です。話者は自分が挑むとは想定していなかったので「お前がいる」は新情報ですが、自分のことなので照応はできます。
| 例 | 照応できるか | 新情報か |
|---|---|---|
| There is a book | できない | 新情報 |
| there's the leftover apple pie | できる(昨晩食べた) | 新情報(残りを知らなかった) |
| there's still you | できる(自分のこと) | 新情報(自分が挑むと想定していない) |
堀元さんは、この例文が『ドラゴンボール』のセル編で、悟空が息子の悟飯に「お前だ」と告げる場面にそっくりだと指摘しました。ただし英訳が実際にどうなっているかは、二人とも確かめていません。
学校文法の単純化は悪なのか?
水野さんは議論をまとめ、There構文は新情報を提示するので、英文読解や日常会話の手がかりになると整理します。そのうえで、Thereの後ろにtheが来ないという教え方は単純化であり、そのまま教えると間違いになると話します。
Forestには、be動詞以外の自動詞を使ってThere構文を作れると書かれていますが、水野さんによると実際には他動詞も来られます。「Then all of a sudden there reached her ears the sound of angel voices」では、reachのあとにher earsという目的語が続いています。
ただし水野さんの普段のスタンスは、むしろ学校教育はそれほど悪くないというものです。英文法書に学術的に見て多少の間違いがあることは、さほど問題ではないという立場を取っています。
理解のためのさ、方便として一旦こうやって理解しとこうみたいなやつってことでしょ。
堀元さんは説明を待たずに強く共感し、中学で習う「原子核の周りを電子が回っている」というモデルも、本当は確率的な電子雲のほうが正しいと例を挙げました。教育における方便の是非は、次回あらためて二人で話すことになりました。
漫画の会話でtheはどれくらい来る?
最後は、英語で漫画を読めるアプリ「Langaku」の広告パートです。Langakuのデータで学園恋愛漫画『アオハライド』を調べたところ、There構文の後ろに定名詞や固有名詞が来ていたのは約2割でした。
がっつりやんけ。
堀元さんは、第1話に出てくる「There's Makita」を、クラスメイトのマキタを見つけて驚く場面、つまり照応的かつ新情報の例として紹介しました。しかし水野さんは読み進めるうちに、これは「そこにマキタがいる」という倒置の文かもしれないと言い出します。
水野さんによれば、見た目では区別できなくても、Thereの発音を聞けばわかるはずです。ところがアプリの音声を聞いても水野さんには判別できず、冒頭で自分が実演した発音の違いも正確かどうか自信がないと認め、ネイティブの人に聞いてほしいと締めくくりました。
まとめ
There構文は、丸暗記するだけの奇妙な語順ではなく、聞き手や読み手に新情報を差し出す合図だと考えられます。学校で習う「theは来ない」という説明は単純化であり、実際にはtheや固有名詞が来ることもありますが、その背景には照応性と新情報のずれがあると話されています。
- There構文のThereには「そこに」の意味がなく、発音も弱くなる
- There構文は新情報の合図なので、長文では直後の説明に注目するとよい
- theは照応性に関わるため、照応できても新情報ならThereのあとに来られる
- 「そこに」の意味のThereが倒置された文は、There構文とは別物
- 学校文法の単純化は理解のための方便であり、その是非は次回に語られる





