有史以前から人類は「法則」を見出していた
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科学技術の歴史編の2回目です。深井さんは今回、時代をかなり遡って「科学とは何か」を考えていくと切り出します。
有史以前から、科学っぽいものはすでにあったといいます。火、雷、疫病、惑星の運行、光、潮の満ち引き。自然界は不思議に満ちていて、古代人もそれらを観察し、何らかの法則で動いていないかと考えていたそうです。
深井さんは、これがホモサピエンスの特徴だと指摘します。ホモサピエンス以外の動物は、基本的に法則を見出していないというのです。
紀元前3500年頃、古代メソポタミアや古代エジプトで独自の文明が発達すると、天体観測に基づく天文学の知識がかなり蓄積されていきました。
たとえば太陽の通り道が発見されたり、十二宮つまり星座が確定されたり、暦法が作成されたりしています。何らかの法則を見出し、それを実用的・実際的に使うことは、この時点でおこなわれていました。
神話ではなく「万物の根源」を探し始めたギリシャ人
実用にとどまらず、世界そのものを説明したいと考える人たちが古代から現れます。楊さんは「全体構造を知りたい」「整合性を取るような説明はないものだろうか」と、その動機を言い表します。
それが歴史上初めて出てきたのが、紀元前6世紀頃、現在のトルコ西海岸にあたるイオニア地方のギリシャ人でした。深井さんは、ミレトスというポリスの人たちが「世界を形作る基本的な物質とは何か」を考え始めたと説明します。
これは当時としては非常に異質でした。それまで世界は神話で説明されていて、ある神様がこうしたからこれがある、という語り方だったのです。
いやそれ説明できてないよねみたいな
ミレトスの人たちは、自然現象を自然現象で説明しようとし始めます。彼らが探した万物の根源物質を、アルケーと呼びます。
世界は生成と消滅を繰り返しています。一つ一つ違って見えるものにも共通した起源があるのではないか。深井さんは、これは古代人にとって非常に不思議なことだったと語ります。
水・空気・火・原子…アルケー探しの系譜
最初の哲学者と呼ばれるタレスは、万物の起源であるアルケーを水だと考えました。生物も無生物も、あらゆる自然現象は水の循環と関わりがあるのではないか、というのです。
うーん、あながち間違ってはないけどね
その後、アナクシマンドロスは、アルケーを「無限大なもの」だと言いました。深井さんは、これは有から世界が生まれたとするインド哲学に近いかもしれないと補足します。手触りのないものを持ち出した点が、樋口さんには印象的だったようです。
続くアナクシメネスはアルケーを空気だとし、ヘラクレイトスは火だとしました。火が元となって水や土に変化する、という考え方です。
さらにエンペドクレスは、一つに限る必要はないと言い、土・水・空気・火の4つの元素の配合で世界ができていると考えました。深井さんは、これがインドのウパニシャッド哲学にも似た発想だと指摘します。
原子論とピタゴラス、しかしそれは「科学」ではなかった
ここで、現代の目から見ても際立って見える人物が登場します。デモクリトスです。彼は万物の根源を「アトム」つまり原子だと言いました。これ以上分けられないものが組み合わさって世界ができている、という考え方です。
ただし楊さんが確認するように、これは今の物理学でいう原子そのものではありません。深井さんも、概念として言っているだけだと念を押します。
そして深井さんは、ここに近代科学との決定的な違いがあると強調します。デモクリトスたちは、頭の中で想像して言っているだけなのです。
近代科学は、実験してデータを取り、実証し、学会などの検証を経て初めて科学になります。デモクリトスの原子論は、実験も実証もせず頭で考えただけのもので、原子でできていると実証したのとは死ぬほど違う、というのが深井さんの整理です。
実際、デモクリトスは原子は消滅も生成もしないと言いましたが、これは事実と異なります。それでも、極小のものが集まって世界ができているという着想に頭だけで到達した点はすごい、と評価しています。
その後、ピタゴラスは「万物は数である」と唱えました。宇宙の秩序は数の比で表せる、という考え方です。
ピタゴラスは禁欲的な宗教団体を率いており、音楽の協和音が整数比に基づくことから、世界も同じだろうと考えました。深井さんは、これはすごい飛躍だが直感的にはわかると言います。
これ聞いてるみんなも覚えがあると思うんだけど、自分が持ってる何か全く別の感覚と、それとまた全く別の感覚みたいなのが一緒だって思ったら、世界がそうだと思ったこととかあると思って
楊さんは、これを「一般化してフラクタル構造っぽい捉え方をしちゃう」ホモサピエンス共通の思考傾向だと言い換えます。全体に普遍化して考える性質です。
説明上手チャンピオン・アリストテレスの宇宙観
この段階では実験も実証もないため、何が世界の説明として認められるかを決めるのは「説明のうまさ」でした。深井さんは、その説明が抜群にうまい人物としてアリストテレスを挙げます。知識人全員が「マジでそうかも」と思うようなことを言ったといいます。
アリストテレスの説明はその後、中世までずっと続きます。彼は、あるべき姿というより「世界はこういう枠組みでできている」という話をしました。
