優秀な大学職員が、なぜ意見を言わなくなるのか
木原さんは先週、いろいろな大学の職員が集まる研修に参加しました。そこで話した大学職員たちは、地頭がよく学歴もある優秀な人ばかりだったといいます。
ところが木原さんの目には、その優秀な大学職員たちの仕事ぶりが「なんでそんな仕事してんの?」と映るものばかりでした。大学の文化や背景を忖度しながら決断し続けることしかできない、という話を何度も聞いたそうです。
そんなことをこの大学で言おうもんなら、それがいくら正しかったとしても、この文化とそぐわないとか、(教員の意見が)出てくるので変えれないとか。
もうそれにこう洗脳されてて、まずもう意見を言わないし、変えようともしないみたいなことが当たり前になってて。
木原さんは、そうした人たちが日本の大学を作っていることを「きつい」と感じたと振り返ります。大学職員向けの別のラジオでは話せない本音として、この番組で語ったと前置きしていました。
「洗脳」ではなく「やるか、やらされるか」
木原さんが「洗脳」と表現した大学職員の状態について、小笠原さんは別の見方を示します。自身のSlackチャンネルで流していた話として、多くの人が仕事を「やるかやらされるか」の二択だと思っているのではないか、と語りました。
後手に回ってるから、ある局面でこれはもうやるかやらされるかみたいなことになってて。自分の意思でやってる感がないから。
さらに小笠原さんは、「洗脳」という言葉には主体者がいるはずだと指摘します。しかし組織の中に、そんな悪人は多分いないといいます。
みんながこれは誰にっていう主語のないままやらされてると思ってたり、やるしかないことだと思っていたりっていう、自分で自分をそっちに持ってってるだけ。
だからこそカルチャーや意識が大事だ、というのが小笠原さんの見立てです。木原さんも、大学職員には「やらされている」と思っている人が多いと強く同意しました。
研修で目覚めても、組織に戻ればやらされてしまう?
木原さんは、「やらされている」人が多い状況では研修の意味すら疑わしいと感じています。研修で個人がアップデートされ、「俺はやる方になる」と思えたとしても、自分の大学に戻れば権限も評価も組織の都合で決まっているからです。
そのアップデートされたことが発揮できない組織形態になっている。むしろ発揮するとそれが、ネガティブな評価につながったりする。
木原さんは、大学にはそうした仕組みがもう出来上がっていると考えていました。個人の意識より、評価制度や権限の構造のほうが問題だという立場です。
評価が変わるのは年単位。諦めるのは「近視眼」
木原さんの「評価制度のせい」という見方に対し、小笠原さんは「近視眼的なだけ」と返します。例として、5年間やらされていると思って働いてきた人が、あるきっかけで「やるぜ」となった場面を挙げました。
そんな3ヶ月、半年、1年で評価変わると思います?
