盛岡から長野へ。インタビューライターはなぜ移住した?
ゲストの風音さんは、岩手県盛岡市の出身で、現在は長野県長野市に住むライターです。主な仕事はインタビューライティングで、普段は話を聞く側にいます。
(インタビューされる側だと)自分がどんな、何を聞かれて、どんな話が自分から出てくるんだろうっていう。ドキドキと楽しみな感じです。
伏見さんは、風音さんがSense of…に寄せる記事には物を大切にする内容が多いと紹介します。エシカルな暮らしというと高尚なテーマに聞こえがちですが、風音さんの記事を読むと身近にできるものだと感じられた、というのが今回のテーマを選んだ理由です。
風音さんの長野暮らしは、コロナ禍の2020年11月に転職したところから始まり、ちょうど丸6年になるといいます。それまでの経歴は、盛岡から長野へ直接移ったわけではありません。
イトウさんは、長野への移住には思い切りが必要だったのではないかと尋ねます。風音さんによると、学生時代に松本や諏訪、長野市を旅行して楽しかった思い出がありました。
転職先として名古屋も考えたものの、最初の勤務地が地方だったこともあり、地下鉄で通勤する都市部の暮らしにはためらいがあったといいます。そこで目に留まったのが、長野市のゲストハウスの求人でした。
コロナでも宿だったら旅の人とかいろんな人と会えたりするかなみたいな。
思い切ったっていうよりは、もうなんかいろんなことがこう変わったりしてて。とりあえず行ってみようみたいな感じでした。
エシカルへの関心は母の暮らしと取材から
イトウさんは、風音さんがエコやエシカルにもともと関心があったのか、長野で暮らし始めてから関心を持ったのかを尋ねます。風音さんがまず挙げたのは、母親の存在でした。
風音さんの母親は、今でいうエシカルな暮らしをしていた人だったといいます。子どもが何かを欲しがると「それ作れるじゃん」「これ使えるじゃん」と返し、新しいものをあまり買わず、流行りにも乗りませんでした。
当時はなんか、なんでいつもそうなるんだみたいな(ことを)思ったりしていて。
風音さんの考えが変わった直接のきっかけは、長野でライターの仕事を始めたことです。ゼロカーボン ── 温室効果ガスの排出量を、削減や吸収によって実質ゼロにすることを目指す考え方。多くの自治体が目標として掲げていますを掲げる長野県の仕事で、エシカルなカフェ、学校の断熱ワークショップで暖房費を減らそうとする高校生、古着のリメイクを手がける古着屋などを取材する機会が増えていきました。
取材を重ねるうちに、風音さんの中には違和感が少しずつ積もっていきました。環境系の記事を書いてお金を受け取っているのに、自分の暮らしはそれに反しているのではないか、という感覚です。
何のための仕事だっけ?みたいな。
こういうことしましょうみたいな記事書いてるのに、自分がやってないのってどうなんだろうみたいなのがじわじわ。
母親の暮らしと取材の仕事が結びつき、風音さんは自分でも実践するようになりました。その流れを整理すると、次のようになります。
家庭環境
母親が、新しい物を買わずに作る・使い回す暮らしをしていた
取材の仕事
長野県の仕事で、エシカルなカフェや断熱に取り組む高校生などを取材
違和感
記事で勧めていることを、自分は実践していないと気づく
実践
自分でやってみて、Sense of…で体験として書く
伏見さんは、人の気持ちや活動を伝える文章の仕事では、一度自分の中に入れて咀嚼する過程があると話します。その過程で取材内容が風音さんの中に入ってきたのだろう、という受け止めです。
風音さん自身も、普段の仕事は「こういう活動をしている人がいます」と紹介する記事が多いと振り返ります。自分の感性でテーマを選べるSense of…では、自分が実際にやってみた話を書く場所として、自然にエシカルな記事へ寄っていったといいます。
ミツロウラップが数年越しに刺さった理由
風音さんが今年書いた記事の一つが、ミツロウラップ ── 布にミツバチの巣から取れる蜜蝋などを染み込ませた食品用の包み。手の温もりで形がなじみ、洗って繰り返し使えるため、使い捨てラップの代わりに使われますの記事です。伏見さんは、生地の柄そのものの可愛さに惹かれたといいます。
ミツロウラップとの最初の出会いは、転職したての2021年ごろでした。当時知り合った女性が、風音さんの職場を借りてミツロウラップ作りのワークショップを開いていましたが、その時は「そういう人たちもいるんだ」と感じた程度で、自分で使おうとは思わなかったそうです。
数年後、意識がエシカルな方向に向いてきた頃に、マルシェ ── 野菜や雑貨、手作り品などを売る小さな店が集まる市場形式のイベントでミツロウラップのブースを見かけます。その可愛さに惹かれて、風音さんは買ってみることにしました。
