ブリストルの裕福な家庭に生まれて
エリザベス・ブラックウェルは1821年2月3日、イギリスのブリストルイングランド西部の港町。鉄鋼業や貿易で栄え、現代では覆面アーティスト・バンクシーの故郷としても知られる。で生まれました。鉄鋼業の盛んな港町で、現代アーティスト集団バンクシーの故郷でもあります。
父サミュエルと母ハンナは教会で知り合った、ともに信心深いクリスチャンでした。ただし当時のイギリスの主流派である英国国教会イングランドの国教会。16世紀ヘンリー8世の時代にローマ・カトリックから独立して成立した。には属しておらず、宗教的には少数派の家庭。社会的には肩身が狭い立ち位置だったといいます。
父サミュエルは砂糖の精製事業で成功した実業家で、典型的な中産階級のビジネスパーソン。上昇志向が強く、同時に道徳を重んじ、社会をより良くしたいという志も持っていました。家計は裕福で、家には高価な家具や広い庭、ラズベリーの茂み。夏には数週間の海辺のバケーションに、召使いを連れて出かけるような暮らしぶりでした。
母ハンナは時計職人の家の出身で、妻と母としての伝統的役割を喜んで果たすタイプ。一方で上辺だけの虚栄を強く嫌い、自分の綺麗な顔を鏡で見るだけで「自分こそが上辺だけの人間ではないか」と苦しむほど、信仰心と道徳心が強い人物でした。子供たちにもみすぼらしいほど質素な服を着させていたといいます。
エリザベスは女5人・男4人の9人兄弟の3番目。祖母や叔母とも同居する大家族のなかで育ちました。
鉄の意志を秘めた少女の特異な性格
子供時代のエリザベスは色白で金髪。アイススケート、魚釣り、乗馬、散歩など、屋外でのレクリエーションを好む活動的な子でした。一方で、社交的ではありません。静かで引っ込み思案、感情をめったに表に出さず、読書が逃げ場になっていました。
しかし彼女には大きな特徴がありました。腹の中に鉄の意志を秘めていたのです。「私はもっと勇気のある子供になりたい」「自分を鍛えたい」という強い向上心を持ち、自分がどれだけ強くなったかを試そうとする癖がありました。
夜中に掛け布団なしで床に寝る
身体的なつらさにどこまで耐えられるか試す
一番好きな料理を我慢する
欲求への自制心を鍛える
一日中何も食べずに過ごす
飢えへの耐性を試す
病気の兆候を家族に隠す
弱みを見せない強さを保つ
悟空やん。
当時の「女はおしとやかであるべき」という規範からは明らかに外れた少女像でしたが、両親、特に父サミュエルはそれを許しました。叔母たちが「女らしくないよ」と叱るたびに、父は「まあまあいいじゃん」とエリザベスの肩を持ったといいます。
父サミュエルが与えた異色の教育
父サミュエルがエリザベスに与えた最大の影響は、教育における男女平等でした。家庭教師を雇って子供たちを教育する際、教育内容にもクオリティにも男女の差をつけなかったのです。
女の子は社交の場でいい男に見初められる程度の教養で十分。教育投資は息子に集中させ、大学に行かせて出世させる。「女が知識を持つと夫が見つからない」という通念。
男の子に教えるラテン語・数学・天文学などを、女の子にも同じように教える。娘たちにも自分の意見を主張させ、大人がそれに耳を傾ける。
父サミュエルには確たる信念がありました。「理性は人間に普遍的に備わっている能力であり、性別による差はない」という考えです。これは父が属していたキリスト教の思想潮流の一つであり、理性が教育によって形成される以上、女子にも男子と同じ学問教育が必要だと考えたのです。
娘たちは小さい頃から自分の考えを大人に主張して聞いてもらえる環境を与えられていました。三姉妹が「家の屋根に登って遠くを眺めたいから許可してほしい」という嘆願書を父に提出すると、父はそれをユーモアあふれる詩で返したというエピソードも残っています。
そうか、主張して聞いてもらえることすらなかったんやね、女性は。当たり前のように、いやそんなこと言うなよって終わってたっていうことか。
家族ぐるみの奴隷制廃止運動
もう一つ、父が子供たちに与えた大きな影響が、反奴隷制運動への参加です。サミュエルは奴隷制廃止運動にゴリゴリ取り組んでおり、エリザベスたちは小さい頃から父に従ってこの運動に関わってきました。
逃亡奴隷や運動家を助けたりかくまったり、奴隷制反対の集会に出かけたりという経験を、子供時代から原体験として持っていたのです。「奴隷制は道徳的に良くない」「良くないものがあれば社会は改革されるべき」「みんなで社会を改革することはワクワクする」──こうした感覚が幼いうちから刷り込まれていました。
ただし、父の事業には大きな矛盾もありました。砂糖の精製業は、原料のサトウキビ熱帯地域で栽培されるイネ科の植物。砂糖の主要原料。19世紀当時、カリブ海の農園では奴隷労働によって生産されていた。をカリブ海の奴隷労働によって生産された農園から仕入れていたのです。サミュエルはこの矛盾に気づき、奴隷労働を介さない原料調達として、てんさい(ビート)寒冷地でも育つ根菜で、砂糖の原料となる。19世紀ヨーロッパで砂糖原料として注目され始めた。を使った砂糖生産のチャンスを模索していました。