小笠原さんによれば、自分がフェアだと思える報酬・役割・権限が得られないとわかっているなら、それを変えようとすることこそが改革です。そして、その改革にかかる時間の見積もりで人の反応が変わるといいます。
半年
多分みんな「ノー」と言う
3年
頑張ったら、仲間がいたら、と考え始める
5年
収入が保証されるなら頑張ろうかな、と思える
収入の保証は組織に寄りかかる部分なので、小笠原さんは自分の評価が変わるまでの時間軸を長く見る必要があると話します。そうしないと、すぐ諦めてしまうだけだというのです。
福岡市の改革を動かしたのは誰だったのか
小笠原さんは、前回扱った福岡市の話に戻ります。16年前に高島さんが市長に就任したとき、周囲に味方はほとんどいなかったはずだといいます。高島さんの本の目次に「たった一人の闘争」のような言葉があることを、その根拠として挙げました。
福岡市の職員から見れば、市長は4年で終わるかもしれません。一方で職員自身は、あと20年その組織にいるかもしれない立場です。
そこに完全に傾倒したら、自分は20年あといるかもしれないのに。しんどいじゃないですか。
それでも改革があったほうがいい、この市長が長く続けてくれるかもしれない、と考えて張り、自分も正しいと思うことをやった職員がいたと小笠原さんは話します。
小笠原さんは、結局は組織に属する人たちも、組織に対して短期評価をしているだけだとまとめました。
やりやすい改革なんて、どこにもない
木原さんは、36歳で就任した高島さんのような若いトップがいれば、年功序列が強そうな市役所でも改革はしやすいのではないかと質問します。福岡市の評価制度の実態は、小笠原さんも知らないと答えました。
そのうえで小笠原さんは、改革の前提そのものを問い直します。
この言い方するとやりやすい改革なんてないですよ、どこでも多分。そもそもやりづらいことをやるのであると。
小笠原さんは、改革を「力の向き」を変えることにたとえます。すでに回っている方向に乗ってスピードをつけるのと、それを止めて違う方向にスピードをつけるのとでは、最初の大変さがまるで違うというわけです。
すでに回っている方向でスピードをつけるだけ
一度止めて違う方向に動かすため、最初が大変
その大変なことが自分のためになり、ひいてはチーム、会社、地域のためになると想像できるかどうかが鍵だ、と小笠原さんは話します。高島さんの本には、最初に手を挙げて取り組んだ人がやりたいことをやれるようにするインセンティブ設計についても書かれているといいます。
日本を変える前に、まず自分たちの組織から
木原さんは、自分の大学ではあまり感じないものの、他大学の話を聞くと本当にもったいないと話します。学びに関わることは日本の将来に関わることと同じだから、そこを変えたいという思いがあるそうです。
まあでも日本の将来変えるために、まず僕らのこのいる今組織が変わればいいんじゃないですか。
小笠原さんは、自分たちの組織がうまくいけば真似してもらえると続け、そこは「超ポジティブにいった方がいい」と話しました。
一方で小笠原さんは、自分たちの京都芸術大学での取り組みは改革と呼ぶほどのものではないとも語ります。大学の理念や目指してきたことから外れておらず、やっているのは軌道修正や新しい軌道づくりだという認識です。
経営の意思決定とか機関決定のやり方から変えますよね。やるなら。
本当の改革ならそこまで変えるはずで、それをせずに進められている以上、他の大学でもできる範囲だというのが小笠原さんの考えです。
大学も福岡市も「仕組み」は他と同じ
小笠原さんは、福岡市の改革が他でもできるものかはわからないと断りつつ、ある意味で教科書通りだったと振り返ります。有識者会議を経て行財政改革を決め、コストを下げ、歳入を増やすために施策を接続させていったという流れです。
議会や市長の選び方、市長の権限を大きく変えたわけではないので、福岡市のやり方は他でもできるはずだと小笠原さんは話します。京都芸術大学も同じで、小笠原さんが来てから理事長も意思決定機関も変わっていません。
そう言わないと、「うちはね、うちだとね」と言う人を量産してしまう気がする、と小笠原さんは懸念します。木原さんも、他大学の人と話すと「俺らの文化は違うぞ」と醸し出しがちだった自分を振り返りました。
小笠原さんは、大学の仕組みは法的にほぼ同じだと説明します。文部科学省に認可申請を出す立場、学校法人の下に設置校がある構造、事務局と教員組織、理事長の選ばれ方、学長のリーダーシップ、全国的な人口減少は、どこも共通です。京都芸術大学は受験者が年間3パーセントしかいない芸術分野というニッチな場所にいますが、それでも大きくは変わらないといいます。