伏見さんが「何か大きな出来事があったのか」と尋ねると、風音さんは、何かに目覚めたわけではないと答えます。母親が昔やっていたことと、仕事で聞いたり書いたりしたことがつながり、自分でやってみたら気に入った、という感覚だといいます。
社会の情勢も後押しになりました。風音さんは、ナフサ ── 原油を精製して得られる液体で、プラスチックやビニールなどの原料になります不足の話が出た時、ラップやビニール袋を毎回使い捨てて大丈夫なのかと感じたと話します。
(ラップやビニール袋が)どうなっちゃうのかなみたいな。のもやっぱり今年は特にあったので。
伏見さんは、エコやエシカルという言葉には高尚なイメージがあり、日々に取り入れるのはハードルが高く感じられると話します。そのうえで、こうした少しずつの変化から始められたらいい、と応じました。
勢いの断捨離が残した後悔
話題は、風音さんのもう一つの記事である洋服のお直しへ移ります。伏見さんが大好きだというこの記事は、風音さんが母親からもらったニットの話から始まります。
風音さんは、転職で引っ越した時に服を大量に捨ててしまったといいます。引っ越しハイもあり、少し汚れている、少しほつれているという理由で、思い出のある服まで断捨離しました。
留学先で買ったとか、旅先で買ったとか、母からのお下がりとかもすごい当時捨てちゃってて。
こういう直せるみたいなのを覚えた時に、ああなんかあんなに簡単に手放さなくてよかったなみたいな。
伏見さんは、最近のミニマリストブームのなかで、断捨離が良しとされすぎているのかもしれないと話します。風音さんも、捨てなくて済むように買う時点で考え、気に入ったものを長く大事に使うほうが気持ちのうえでもいいと感じています。
断捨離やっぱすっきりするけど、同時になんかこんなに捨てちゃったみたいな。とか、なんかこんなにお金使って何だったんだろうみたいな。やっぱりなっちゃうんで。
伏見さんは、物を大事にすることと手放すことの境界線を尋ねます。風音さんの答えは、衣替えのやり方の変化でした。
ゴミ袋を一緒に用意して、要らない服を一気に捨てる
似合いそうな人に声をかけたり、リサイクルショップに持っていったりと、捨てる前にもう一段階挟む
イトウさんが、持つか捨てるかの間に別の判断を入れるようになったきっかけを尋ねると、風音さんは最近の結婚と引っ越しを挙げます。荷造りの最中に「あの服どうしたっけ」と思うことが何度もあり、捨ててしまったと気づいてショックを受けたといいます。
誰かにあげてたりとか、リサイクルショップ出してたりしたら、誰か使ってくれてるといいなみたいな(ことも)思えるけど、結構いや、あの時捨てちゃったみたいな。
ダーニング刺繍で、ほつれた服が「晴れの日の服」に
お直しの対象は、風音さんの服だけではありません。伏見さんは、風音さんが夫の服も直していたことに触れます。
風音さんの夫も物持ちが良く、大学時代から着ているボロボロのスウェットがありました。本人は「これはこれで味」と言っていたそうですが、自分の服をひととおり直し終えた風音さんが、ほつれた裾を見て「直させてよ」と申し出ました。
部屋着だった夫のスウェットは、刺繍糸の可愛い色で裾を直したことで、晴れの日の服になったといいます。風音さんは、着ていなかった自分の古着も、直すとまた着たいと思えるようになったと話します。
この技法はダーニング ── ヨーロッパに伝わる衣類の繕いの技法。穴やほつれの上に糸を縦横に渡して織るように埋め、補修跡をあえて模様として見せるのが特徴です刺繍と呼ばれるもので、伏見さんはヨーロッパの繕いの技法だと教わったといいます。母親のお古のグレーのニットも、ほつれた部分にピンクのアクセントが入り、可愛く生まれ変わりました。
風音さんが母親のお下がりを直す背景には、物の質への思いがあります。ファストファッションが増えた今と比べて、昔の服は質の良いものが多く、捨ててしまえば同じものは二度と手に入らないかもしれないと考えているからです。
どうしても穴が開いたり虫食いになっちゃったりはするので、なんかそれをいかにも直しましたっていうより可愛くできたらなっていうのは。
2,000円のマグカップを1万円で金継ぎした理由
伏見さんがもう一つ好きだと挙げたのが、金継ぎ ── 割れたり欠けたりした器を漆で接着し、継ぎ目を金や銀などで仕上げる日本の修復技法。傷跡を景色として楽しむ考え方がありますの記事です。風音さんは、2,000円で買ったマグカップを、1万円かけて直しました。
直したのは、水色の大きめのマグカップです。長野に来て数か月が経った頃、雑貨屋のポップアップで買ったものでした。
当時の風音さんはまだお金がなく、2,000円の自分用の食器は「なくてもいいけど可愛い」という存在でした。住み込みの仕事からシェアハウスへ移ったばかりで、とりあえず来た長野で暮らしていこうと思い始めた頃に買ったため、思い入れが強かったといいます。