まず宇宙の中心には不動の地球があるとしました。つまり天動説です。その周りに、透明な球のような天球が同心円状に配列されているという世界観です。
この透明な天球に月・太陽・惑星・恒星が付着していて、天球ごと回転しているから星々が動いて見える、という説明です。
さらに、月が付着した天球を境に、宇宙は月上界と月下界に分かれ、それぞれ違う法則で動いているとしました。深井さんは、この説明は直感によく合っていたと指摘します。
僕たちが夜空を見ててさ、あの夜空の星と同じ法則で動いてるって思う方が多分難しいんだよ
地上の物体は元素からできていて、暖かい・冷たい・乾いている・湿っているという軸の組み合わせで変化するとされました。一方、天上の星々はエーテルと呼ばれる不滅で高貴な物質、いわば第五の元素でできているとしたのです。
楊さんは、この壮大な体系を「SF作家やん」と評します。しかし深井さんは、タレスも含めて彼らは皆、実証せず頭だけで考えていたのだと繰り返します。
土・水・空気・火の元素でできる。暖・冷・乾・湿の組み合わせで変化する
エーテルという不滅で高貴な第五元素でできる。地上とは違う法則で動く
近代科学の最大のインパクトは「直感を疑う」こと
この時代、実験器具も観測器具もありませんでした。楊さんは、人間は直感的に理解できる現象の範囲を超えた解像度で世界を捉えられなかったと語ります。目で見えるものが一番の情報インプットだったのです。
ここで深井さんは、近代科学の登場が持つ最大のインパクトを言い切ります。
何度実験しても直感に反する結果が出るなら、直感に反する結果のほうを正しいとする。深井さんは、これこそが科学が一番起こしたインパクトだと述べます。
近代科学以前の人類は、全員が直感を優先し、直感的にそうだと思うことを皆で信奉していました。ここが決定的な違いだといいます。
楊さんは、アリストテレスの師匠プラトンの態度を紹介します。プラトンは自説について、こう言ったというのです。
私は自分の説を信じる理由を説明しません。なぜなら時間がかかりすぎるから。私の説が正しくないということを他の誰かが証明してみせろ
今の科学者が学会でこう言えば「逃げたな」と思われるはずです。しかし当時はプラトンでさえこう語っていて、これが普通の感覚だったのかもしれない、と楊さんは考えます。
当時は人間の認知が最も正しく、人間がどう思うかで正解・不正解が決まっていました。それが観察によって、世界で実際に起こる現象のほうが正解になっていく。深井さんは、この認知転換が必要だったと整理します。
前のシリーズで扱ったコペルニクスの地動説は、まさにこの転換点でした。天動説から地動説への移行は死ぬほど直感に反していたため、人々は「マジで?」となり、大きな転換になったのです。
落下の法則、そしてアラビア世界からの逆輸入
アリストテレスの説明は、その後およそ2000年近くヨーロッパでも有効であり続けました。深井さんは、彼が落下についても説明していたと紹介します。アリストテレスは、重いものほど早く落ちると考えていたのです。
これは科学的には間違いで、後にガリレオが、落下の速さは本来同じで空気抵抗で差が出ると示すことになります。とはいえ、羽と鉄球なら鉄球が早く落ちると考えるのは、直感的にはごく自然でした。
ただし、アリストテレスの説明はそのまま連続して受け継がれたわけではありません。キリスト教社会になると、聖書の説明とアリストテレスの説明は全然違うため、聖書を優先する時期がヨーロッパでは長く続きました。
その間、ユークリッド幾何学、アルキメデスの力学、プトレマイオスの天文学、アリストテレスの自然学などは、中世ヨーロッパでは一旦失われていました。これらはビザンツ帝国経由でアラビア世界に伝わって保存されていたのです。
そして12世紀頃、この知識がヨーロッパに逆輸入されます。深井さんは、これがヨーロッパにとっては困った事態だったと言います。自分たちが信じてきた説明と全然違うことが書かれていたからです。
いや、ちょっと全然そのルールで動いてないんだよみたいなことがめっちゃ書かれてて
アラビア語からラテン語に翻訳して読むと、都合の悪いことが書かれている。そこで一部は禁書とされ、鍵のかかった本棚にしまわれ、特定の知識人しか読めないようにされた時期もありました。
しかしキリスト教社会にも天才がいました。トマス・アクィナスは、キリスト教の説明とアリストテレスの説明は矛盾せず、どちらも包摂できると示し、そこから知識が一気に広がっていきます。
アラビア数字と、人類がもともと持っていなかった「実験」
アラビアから輸入された知識は多岐にわたります。今使っている1、2、3という数字はアラビア数字で、これによって加減乗除がやりやすくなりました。時計の文字盤の60進法もバビロニア起源です。
言葉でも、アルゴリズム、アルコール、アルカリ、アルデヒドなど「アル」で始まる語の多くはアラビア語由来です。深井さんは、アルはアラビア語の「the」にあたると説明します。
そして、ここに極めて重要な輸入がありました。アラビアの人々は錬金術や医学など実用的な分野で目覚ましい成果を上げ、その中で「実験」をおこなっていたのです。
深井さんは、実験という概念を人類はもともと持っていなかったと語ります。これは現代人にとっても他人事ではありません。
本当にそうだなとか思った後に実験します?