さらに、ブラックウェル家は反奴隷制運動の大物指導者ウィリアム・ロイド・ギャリソンアメリカの奴隷制即時廃止運動の指導者。新聞『リベレーター』を発行し、過激な廃止論を展開した。とも親しい関係にありました。彼が頻繁にブラックウェル家に出入りし、子供たちにとっても人気者だったといいます。
不穏なアメリカ移住と父の病
ここから雲行きが怪しくなります。父の事業がうまくいかなくなったのです。砂糖の価格下落に加えて、精製工場が火災で全焼。おそらく粉塵爆発と考えられています。
さらに父の弟ジェームズが海外支社を経営していたアイルランドで精神を病んで入院し、海外支社も破産。イギリス国内では選挙制度の欠陥への民衆の怒りが暴動に発展するなど、社会も不安定でした。心から愛していた母親も亡くなり、サミュエルは精神的に弱っていきます。
そんなタイミングで、アメリカに移住した友人たちから「アメリカいいぜ」「自由の国だよ」「経済めっちゃ伸びてるよ」と誘われ、サミュエルは決断します。よし、ニューヨークに行こう、と。
母ハンナは妊娠中で、おそらく反対したと思われますが、サミュエルは強行。家族8人、父方の叔母3人、家庭教師、召使い2人、お腹の子も含めて総勢17名という大所帯で、エリザベスが11歳の時にアメリカへ渡りました。
しかしアメリカは甘くなかった。法律は曖昧でガラも悪く、ブラックウェル家には潤沢な資金も現地のコネもありません。父は砂糖工場を買って事業を再開し、奴隷解放運動にも飛び込みますが、マラリア蚊が媒介する感染症。19世紀のアメリカではミシシッピ川流域や南部で広く流行していた。にかかってダウンしてしまうのです。
お父さんが行きたいって言ったんでよ?ってなりますよね。何マラリアなっちゃってんの?ってなりますよね。
エリザベスを貫くコンプレックスと渇望
ここで、彼女の人生を貫くエネルギーとなったコンプレックスを押さえておく必要があります。それは「自分は優れているのに主人公になれていない」という感覚でした。
彼女は社交の場を「しょうもない」と感じていました。ダンスパーティーで楽しげに話す女性たちを、噂話に明け暮れ、愚かで思考が浅いと内心で見下していたのです。コルセットでウエストを締め付ける姿にも違和感を覚えていました。
しかし、そう強がりながらも、自分が世間の端っこに立っているという感覚から逃れられない。さらに姉のアンナは聡明で頭が良く、綺麗な人物。エリザベスは姉に対して凄まじい対抗心を抱いていました。
彼女は仕事をして自活したいと考えますが、社会を見渡すと選択肢は限られていました。叔母は帽子屋を開いて経済的に自立していましたが、エリザベスにとっては「ショボい」と感じる仕事。家庭教師も気が進まない。彼女が望んでいたのは、もっと大きなことでした。
コロンビア大学ニューヨーク市にあるアメリカ屈指の名門私立大学。1754年創立で、当時は男子校だった。のような名門校に入って男子と肩を並べたい──そう願ったエリザベスの渇望は、周囲にうまく馴染めず人生の閉塞感に焦りを感じる彼女の胸のうちで、じりじりと燃えていきました。
この渇望の背景には、父サミュエルの教育が深く関わっています。男女平等の教育を受けたことで「自分にもポテンシャルがある」という自覚を小さい頃から持たされ、奴隷解放運動を通じて「自分の価値を発揮する」「正義のために行動する」高揚感を原体験として積み重ねてきたからです。
とにかく認められたい。子供の時に自分を痛めつけて強くなりたいっていうのも、多分認められたかったんじゃないですかね。
そんなエリザベスに、次回、悲劇が訪れます──その内容は次回に持ち越しとなりました。
まとめ
エリザベス・ブラックウェルがアメリカ初の女性医師になるまでの道のりは、決して才能と運だけで切り拓かれたものではありませんでした。彼女の根底にあったのは「認められたい」「主人公になりたい」という強烈な渇望であり、それを下支えしていたのは、当時としては異色だった父サミュエルの教育方針です。
男女平等の学問教育、自分の意見を主張できる家庭、家族ぐるみで取り組む奴隷制廃止運動──この特異な環境が、エリザベスに「社会は変えられる」「自分にもポテンシャルがある」という感覚を植え付けました。同時に、社交を嫌い孤独を愛しながらも、世間の端っこに立つことに耐えられない彼女のコンプレックスが、その渇望を増幅させていったのです。
アメリカへの不穏な移住と父の病。この先に待つ「悲劇」が、彼女の人生をどのように転換させていくのか。次回に続きます。
- エリザベス・ブラックウェルは1821年、イギリス・ブリストルの裕福な中産階級の家庭に9人兄弟の3番目として生まれた
- 静かで引っ込み思案だが、腹の中に「鉄の意志」を秘め、自らを痛めつけてでも強くなろうとする少女だった
- 父サミュエルは「理性に性差はない」という信念のもと、娘たちにも息子と同じ学問教育を施した異色の家庭だった
- 家族ぐるみで奴隷制廃止運動に参加し、「社会は変えられる」という原体験を子供時代から積み重ねていた
- 事業の失敗を経てサミュエルは一家17名を率いてアメリカへ移住するも、現地でマラリアに倒れる
- エリザベスの根底には「自分は優れているのに主人公になれていない」というコンプレックスと、「圧倒的に認められたい」という渇望が燃えていた
