「経営視点を持て」は本当に無理な要求なのか
話の入り口は、現場サイドから見た違和感でした。経営者が「みんなにも経営視点を持ってほしい」と言うことがありますが、木原さんはそれを現場の人が理解するのは無理だと感じていたと言います。
現場サイドで言うと、経営者が経営視点をみんなに持ってほしい的なことを言うこともあるじゃないですか。
でも結構僕、それ無理だと。
これに対して小笠原さんは、そこに大きな勘違いがあると返します。経営視点とは経営を担ってくれという意味ではなく、仕組みを知ってほしいという意味だと言うのです。
たとえば1億の売り上げに対して粗利が60〜70パーセントの仕事をしていれば、正当に報酬を求められるはずだと小笠原さんは説明します。会社が決めたレンジだからという話ではなく、フェアな関係にいましょうねというのが「一回作った方がいいよ」の意図だと語られます。
搾取と情報格差、そして「作ってみる」という提案
小笠原さんは、いわゆる搾取や詐欺のような話の多くは、感情的に煽られた上に情報格差があるだけだと整理します。
詐欺に遭ったりって、感情的に煽られた上に情報格差があるだけでしょ、基本は。
ただし、それはやった方が悪いとしつつ、同じくらい知ろうとしない側にも問題があると付け加えます。そして知るための手段として、コストが下がった今なら「一回作ってみればいい」と提案します。
やった方が悪いですよ。ただ、同じぐらい知ろうとしない人も悪いですよっていう。
自分の情報がどう使われているかを知るには、アプリケーションですら一度作ってみればいい、というのが小笠原さんの考えです。作ってみた上で、ここには情報を出したくない、でも楽しいからありだ、と判断できればいいと話します。
作るコストが今下がってるんで、アプリケーションですらそうですよね。
この感覚を、小笠原さんはお祭りにたとえます。行って騒ぐ人も騒がない人もいていいが、わかった上でバカをやる分にはいい、という距離感です。
わかってバカやる分にはいいじゃないですか。
大学のAIモデルと「自分で学べる人」の入学要件
話は教育の話へと広がります。学生が使えるリソースとしてAIモデルを大学が提供し、そこに自由につないで自分用の学習アプリを作れるようにする、という構想です。
自分用の学習アプリを作るためのエージェントも提供します。別にそれもありっすよね。
さらに小笠原さんは、それが高校生までにできるようになっていて、それができることが入学要件のコースがあってもいいと踏み込みます。自分で学べる人かどうかを見る、という発想です。
同じ考え方は国単位にも転用できると語られます。教員免許を持つ人が専門分野のモデルにアクセスして教えられるようにするなど、いくらでも転用の仕方があるという見立てです。
産業化で失われた「作る力」と適量生産の時代
続いて、この「作ってみる」がなぜ今できるのかという背景に話が及びます。小笠原さんは、工業化・産業化が進んだことで、個人が何かを作る力が一人ひとりから減っていったと指摘します。
これは能力そのものというより、期待される機能に対して人間の力が及ばなくなり、大量生産に任せた方がよくなったという意味です。
期待する機能に対して、人間の力が及ばなくなった。
しかしツールの変革によって、個人や少人数でも「適量生産」ができるようになってきたと小笠原さんは言います。ものづくりの3Dプリンター、印刷のDTPなどがその例です。
100枚コピーするのも大変だった時代から、100人に書籍として読めるものを配れるようになった。一度大きく広がり、適量に収斂していくサイクルに、今はプログラムも入ってきた、というのが小笠原さんの整理です。
会社も資本金1円で作れる時代になり、かつて必要だった資本家がいなくても、自分の動きだけなら法人を作れます。木原さんが会社を作って業務委託で関わることも本来できる、と小笠原さんは例を挙げます。
その上で自分の税金や人を雇うコストが見えてくれば、「やっぱり雇用の方がいい」と選ぶこともできます。全部やってくれるから、このレンジで人生設計を立てやすい、と納得して雇用を選ぶ姿を小笠原さんは描きます。
吉本の芸人のギャラ話に見る「お金の構造」