「意見を言っても無駄」を生むプロセス
「人次第」の中身として、小笠原さんは組織の内部構造を挙げます。内向きで閉鎖的に作られていれば、大学職員が意見を言わなくなるような状況が生まれやすいというのです。
自分のアイデア、意見、企画、構想みたいなものが、例えば検討されるみたいなことが一回もない人は意見を言っても無駄だって思うじゃないですか。
具体例として小笠原さんは、京都芸術大学でのSlack導入を挙げます。導入前は内線電話やメールで、誰かと誰かのやり取りで話が終わっていました。
AさんがBさんに言っても、Bさん止まりで上に届かないことが多かった
やり取りがオープンになり、拾える意見が増えた
小笠原さんは、小さいことでも、こうした変化がどんどん増えていくことが大事だと話しました。
透明性の価値を実感するには外との接点が要る
木原さんは、「情報が透明になり組織が変わる」というのはSlackの営業トークの決まり文句で、それを営業トークで実感するのは難しいと指摘します。導入後も環境が大きく変わってしまったため、比較して実感しにくいというのです。
なので外との接点がいるんですよ。
小笠原さんは、営利企業、特に透明性の高い会社にいた経験を挙げます。当時のメルカリ ── フリマアプリを運営する日本のIT企業。社内の情報公開を重視する組織文化でも知られていますでは、よほどの機微情報でない限り、ほぼ社内の情報を見られたといいます。その経験と、口頭やメールで1対1や1対Nのやり取りをする大学を比較できたから、オープンにしたほうがいいと言えるのだそうです。
福岡市でも、スタートアップ都市宣言、スタートアップカフェ、FukuokaGrowthNextなどの取り組みによって、いろいろな地域の人が見に来るようになりました。年間1000人、2000人の他地域の人と意見交換すれば、人は自然と比較するといいます。
木原さんは、研修では他大学に提供するばかりで学べる場は少ないと思っていました。しかし、外に出て差異を見つけることで、自分たちのバージョンが上がったことに気づけるという視点には納得したといいます。
小笠原さんは、外とのリレーションは相手を低く見るためではなく、差異を見て、新しいアイデアを生むために必要なものだと話しました。
開業率ではなく「挑戦が尊敬される社会」を目指した福岡市
話は再び、高島さんの本に戻ります。スタートアップを扱う章で、小笠原さんが面白いと感じたのは、「福岡市の開業率を上げるためにスタートアップ支援をしてきたわけではありません」とはっきり書かれていた点です。
結果として福岡市の開業率は政令市で1位になっていますが、本当の狙いは「リスクを取ってチャレンジする人が尊敬される社会」だったといいます。小笠原さんは、これを京都芸術大学の目標設定でも使う枠組みで整理しました。
アウトカム
リスクを取ってチャレンジする人が尊敬される社会
アウトプット
スタートアップが生まれ、伸び、失敗しても次に挑める数
結果
開業率が政令市で1位に
木原さんは、パッと見ると開業率やスタートアップ誘致だけに見えるが、その先の未来として挑戦を良しとする文化があるのだと受け止めました。本には失敗や危機のときの判断、次の選挙に出ないとされるまでの意思決定も赤裸々に書かれていて、福岡市民として見てきたこととつながり面白かったと小笠原さんは語ります。
最後に小笠原さんは、自分たちの大学が思う方向へ進めたら「こういう本書きましょうよ」と木原さんに提案します。ただし「僕は書かない」と笑い、本で一番胸が熱くなったのは猪木さんについて書かれた部分だったと明かして、この回は締めくくられました。
まとめ
「やらされてる」と感じる組織の問題は、評価制度だけでなく、変化を待つ時間軸の短さや、意見が拾われる仕組み、外との接点の有無にも関わっています。小笠原さんは、仕組みがどこも似ている以上、組織が変わるかは「そこにいる人次第」だと語りました。
- 「洗脳」する悪人がいるのではなく、主語のないまま自分で「やらされる」側に回っている場合が多い
- 評価や報酬が変わるのは年単位で、短期で判断して諦めるのは近視眼的だという指摘
- 福岡市の改革を実行したのは、市長に張った行政職員たちだった
- 意見が一度も検討されない組織では、人は「言っても無駄」と感じる。Slackのようにやり取りを開くだけでも拾える意見は増える
- 外との接点で差異を見ることが、自分たちの変化に気づき、新しいアイデアを生むきっかけになる