納得のいく説明を聞いても、私たちはふつう実験も実証もしません。自分が信じていることをわざわざ疑い、証明するまで実験する精神は、本能に反しているというのです。
「頭で考える」と「実験する」がヨーロッパで結びついた
アラビアや中国、そしてヨーロッパの錬金術には、いろいろな物質を混ぜ合わせてみるという感覚がありました。一方で、アリストテレスたちには頭の中で徹底的に考えて説明しようとする感覚がありました。
深井さんは、この2つがヨーロッパで「たまたま」結びついたと語ります。科学的感覚を持っていない人にとって、この2つはそもそも結びついていないのだと指摘します。
楊さんは、自分は理系で実験を学んできたので両者が結びついていると思っていたが、卒業したら忘れていた、と正直に振り返ります。この結びつきはホモサピエンスのデフォルトの挙動からかなり乖離しているのです。
ではなぜヨーロッパで結びついたのか。深井さんは、本には書かれていない私見だと断りつつ、デカルトらの時代の懐疑主義との関係を挙げます。全てを疑ってかかる態度と実験が結びついたのではないか、というのです。
なぜ全てを疑ったかといえば、聖書による説明を信じてきた人々が、いわばはしごを外されたからだと言います。アリストテレスの説明でも十分に説明できていない。何なのだと、全てを懐疑的に見ていく現象が起きたのです。
信じているものが失われ、根拠を取り戻すには実験で確かめるしかないという状況が、ヨーロッパにはありました。だからこそ、確かめられないことは証明できておらず科学ではない、という本能に反する立場が生まれた、と深井さんは整理します。
聖書とアリストテレスへの信頼
世界の説明は聖書と、説明上手なアリストテレスに委ねられていた
逆輸入で矛盾が露呈
アラビア世界から知識が戻り、既存の説明では世界が説明できないと判明
徹底的な懐疑
信じていた根拠が失われ、全てを疑う態度(懐疑主義)が生まれる
実験と論証の結合
根拠を取り戻す手段として、頭で考えることと実験することが結びつく
「考えていい」と許した神学と、まだ科学ではない科学
楊さんは、実験を通じて真理に到達することは神を知ることでもある、と考えた流れが中世にはあったと補足します。深井さんは、それは初期の話だと応じます。
当時のキリスト教徒にとって、世界を動かしているのは自明に神でした。世界の根源を探ることは神の神性への挑戦であり、信仰を失うことだと考えられていたため、そもそも考えてはいけないとされていたのです。
そこでトマス・アクィナスは、考えてよいと言いました。世界の仕組みを考えても神が動かしている事実は変わらないし、むしろ仕組みが分かったほうが神の偉大さがわかる、という論理です。
ちょうどいい。めっちゃ確かにってなるじゃない。ありがとうってなる
この「考えていい」という許しによって、アリストテレスの学説を輸入できるようになりました。そして中世キリスト教社会では、一旦アリストテレスの説明どおりに世界が動いていると考えられていきます。
深井さんは、これは第一段階だと位置づけます。世界について考えてはいけない状態から、神は絶対にいるという前提を保ちつつ、考えてもいいという状態へ移ったのです。
楊さんは、僕らが思う科学はめちゃくちゃ厳密で正確で、絶対的な正解というイメージがあるが、その起こりはそうではなかった、という感覚が面白いとまとめます。科学の起こりが、人間の頭の中にある哲学的・想像的なものだったというのです。
ただし深井さんは、それは近代科学ではないと念を押します。近代科学の特徴の一つは実証と実験で証明されていることであり、その定義に立てば、実証も実験もされていないものは科学ではないと言うこともできる、というわけです。
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まとめ
科学は、火や星を観察して法則を見出す古代人の営みから始まり、神話に代わって自然を自然で説明しようとした古代ギリシャの哲学者たちへと受け継がれました。しかし彼らの説は頭の中で考えた「説明のうまさ」で評価されるもので、直感を疑い実験で確かめる近代科学とは根本的に異なっていた、というのが今回の見取り図です。
- 古代ギリシャの哲学者たちは万物の根源アルケーを水・空気・火・4元素・原子・数などと考えたが、いずれも実験なしに頭で考えたものだった
- アリストテレスは天動説と月上界・月下界の宇宙観を「説明のうまさ」で広め、その体系は約2000年近く影響を持ち続けた
- 近代科学の最大のインパクトは、直感に反する実験結果のほうを正しいとする認知転換にあった
- アラビア世界に保存された知識の逆輸入と、信じていた根拠を失った懐疑主義が、ヨーロッパで「考えること」と「実験」を結びつけた
- トマス・アクィナスが「世界の仕組みを考えてよい」と示したことが、科学へ向かう第一段階となった