ここで木原さんが、キングコングの西野さんが吉本の芸人のギャラをめぐって語っていた話を持ち出します。
劇場のギャラが数千円しかないと嘆く声に対し、西野さんは、集客や施設にかかるコスト、劇場に出ることで多くの人に認知されるPRの側面も含めて理解しているのか、と問うたと木原さんは説明します。
自分たちの稼働がその対価に見合ってるかどうか、その裏側がわかっていない。
小笠原さんは、そこには聞き手側の問題もあると加えます。芸人が「安い」と言うことに自分を投影し、社会への嘲笑としてウケてしまう。その笑いが芸人からウケていると見えることが問題だと指摘します。
そのコストが報酬になってる人たちまでそれを笑ってる時があって、怖いなって思うこともあるんですよね。
小笠原さん自身も、最初の仕事は時給500円だったと話すと驚かれると言いますが、当時としては大したことではなかったとも語ります。それでも金銭を上げ下げして笑いを取れてしまうのは、みんながその構造を理解していないからだ、と結論づけます。
情報公開しても伝わらない大学の給与
話は再び大学に戻ります。木原さんは、大学は事業計画を情報公開しており、人件費なども見える状態になっていると確認します。
情報公開なんで、もう全部見せてるし、アクセスしづらいところに置いてないんですよ。
それでも、教職員がその情報を理解して発言しているかというとそうではなく、自分の稼働時間やストレスに対して「こんなに頑張っているのに」と発言することの方が多いだろう、と木原さんは見ています。
小笠原さんは、これは組織の側にも責任があると受け止めます。組織はそうした啓蒙にコストを払えておらず、教育機関として当たり前の話を教えずに社会に出していることが申し訳ない、と語ります。
教育機関として当たり前の話を教えずに社会に出してるの、申し訳ないなって。
自身のコースでは、時給1100円と1200円の学生に「なぜあなたは1100円で、あなたは1200円で受け入れているのか」と問うことがあると言います。それを大人になるまで教えていないのはよくない、小中学校でこそやりたい、と話します。
権利を先に言う組織と、コストを払える母体かどうか
終盤、木原さんはスタートアップと大学を対比します。スタートアップは人数が少なく、全員が財布の状況や今後の見通しを共有できている状態だと整理します。
一方で大学は、18歳人口が減り定員割れで資金繰りが厳しい状況でも、お盆休みをなくせない、長期休暇を取らないと働く人が文句を言う、といった声が出ることがあると言います。木原さんは、置かれた状況に関係なく権利を先に持ってくることに違和感を示します。
権利の範囲内において最大限努力してきたみたいなことを言ってしまうのが、いかがなものかなって。
小笠原さんは、ある程度のお金を法人に残すのは、働く人が権利を行使しやすくするための構造だと説明します。毎年借金しないと乗り越えられない法人では、権利ばかり言っても、その行使にかかるコストを払えないという指摘です。
同時に、従業員の主張が無理な権利主張なのか、正当な権利主張なのか、ただの愚痴なのかは、受け取り手が過敏に反応しておかしくなることもあると小笠原さんは補います。それを判断するにも構造が必要だ、と話をまとめます。
そして構造を知りたいなら作ってみればいい、という最初の提案に戻ります。小笠原さんは、ちゃんと構造をゼロから知りたいから学校を作りたい、とまで語りました。
構造知ろうと思ったら、まあ作ってみたらいいんじゃない?っていう。
まとめ
「経営視点を持て」という言葉は、経営を担えという要求ではなく、お互いをフェアにするために仕組みとお金の構造を知ろう、という呼びかけとして捉え直せます。情報を公開しても伝わらないのは、その構造を学ぶ機会が足りていないからだ、という視点で一貫した回でした。
- 経営視点とは経営を担うことではなく、仕組みを知ってフェアな関係に立つこと
- 搾取や不満の多くは、感情的な煽りと情報格差から生まれる
- 構造を知る一番の近道は、コストが下がった今「一回作ってみる」こと
- 権利を主張する前に、その裏側のコストと、行使を支えられる母体かを見る
- お金の構造を知らないままだと、面白がり方も判断も歪みやすい