そのマグカップが、真っ二つに割れてしまいます。伏見さんも、金継ぎを待つ食器が3つほど手元にあるものの、どの材料セットがいいか迷っているうちに、まだ挑戦できていないと打ち明けました。
風音さんも割れたマグカップをすぐには捨てられず、しばらく食器棚の奥にしまっていたそうです。転機は、物をリペアやリメイクして長く使うサービスの記事を書いたことでした。そのサイトに金継ぎの事例が載っていて、「そういえば金継ぎか」と思い出します。
調べると、長野市に女性の金継ぎ作家がいました。写真を送って見積もりを頼み、銀色での仕上げを考えていると伝えると、作家から思いがけない提案が返ってきます。
金継ぎは金色か銀色というイメージで、銀色を考えていた
作家から、水色の器にはマットなベージュの漆が似合うと提案された
(ベージュの漆が)似合うと思いますって言われたのがすごい良くって。
伏見さんは、画面越しでは金色だと思っていたと驚きつつ、ベージュと聞いて納得したといいます。風音さんにとっては、プロの提案が依頼の後押しになりました。
購入価格の5倍にあたる費用に、風音さんも一度は迷ったといいます。それでもやってみようと決め、伏見さんはそのマグカップを「一生ものの味方」と表現しました。
これでまた割れたりとかしちゃっても、また同じ人に直してもらえるみたいな。
「直せる」という安心感と、染みをチャームポイントにする発想
伏見さんは、金継ぎを経験して価値観に変化があったかを尋ねます。風音さんが挙げたのは、「直せる」という安心感でした。
風音さんは、物を割ったり壊したりしがちな自分を、気に入ったものでも「壊すかもしれない」と買うのをためらってしまう性格だったと振り返ります。金継ぎを経験してからは、壊れたら直す方法を探せばいいと思えるようになり、世話をしながら長く使っていこうという自信につながったといいます。
ダーニング刺繍でも、同じような変化がありました。風音さんは以前、服に染みが付くと落ち込んでいましたが、お直しを覚えてからは、縫うか継ぎはぎにするか、どうしてやろうかと考える発想に切り替わったといいます。
風音さんは最近の出来事として、友達との旅行中にジャケットの袖へチョコパイのチョコをこぼした話をします。一旦洗ったところ、風音さんが刺繍をしていると知る友達が、そこを縫って何かにしたらどうかと言ってくれたそうです。
旅行の思い出にもなるし。
伏見さんは、チョコレートの染みが別の思い出になることに「超エモい」と反応します。油染みが落ちずにクリーニング店へ駆け込むことの多い伏見さんも、自分で何かできるならやってみたいと話しました。
伏見さんはこの考えを高く評価し、ミスやコンプレックスを乗り越えることにもつながる発想だと受け止めます。Sense of…には、書き手それぞれが自分なりの切り口でこうしたことに向き合う記事が集まっている、という話にも広がりました。
「好き」も「苦手」も言える社会へ
最後に、風音さんはこれからの活動について語ります。軸にしたいのは、今あるものを大事にすることや、自分の感性を大切にすることです。これはSense of…のテーマとも重なります。
風音さんは、仕事などに追われたり、「これが正しい」という社会の圧にさらされたりするなかで、多くの人が自分の好きなものを見失っているのではないかと感じています。伏見さんも、レコメンド重視の風潮に触れて応じました。
自分はこれが好きだったとか、これは楽しい、嬉しいみたいなのが見えなくなっていっちゃうのは寂しいし、なんかその先ってどうなっちゃうんだろうみたいなのは。
風音さんは、好きなことだけでなく、苦手なことも言えたり表現できたりする社会がいいと話します。インタビューの仕事でもそうした話を残し、コラムでは自分がまず実践して発信することを続けたいといいます。
伏見さんも、苦手なことも人に言って恥ずかしくない、特性や個性として自然に出せる世の中になってほしいと話し、回を締めくくりました。
まとめ
風音さんのエシカルな暮らしは、母親の暮らし方と、長野での取材経験が結びついて始まったものです。ミツロウラップ、ダーニング刺繍、金継ぎはどれも、我慢ではなく「可愛い」「楽しい」を入り口に、物を長く使う工夫として語られました。
- 長野県の環境系の取材を重ねるうちに、記事で勧めることを自分も実践したいと考えるようになった
- 勢いの断捨離を後悔した経験から、捨てる前に譲る・売るという判断を挟むようになった
- ダーニング刺繍で、ほつれた服や母親のお下がりを、補修跡を見せて可愛く直している
- 2,000円のマグカップを1万円で金継ぎし、「直せる」という安心感を得た
- 染みやミスを消すのではなくチャームポイントにする発想が、「好き」も「苦手」も言える社会への願いにつながっている







